トーク1:冷染女子高校の乙女子達
冷染女子高校。とある地方にある百年以上の歴史を持つ由緒正しい女子校。
数多の女学生が卒業し、中には東京で名を挙げた存在もいるとか、いないとか。
そんなここには、秘密のクラブが存在する。
旧校舎四階端。誰も来ない旧図書室には———秘密があるのです。
「…和泉」
「はい、舞先輩」
…綺麗で優しい先輩と、入学したての私。
右も左も分からない私を気にかけてくれる姿はまさに思い描いていた女子校の生活そのもの。
そう。ここは冷染女子高校乙女子クラブ。
乙女の中の乙女を目指す為、目標を持った乙女達が集まって、今日も「理想の乙女」について語らうので———。
「お前さぁ、こんなところで堂々と夢小説書くなよ…」
「い、いいではないですか!なにしようとも!百合小説読んでる舞先輩には言われたくないです!」
「今回のは先駆けともいえる花たちの物語…。つまりのところ文芸小説なんだけどなっ!」
バンッ!と舞先輩が机を叩くと共に、私の正面に座る彼女がティーカップをガシャンと激しく叩きつける。
「…てめぇらは大人しく茶の一つすら飲めねぇのか?あぁん?」
「紅奈、持ち手が外れていますよ…百円で買ってきた安物なんですから、あまり激しく扱わないでください」
「えっ!?これ百円なんですか!?…凄くお洒落だからてっきり…私も帰りに買って帰ろ〜…」
真っ白な磁器に可愛らしい赤い花が描かれているティーカップ。
てっきりお高い感じのものかと思いきや…私でも手が出る代物だったとは。
自室に置いて一人ティータイムを楽しむお供になんてしちゃおうなんて考えている私の横で、ティータイムを持ったまま舞先輩は怪訝そうに目を細める。
「道理で口当たりが悪いわけだ。律葉先輩、茶しばきたいなら、もうちょっと高いの買ってきてくれますぅ?」
「舞には物足りないかもしれませんが…こちらを選んだ理由は二つ。申し上げても?」
「どうぞ」
「一つ、お茶会で使う食器なのですから統一感があった方が見栄えがいい。しかしバイト禁止の弊学で学生のお小遣いで買える商品なんて限られている。安くて見栄えがそれっぽいのを選んで演出をしています」
「妥当な理由だな」
「律葉先輩天才!」
「で、もう一つは?」
確かに、理由は二つあると最初に律葉先輩は言っていた。
でも、学生のお財布事情以外になにかあるだろうか…?
何がでてくるのだろうか。そんな私達の視線を受けつつ…律葉先輩は言いにくそうに、もう一つの理由を述べてくれた。
「もう一つは…紅奈がバンバン叩くから、安物じゃないと色々…苦しい思いをすると思うので」
「それはそうっすね」
「いっぱい壊してますもんね。昨日も壊していましたし…」
「人が破壊神みたいな言い方するんじゃねえよ」
「和泉が入学してから三日でティーカップ三つ壊しているんですよ、紅奈。新学期から壊しているので、トータル五つ」
もう五つも壊しているんだ…。
私が知らないところでも壊れてるんだ…。
そもそもこの謎クラブ、今年度急に設立されたものとかじゃないんだ…。
「それは流石に申し訳ないな…弁償したほうがいいか?」
「そうですね…100円プラス消費税×三つ分。330円でいいですよ」
「二つ分は」
「おまけしておいてあげます」
「おっけ。助かるよ」
「現金でお願いします」
「ポイポイ出してくれ」
「現金」
「送る」
「現金がいいです。明日でも可」
「私の家、全員キャッシュレス化してるんだよ」
「なんですかその家」
「いいだろ家庭の事情だよ」
「そういうことにしておきます」
「そういうことなんだが!?」
律葉先輩は渋々スマホを出して、紅奈先輩からポイポイの送金を受け取る。
「…紅奈先輩の家って、確か」
「茶道の家元。家がキャッシュレスとか絶対嘘だろ」
私達の声は、幸い聞こえていないようだ。
やりとりを済ませた二人は、スマホをポケットに収納しながら…再びティーカップを口に運ぶ。
紅奈先輩のティーカップにはもう持ち手がないので、飲み方は…手のひらで覆うようにしながら、カップを掴み…飲んでいる。
どこからどう見ても、おじさんがお酒を飲む姿だった…。
「てか、そんなに壊すならもう紙コップでいいじゃないですか。帰りに店寄って調達しましょうよ」
「あ、私も行きたいです!百円!」
「舞、お前風情が分かってないな」
「風情より、金の問題です」
「お茶会っていうのはぁ!ティーカップとソーサーがあってこそ「らしい」だろうがぁ!」
「でも壊れたら元も子もないんですよ、紅奈」
「…しかし、紙コップだけは反対だ。風情がない」
