20.追求
ヴィルト様の登場に、大広間中が騒然となった。
そりゃそうだよね、騎士隊長のドルフさんだっけ?
明言こそしてないけど、「第二王子は呪い魔法受けて瀕死ですー」ってな感じの報告してたもんね。雰囲気だけね。静養中、とか言って、この人普通にフロウに姿消してもらって此処にずっと居たからね。
まぁ、最初にナルサスとチェルシーが執務室に入ってきた時、私も同じことしてたけど。
初めてフロウの光遮断?の魔法かけられた時はビビったね。『これ何てファンタジー!透明人間ルーちゃん参上!』って心の中で叫んだけど、横にいたヴィルト様笑ってたからちょっと声出てたかもね。乙女の恥を他言しないって信じてるよ王子様!お嫁に行けなくなっちゃうもんね。
うん、話は逸れたけど、ついさっき、執務室には私も居ました。ドルフさんと一緒に三人掛けのソファーに座ってた男性こと、フロウに姿を消してもらって、こっそり公爵夫人のお母様の正面のもう一つの一人掛けソファーに座ってました。部屋の温度の急激なサウナ化と冷蔵庫化に、ぷるぷるしてましたよ。
証拠があと一押し足りないねーって喋ってた時に入って来たから、リアルで思ったね。有名なあの諺。
『飛んで火に入る夏の虫』ってね。
それはさておき、目の前の逆断罪。
そう、断罪されるのは、私じゃない。じゃあ、誰かって?そんなの決まってる。本体ではないみたいだけど、優秀なフロウのオーラ診断で浮き彫りになった、アイツの影。
操ってるのか乗り移ってるのかまでは分かんないけど、調子に乗るのはここまでよ!って宣戦布告くらいはカマしとかないとね。
* * *
「君は、誰を貶めているのか、分かっているのかな」
静かに、ヴィルト様がケミラへと問い掛ける。
「ルチア嬢は、由緒正しきアルバニア公爵家の直系の娘だよ。一介のメイドが愚弄して良い存在じゃない」
「そんなの…!犯罪者になったら関係無いじゃないですか!」
「犯罪者?誰が?」
勢いのまま言い返したケミラは、心底不思議そうに首を傾げるヴィルト様の様子にたじろいだが、言い出した以上、引っ込みがつかないみたいだ。
「え…だって、王族に呪い魔法掛けたって…」
「確かに呪い魔法は掛けられたね。犯人は別の人間で、しかももう捕まえたけど」
まぁ、実際の実行犯はフロウですね。しかも捕まえた後何故か主従関係になるというイミフ展開付きでしたが。
しかし依頼したのは精神的にはネレスだけど身体は私というややこしさ。これは言わぬが吉というものなので、スルースルー。
「…じゃあっ!横領はどうなんですかっ!貴族の娘だからって、許される事じゃないはずですっ!」
「横領…ねぇ。まだ容疑者ってだけだろうに」
口元に手をやって、眉を潜めるヴィルト様を見て好機と捉えたのか、ケミラは言葉を強める。
「証拠も見つかったらしいじゃないですか!ナルサス様とチェルシーが見つけたんでしょう?そもそも、私はお嬢様のこと、さっきも言ったようにチェルシーから聞いたんですっ!何で私だけが責められるのっ」
まぁ、それは当然思うわよね。答えは簡単だけどね。
「君のほうが迂闊に口を滑らしそうだからだけど?」
「なっ…!?」
あー…言っちゃった。ヴィルト様って結構ズバッと言うなぁ。まぁ、年齢考えたら、子どもらしいっちゃ、らしいのかな?
