第7話 旅立ち
――朝。
イサムは目を開けた。頭が少し重い。昨夜、あまり眠れなかったせいだろう。
枕元に置いてあったタバコの箱を手探りで探る。箱を開ける――中は空っぽだった。
「ああ……そうだったな」
昨夜の最後の一本を思い出す。煙を吸い込むたび、赤ん坊の泣き声と王の舌が脳裏で重なった。あれは、胸の奥に沈殿したまま消えてくれない。
イサムは深く息を吐き、ゆっくり起き上がる。シーツのしわを手で整えながら、ぼそりと呟く。
「今日は長くなりそうだ……」
頭を振り、気分を切り替えるように外に出る準備を始める。腰のホルスターに警棒を装着し、動きやすい服に着替え外に出る。
外は晴れていて、冷たい朝の空気が肺に入り少しだけ頭が冴えた。イサムは人気の少ない広場を見つけ、体をほぐし始める。
肩を回し、腰をひねり膝を曲げ伸ばしする。刑事時代、仕事前には必ずやっていた動作だ。この世界に来ても、体が勝手に覚えている。
腰の警棒を抜き、スナップを効かせて伸ばす。風を切る音が静かな広場に響く。
軽く素振りをしながら、心の中で問いかける。
――まだいけるか、俺。
昨日の王の笑顔が頭に浮かぶ。檻の中で泣いていた赤ん坊。止められなかった自分。それでも、今生きているという事実。
「……まだ、やれる」
そう口にすると、少しだけ胸が落ち着いた。警棒を仕舞い、街を歩いてみることにする。
しばらく歩くと、通りが少し賑やかになってきた。魚を売る店、焼きたてのパンの匂い、見たこともない香辛料の山。朝の市は活気づいている。
イサムはその光景をぼんやりと眺める。ここにも日常がある。あんな王がいる国でも、子供は笑い、パンは焼かれている。
屋台の香辛料屋さんの前で足を止め、商品を覗く。
赤色のは唐辛子だろうか、緑色の粉まである。
よく見るとカラフルな青やオレンジ色の粉まである。
商品を上からしたまで除いてみると、白と茶色の粉を見つけ、店主に問いかける。
「これ欲しいんだけど、一口舐めてもいいか?」
亭主は頷きながら木のスプーンを渡してきた。
白と茶色の粉を手の平に乗せ舐めてみる。
舌で舐めた瞬間懐かしい味がした。
塩と胡椒だ。まさかこの世界にも塩と胡椒があるのかと驚く。
「すまないこれ欲しんだがいくらする?」
「それは人気がなくて一番安いよ」
イサムは布袋からお金を取り出しながら言う。
「ここにある白と茶色の粉を全部くれ」
「本当に?助かるよ。じゃあ銅貨一枚でいいよ」
亭主が塩と胡椒を袋に詰めて渡してくれた。
買い物を終え香辛料のお店を出る。
ふと、脇道に入り、アクアの家が見えた。もうこの街を離れるから、挨拶ぐらいはしておこと思い家に向かう
扉をノックする。……がまた返事がない。
「まぁ戻ってきたらまた会えるか」
そう呟き、踵を返す。街の出口付近で、亜人の子供たちが駆け回っているのが見えた。その笑い声に、ほんの少しだけ救われる。
だが――脳裏では、まだ赤ん坊の泣き声が響いている。心臓の奥で、何かが燻り続けていた。
広場から宿舎へ戻る途中、背後から声がした。
「イサムーーー!」
振り返ると、ユウとカジがこちらへ走ってくる。ユウは相変わらず元気そうだが、カジの顔はどこか曇っている。
「見送り来たぜ」ユウが笑顔で言う。
イサムは少し驚いたが、どこか嬉しくもあった。
「もう準備はいいのか?」
「ああ、もういつでも出発できるように朝準備終わらせてきた」
「さすがはイサム。そうそうお土産があるんだわ」ユウが懐から細長い包みを取り出した。
「じゃーん、亜人の手巻きタバコ。昨日、宿の兵からもらってさ。イサムそろそろタバコ切れるだろ?」
「この世界にもタバコあったのか……」イサムは少し驚く。今まで吸ってる人を見かけなかった。
一本受け取り、火をつける。次の瞬間――「げほっ……!! な、なんだこれ……!」フィルターが無いからキツイのが一気に肺に入りイサムは思わずむせた。
ユウが爆笑する。「やっぱりキツイんだなそれ」
「効くどころか、肺が焼けそうだ……」
「とりあえず20〜30本ぐらい入ってるからコレ渡しとくわ」
ユウがそう言いタバコが入った袋を受け取った
「しかしこんな強いの吸ってたらすぐあの世に逝くな」
カジは小さく笑ったが、その瞳はまだどこか沈んでいる。
