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第4話

 ホヅミ殿に連れられて中庭に出ると、そこは四方から光の魔道具に照らされて、夜であるのに明るかった。


 ホヅミ殿は、待っていたナガト殿と昨日部屋のそばで待機してくれた男性と、何やら言葉を交わした後、こちらに向き直った。


「では、脱出の説明をさせていただきます。約2時間後に、王都を脱出します。ただ、城門はいつもの倍の衛兵で守られていて、門を通過しての脱出は不可能です。」


「どうするのだ?」


 王城には秘密の脱出通路があるだろう。だが、今ここにいる私たちには、それを利用することはできない。


「飛び越えます。」


 ホヅミ殿はさらりと言った。私は思わず耳を疑った。


「・・・。知っていると思うが、城壁はどこも12メートルはあるぞ。無理だ!」


「まあ、飛び越えるというよりは、城壁のはるか上を飛んで通過するといった方が正確で しょうか。」


「飛ぶ・・・だと?」


「はい。そうです。そのためには、必要な道具があるのですが、間もなく本国から応援とその道具が届きます。それを使って、空を飛んで脱出します。」


「本国から応援と道具が届く・・・だと?サーシャ、カーチャ私の後ろに!」


私は、ふつふつと怒りが湧いてくる。そして剣に手をかけ、それを抜いて構える。


「私たちを騙すなら、もう少しそれらしい嘘をつくんだな!お前たちの国は近いところで、も2700KMは離れているんだろう?今日明日で応援や道具が届くわけがなかろう!それに空を飛ぶだと!そんな夢のようなことできるわけがない!私たちをどうするつもりだ! いったい何を考えている!!」


 騙された。これからどうする。この場をどう切り抜ける?すると男が、ホヅミに言葉をかける。


「来ます。」


 ホヅミはうなずくと、話し出す。


「落ち着いてください、殿下。今から私が言ったことを、証明します。」


「はっ、証明だと?何か?その応援と道具とやらが、空から舞い降りてくるとでも言うのか?」


「はい、その通りです。ああ来ましたね。」


「何?!」


 ホヅミが上を見上げて、指をさす。私は思わずそちらを見てしまった。月明りだけでよく見えないが、何か長いものが円を描くように飛んでいる。


 鳥か?何かぶら下がっている。人?円を描きながら、だんだん降りてきて着地した。それは明らかに人だった。そしてそのあとに布らしきものがばさばさと落ちてきた。


「弓原二曹!」


 弓原二曹は装備を外し、八月一日に駆け寄り、敬礼をして報告する。


「二等陸曹、弓原 梢。ただいま装備とともに到着しました。八月一日一尉ですね?」


 八月一日も敬礼で返す。


「ボアザック防衛駐在官、八月一日 幸太郎だ。早速で悪いのだが、殿下たちの着替えを頼む。宿舎の殿下たちの部屋を使ってくれ。私は、装備の組み立てと離陸の準備をする。あちらにいらっしゃるのが殿下たちだ。」


「はい。了解しました。」


 空から舞い降りてきたのは、なんと女性だった。私はホヅミ殿とその女性が言葉を交わしているのを、ただ茫然と見ていた。


 私の思考は完全に停止した。怒気もどこかに飛んで行ってしまっている。


 彼女は振り返り、私の方に近づいてくる。

「クリスティーナ殿下、それとアレクサンドロス殿下とエカチェリーナ殿下。お会いできて大変光栄です。私は、梢 弓原と申します。まずは、そのお手にお持ちのものをお納め願いますか?危ないので。」