「でも残念。君はあまり深入りはしてないみたいだね。多分、証言するだけの役割止まりかな。もういいよ、連れていって。あぁ、さっきの召使いのニナも、もう少し聞きたいことがあるから、別室で聞かせてもらうね?」
いつの間にか騎士がケミラとニナをそれぞれ挟み、大広間の一階の大扉から連れ出して行った。念のための尋問だろうけど、多分あの二人は大丈夫。
「さて、ルチア嬢の掛けられている『横領』の容疑だけど…」
ヴィルトはナルサスの隣にいるチェルシーへと問いかける。
「本当に、領地運営資金は『横領』されていたのかな?」
「……それは、どういう意味でしょう?」
ヴィルト様の言葉に、階下の使用人たちにも動揺が広がる。
「そもそも君は、何故ルチア嬢の部屋に行ったんだい?」
「それは既に、お話した筈です。ナルサス様が調べたい事があるからと、案内を頼まれまして、ご一緒致しました」
「さっきの執務室での報告もそうだけど、君、話を端折ってるよね?ナルサスが訂正しないから、安心してた?」
「何の事でしょう?」
「君は先程の報告で、ナルサスの報告の合間を捕捉するようにしながら、実際は話を誘導していたね」
「そんな事はしておりません。それに、あの場に殿下は居らっしゃらなかった筈ですが」
「僕の優秀な手駒が居たんだよ。騎士隊長の横に座って居ただろう?彼の耳は僕の耳なんだよ」
貴方の(幼馴染みの妹の)手駒ですがね。勝手に自分の耳扱いするから、怒気がピシピシ痛いです。流れ弾被弾注意報発令中です。実は私の後ろにフロウは控えてます。(もちろん、こっそりね)
「殿下の部下が聞いて居たとして、何故私が報告を捻じ曲げる必要があるのでしょうか」
「そこが巧妙だよね。君は嘘は言っていない。ただ、ルチア嬢の部屋へ行った理由をナルサスを主体としただけだ。本当は、その前に君が、一人で自発的にルチア嬢の部屋に入った事実があるにも関わらず、ね」
「それは、お嬢様の部屋の掃除のために…」
「仮にも『横領』の容疑の掛かっている人間の部屋を?掃除するの?優秀なアルバニア公爵家の使用人が?」
「容疑が掛かっているだけで、犯人と断定された訳ではないと、先程ご自分が態度で示されたのでは」
「証拠保全の必要性と容疑者への気遣いは別物だろう?」
「それに、お嬢様の部屋の掃除について、メイド頭のタリアさんに願い出た時、許可を頂いております」
「うん、知ってるよ」
「…!知って…?」
まさか肯定されるとは思っていなかったのか、チェルシーが一瞬言葉に詰まる。
「この三日間、ルチア嬢の部屋の出入りは全く禁止していないよ。ただ、信用できる者以外が出入りしようとした時は見張らせていただけだ。監査役にね。まぁ、その見張っていた監査役が部屋から出てきた君に接触する前に、そこのナルサスとバッタリ出会ったみたいだけど。
言っておくけど、ナルサスはちゃんと気付いていたよ?君がルチア嬢の部屋で行っていた事が、掃除だけじゃないってこと」
「ね?」とヴィルト様がナルサスに話を振ると、ナルサスは首肯し、淡々と話し出した。
「最初に、何か見過ごした証拠が無いかと思い、一人でお嬢様の部屋へ向かいましたが、途中でお嬢様の部屋の方向から来たチェルシー殿に行き合いました。掃除用具入れに、たかが三日ぶりの掃除にしては不自然なくらい多くの道具が入ってましたから、疑念を抱きました。何か部屋の物を持ち出すか、又は逆に何かを置いてきたのではないかと思い、証拠を隠滅、もしくは持ち逃げさせないため、掃除用具を私が預かり、お嬢様の部屋へ同行しました。部屋でのやり取りは、前述した報告の通りです。
そして、先程確認した掃除用具の中には、特に必要と思えない多めの雑巾が重なっている隙間に、これが挟まっていました」
ナルサスが懐から取り出したのは、一冊の本。私が三日前目覚めた時に初めに目にした日本語の、あの日記だった。
「ちなみに、証拠として提出されたピクシーブックに偽装されたあの『帳簿』は、二日前の一斉捜査の時には存在しなかったことを、改めて報告致します。付け加えるならば、ナルサスの持つあの本は、一斉捜査時、お嬢様の部屋の本棚に入っていました。本日、チェルシーが持ち出したと思われます」
ナルサスの正確な報告に次いで、騎士隊長のドルフさんが公にしていなかった捜査報告を暴露した。
まぁ、普通に三日間もあれば、いくら令嬢の部屋が物が多いとは言え、紙切れ一枚単位まで綿密に調べるよねって話だ。ピクシーブックなんていう、魔力無しには開けないような如何にも『調べて下さいよー怪しいですよー』的なモノ、調べない訳がないじゃない。この世界の言語ではない日本語で書かれた日記だってそうだ。怪しさ満点、チェックしない方が異常だわ。
見逃される程度のことだと思っていたのだろうか。
証拠らしい証拠が見つかれば、小さな違和感なんか気付かれないとでも?
大人を舐めるなってんだ。




