タイトルは
初めに俺の話だ。
俺があの日、会社説明会をすっぽかして日付的には2週間ほど経っていた。さすがにその期間まったく連絡がなかったことに親も先生もかなり心配していたようで迷惑をかけたようで申し訳ないと思った。その後すぐに親と先生にあることを告げた。初めにもう就職活動はしないこと、そして小説家になりたいことを告げた。
大バッシングを喰らった気がしたけどあまり気にならなかった。それだけの否定を跳ね除けるだけの強い心をあの無限の世界で得ることができたおかげだろう。
次に少女の話だ。
少女は無限の世界に来て半年ほど経っていたようだ。家族のところに帰るためには交通費が足りないということで俺のところに寝泊りして帰りの交通費を短期バイトをしながら稼いでいる。年齢は14歳らしいのだがそこは1歳さばを読んで働いている。
働き方を少し覚えて家族の助けになりたいという気持ちが強くなった。家族がどうなったのか分からない。情報が何もない以上一度帰らなければならない。その資金も集まって荷物をまとめて再び俺たちは東京駅にやってきた。
といっても無限の世界に行くための0番線ではなく新幹線のホームだ。
「忘れ物はないか?」
「ないって。バカにしないでよ。私は子供じゃないんだよ」
いや、子供だろ。
無限の世界から出るために大量の食料を入れたバックをそのまま使って衣服などの必要最低限のものを入れている。今はそれを背負わずにホームにおいている。俺も見送りのために新幹線のホームにやってきている。
「お兄さんは就職活動のほうはどうなの?」
「それ聞いちゃうのか?」
「なら、先に私のことを話そう。どうやら、兄の一郎は退院してトラックの運転手をしているらしい。で、兄の次郎は刑務所を出て更正してまじめに働いているらしい。三郎はまだ刑務所の中。お父さんとお母さんはちょっと分からないな~」
「分かったんだ」
分からないということだったのだが。
「うん。向こうに着いたら一郎と次郎が迎えに来てくれる」
少女の表情は明るくてうれしそうだ。
「それにしても君の兄貴の名前は一郎と次郎なのか?」
「そんなわけないじゃん」
じゃあ、なんでその偽名をいまだに使ってるんだよ。
「それにしても0番線見つからなかったね」
「そうだな」
俺と少女は無限行きの電車がやってくる電車のホームの在り処が気になって調べたが、東京駅のホームページにも電車オタク専用のホームページにも駅員に聞いても存在を知るものはいなかった。
「きっと、私たちと同じ境遇の人にしかたどり着けないのかもね」
「そうかもな」
現実から嫌気が差してその中で生きていく術を考える世界。それがあの世界だ。俺と少女はその世界から社会で生きる術を身につけて帰ってきた。無限の世界はもう大丈夫だと俺たちに自分の存在を見つけられないように隠れてしまった。
もう、二度と何でも望みの叶うあの世界に戻れないといろいろ後悔は残る。もっと、音のこの下心をくすぐるような下品な望みを叶えてくれたかもしれないのに。
「てい!」
少女が俺の脚を思い切り踏みつける。
「痛っ!何するんだよ!」
「なんか身の危険を感じた」
女の勘って怖い。
「さて!次はお兄さんの番だよ」
少女が教えてくれたのなら俺が教えないわけには行かない。
「一応、派遣会社の内定は貰った。来年の春からは社会人だ」
「あれ?小説家の夢は?」
「捨ててるわけないだろ。今月末が締め切りの新人賞に応募するつもりだ。どれだけ砕け散ろうとも何度も挑戦するつもりだ。俺が選んだ道だ」
「お兄さん楽しそう」
「そうか?」
実際に言うと―――楽しい。
「・・・・・これで私たちお別れになるのかな?」
少女が少し寂しそうに呟く。
俺と少女がこっちの世界で過ごしてきたのはたった1ヶ月程度だった。少女の料理の腕が高いということが改めて分かった。料理人にでもなればと俺が呟くとそうしようかなっと本気で考えた。生活するだけで精一杯だった少女の中に俺と同じように将来のなりたいものが出来た。それはいい傾向だ。
そんな少女と会えなくなる。同じように現実に嫌気が差して無限の世界に逃げて共に抜け出した仲だ。互いの腹の底を見せ合った。そんな関係が離れるだけ切れたりするとは思えない。
「ここは有限の世界だ。無限に広がってるわけじゃない。会おうと思えばいつでも会える」
「・・・・・そうだよね!」
今日、一番の笑顔で少女が答える。
アナウンスで新幹線がホームに入ってきたことを告げた。勢いよく入ってきた新幹線は車庫から今日始めて運転ということだけあって清掃の時間はなくそのまま人を乗せる態勢が整っていた。
「じゃあ、行くね」
「ああ」
「そうだ!」
少女はバックからメモ帳を取り出してシャーペンで何かを慌てて書き出す。
「はい!これ!大切でしょ!」
といって渡してきたのは住所と名前の書かれたものだった。
「これでお兄さんがいつでも私のところに会いにこれるよね」
「俺が行くこと前提かよ」
新幹線を使わないといけない距離だろ!どれだけ移動に金が掛かると思ってるんだよ!
「でも、会いに来てね。私も待ってるから」
少女は物寂しそうにバックを背負って俺のほうを見る。見つめ合う二人は何か化学的に証明できない引力的何かに吸い寄せられて唇を交わした。これは好意と言うか・・・・・なんというか・・・・・好意だ。22歳の大人が14歳の中学生のことを好きになっても別にいいだろ。犯罪かもしれないけど。
「無限の世界で望んだ彼女が欲しいって奴は継続中なのか?」
「かもね」
少女が照れくさそうに告げた。
「じゃあ、またね!お兄さん!夢を叶えてよ!」
「おう!またな!君も家族と幸せ掴めよ!」
互いの検討を祈って元気いっぱいの少女が新幹線に乗り込むと扉が閉まってゆっくりと新幹線は走り出した。俺はしばらく電車が去ったホームで少女のほうをしばらく眺めていた。
これから待ち構えているであろう俺と少女に降りかかる試練はきっと過酷なものだろう。だが、俺たちはあの薄ピンク色の無限の世界から貰ったものがある。強い心だ。これは何でも望みを叶えてくれる無限の世界だからこそ得ることができたものだ。最後に自分の望みというのは自分で叶えるものなんだ。それをあの優しい世界は教えてくれた。
もう、俺はあの世界には行かないけど、学んだことや不思議な出会いについては小説家になるんだから綴ってもいいだろう。ひとつの物語として。そうだな、タイトルは・・・・・。
「無限の世界から」
始めに最後まで読んでくださってありがとうございます。
こちらのお話に出てくる俺は私こと駿河ギンの現状と心境に類似します。就職も手詰まりであり、小説家としてもデビューが望めない。結論は自分の夢を夢として語ればいいというのが無責任な結論です。実際には分かっているものの私は言い出せていません。それが現実なのです。




