扉は
今回、かなり視点がコロコロと変わります
○月△日 火の曜
冬休み最後の日、だんだん暖かくなってきた。
学校の予習はする気が起きない。
あの手紙の返事は彼女の筆跡ではなかった。
今日も彼女は部屋の中だ。
お嬢様が部屋に閉じこもられてから2年。
一向に男性恐怖症は落ち着く様子を見せない。
それに、お嬢様は男性恐怖症に関係なく人間不信になってしまっている。
これでは男性恐怖症が治っても…。
私は厨房でそんなことを考える。
今は朝の6時30分。
昼食の準備が丁度終わって、今からお嬢様を起こしに行く。
足音を消すのは得意だ。
静かに…というより無音でお嬢様の扉の前まで歩いていくと、いつも通りのノック音を立てる。
そして、扉の前で一言。
「お嬢様、おはようございます。」
そう言ってから、部屋に入る。
「おはよう、ネリアナ。」
部屋に入るとすぐに、ベットの上で体を起こしているお嬢様の姿が目に入る。
「おはようございます、お嬢様。」
目に入ったお嬢様のお姿は、いつもと変わらず美しいが、どこか疲れたような雰囲気を感じる。
黄金色の髪は彼女が立っても床につきそうなほどに伸びきっており、アメジストのような瞳は以前より少し昏いような気がする。
「ねぇ、ネリアナ。」
「…どういたしましたか?」
お嬢様の呼ぶ声、それはどこか寂しげだった。
なのに、彼女の表情が少し明るくなったような……
「家出……したいな。」
子供のような調子で言った彼女の願い。
それはあまりも唐突だったが、驚きは少なかった。
「家出……したいな。」
自然と口から溢れた言葉は、ネリアナに聞こえてしまったようで、少し驚いているようだった。
部屋の閉じこもって2年。
我ながらよくここまで引きこもったものだ。
部屋に閉じこもってネリアナに持って来させた書物を読むだけの日々、昔なら考えられない。
おかげで、知識だけは身についた。
特に、私が一番気になっていた転生について。
なぜ私が生まれ変わったのか、それがわかれば私は一歩『進む』ことができる気がするのだ。
私が生まれた理由、私がここに存在する理由。
とにかく、それが知りたい。
閉じこもってからはそればかり考えていた。
それに…それがわかればお兄ちゃんが転生しているかどうかもきっと分かる。
そうすれば……
『いつか見た理想郷を再び』
私は一歩『進む』ことができる。
身体的にではなく、精神的に『進む』ことが。
私の転生は十中八九魔術によるものだ。
きっと爺様が何かをしたんだと思う。
書物の中には転生なんてものは無かったが、爺様は高名な魔道士らしかった。
ならば可能性はあるだろうと思う。
なら…『何を』したのかを知らことができればお兄ちゃんがこの世にいるかどうかがわかる。
昔住んでいた、あの山。
あそこに行ってみたい。そして、知りたい。
今…お兄ちゃんがどこにいるのか。
なぜ…私がここで生きているのか。
私は……本当にここにいていいのか。
「わかりました、出て行きましょう。」
「え?」
考えに浸っているとネリアナが突然そう言った。
「誰にも報告は必要ないでしょう。そもそも王家にお嬢様の求めるものはないでしょうし。」
「え…ネリアナ?」
私は慌ててネリアナを呼ぶ。
「どうしましたか?」
そこには、いつも通りの彼女の姿。
変わったところといえば、彼女が私に涙を見せていることだろうか。
涙を見せながら、彼女は言う。
「お嬢様、私は従者です。」
「…えぇ、そうね。」
突然の言葉に戸惑ってしまう。
「私は、『王家』に仕えるメイドではありません。『お嬢様』に仕える従者です。」
ネリアナは笑顔を見せる。
「お嬢様、私は家事手伝いをする従者なのです。決して給料を貰って家事をするだけのメイドではありません。何なりと私にご命令ください。」
それは、私に対する挑戦状のように聞こえた。
まるで、私をうまく使って家を出ろとでも言いたげな雰囲気を感じたのだ。
私は、本当に王家を出ていいのだろうか。
そもそも、外に出て大丈夫なのか?