「え?あぁ。」


 私は剣を納める。


「脱出に必要な着替えをします。殿下たちのお部屋に行きましょう。」


 思考を停止した私は、ただ言われるがまま、指示に従い部屋に向かって歩きだした。


「ねえ、あなたは空を飛べるの?」


 カーチャが無邪気にユミハラ殿に問いかける。

「えぇ、飛べますよ。」


「私もいっしょに飛ぶの?」


「はい。そうです。そのためのお着替えをします。」


 サーシャとカーチャは顔を見合わせた後、ユミハラ殿の方を見て目をキラキラさせていた。


「うふふ、楽しみ。」


「そうだね。」


 楽しみなのか・・・お前たち。


 部屋に入り、ユミハラ殿の背負っていたバッグから着替え出して、それに着替え始める。


 私は少し落ち着いて来たのか、ユミハラ殿の服装を観察することができた。緑色の地に、濃茶、薄茶、黒が混ざった何と言ってよいのかわからない服だった。


 靴は、黒の半ブーツのようなものだった。これをデザインした者の気持ちは、いったいどんなものであっただろう。


 弟たちは長袖長ズボンに足首まである見たことのないデザインと素材の靴、そして、薄くてこれも素材が分からない上着に着替えさせられた。


 私の服装は、ユミハラ殿と同じだ。ちょっと、いやかなり恥ずかしい。着替えの最中、私は つい不安を口にしてしまった。


 「空を飛ぶなんて、本当にできるのか?それに大丈夫なのだろうか・・・。」


 するとユミハラ殿は明るい顔で楽しそうに話し出す。


「大丈夫ですよー。実は私、昨日まで新大陸で、民間のモーターパラグライダーを運営する会社にいまして、そこでインストラクターをして、毎日のようにパッセンジャーを載せて飛んでいました。ところが今朝がた、国の偉い人が突然やってきて、自衛隊復帰を命じられました。私は元々は自衛官だったのですが、 除隊して好きなパラグライダーの仕事がしたくて就職したんですが、予備自衛官の登録もしていまして。西大陸語がある程度できて、パラグライダーに乗れて、女性でここに近い位置にいるっていうのが、私くらいしか いなかったんでしょうね。V-22に乗せられて事情を説明されて今ここいるんですが、でも殿下たちきれいで、 かわいくて、きてよかったなぁなん--」


「すまぬ、ユミハラ殿。何を言っているのか全く分からない。」


 私はユミハラ殿の話をぶった切った。


「でっ、ですよねー。あはは、とにかく私は飛ぶことに関してはベテランで、八月一日武官も訓練を受けているので、安心してくださいってことです。」


「あぁ、わかった。」


 着替え終わった私たちは、中庭に戻った。


 所持しているものは、父上から授かったこの剣だけだ。


 中庭には、私と同じ服装に着替えたホヅミ殿が、大きな丸いものを背負って待っていた。


 これが、ユミハラ殿が着替え中に説明してくれた「デンドウもーたーぱらぐらいだー」というものなのだろう。


 私は兜のようなものをかぶせられ、弟たちも小さな兜のようなものをかぶせられた。


 ホヅミ殿たちも私と同じ兜をかぶる。ただ兜の前面には何かがくっついている。


「アレクサンドロス殿下、エカチェリーナ殿下を抱っこしてください。このベルトでお二人を固定します。ちょっと窮屈でしょうが、我慢してくださいね。」


 ユミハラ殿が2人をベルトのようなもので、お互いをしっかり固定する。そして彼女もホヅミ殿と同じ、丸いものを背負った後、弟たちの背中側に回り、前からホヅミ殿が、ベルトで弟たちとユミハラ殿をしっかり固定するのを手伝った。


 ユミハラ殿たちから後方に距離を取った場所で、今度はホヅミ殿が私の後ろに回って、ナガト殿が前から私たちをベルトで固定するのを手伝う。


 「弓原二曹、聞こえるか?」


 「はい、聞こえます。」


 ホヅミ殿が突然話し出す。これはおそらくニホン語なのであろう。


 ん?まさかユミハラ殿と話しているのか?