「おまえらの方はどうなんだ?」イサムが尋ねる。
「人は多いし、ラゼムのおっさん、すげぇ人望あるわ」ユウが肩をすくめる。「俺達はしばらく訓練っすね、戦いとかには出されないみたいっす」カジが答えた。
しばらく沈黙が落ちる。風が吹き、火のついたタバコの灰が舞う。
カジが真剣な顔で口を開く。「イサムさん、絶対死なないでくださいね」
イサムは少し笑って首を振った。「お前らこそ、無茶すんな」
ユウが拳を突き出す。「じゃあ、これで約束な」
「なんだそれ、海賊のアニメのワンシーンかよ」と茶化しながら拳を出すイサム
カジは今にでも泣きそうな顔で拳を出す。
三人で拳を軽くぶつける。
硬い音が、なぜか胸の奥まで響いた。
「じゃ、行ってくるわ!」ユウとカジは手を振り、ラゼムの隊舎の方へ去っていった。
イサムはしばらくその背中を見送っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……そろそろ戻るか」
宿舎の入口に戻ると、昨日見た狼耳の女と角の青年がフードを被って立っていた。二人とも無言でイサムを見ている。
「待たせたか?」イサムが声をかける。
青年がにやりと笑った。
「おっさん、準備できてるか?できてるならすぐ出発するぞ」
狼耳の女、ゴマは無言のままじっとイサムを見ている。視線が刺さるようで、どこか落ち着かない。
「荷物を取ってくる。少し待っててくれ」イサムはそう言い、部屋に戻る。
昨夜と同じ、蝋燭の残り香が漂う部屋。警棒に手を伸ばし、もう一度腰に装着する。鏡のない部屋で、無言のまま深呼吸する。
ドアを開けると、二人はまだそこにいた。ゴマは無表情だが、先ほどよりわずかに視線が柔らいでいるように見えた。
「じゃ、行くか」ツノの青年ライコが先導し、イサムは二人と共に宿舎を後にした。空を見た。雲ひとつない快晴の空を見ながら歩く。
今日が長い一日になることを、イサムは直感していた。
***
宿舎を出ると、朝の空気がひんやりと肌を刺した。前を歩くのは、無言の狼耳の女と角の青年。
ゴマとライコ。名前を口に出して確かめると、妙に現実味が増した。
「これから馬車を取りに行く。」ゴマが不意に口を開く。低く、感情の読めない声だった。「おっさん、馬は乗れるか?」
「いや、乗ったことないな。」
「じゃあ馬車で行くとしよう。」とライコが肩をすくめた。「乗り心地悪いから酔うなよ、おっさん。」
二人とも年は若いはずなのに、足取りに無駄がない。気配の消し方が異常にうまい。ただの若者じゃない。刑事時代の勘がそう告げていた。
馬小屋へ着くころ、ゴマがフードを取った。銀髪が朝日に光り、後ろでひとまとめに縛られた耳がピクリと動く。昨日は暗くて気づかなかったが、顔立ちは驚くほど整っている。ただしその表情は無愛想の極みだった。
「ちょっと馬を取ってくる。おっさん、ゴマちゃんと仲良く待ってろよ。」ライコが軽口を叩き、馬小屋へ消えた。
取り残された二人。沈黙が重い。イサムはポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけた。
シュボッ、小さな炎が灯る瞬間、ゴマの耳がピクリと動く。
「……お前、無能力って聞いたけど、発火能力持ちか?」鋭い目でこちらを見てくる。
「これは能力じゃない。俺の国の火を点ける道具だ。」煙を吐きながら答える。
「はぁ? そんな便利なもんがあるのかよ!」ゴマが一歩近づき、タバコを一本奪い取った。ライターを手に取るが、火が点かない。
「••••ちょっと貸せ。」イサムがライターを取り返し、カチリと火を点ける。ゴマのタバコに火を移してやると、ゴマはふっと笑った。
「へへっ、お前いいやつだな。」
その笑顔に、イサムは少し驚いた。昨日までただの無愛想な女だと思っていたが、笑うと年相応に見える。
「おー、仲良くなってるじゃん。」馬車を引いてライコが戻ってきた。にやけた顔でこちらを見ている。
「うるせぇ。」ゴマが煙を吐き捨てる。
三人は馬車に乗り込み、街道を進んだ。「アジトまでは馬車で二日くらいだな。」ライコが手綱を操りながら説明する。
街道を抜けてしばらく。
馬車の車輪が不意に大きく揺れた。
――ドンッ!
