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第1話

 夕暮れ迫る街並みの中、小さな女の子を背負い、もう一人の小さな男の子の手を引いて、若い女性が走る。


「はぁ、はぁ、はぁ……サーシャ、あの角を曲がって橋を渡れば目的地はすぐだ。カーチャも、もう少しの辛抱だ!」


「はい、姉さま!」


「姉さま、おなかすいた。」


「ああ、ついたら何か食べよう。」


 建物の角を曲がった途端、すぐさま身を隠す女性。手を引いていた男の子がぶつかる。


「うっ!サーシャ隠れて!」(小さな声)


「痛っ……姉さま、急に止まるから……。」


「しっ、静かに。」


 建物の角からそっと橋の方をうかがう女性。


 橋に衛兵がいる。封鎖されている?ここは渡れない。


 川上にも橋はあるが距離がある。


 弟たちはここまでよく頑張ったが、もう限界が近い。


 くっ、ここまで来たのに!


「あの、何かお困りごとですか?」


「はっ!」


 突然後ろから声をかけられて、驚きながら素早く腰の剣に手をかける女性。


「あ、急に声をかけて申し訳ございません。怪しいものではありませんので。」


 そこには一人の男性が立っていた。


「私は、私は、日本国臨時領事館の駐在武官、幸太郎 八月一日と申します。」


「ニホンコク?コウタロウ ホヅミ?」


 聞いたことの国だ。妙な名前だし、服装も変わっている。


 でも姓があるということは貴族なのか?


「はい、最近認可されたばかりなので、まだ臨時領事館なのですが。いかがなさいましたか?」


「我々は橋を渡ったところの、イルー帝国大使館に緊急の要件があるのだ。」


 イルー帝国は、王国に並ぶ大国だ。


 ライバル国ではあるが、近年は友好な関係が続いている。


 保護を求めるならこの国だ。


「小さな子たちを連れて、イルー帝国大使館に緊急の要件ですか。ふむ、なるほど。少しお待ちいただけますか?」


 振り向く男性。ポケットから何やら黒い小さな板のようなものを取り出す。


『もしもし、八月一日です。実は今・・・』


 小さな板に話しかけている?それに何語だ?全く聞いたことない言語だ。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。


 急がねば。この武官に大使館まで連れて行ってもらうか?


 だめだ、あの橋を無事に通れるわけがない!


 それともニホン国に保護を求めるか?


 これもだめだ!臨時の領事館の認可が下りたばかりの新興国になど。


 国力の差は歴然!たちまちつぶされる。


 ニホン国を巻き添えにはできない。


 いったい、どうすればよいのだ……。



 時間は10時間ほどさかのぼる。


 王女殿下離宮にて。


「殿下!起きてください!大変でございます!」


 突然寝室のドアがあけられ、侍女が飛び込んできた。


「どうした!何があった!」


「はい。王城がたくさんの兵に取り囲まれているようです。さきほど血相を変えた王城の兵が来てこれを。」


「ん?これは、父上がたいそう気に入っていたどこぞの国から送られた剣ではないか。」


「あと国王陛下から伝言も、『他国に弟たちとともに保護を求めるのだ。そして、生き延びよ。』と。」


「なんと!弟たちを起こせ!なるべく目立たない服装を着せよ!私も着替える、急げ!」


 これは謀反なのか?いったい誰が?まさか兄さま?幸い弟たちが私の休暇で遊びに来ていたのが救いか。


 10分ほどで準備(といってもほとんど何もないが)整い、ロビーに弟たちが眠そうにやってきた。


「姉さま、何事?」


「姉さま、眠い・・・。」


「サーシャ、カーチャ、これから私たちは急いでいかなければならない。サーシャついてきてくれ。カーチャ、ほら背中にのれ。」


「わかりました、姉さま。」


「姉さま、いいにおい。」


「あぁ、カーチャ、しっかりつかまれ。」


 そしてロビーに集まった家中の者たちに向かい、その先頭に立つ侍従長に彼女は告げる。


「これから、私だけが知る秘密通路を使ってここから脱出する。すぐにここにも兵がなだれ込んでくるだろう。決して抵抗はするな。命を優先せよ。私たちのことは気が付いたらいなかったと言え。」


「はい、心得ております。どうかご無事で。」


「うむ。みなも世話になった。」


「姉さま、父上と母上は?」


「心配するな、サーシャ、必ず、また会える。」


「母上・・・、大丈夫かな。」


 これからこの先、いったいどうなるのだろう。こわい、父上、義母上、今すぐ会いたい。


 だれか、大丈夫だと言ってくれ!


