オネエとネットゲーム
元自衛隊員である私だが、先に述べたように運動が得意かといえばそういうわけでもなく、特に瞬発力は平均以下と言って良いダメダメなレベルである。
その代わりにというか持久力や忍耐力は頭抜けてはいるのだが、普段はそんな能力を活かす機会も無いインドア人間である。
そんなインドアな人間である私は当然と言うべきかネット中毒気味であり、ネット上で忌避される2ちゃんねらーと呼ばれる人種でもあった。
もう十年以上も前になるが、その頃の2ちゃんねるはネットアングラの入り口ともいえるようなサイトであり、他サイトで2ちゃんねらーだと発言するのは荒らし宣言するのと同じようなものだった。
別に2ちゃんねる利用者の全てがアングラな人間なはずなど無いのだが、当時はネット利用者も少なく閉塞感があったため、妙な結束力と無駄な行動力を持つ2ちゃんねらーたちは危険物扱いされていたのではないかと勝手に思っている。
因みに今では2ちゃんねるはまったく覗いていない。
まあそれは置いといて。
そんなインドアネット中毒な私だが、不思議なことにネットゲームにはそれほどはまったことは無い、
恐らくゲームに対する感覚も古く、RPGの類は一人でコツコツやるものだという認識があるせいだろう。
筆不精な人間であるため、ネット上でまで交友関係に時間をとられたくないのもあるかもしれない。
そんな私も一時期はネットゲームに熱中していた時期がある。
まだ大学に入ったばかりで自分がオネエだという自覚も無かった頃なのだが、その頃の私はネカマだった。
オネエの自覚が無いのに何故ネカマと思われるだろうが、そこには長くて対して深くない理由がある。
初めてのネットゲームで右も左も分からない私は、情報収取をする中でギルドなるものがあることを知った。
そして幾つかのギルドを見繕った後、勢いで目についたギルドに入ってしまったわけだが、そこで私は運命ともいえる出会いをする。
そのギルドのマスターは高校生の少年だった。
高校生の割には幼い印象を受ける話し方をする少年だったが、流石マスターというべきか気遣いのできる少年であり、少々コミュ障気味な私がギルドに馴染めたのは彼のフォローのおかげだと言える。
そんなこんなでギルドに入った私だが、意外にもギルドに入ってからはギルドメンバーとの交流も楽しくなってしまい、ゲームとチャットに力を入れる割合が半々になったほどだ。
時にはゲームの攻略をせずに延々だべっている日もあった。今にして思えばああいうのもネットゲームの楽しみの一つだったのだろう。
もっとも、あの時間泥棒にもう一度手を出そうとは思わないが。
そうしてギルドに馴染んだ私ではあるが、しばらくしてからある疑念をギルドメンバーから持たれる事になる。
――あの人のリアル女じゃね?
断っておくが私は普通にギルドメンバーと話していた。
一人称は「私」だったがそれもネット上では珍しい事ではなく、そもそもアバターだって男を使っていた。
にもかかわらずそんな疑念をギルドメンバーが抱いたのは、私の丁寧な話し方と趣味のせいだったらしい。
当時の私の趣味――読書とピアノ。
何か私の話し方と相まって、リアルでは育ちの良い女子に違いないという妄想をギルドメンバーたちが膨らませちゃったらしいのである。
これで相手が男ばかりなら妄想乙で済ませるのだが、リアル女子確定してるギルドメンバーからも「実は女なんでしょ?」とか言われ始めて私大混乱である。
そして度重なる「実は女でしょ?」という問いに疲れた私は、ある日チャットでやらかしてしまった。
――私実は女なんだ。
やっちゃったのである。
魔がさしたにも程があるのである。
その後のギルドメンバーの反応は「やっぱりな」というもので占められ、否定しようにも後の祭り。
こうして私は何か流れでネカマをやる羽目になったのである。
もっともギルドメンバーの一人は察していたらしく「俺も女だって名乗れば良かった(笑)」とよく分からんフォローを入れてきたが。
さて、不本意ながらネカマをやる羽目になった私だが、実のところそれで困ったことは無かったりする。
元々素で対応していたのに女だと間違われたのだ。そのまま素でやってても皆は私を女だと思い込んだままだった。
変わったとすれば皆からの呼び名が「姉さん」になったことくらいだろうか。
何故新参なのに姉さん呼びなのか。そんなツッコミを入れている間に何故か副ギルドマスターに就任していた。
解せぬ。
ギルドマスター曰く「姉さんは頼りになるから」ということらしいが、それは単に私が少年より年長だったからではないかと今でも思う。
まあそれでも任命されたからにはマスターである少年のフォローをし、中々に充実したネットゲーム生活を送れたと今でも思っている。
しかしそんなギルドも、最後は空中分解して終わった。
きっかけはもう一人の副マスター。
元々そのギルドはその副マスターが作ったギルドだったのだが、多忙なために管理とマスター権を少年に委譲していたのだ。
しかし少年がマスターになり新参が増えると、副マスターは「ここはもう少年のギルドだ」と言って古参メンバーを引き連れて去ってしまった。
私たち新参は勝手な人だくらいにしか思わなかったが、これにショックを受けたのは現マスターである少年だ。
少年にとって副マスターはネットゲームのいろはを教えてくれた兄のような存在だった。
そんな存在が自分から離れてしまった上に、いくら新参が増えていたとはいえ去ったギルドメンバーの数は半数近くにのぼった。
もうギルド大幅弱体化である。
新参だったはずの私がマスターに次いでの古参となり、レベルもマスターに次いで二番目。
それなりに大きなギルドだったのだが、その零落っぷりにちょっと悲しくなった程だ。
その後の流れは言うまでもない。
最初はそれなりに上手くいっていたのだが、マスターは高校生であり受験も控えていた。
次第にログインの回数は減っていき、そして音信不通。
他のメンバーたちもしばらくは顔を見せていたが、一年もする頃には皆ゲームから離れていった。
よくある話だ。
しかしどうせなら自然消滅する前に、きっちり解散しておくべきだったかなと今でも思う。