トーク10:茶隅紅奈、ですわ。
翌日、私は生徒会が催すらしい学年交流会の参加希望者リストを抱えて三年の教室を訪れていた。
どうやらうちのクラス委員が持っていくのを忘れていたらしい。
三年生の先輩は怖いと一年の間では評判。三年と関わりがあるのならと自然と押しつけられてしまった。
唯一、申し訳なさそうにしてくれたのは…クラス委員の西園寺美弥さん。
「ごめんなさい、原田さん。私が忘れたばっかりに…副会長さんとお知り合いだからと体よく押しつける状況を作ってしまって…」
「大丈夫だよ、西園寺さん。気にしないで」
「本当にありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、行ってくるね」
律葉先輩に電話でどうしたらいいか聞いてみたら、直接持って来てくれたら自分経由で処理すると教えて貰っている。
だから持っていくだけで十分なのだが…思えば、他学年のフロアに行くのって初めてだ。
まあ、二年生には舞先輩がいてくれるし、三年生には紅奈先輩と律葉先輩、覚えてくれているか分からないけれど…生徒会長だって面識はあるわけだし。
きっと大丈夫だと言い聞かせながら、移動教室以外では登らない階段を上っていく。
四階のフロアが三年生のフロアだ。
ネクタイが青い人達ばかりの空間で、ネクタイが緑色の私を見かけた上級生達。
私を見るような目つきは、異物をみるような感じで酷く居心地が悪い…。
「おっ、一年?」
「ぷるぷる震えなくていいから、どしたの?」
「どしたん?誰かに用事?」
「あ、学年交流の申し込み用紙じゃん。じゃあ律葉じゃね?」
「月乃ちゃまは?」
「あいつが実務するわけないっしょ。あ、律葉のクラスわかる?生徒会副会長の」
「わ、わかりません…」
「三組だよ。一緒行く?」
「いいんですか?」
「ま、あたしも三組だしね〜。旅は道連れってこういうこと〜」
なんだか使い方が違う気がするが、ふわふわした先輩に手を引かれて私は律葉先輩がいるらしい三組へと向かうことになる。
話しかけてくれた先輩達には会釈しておくと、遠くから「かわい〜」と聞こえた。
へへっ…。
「ついたよ。律葉は…あれ、いない」
「どうしましょ…」
「しばらく教室で待ってたら?お菓子食べる?」
「で、でも…」
「遠慮すんなって〜みて〜。一年、拉致ってきちゃった〜かわいーでしょ〜」
「犯罪だぞ〜」
「だからお菓子で懐柔しようと思うんだよね〜。がお〜」
「か、かいじゅう…?」
「そういえば、紅奈ってお菓子沢山持ってるよね〜。少しちょ〜だ〜い」
先輩が声をかけたのは、まさかの紅奈先輩。
律葉先輩と同じクラスだとは思わなかったが、見覚えのある彼女は引きつった笑みを浮かべながらクラスメイトに応対する。
「…ほんの少し、ですわよ」
「紅奈やさし〜。あ、一年ちゃん。これは茶隅紅奈。私は守道穂羽〜。よろ〜」
「これとはなんですか…もう」
「!?」
「は、はじめまして、茶隅紅奈と申しますわ。以後、よろしくお願いしますね」
誰だこいつ。
誰だ、こいつ。
目の前にいる筈の存在は確かにあの茶隅紅奈だ。
人をパシリにするし、お茶注ぎ係にしてくるし、お茶会をしたいとかいうけど、いつも足を組んでお行儀が悪いあの茶隅紅奈だ。
あの粗暴さの擬人化みたいな女が…なんかお嬢様に見えるぞ!
「…なんでここにいんだよぉ」
「?なんか聞こえたような〜…?」
「気のせいですわ。ほら、一年生さん、こちらへ。日当たりもいいですし、窓際で過ごしていましょう」
「は、はい…!」
紅奈先輩に手を引かれ、窓際の席に座らせられる。
クラブの時もこのノリでいてくれたら納得しかないのだが…何を考えているんだ紅奈先輩は。
このテンションは一体…やっぱり昨日頭が痛い風邪だったんじゃ…。
「私も一緒〜へへ〜。一年ちゃん、名前なんていうの〜?」
「は、原田和泉です」
「和泉ね〜。私の事も名前で呼んでね〜」
「で、でも先輩に…」
「先輩がいいよ〜って言ってるんだから、お言葉に甘えちゃいなYO〜」
「で、では…穂羽、先輩」
「むふ〜。いいね、先輩呼び。紅奈も呼んで貰いなよ〜。ほら、うちら帰宅部だし、後輩に先輩って呼ばれることないじゃん?」
「そ、それは…そう、ですね。和泉、さん?私も、お願いしてもいいですか?」
…さん、だと。
初対面の頃から敬語どころか敬称なんて使わない紅奈先輩が、私に向かって敬称だと…?
やっぱり風邪引いてるんだ…。
早く帰って寝た方がいいと思う…。
「は、はい。紅奈、先輩」
「…なにされてるんですか」
紅奈先輩の表情が、一瞬だけ晴れた気がした。
それもそうだろう。教室に律葉先輩が戻ってきたからだ。
「あ~。律葉だ~。おかえり~」
「ただいま。和泉は、例のあれを持って来てくれたんですよね。お預かりします」
「は、はい!あの…その」
この状況をどう切り出すべきか…そう悩んだが、律葉先輩は言葉を遮るように、私の口元へ指先を当てる。
そして彼女は笑みを浮かべて、こういうのだ。
「そういえば、お菓子があるんですよ。せっかくだから食べていっては?」
「…律葉てめぇ」
「?なんか聞こえたような?」
「…空耳では?」
「そうかも〜」
あ、いた。
私が知ってる紅奈先輩、いた。
この人、猫被ってるだけだ。
その状況を律葉先輩に遊ばれ…遊ばれてる!?
「…おい、和泉。なにかと理由つけて帰れねぇか」
「無茶言わないでくださいよ…てかそのですわ口調なんなんですか。風邪を拗らせたのかと思いましたよ」
「和泉と紅奈はもう仲良しだ〜。私も混ぜて〜」
穂羽先輩が無自覚で状況をかき乱す中、その状況を楽しむ律葉先輩だけがお菓子を机に並べてくる。
…いつもとは違う場所でのお茶会が、幕を開ける。




