一歩
事後報告会と次回予告
警備隊を引き連れてやってきたシュビネー伯爵とネイデンさんは傷だらけの私を見てかなり驚いた。そして、メアリー・モーニスの死体を見てさらに驚いた。
その後、すぐに私は血液不足によって気を失った。慌てて指示を出しているシュビネー伯爵の声が聞こえてくる…なんて言っているのかは分からなかった。
目がさめるとそこは冒険者御用達の病院だった。どうやら私は病室に運ばれたらしい。体を起こそうとするも動かない。
「まだ動いちゃダメよ。傷は全部治ったけどまだまだ血が足りてないんだからね。」
気がつくと、病室の入り口に見知らぬ人がいた。……医者だろうか?
白衣を着ているが、医者には見えない。
空色の髪に、茶色の眼。右の耳にはピアスをしており、靴はヒールを履いている。
…どう見ても医者のしていい格好ではないだろうが、医者なのだろうか?
「…失礼なことを考えてそうな視線ね……。どうせ、この医者とてもじゃないけど医者に見えないなぁ…。とか考えてるんでしょ。」
「……はい。」
医者らしき女性が呆れた顔をする。
「…素直なのは美徳だけどもうすこし嘘をつくことを覚えてもいいとお姉さんは思うわよ。」
その時、ガラガラと病室の扉が開く。
中に入ってきたのはラディリエさんだった。
「…ナナちゃん、目を覚ましたのね。」
「おはよう…ございます。」
「ふふっ、もうお昼よ。」
「とは言ってもお昼ご飯はまだだからおはようでも間違ってはいないけどね。」
「ミルダは黙ってて、私はナナちゃんと話してるの。」
「はいはい、お医者さんは忙しいのですよ〜。」
医者……ミルダさんは病室を去った。
「ナナちゃん…体は大丈夫?」
ラディリエさんが心配そうに聞く。
「はい…大丈夫。」
「そう、良かった。シュビネー伯爵から聞いた時はビックリしたのよ!身体中穴だらけで血まみれだったなんて…心臓が止まるかと思ったんだから。」
「…ごめんなさい。」
「いや、別に責めてるわけじゃないのよ!ただもう少し自分のことも考えて欲しいなって思っただけだから…それにニルナ子爵令嬢を守りきったんでしょ?あなたが謝ることなんて何もないわよ。」
ラディリエさんは慌てて言う。
しかし、それで思い出した。
私がメアリー・モーニスを殺したから依頼は失敗したんだ…。
「ラディリエさん…依頼は…失敗した。」
ラディリエさんの顔が驚きに変わる。
「私…捕縛に……失敗した。……殺した。」
「……そうね。」
ラディリエさんは必要以上に話すことなく、私の話に耳を傾けている。
「殺す方が…簡単だった。」
「ナナちゃん、今回が初めての失敗ね。」
「……え?」
ラディリエさんが話を遮り私に語る。
「あなたが今までどんな事をしてきたのか、私は詳しく聞いてないからなんとも言えないけれど…ほぼ全ての仕事を成功させてきたのは分かるわ……成功させないといけない状況だった事は聞いてるから。」
「……。」
「でもね、あなたの歳で成功だけを求められるのは間違ってる。大切なのは結果と過程の両方よ。結果のために過程を疎かにするのは間違っているし、過程にこだわり過ぎて結果に悪い影響が出るのも間違ってる。」
つまり、とラディリエさんは続ける。
「あなたは結果にこだわり過ぎなの。あなたは今回何も間違ってはいない、むしろあなたは結果よりも大切なことをしたのよ。」
「結果より…大切なこと?」
「えぇ、あなたはニルナ子爵令嬢を助けた。そして、あなたは生きて帰ってきた。それが何よりも大切なこと。冒険者の鉄則は『自分の命を何よりも大切にすること』だからね。」
昔から『命令は命よりも重い大切なもの』だと教わってきた。上からの命令に逆らえば殺されるものだと言うのが常識だった。
いつのまにか、自分の命を大切なものだと思わなくなった。
死ねば周りが迷惑するから取り敢えず自衛するだけだった。
私は幸せになるのが夢だと言うのに。
これでは昔と何も変わらないじゃないか。
「今回、あなたには依頼失敗の評価はつかないことになったわ。シュビネー伯爵とネルデンさんが私たちに直訴しにきたの。『命がけで殺人鬼から被害者を守り、尚且つ殺人鬼の犯人の特定に貢献した功績は大きい。罰則どころか、我々は報酬を増やさなければならないくらいだ。』ってね。依頼主からそんなことを言われたら我々は従わないとね。」
「…そう……ですか。」
「過程を大切にしたおかげね。」
ガラガラ
その時、病室の扉が開く。
「ナナちゃん…目を覚ましたと聞いたが。」
「おいネイデン、慌てるんじゃない。」
ネイデンさんとシュビネー伯爵だ。
2人とも心配そうにこちらを見ている。
「シュビネー伯爵…ネイデンさん。」
