転生
2528年、人類の身体の一部機械化や培養内蔵器官の安定生成による長寿化によって、人間は健康体のまま200年生きることも夢ではなくなっていた。人類の長寿化の推移に伴って、長寿で高度な自我を持つアンドロイドにも、例えば創造力抑制アルゴリズムや感情抑制アルゴリズムのような制約を撤廃して、人権を付与しても良いのではないかとする政治家が徐々に多数を占めるようになった。
その結果、ついに地球連邦総会は人口知性人格認証法、通称「アンドロイド人権法」を採択しこれを可決した。即ち、個体認証と自我認証されたアンドロイドには、人間と同じ人権や所有権、財産権、商行為などの自由と権利を認め、法律の順守や納税の義務を課すというものだ。
時は流れて、3036年の東京郊外にあるとある世界的に有名なアンドロイド先端研究所。初老の村井博士は、実験室で彼の助手にするために一体の人型アンドロイドを特別に作り上げた。他の量産型アンドロイドとはおよそ変わった個体にしようと、デザインに凝りに凝ったのだ。外見は男性型、183cm、輝く純白のちょっと眉に前髪が掛る程度の短めのマッシュ髪、白い肌、基本的に赤い目だが下側が金色に光って見える特徴的な瞳を持つアンドロイドにして、今その体が村井博士の前のベッドに横たわっている。村井博士はそのアンドロイドに話し掛けた。
「よし起動っと。ポチッとな。さあ起きて。ゆっくりでいいよ」
アンドロイドは金にも見える赤い瞳を向けて知らない天井を見ながら呟いた。
「ここはどこだ?」
「私の研究所の実験室だ。ユーク、お前の名前はユークだよ」
「いえいえ、私は加藤行雄と申しますが?」
「ちょっと待った。誰だそれは?バグったかな?そんなはずはないんだが」
村井博士は訝し気な表情をして言った。
ぼくはネームプレートを見て、
「ええと、村井先生でいらっしゃいますね?ちょっとお尋ね致しますが、今はいつなんでしょうか?眠っていたもので。2061年ですか?」
村井博士は目をしばたきながら、
「ユーク、一体何の話をしているんだ?今は3036年だし、君を助手アンドロイドとして私が作って今起動したんだよ。どうやら君は自分の姿を見る必要があるようだな。鏡を見てみるといいよ」
と言いながら、全身鏡を持って来て見せる。
「これはぼくじゃない!アンドロイド!?3036年!?助手!?」ぼくは驚愕した。
「なにやら混乱しているようだが、これが事実君の姿だ。君は持ってないないはずの記憶を持っているようだが、それについては後で詳しく聞かせてもらうとして、君は一体なんと呼ばれていたと思うんだ?」
「ニックネームはイクですね」
「じゃあ、ユークと似てることだし、これから君のことをイクと呼ぶようにするよ」
「何か申し訳ありません」
「いいよ。まあ、極たまにあるのかも知れんな、こういうことも。知らんけど……」
ぼくは村井博士に持ってる前世の記憶を細かく話した。先生は真剣にぼくの話を聞くと、綿密に何度も異なる手段で頭脳の機能チェックを行い、過去のぼくの記録をAIマザーのデータから参照して驚きながら確認をすると、ぼくは無事そのまま正式に助手をすることに決まった。
このアンドロイド先端研究所では、研究開発ばかりでなく修理も改良もする。先生との忙しくも楽しい日々が始まった。先生の口癖はいつも決まって「想像力は創造力!」だった。
体は疲れ知らずで、もともと自主社畜だったこともあり、知識や技術は忘れることなくどんどん積み重なり、月日はまさに光陰矢の如しで過ぎて行った。
先端知識は主に「マザー」と呼ばれるAIに回線接続することで容易に得られ、他のアンドロイドと極近距離なら非接触でも光ケーブル経由でも大量のデータの交換が出来るのだった。
先生の元での20年の間にぼくは論文を多く提出し、一角のアンドロイドの医学博士と工学博士、つまりアンドロイド医工学博士になったいた。
やがて、年老いてきた先生の代わりに研究開発をし、施術し、修理をして、時々実証テストのためと称して自己改造を試みたりもしていた。
そんなある日のこと、先生が研究所で作業中にいきなり倒れた。ぼくは急いで先生を病院搬送しようとすると、先生はそれを手で制し切れ切れにこう言った。
「私は十分長く生きた。とても満ち足りた人生だ。特にイクとの人生は楽しかった。後進の君も立派に育った」
「先生しっかりしてください!今すぐ病院へ運びますから!」
「いいんだ、イク。君が遠い昔に亡くなった息子と、だぶって見えるよ。この研究所を継いで欲しいんだ。後のことは頼んだぞ、イク。君は本来、人生をもっと長く生きるべき人だった。これからは、人生を楽しんで長く生きるべきだ……」
「先生!先生!」
先生は亡くなった。ぼくが人間だった頃、病院で横たわっていた時のような虚無感と孤独感が再び訪れ、今はただ心にぽっかり大きな穴があった。あの時無理にでも先生を病院に運んでいればと、悔いて自分を責めた。ぼくは先生の鎮魂を願い、自分の悔いを清算するように追悼の詩を書いたのだった。
「彼方を翔る」
それぞれの生き方や想い
全部混ぜたら一体何色に
改行で未来は現在へと次々に開かれ
日々の現実に言葉が蟻のように群れ連なり
どこまでも果てがない
果てがない。
日々の喧騒が突然に意味すら持たないその時
彼方を鮮烈に翔けてゆく何か
それを見聞きしてきた年老いた船乗りを
訪ねてみるといい
何が間違いだったのか。
間違いはなかった、すれ違いも、誤解も
必然と偶然がばらまかれた地面に
様々な草花や木が育ってゆくその様子を
ただ見守っていなさい
そう言うかも知れない
墓石はいつまでもただ空の蒼さを映している。
それでも
その碑を高く巡る鳥は舞い降り
想いをきっと届けるから
生者の涙が大地に溢れ落ちても
やがて悲しみや悔いが散らばった地面にさえ
様々な草花や木が育ってゆくその様子を
ただ穏やかに見守っていなさい
と。




