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この優しい無限の世界は

「じゃーん!鯛めし完成!」

 釜の蓋を開けると湯気と共に食欲をそそる香りが住居スペースの畳の部屋中に広がるが俺はどうもそのおいしそうに仕上がっている鯛めしに興味が沸かない。普段ならなかなか食べることのできない鯛が丸まる一匹入った、鯛のだしがしっかりと米に染みて入れた醤油のおこげとか食べたら絶対にうまい。でも、それよりも気になってしまうことが多々ある。

「マジか~。今日から1ヶ月帰れないのかよ」

 1ヶ月音信普通になるということだ。毎日のように顔を出していた俺がある日を境に研究室に顔を出さなくなったら先生方は絶対に心配する。プラス予約していた多くの会社説明会を連絡なしドタキャンすることとなる。つまり、それだけ受けた会社の選考を受けづらくなし、俺のせいで学校の評判が下がってしまう気がしてもっと嫌だ。

「もう、過ぎた問題の事をくよくよしても仕方ないよ。さ!せっかくのめでたい鯛めしだよ。お兄さんの彼女が作った初手料理だよ!召し上がれ」

 彼女にはじめて作ってもらった飯が鯛めしってただのギャグだろ?

 茶碗に盛られたほのかに醤油の色をした鯛めしにはたっぷり鯛の身が盛り付けられている。ダシをかけて食べたらお茶漬け風になってきっとおいしいだろう。わさびと刻みのりを散らせばひつまぶしみたいにいいアクセントになっておいしいだろう。

 と俺がそう思うと部屋の中においてあった棚から円柱の缶が落下した。そのせいで練りわさびが巻き込まれて落下する。

 ほっぺにご飯粒をつけて鯛めしにかぶりついている少女も動きを止める。

「気持ち悪。なんで急に?」

「お兄さん何か望んだ?」

「俺が?・・・・・確かにこの鯛めしにダシとかけてお茶漬け風にしたらうまいだろうなと思った。わさびと刻みのりをかけたらひつまぶしみたいで・・・・・」

 俺はそこであることに気がつく。倒れて落ちてきたもののひとつは練りわさびだ。そして、落下した缶の中身は刻みのりと書かれていた。

「確かにダシをかける食べ方を試すのもおいしそうだね!棚にほんだしが入ってるはずだからお湯で溶かせばダシになるよね。わさびと~♪刻みのりと~♪」

 と突然謎のわさびと刻みのりの歌を歌いながら店側の厨房のほうに行ってやかんに水を入れてお湯を沸かし始めた。

 少女は鯛が食べたいといって鯛を吊り上げた。釜が欲しいと言ったら空から釜が落ちてきた。そして、俺がお茶漬け風にして鯛めしを食べたいと望んだからそれが叶った。望めば何でも叶うこの無限の世界。

「いい世界じゃないか」

 と思わず口に出してた。望めば何でも叶うのならば俺が住んでいる世界、有限の世界というらしいがその世界でもこの現象が起きないかと強く思ってしまうが、お湯を沸かしながら少女は俺の言葉を否定する。

「ここはお兄さんが思ってるほどいい世界じゃないよ」

「なんで?望めば何でも叶うんだぞ」

「なんでも叶うからっちゃうからだよ。人の欲望って言うのは耐えることはないよ。あれが欲しい、これが欲しいっていう複数の人の一斉に望んだんだよ。この世界は優しいからその望みをすべて叶えたんだよ」

 その脳裏に浮かぶのは混乱だ。少女が鯛を食べたい、釜が欲しいといった望みは本当にちっぽけなものだ。だが、その望みが巨大なものになれば?それが俺たちだけじゃない腹痛の人間が同時に願ったらどうなるか?それは混乱だ。

「例を挙げるとしたらとある仲良し3人組がいました。イケメンの男の子がひとり、チャラ男と呼びましょう。それと女の子がふたり、モブ美とモブ子と呼びましょう」

 個性を付けたいのか付けたくないのか分からない命名の仕方だが。

「モブ美とモブ子はチャラ男のことが好きでした。お互いにその気持ちを知っていたけど、仲良し3人の関係を壊したくなったモブ美とモブ子はその気持ちを抑えてチャラ男が好きだから付き合いたいという望みを飲み込み押さえつけながらも楽しく日々を過ごしていました」

 いわゆる三角関係という奴だ。関係がこじれてしまうよくあるお決まりのパターンだ。

「ですが、そこにひとりの女が3人の関係の中に入り込んできました。その女を仮にモブ香と名付けましょう」

 新しいモブが乱入してきたぞ。

「モブ香もチャラ男のことが好きでした。モブ香は望みました。チャラ男と恋人になりたいと。優しい無限の世界はモブ香の願いを叶えました。ですが、同時にモブ美とモブ子とチャラ男の3人の関係を崩れていきました。モブ美とモブ子はチャラ男が好きだった気持ちに嘘をつきたくない。関係が崩れてしまった以上躊躇する必要はありません。だから、モブ美もモブ子もチャラ男の恋人になりたいと望みました。ですが、チャラ男はこの世界にひとりしかいません。困った優しい無限の世界はチャラ男の恋人だったモブ香を殺しました」

「え?」

「事故死でした。チャラ男の彼女がいなくなりました。無限の世界が望みを叶えてくれたんです。なら、次は私がチャラ男の恋人になれるんだ。モブ美とモブ子は願いました。チャラ男が私のことを好きになりますように」

 俺は息を呑んだ。無限の世界は人の望みをかなえるために人を殺している。同時にチャラ男が自分のものになるように願えば無限の世界はふたりのどちらかしか叶えることはできない。驚愕の結末を知りたいという思いが鯛めしへ進める箸を止める。

「無限の世界は願いを叶えました。チャラ男をふたつに裂いて分け与えました」

「・・・・・・え?」

「きっと、お兄さんと同じ反応をふたりはしたと思うよ。あの人を私のものにしたい、あの人に自分の言うことを聞かせたいとかいう支配欲とかが無限の世界の人々苦しめて数を減らしていったんだよ」

 そのチャラ男のように無限の世界が叶えようとした望みのせいで死んでしまった人も少なくない。

「なんでも望みが叶うっていうのはいい世界なのかもしれないよ。でも、すべてが叶うっていうのは収拾がつかなくなるってことなんだよ。だから、無限の世界の人々は有限の世界へ行くことを好んだんだよ。努力して結果を残せば望みが叶う世界にあこがれてね。それが結果として無限の世界の今の現状を作り上げたんだよ」

 話を終えて残った鯛めしを流し込んで新しい鯛めしを釜からよそってわさびを少々、刻みのりを振りかけてお湯で溶かしたほんだしの汁をかけて少女が鯛茶漬けを食す。おいしい~っと呟くその姿は幸せそうだったが俺はそんな気分に慣れなかった。

 俺はとんでもない世界に迷い込んだんだと初めて自覚したのだ。

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