「…その様子だと、大丈夫そうだね。ラディリエから話は聞いたかな?今回、君は犯人の捕縛には失敗した。だけど、君はそれ以上に今回の依頼で大きく事件解決に貢献した。」
「…はい。」
シュビネー伯爵は優しく語りかける。
「私は君の行動に何の間違いが無いと判断したんだよ、君はすべての行動で正しい行動をとった。無論、殺人鬼を殺害したこともね。あそこで彼女を殺さなければ君が殺されていたんだろう?それなら正当防衛だよ。君は身体中に穴を空けられて動けない中、必死に抵抗した。結果的に殺人鬼は死亡したが、君は生き残ることができた。」
「……でも、依頼は。」
シュビネー伯爵の言葉を否定しようとするがネイデンさんがそれを邪魔する。
「ナナちゃん、私は依頼主だ。君が満足しなくても私がこの結果で満足している。優先すべきは依頼主である私の満足ではないかな?それに、私はもともと殺人鬼の殺害を依頼していた。むしろ私はこの結果の方が満足だ。追加で報酬を与えたいくらいにはね?」
「ネイデン…その言葉は警備隊をまとめる私としては看過できないぞ?」
「伯爵としての君なら笑って許してくれるんだろう?」
「ハハハ!寧ろ褒めてやりたいね。」
「お二人共!ここは病院ですよ!お静かになさってください。」
嬉しい、この上なく嬉しいと感じる。
依頼に失敗したと言うのに、なぜか褒められてしまった。昔なら…こんな事はあり得なかったのに。
…とても嬉しい。
「なっナナちゃん!?なぜ泣いてるんだ!どこが痛いのか!?」
「おいシュビネー!君がうるさくするからだろ!君の声は響くんだよ!」
「お二人とも静かに!私がナナちゃんを看ますから帰ってください!」
3人ともうるさい、でも…全く気にならないのはここが心地いいからだろう。
それなのに、なぜか涙が止まらない。
涙脆くなったのかな?
「うるさいわよ貴方達!病院では静かにしなさい!誰であろうとつまみ出すわよ!」
3人が騒いでいるとミルダさんが来た。
医者としてこの状況はマズイのだろう。
…当然だけど。
その後、私は『静かな』病室で2日間入院。
体調が良くなるまでラディリエさんがお見舞いに来てくれた。
シュビネー伯爵とネイデンさんは忙しいらしく、あれ以来お見舞いには来ていないがラディリエさんによくメッセージを残している。
その中には事件についての結果報告もあった。ジャック・カルーダ男爵は2人の女性を殺害した罪で爵位を剥奪、跡取りもいないので体裁上の判決だ。それにしても、ジャック・カルーダはなぜ女性を襲ったのか。
私の想像通りで快楽殺人者なのだろうか。
そう聞いてみると、まさにその通りらしくカルーダ男爵家の庭に隠し倉庫があり、そこに被害者の持ち物や体の一部が保管されていた。
推定される被害者の数は30名。
スラム街で度々行方不明者などが出る事件の被害報告とほぼ一致していることが明らかになり、爵位を剥奪されたジャック・カルーダは家名を剥奪、その後遺体を『処刑』されたらしい。
メアリー・モーニスは土地と家名の剥奪。
親族はいないため、これも体裁上の処分だ。
これで、王国を騒がせた殺人鬼騒動は幕を下ろした。
退院後、私はいつも通りの冒険者生活を送っている……はずだった。
「あぁ、いらっしゃいナナちゃん。」
「こんにちは、ラディリエさん。」
確かに、冒険者生活を送っている。
しかし……
「おい、アイツだ…『殺人鬼殺し』。」
「魔法使う相手に体術のみで勝ったとか。」
「殺人鬼殺しってか寧ろ『鬼殺し』だろ。」
王国を騒がせた事件は伊達じゃなく、私の殺人鬼殺しはかなり有名になった。
なんでも、警備隊から噂が流れたとか。
お陰で、かなり怖がられている。
私が受付に行くと先に並んでる人がみんな列を離れて私から距離を取る。
お陰で最近は列に並ぶことがない。
偶に私へ難癖をつけ、喧嘩を売ってくる人もいるがそう言う方にはギルドの規定に反しない程度に撃退させていただく。
そのせいで余計に私への恐怖の視線が強くなったのは精神的に辛い。
私、何も悪いことしてないのに。
「そういえば、ナナちゃんにぴったりの仕事があるわよ!」
「……?なんですか?」
「王国の近くにある山に籠ってる山賊討伐ね…対人経験豊富な冒険者がいないから結構古い依頼だけど。まだここに残ってるから調査も含めてなら依頼料の割増も期待できるわね。」
……やはり戦闘がらみか。
「…わかりました。」
まあいい、まずはここで情報を集める。
知らない事は罪だ。
幸せになるための情報。
幸せを脅かす危険のある情報。
私は全てを網羅し、幸せになる。
そして…私は全力で幸せだと言える未来を創る。
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