壊して、弁償費用を払った身だからか…律葉先輩の意見は静かに聞き入れるらしい。
確かに壊しては元も子もない。
だからといって、紙コップでお茶を飲むのは…何か違う気がする。
「じゃあ、紅奈先輩だけ頑丈な茶器を用意したらいいのではないでしょうか」
「てかお茶自体も午前のミルクティーなんだから、もう全員ペットボトル直飲みで」
「プラスチック製にしますか?」
「和泉〜。頑丈な茶器、検索」
「はい!…って、皆さん調べてくださいよ!何私だけが調べる空気になっているんですか!」
「言い出しっぺの法則。じゃ、私いまから読書するから。花○語、これまでの話もよかったんだけど、ここから後期作でさぁ…」
「今からスマホゲーすっから。」
「すみません、今から宝くじ買うので」
「後にしてくださいよ!いいんですか紅奈先輩!私が凄く奇抜な、とってもやばい茶器を選んだら!」
「その時はぶん殴ればいいからな」
「後輩いじめよくない!先生に言いつけます!」
「ま、それが普通だわなぁ。言い方は小学生っぽいけど」
「それは妥当なのですが、和泉」
「はい、律葉先輩!」
「…このクラブ、非公式なのですから…紅奈から殴られた状況を正直に話した瞬間、貴方も先生からお説教ですよ」
「それな〜。てか、説教程度で済むのか」
「放課後、立ち入り禁止の筈の旧校舎に忍び込んで、不当に空き教室をピッキングして侵入している私達もおしまい。乙女子クラブ、解散!ついでに私達も…退学じゃないっすか?」
「…それは、初耳なのですが」
「今言ったからね」
「今言ったからな」
「今言いましたから」
三人口を揃えて、真顔で述べてはそれぞれがお菓子に手を伸ばす。
それが、当たり前と、言わんばかりに…。
「ちょっと待ってください!私!てっきり正式なクラブだと思って入会したんですよ!?詐欺じゃないですか!舞先輩の詐欺師!犯罪者!へのへのもへじ!」
「ちょーっと騙したのは認めるけど、こんな活動目的もよく分かっていない謎クラブにのこのこ入会する和泉はどうなんだよ。将来アンケートに答えようと屋内に入ったら変な水を周囲に売り始める人間に仕立て上げられてそう。和泉だけに泉の天然水、なんつって」
「金に困ったらお前に電話するわ。もしもしオレオレ、ちょっと事故に遭っちゃってさ…ってな」
「ギフトカードの番号を指定された通りに相手へ送付していそうです」
「三人とも酷い!私そんなに詐欺に引っかかってそうなんですか!」
「事実私みたいな素人に引っかかったからこうなってんだろ」
「それもそうだ!」
よく分からないけれど、私はなんか詐欺に引っかかりやすい感じのオーラが出ているらしい。
だからこんな変な空間に連れてこられたんだ。
私は、私はぁ…!
「そもそも、乙女子クラブって…なんか、姉妹制度とか、ごきげんようとか…そういうのをやる部活じゃなかったんですか」
「この学校にそんなの使いこなす奴いないって。紅奈パイセン、あんた創立者でしょ。なにする目的で作ったんです?」
「私がなんかそれっぽい空間でお茶会したかった。そしたら勝手に何か舞が居座って、律葉が監視名目で来るようになって…で、舞がお前を連れてきた。寄せ集め空間って感じだな」
「このクラブ、ただのお茶を飲むだけのクラブなんです?!」
「まあ、そうだな」
何食わぬ顔で茶をしばき、お菓子を手に取って一息を吐く。
そんな…学校の規則を破って、旧校舎に不法侵入してやることが…ただお茶を飲むだけだなんて…ありえない…。
「そんなの家でやればいいじゃないですか!」
「知っての通り、私の家は茶道の家元だぞ。紅茶なんか飲んだら家を追い出されるに決まっているだろう」
「抹茶しか飲ませて貰えないんですか…?」
「ああ、そうなんだ…だから私は、抹茶とか、緑茶を見ると蕁麻疹が…」
「そんなの可哀想です…!だからここで紅茶を飲みたいんですね!」
「想像以上にヤバいな…からかった身とはいえ、心配になってきた」
「和泉…緑茶と紅茶の葉っぱは一緒ですよ…」
「紅奈先輩可哀想…お家に色々制限されてて、それをここで発散したいんですね…!」
「あ、うん…そういうことにしておいてくれ…」
泣きつく私を何故か申し訳なさそうに抱き留めながら、紅奈先輩は相づちを繰り返す。
舞先輩と律葉先輩は目を逸らしながら、一気に茶を飲み干した。
ここは冷染女子高校旧校舎四階。非公式団体「乙女子クラブ」
変な理想を抱く女子達が集い、会話を楽しみ、茶をしばくだけの…集まりらしい。
今日の茶会はこんなノリでもまだまだ序盤。
放課後は、まだ始まったばかりだ。