車体が激しく揺れた。
何かが馬車にぶつかった。
次の瞬間、茂みを突き破って黒い影が飛び出してくる。
「なんだ?」とイサムが身を乗り出すと、巨大なイノシシのようなモンスターが数体、道を塞いでいた。
体長は大人の牛ほどもあり、全身を覆う毛は針金のように硬い。赤く光る目、鼻息は白い煙となって地面を焦がす。
「ボウボウか!」ライコの声が鋭く響いた。
「五体……いや、六体か」イサムは腰の警棒に手をかけた。イサムは反射的に馬車から飛び出そうとする。が、ゴマに腕をつかまれ、引き戻された。
「邪魔だよ、おっさん。私がやる。」
そう言うと、ゴマはフードを脱ぎ捨てた。
月光を思わせる銀髪がばさりと広がり、狼の耳と尾。露わになったへそ出しシャツ、ホットパンツ、そして腰に下げた二本のショートソード。
銀色の尻尾が勢いよく揺れた。
「待て、無茶だ!」イサムが叫ぶが、ライコが制した。
「おっさん、ゴマちゃん一人で平気だよ。王国最強って言われる父さんと同じくらい強いから。」
次の瞬間、ゴマの姿が視界から消える。
――ドシュッ!
一匹目のボウボウの首筋に回し蹴りが炸裂した。あまりの衝撃に、体重数百キロの巨体が横転する。
「いーち!」ゴマの叫びが森に響く。
残りのボウボウたちが怒号のような咆哮を上げ、一斉に突進してくる。地面が震え、馬車が軋んだ。
ゴマはひらりと跳躍。空中で体をひねりながら二本の剣を同時に抜き放ち、二匹目の頭部に十字の斬撃を叩き込む。血しぶきが夜気に舞う。
「にーっ!」
三匹目が突進してくるのを、ゴマは崩れた体勢を尻尾を振りバランスを取りながら地面を蹴り、真上を跳び越える。着地と同時に剣を突き立て、背骨を正確に断ち切る。
「さーん」巨体が地面に沈み込むと、土煙が一斉に舞い上がった。
ゴマはタバコを咥えたまま、唇の端をニヤリと吊り上げた。
「おらぁ、かかってこいよ!」
炎のように一気に間合いを詰める。笑いながら、獣の牙を紙一重でかわし、踵を叩き込む。
その顔には恐怖の影もなく、むしろ楽しんでいるようにすら見えた。
その光景にイサムは一瞬、息を呑む。
(……こいつ、狂ってやがる)
イサムは馬車から降りられず、ただ見入るしかない。野生の熊と対峙した経験があるが、これは次元が違った。ゴマの動きは規則性がなく野生そのもの。しかもそれ以上に速い。正確で美しい。
四匹目、五匹目も一瞬で斬り伏せられる。
ゴマはさらにタバコをくわえ直し、吐き出した煙が空を舞う。
「次で終わりだ」残る一匹が恐怖に駆られ、森へ逃げようと背を向ける。
「逃がさない!」ゴマが低く唸り、地面を蹴った。瞬間、音が遅れてやってくるほどの速度でモンスターの背後に回り込み、喉元へ一閃。ボウボウは断末魔を上げる間もなく崩れ落ちた。
森に静寂が戻る。
「……はやっ。」イサムは呆然とつぶやいた。
ゴマは剣をくるりと回して血を払うと、腰に収める。尾をパタパタと揺らし、満足そうに鼻を鳴らした。
「さて、晩飯はこれで決まりだな」ライコが呑気に笑う。「今日はご馳走だぞ、おっさん」
「……食うのか、これ?」イサムは眉をひそめながら呆然と呟いた。ついさっきまで命を賭けた戦いだったのに、まるで狩猟の獲物扱いだ。