【扉を 閉ざすな 恐れては いけない】
声が聞こえた。どこか安心する、聞いたことがないはずなのに懐かしい声。
それは、私の背中を押すに十分な力があった。
ここで閉じこもっていては…私は死んでいるのと何も変わらないじゃないか。
「家を出るわ、手伝いなさい。ネリアナ。」
決断は、私にしてはかなり早かった。
恐れてはいけない。私は私がここにいる理由を見つけて、いつかお兄ちゃんと一緒に……。
『私は、私の理想郷を取り戻す』
シュリエの失踪は、王家に重大な衝撃を与えた。
10歳の時と違い、今回はメイドのネリアナも同時に失踪していることもあり、その混乱は大きかった。
それに、彼女の部屋に近づくことはネリアナ以外に許されず、失踪に気づくことが遅れたことも混乱を大きくさせた原因だろう。
彼らは、彼女達がいつ失踪したのかすら分からなかった。
当然、捜索は難航した。
そして、ついに見つからなかった。
彼女の存在は初めからなかったことになるのはもう少し後のことだ。
シュリエの家出から3年が経った。
とある宿の一室、2人の女性がベットに座って話していた。
1人は黄金色の髪が腰まで伸びており、アメジストのような瞳を輝かせている。
もう1人は金髪の髪を肩まで伸ばし、翠色の瞳を優しげに細めている。
「ねぇ、『アンナ』。」
「なんでしょう、『シェリア』様。」
「…様はつけないで。」
「お嬢様の時は良かったのに…。」
「うるさいわよ。」
2人の旅はまだ始まってすらいない。
これは、『取り戻す物語』。
今までの話は序章にすらなっていない。
彼女と『彼』の物語は今から始まるのだ。
それでは、ここらでプロローグを一つ。
今までの話を序章としないように。
むしろここからが始まりとするように、とある本の内容をここに記そう。
この本は、ある男の『日記』である。
我は、欲の塊であった。
唯一ない欲といえば、金銭欲であろうか。
嫁は3人おり、名声は各国に響き渡り、力は天地を揺るがし、その姿は生ける伝説と化した。
しかし、そんな我も年には勝てぬ。
嫁は我よりも先に逝き、名声は古の物となった。
力…魔力は今でも健在であるが、その姿はまるで今は無き名声にしがみつく生ける屍と化していた。
それは我の望んだ姿では無い。
しかし、我は年齢に負けた愚かしい魔導士で終わるほど素直な性格では無い。
我の目的は【永遠の栄光】
決して古とならず、永遠に輝き続ける名声!
そのためには『死』という壁を乗り越えるだけでは足りない。その壁を破壊し、二度と立ちはだかることを許さない絶対の『生』が必要だ。
ただ、時間が足りない。
我の残った僅かな生ではその極地に至ることは難しいのは火を見るよりも明らかだ。
どうにかして、時間を作らなければ…。
素晴らしい!これは神のお告げなのか!?
山の地脈から流れる膨大な魔力。盲点だった。
我ながら魔力の量には自信があったもので我自身の魔力でできる範囲の常識に囚われていた。
山の魔力を利用すれば『異界』など簡単に生み出せる。
『異界』作成者の意図を僅かながらだが現実に反映することのできる『結界』の最高位に値する最強の『現実改変空間作成魔法』だ。
私の魔力量ならば…我の馬鹿げた願いを叶えることができるのでは無いか……。
『とある魔導士の日記』その最初のページに書かれたこの願望。それを知るにはもう少しページをめくらなければならない。
しかし、その願望を誰も知ることはないだろう。
そもそもこの手記の存在を知る者がいないのだ。
ただし、一つ言えることがある。
その願望は現実となった。
やはり駄文か…