 サーシャが不安そうに、私を見上げる。


「……姉さま?」


 はっ、そうだ。サーシャもこの状況は不安でたまらないはずだ。


 それでも、耐えて私を頼ってついてこようとしている。


 もう、この子たちは今、私しか頼るものがいないんだ。


 しっかりしろ!私!とにかくこの子たちの安全な場所まで。


「大丈夫だ、サーシャ、行くぞ!」


「はい、姉さま。」


 父上、義母上、私たちを、いえ、弟たちをどうかお守りください。



「もしもし、八月一日です。実は今、王族と思われる2人の幼い子供を連れた17,8歳の女性と話しています。」


「王族?!それは確かですか?」


「はい、腰の獲物が日本刀で、私が知る殿下たちの情報とも合致します。イルー帝国の大使館に緊急の要件があると言っています。」


「帝国の大使館に保護を求めるということですね。」


「ええ、おそらく。ただ大使館の周りはすでに王国の衛兵であふれています。たどり着くのは不可能です。ここはこちらで保護しましょう。」


「了解です。至急本省に確認しますが、回答は保護で間違いないでしょう。こちらにお連れしてください。」


「わかりました。向かいます。」


 男性はこちらに向きなおり、西大陸公用語で話し出す。


「では、我々の臨時領事館に向かいましょう。どうしました?」


「あっ、あぁすまない、ちょっと考え事をして、って今何と言った?ニホン国の領事館に行くのか?いや、そ、それはできない。」


「なぜです?それに彼はもう限界のようですよ。」


「えっ?あっ、サ、サーシャ起きろ!起きるんだサーシャ!」


「彼は私が背負います。(小さな声で)よく頑張りましたね、殿下。さあ私の背中に。」


「い、今弟に殿下と言ったか?」


「急ぎましょう。話は歩きながら。」


「おい、待て、話がまだ……、おい!」


 私はあわてて、彼の後を追うように歩き始めた。


 そして彼は話し始める。


「今朝がた、王国の役人が我々のところに来まして、告げられたことがあるんです。」


「そのような国家間の話を、私に話すのか?」


 男性の表情が突然消え、かまわず話し始めた。


「王国は今後、軍事・外交の決定権をすべて接収する。加えて、若年層を含む一定数の労働力――事実上の人身提供を要求されました。要は属国になれということですね。もう外交という話ではない・・・ですね。」


 私はなにも言葉を返すことができない。男性は続ける。


「おそらく、王国は日本が従うものと思っているでしょう。」


 私は立ち止まり、無言でうつむく。


「……。」


「従いません。って私が言うのもなんですが。本国の回答も必ず同じです。」


「で、でもそれでは、ニホン国は・・・」


「さあ、着きました。」


「えっ?」


 石造りの街並みの中に、そこだけ異質な直線的な建物が立っていた。


 小さいが、どこか洗練された雰囲気をまとっている。


「実は、あなたたちがここの前を走り過ぎていくところを、偶然見かけて気になって追いかけたのです。」


「そうだったのか・・・。」


「さて、もうお分かりだと思います。我々は、あなたたちをお迎えする準備ができています。ただここに入るためには、あなたは決断しなければならない。」


 どうする?辺りはもう暗く、あと10分もすればすっかり日も暮れるだろう。


 気温も春になっているとはいえ、夜はまだ寒い。弟たちももう限界だ。


 私は、男性の目をしかと見る。わかっている、私は決断しなければならないのだ。


「今一度聞かせてほしい。ニホン国は王国の要求に従わないのだな?」


 男性は澄んだ、そして力強い目で私を見返し、こう答えた。


「ええ、絶対に。」


 この瞬間、私はなぜか不安が消えていた。


 大丈夫だと言ってもらえた気がした。


 そして出会ってからまだほんの少しの時間しかたっていないこの男性を、私は信頼した。


「あぁ、了承した。」


 覚悟は決まった。


「そちらの子は、ボアザック王国第二王子、アレクサンドロス・ボアザック。こちらの、あぁ、もうすっかり寝てしまっているな。この子は、ボアザック王国第二王女、エカチェリーナ・ボアザック。」


 私は背筋を伸ばし、男性の目を見て答える。


「そして私は、――」


「ボアザック王国第一王女、クリスティーナ・ボアザックだ。我々は、ニホン国に保護を求める。よろしく頼む。」


 男性は、やさしい笑みをうかべて答える。


「ようこそ日本へ。我々はあなた方を心より歓迎いたします。」

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