「こちらも準備ができた。が、風がないな・・・。」


「はい、無風ですね。ちょっと厄介です。」


「少しでも風がないと、この中庭では滑走距離が厳しいな。」


なにか悩んでいるようだ。


「どうかしたのか?」


 横を向いて、後ろのホヅミ殿に聞いてみる。


「はい。風がないので少し待とうかと。」


「風が欲しいのか。少しなら吹かせることができるぞ。」


「ええっ?!吹かせることができるのですか?」


 ホヅミ殿の驚く声を初めて聴いた。


「ふ、船を動かすような風は無理だが、少しの風なら。」


「お願いします!むしろそのくらいの風がよいです。」


 私は風魔法の詠唱を唱える。


「八月一日一尉、風が出てきました。」


「ああ、殿下が起こしてくれた。」


「え?」


「とにかく、今のうちに出発だ。」


「了解。」


 今まで、何の役にも立たなかった初歩的な風魔法が役に立ちそうだ。少しうれしい。


「殿下、弓原たちが浮いたら、私たちも走りだします。」


「わ、わかった。」


 ユミハラ殿たちが走り出す。すると、横に長い布のようなものが空中にふわっと舞い上がり、それにぶら下がるように彼女らが空中に浮きだした。


「殿下、行きます!」


 我々も走り出す。緊張で足がもつれそうになる。


 バサッという音が後方でして、5、6歩走ったところで足が地面から離れた。


「うわっ!うわっ!」


すると後ろから今度はブーーーンという音がし出した。


「八月一日一尉、高度はもうこれくらいで大丈夫でしょう。先導のドローンも確認できました。」


「了解。そちらについていく。」


 明りに照らされた中庭やナガト殿たちが、もうずいぶん小さくなっていた。


 私は本当に空を飛んでいるのだ。夢のような話だが、夢ではない。


 かなり下の方に、城門のかがり火のようなものが見えた。


 なんともやすやすと王都を脱出してしまった。


 私はホヅミ殿たちに剣を向けたことを謝罪する。


「ホヅミ殿、あの時、取り乱してしまって申し訳なかった。」


「いえ、殿下のとった行動はもっともです。でも、日本刀を向けられたときは、やはりぞっとしました。」


「ニホントウ?」


「ええ、その剣は日本刀と言いまして、我が日本が国王陛下に贈呈したものの一つです。」


「この剣は、ニホンのものだったのか。」


 私は、はっと気が付いた。


「では、私たちを追いかけてきたのは、この剣を見たからだったのだな?」


「はい。そうです。」


「そうか、そうだったのか……。」


 この剣は、私たちとニホンを結び付けてくれたのか。父上……。


 10分くらいたっただろうか、ホヅミ殿が再びニホン語で話し出す。


「八月一日一尉、そろそろ『場外』です。」


「了解。高度を落とそう。」


「殿下、着陸です。今度は飛び立った時と逆の行動です。」


 私は初めて、振り返って返事をする。


「ああ、わかっ……た。」


 私は急いで前を向く。ち、近い!肉親以外でこんなに近くで男性の顔を見たのは、初めてだ。私の心臓は急にドキドキしだした。


 こんなに近くでは、音に気付かれてしまう。 早く降りなければ。


 また全然違う意味で緊張して、私は着陸するのであった。


 降りた場所には、やはり明りがあり、私と同じ服を着た男性2人がいた。


 一人は少し遠くで何かを操作している。


 すると空から何か小さいものが下りてきて、彼はそれを拾い上げ戻ってきた。


 もう一人は、私たちのベルトを外すのを手伝い、ホヅミ殿、ユミハラ殿と3人で、外したものと大きな布を畳んで、近くの馬車らしきものに積む。


 ユミハラ殿は近づいてきて、「あれに乗ります。」 と、私たちと一緒に馬車に乗り込んだ。


 でも馬はついていない。どこにいるのだろう。


「ねえ、また一緒に飛びたい。」


「ええ、今度は明るいときに飛びましょう。景色がよく見えます。」


「わー、約束よ。」


「はい。」


「兄さま、また飛んでくれるって。」


「よかったな、カーチャ。」


 お前たち、本当にすごいな。私はあと少しで腰が抜けそうだ。


「では皆さん、乗りましたね。出発します。急ぎましょう。」


 ホヅミ殿が私たちに声をかける。


 出発?馬はどうした?すると聞いたこともない音がして、馬車が走り出した。


「少し揺れますので、危ないですから席に座っていてくださいね。」


 あぁ、ホヅミ殿、大丈夫だ。座っているとも。立てと言われても、腰が抜けてしばらく立てそうもないのだから。

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