~一章~ それぞれ
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今日は、アルが王宮騎士に就任する前日だ。
午後からは、第一魔獣騎士団で激励会をするということで招待されている。
アルが決意表明してからも、エリク兄様と一緒に何度か転移して黒国へ渡ったが、楽しかった日々はあっという間だった。
前回、黒国に行ったときにレイは成獣になっていた。自分で魔力を補えるようになり『僕、旅に出る』強くなって帰ってくるねなんて言い、その日のうちにさっさと旅立ってしまった。オスは本来野生で生きるからなのかミゼルにも、外の世界を見てきなさいと言われたらしい。
「···ふぅ」
ため息ばかりついてしまう。このグジャグジャした気持ちはなんなのか。
「今日はもうやめようぜ」
このままの状態で訓練を続けていたら怪我をするし訓練しても意味がないと、胸の前で両腕を組み困り顔でフローを見ながらゼンもため息をついた。
「···ごめん」
俯いて謝るフローを見て、ゼンはもう一度ため息をつくと
「何でもいいから、今思ってること言ってみて。俺には言えないか?···吐き出せよ」
この後でアルの激励会に行くのに、そんな状態で黒国に転移するのはどうかと思うと、更にため息を吐いた。
「···思っていること?···よく分からないんだよ。ただ···グジャグジャしてるの」
「グジャグジャか。フローの魔狼がいなくなって、好きな奴まで居なくなるんだ。···多分、辛いんだろし、淋しいんだろ?」
···そうなのかな?
···辛いのかな?
···淋しいのかな?
「···レイは成獣になれて巣立ったのよ。アルは、これからの為に王宮に行くんだもん。嬉しいことのはずなの···なのに···私は辛くて淋しいはずがない···よね」
「···いじめたい訳じゃない。そんな顔して泣くなよ。我慢しないで泣くときは大声で泣いていいんだ。ここには誰も居ない」
儀式後、かなり背が伸びたゼン。フローはゼンの胸に飛び付き、わんわん泣き出してしまった。ゼンは背中を何度も擦ってくれた。
···私は
···辛かった
···淋しかった
「一人だけ、置いてきぼりにされた感覚でいたんだろ?···俺が思うには、今までが逆だったと思う。多分、フローが先に進んで行くから、彼らも先を見て行動を始めたんじゃないかな?」
「どういうこと?」
転移後、緑国に戻ってきてからのフローは将来黒国に行くという目標ができた。
騎士団に就任するために自主訓練を毎日欠かさず行い、魔力を膨大に所持しているため今まで禁止されていた魔法も急ピッチで習得している。更に大学進学へ向けての勉強と、毎日休み無くこなしている。
「頑張るフローを見て、自分も···って思ったんじゃないか?」
「多分だけど、魔狼もアルって奴も自分達のためにフローは将来を考え頑張っている姿を見聞きして、何も行動していない自分たちがフローの頑張りを見ているのが辛かった?自分たちも将来黒国に来るフローに寄り添えるように頑張ろうって、思ったんだろうな」
見た目では儀式後に体も急成長したし、全てにおいて、フローが彼らを動かしたのではないだろうかとゼンは言う。
アルは、フローが黒国に嫁いだときに不自由させないため。レイは騎士としての主を背に乗せるため。彼らは出来ることからフローのために頑張ろうと思っているはずだ。
「帰ってきたら、また愚痴でもなんでも聞いてやるから、激励会では最高の笑顔で送り出してこいよ」
「···うん。···うん。ゼン、ありがとう」
「今のうちに沢山泣いとけ」
淋しいと溢れた思いに更に涙が加速して、ゼンの胸は大量の涙と鼻水を拭うことになった。
☆
フローは休む暇なく毎日を弓と魔法の訓練、勉強に時間を費やしている。
黒国に行かなくなってから、かなり淋しいのだ。考える時間を作らないよう予定は毎日びっしり入れている。
それと最近、フェン兄様も魔術世界大学へ入学した。アルに感化されたエリク兄様も、来年魔術世界大学に入学すると言って、張り切って猛勉強している。
フェン兄様は大学での試験が終わる度に、問題用紙と回答用紙をせっせと送ってくれる。毎回ノートを複写して送ってくれるので、エリク兄様と私は大学で学ぶ魔術式を二人で紐解きながら分からないところを父様に教えてもらい学んでいる。
フローが早くから大学の勉強を取り入れたのは、大学入学にあたって飛び級試験をする為なのだが、今のところ両親には飛び級を許してもらってない。
「大学は二年間しかないのよ?二年間なんてあっという間なのに。···学ぶことは勉強だけじゃないわ」
母様は、せっかく大学に行くのだからと飛び級については否定的だ。
「一年間でも学べるわ。母様、お願い」
「フロー、リリーと私の気持ちも考えてくれ。大学を一年早く卒業すると言うことは、黒国に行くのが一年早くなると言うことだろう?フローと私達の家族としての時間は10年ちょっとしかない。アルフォードと結婚したらずっと一緒にいられるのだから、黒国に行くのが一年くらい遅くなったとしてもいいだろう?」
魔人族には結人と言う存在がいることを、父様は分かっていないのか、その一年間でアルが結人に出会ってしまったらとフローには焦りがある。
「···まだフローが受験できる年齢になるまで時間はあるから、良く考えなさい」
毎回良く考えているのに、両親から返ってくる言葉はいつも同じだ。
···父様、母様と喧嘩みたいになっちゃった
···我が儘なのは分かってる
···でも
☆
自宅の庭のフラワーガーデン前にある物置小屋を改造して小さな私室を作ってもらった。
ミニキッチン、簡易ベッドなどもあり流石にお風呂はないが、気分転換にいい場所である。
外にはテラスがあり、そこに設置されている長椅子はゼンの昼寝場所に活躍中だ。
驚くことに、たまに精霊王が近くに来たからと訪ねてきてお茶を催促される。そして魔法の練習をしてくれるのだ。
後から分かったことだが、フローは光属性の魔法が使える。
今、白い地でこの属性を持つ人はいないと言う。大変貴重なため事件などに巻き込まれる可能性があると精霊王に言われ、家族とアル以外誰にも光魔法が使えることは教えていない。
そのため精霊王が訪れたときに、先生となり伝授してくれている。
あっと言う間に冬がきてエリク兄様の受験日になった。
エメリラルド国女王の母様と、サフィニア国国王の叔父、魔術研究所のリン様から推薦状を書いていただき早朝から元気に出ていった。
その日の夕方、兄様は友人を招いて帰ってきたと、ゼンが家に帰る前に小部屋に報告に寄ってお菓子を置いて行った。
ガーデンの小部屋で勉強しているとドアがノックされる音がした。
「エルク兄様?」ドアを開けると、フードを深く被った大きな男性が立っていた。
フードで顔がよく見えなく「誰かしら」たずねると、いきなり距離を詰めた後、抱きつかれた。
「会いたかった」
胸の鼓動が跳ね上がる。緑国で会うのは初めてなので、信じられない。戸惑いを隠せずに棒立ちでいると、愛おしい声で名を呼ばれた。
「僕のフロー」
私の大好きな彼だ。涙が溢れて頬を流れ落ちる。
「私もです。会いた···かったです」
そしてフローも腕を回して、大好きな彼を抱きしめた。
誤字脱字がありましたら申し訳ございません




