調香師は時を売る
王国一の調香師、パルフ・メリエのマリア。
その噂は、王国だけでなく、国境を越え、海を渡り、世界各地へと広がった。
森の奥で開いていた店も、やがて、城下町の一等地へと移ったという。より多くの人が訪れ、人を雇わねばならなくなったからである。
マリアの店は、それは大層繁盛し、いつも多くの人で賑わっていたそうだ。
マリアは、城下町へ移り住むと同時に、王国騎士団の副騎士団長を新たに任された男、ケイと結婚し、二人の子を成して幸せに暮らしたのだった。
子供が大きくなり、独り立ちをするころには、ケイも騎士団を引退した。引退後は、マリアの店を手伝い、女性客を何度か怖がらせたりもした、というのは笑い話である。
マリアは老衰で亡くなるその日まで、調香を続けたのだそうだ。
彼女の死に際には、カモミールの優しい香りがしたという。
彼女の死後、マリアが作った香りのレシピは無料で公開され、再び人々を楽しませた。
最後の最後に、無料でレシピを公開するという前代未聞の大盤振る舞いをしたことに関して、彼女の古くからの友人であり、これまた世界的な一流デザイナー、ミュシャはこういった。
「まったく、マリアらしいよ」
マリアは昔から金勘定が苦手だった、と笑う姿に、マリアを知る皆が同意した。
こうして、調香師マリアは生涯、様々な人に香りを……そして、たくさんの幸せな時間を売ったという。
彼女の意志は多くの人に相伝され、そして、彼女の作りだした香りは、今もなお、多くの人に愛され続けている――。
男は、旅先で偶然見かけたそのパンフレットとともに、古びた洋館を見つめて、息を漏らした。
美しく手入れされた庭園は、珍しい植物が色とりどりに咲き誇り、どこからか優しい花の香りが漂う。
「マリアが好きだった花の一つ……ライラック……」
香りの方へ視線を向けると、柔らかな紫色がまるで空から降るように枝垂れている。
男は愛用の万年筆をポケットから取り出して、メモ帳へと歴史の欠片を記していく。咲き誇る花々、それにまつわる出来事、マリアの過ごした場所……。
「調香師、か」
男にはあまり馴染みのない職業だが、世界中で愛されたその彼女の物語に興味がわいた。
「今度は、マリアの歴史を綴るような……史実に基づいた話を書くのも、面白いかもしれないな」
彼は万年筆をサラサラと走らせた。
「タイトルは……」
男の頭上で風が吹き、ライラックの花が揺れる。
彼のメモ帳に落ちたのは五枚の花弁をもつライラック。幸運の花。
――マリアの紡いだ素晴らしい歴史が、またどこかで花開く。
そう思えば、男の胸は自然と弾んだ。
彼はメモ帳にこう記した。
『調香師は時を売る』
これは、調香師マリアが、香りを通じて、人々の時をつなぐ物語である。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
このお話は、大変多くの方に支えられたお話となりました。
たくさんのあたたかな反応に感謝が尽きません。
このお話をお手に取ってくださったすべての皆様に、感謝申し上げます。
本当にほんとうに! ありがとうございました!
ちなみに、お知らせですが……なんと! 番外編 他 を投稿することが決まりました~*
こちらは、調香師シリーズの「あらすじ・登場人物紹介」の方に不定期投稿させていただきます。
※詳細はTwitter( @_yuyasui_ )または、活動報告をご覧ください♪
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それでは……。
最後までお楽しみくださいまして、本当にありがとうございました!
また皆様とお目にかかれる日を、楽しみにお待ちしております♪