ゴマが笑い、牙を覗かせる。「あはは、こいつらの肉街じゃ高級品なんだぜ?今夜は贅沢できるな!」
ゴマが尻尾を揺らしながら言う。
その言葉と同時に、馬車の緊張が少しずつ解けていった。
「ライコ、早く解体して飯にしろ!」
「はいはい。川辺まで運んで焼こうぜ。」
ライコとゴマが慣れた手つきで、倒したボウボウを馬車の荷台に放り込むのを見て、イサムは思わず感心していた。
「……お前ら、完全に狩り慣れしてるな」
ゴマはくわえタバコのまま肩をすくめる。「この程度どうって事ねーよ」
三人は巨大なボウボウを馬車に乗せ、川辺へ向けて出発した。
***
馬車の車輪がきしみながら進む。
イサムはしばらく黙っていたが、ずっと気になっていたことを口にする。
「なあ、こいつってそんなに高級品なんだろ? どうして市場にあまり出回らないんだ?」
ゴマが肩をすくめて言った。
「そりゃお前、凶暴なモンスターだからだ」タバコの煙がゆらりと揺れ、ボウボウの獣臭と混じる。
イサムは眉をひそめる。「そんなに危険なのか?」ライコも補足するように口を開いた。
「ボウボウは兵士なら数人がかりでようやく勝てるレベルだ。普通の兵じゃ、まず勝てない」
イサムは少し驚く。「じゃあ、あれを一人で倒したお前は……」
ライコが肩をすくめる。「ゴマちゃんはゴリラだからさ」
ゴマが即座に「誰がゴリラだコラ!」と蹴りを入れる
馬車がガタンと揺れるた。
「王国は強いやつを強制的に兵士にする。だから戦える奴はみんな軍に入るんだ」ライコの声は少し真面目になる。
「ボウボウは人の多い街には近づかない。兵士も国境付近に張り付いてるから、こういう大物を狩るには遠征が必要になる」
イサムは納得したようにうなずく。「なるほどな……。じゃあ、狩りを専門にする冒険者みたいなのに頼んだりはできないのか?」
「ぼーけんしゃ?」ライコが首をかしげる。ゴマが笑った。「なんだそりゃ、自由人かよ」
「いや、俺のいた国じゃ、人から依頼を受けて魔物を狩ったり護衛したりするギルドっていうのがあってだな……」イサムは、これはゲームやフィクションの話だとは言えず、適当にごまかした。
ライコは「へえ、面白い仕組みだな」と少し考え込み、すぐに肩をすくめた。
「でも、この国にはないな。狩りはだいたい王の側近の師団がやってる。あいつらは狩った肉を商人に高値で売りつけてるんだ」
「側近の師団?」とイサム。
ライコが続ける。「そう、王の弟が指揮してる。やりたい放題さ。だから困ってる奴隷区や貧民街には、うちの隊がこっそり食料を回してるんだ」
イサムが不思議そうに問う「王に弟なんていたのか」ゴマが煙を吐きながら言う。「ああ、いるぜ。あの野郎、実力は大したことねーくせに頭だけは切れるからムカつくんだよ。」
「王の弟の派閥は権力者ばかりでさ。父さんの派閥は奴隷区と貧民街の連中だから、俺達はこっそり食料を分けてやるんだ」
ゴマが煙を吐いて笑う。「まあ、たまに狩りに行くのは楽しいけどな」イサムは「そっちの方がありがたいかもな」と小さく笑う。
やがて馬車は川辺で止まった。「ここで肉を解体するぞ」とライコが言い、ボウボウの死骸を降ろす。「おっさん、見てるだけじゃなく手伝えよ」ゴマが笑いながらナイフを投げてよこす。
イサムは一瞬ためらいながらもナイフを受け取り、血抜きと皮剥ぎを手伝った。
作業が終わる頃には太陽が傾き、空は茜色に染まっていた。
ライコが手際よく肉をさばき、焚き火の上で脂の乗った部位から焼き始める。香ばしい匂いが立ちこめ、ゴマが「腹減った〜」と鼻をひくつかせる。
イサムは少し離れた川へ向かった。水面は夕日に照らされて金色にきらめき、川底の影がよく見える。目を凝らすと、岩陰に数匹のヤマメが群れているのが見えた。
「よし……」
馬車から持ってきた網をそっと川に沈め、息を殺して待つ。川の流れが網に当たる音と、遠くでパチパチと肉が焼ける音だけが響く。タイミングを見計らって一気に網を引き上げると、銀色に光るヤマメが数匹跳ね上がった。
「お、やるじゃん!」いつの間にか後ろに来ていたゴマが口笛を吹いた。「けっこうデカいの捕まえたな!」
イサムは軽く笑い、腰のナイフを抜くと、手際よくヤマメの腹を割き、内臓を取り除く。「おっさん、魚さばけるのかよ」「こういうのは得意なんだ」
下処理したヤマメを串に刺し、焚き火の端に並べる。皮がじゅうじゅうと音を立てて弾け、脂が火に落ちてはぱちっと火花が散る。イサムはポーチから街で買った塩と胡椒を取り出し、均一になるよう指先で丁寧に振りかけた。
「おー、いい匂いしてきた!」ゴマが待ちきれない様子で尻尾をぱたぱた揺らす。イサムは片面がこんがりきつね色になったところで丁寧に串を返す。
やがて火が通り、香ばしい匂いが一層強まった。イサムは一本をゴマに差し出す。「熱いから気をつけろよ」
ゴマは豪快にかぶりついた。「……うめぇ! 皮パリパリだし身ふわふわじゃねえか! おっさん、もしかして料理の天才か?」
イサムは肩をすくめる。「ただのサバイバル術だ」
ライコも笑いながら肉を返し、「おっさん、ますます面白くなってきたな」と言った。
ライコは串に刺したボウボウの肉の塊をイサムに差し出す。「ほら、せっかくだから食ってみなよ。こいつは滅多に食えないご馳走だからな」
イサムは少し迷ったあと、串を受け取り、肉を口に運ぶ。噛んだ瞬間、肉汁が口いっぱいに広がった。牛肉よりも濃厚で、獣臭さはほとんどなく、焚き火の香りと相まって驚くほど旨い。
――うまい。
気づけばもう一口、そしてもう一口と口に運んでいた。この世界に来てからずっと気を張り詰めていた自分の心が、肉の旨味と一緒に少しずつほぐれていく気がする。「……くそ、予想外だな。こんな異形の肉が、こんなにうまいとは」
ライコが得意げに笑う。「だろ? ボウボウは肉質が最高なんだ」ゴマも口をもぐもぐさせながら「おっさん、いい顔してんじゃん」と笑った。イサムは少し恥ずかしくなり、視線を焚き火に落とした。
焚き火の炎が三人の顔を照らす。ライコが火を見つめたまま言った。
「まあ、明後日か明日の夜にはアジトに着く。腹いっぱい食って今日は休もうぜ」
ゴマが満足げに寝転がり、イサムは炎を見ながら煙草をくわえる。煙がゆらゆらと昇り、星がひとつ、またひとつと夜空に灯る。三人の間に、言葉にしない安心感のようなものが流れていた。




