ある弟子に 【To a Pupil】
なぜ今投稿したのか
学園の生活は『快適』を体現したものでした。
たった一つ、『周囲からの敬遠』を除いて。
話し相手は先生とネリアナのみ。そのネリアナも寮にしか居ないから退屈です。
癒しといえばネリアナが淹れるてくれる温かく甘い特製のカプチーノくらい。
ネリアナのカプチーノは至天の味です。
ただ、それ以外は快適です。
驚くほど丁寧な授業、親切すぎて怖い先生。
いつのまにか隣にいる学園長…学園長!?
そして遠くにいる生徒たちの視線。
……快適…なんです、本当に…。
そして今日は初めての魔術理論の授業。
ネリアナにも教えてもらわなかったので今世では初めてになります。
前世で爺様から教わったのはノーカウントです。
教壇に立つのはいつものカーラ先生。
いつもの優しそうな笑み、右手に教科書、左手でチョークを持つお得意の体制で授業を始めましたが、今回は一言黒板に書いてこちらを見ました。
黒板に書いた文字は一言。
【今日は黒板を使いません】
「使ってますよ〜」と言う言葉を必死に我慢し、先生の話を聞こうと改めて自分の姿勢を正す。他の生徒も同様だ。
「皆さん、今回は魔術理論の基礎をお話しします。なので黒板は使いません!」
「……。」
皆の突っ込みたいと言う意思がシンクロしているのがわかる。
でも突っ込んではいけない。
彼女は素でやっているのだろう。決してネリアナのようにわざとではない。…ネリアナもたまに天然でやらかすのは目を瞑る。
そして、渾身のギャグを無視されたと思い内心傷ついている紅髪の先生の授業が始まる。
「魔術を使う前に、あなた達がしなければならないことがあります、それは何かわかりますか?」
先生の問いかけに答える者はいない。
私も無言を貫く。私が知っているのはおかしいからです、昨日のような失敗は繰り返さない。
「なるほど、皆知らないのですか…それは好都合。教え甲斐があると言うものです!あなた達がしなければならないこと、それは『命題の設定』です。」
『命題』…爺様も言っていた。
魔術師は『命題』で自身の魔術の方向性を定める。
それは時に『力』となって自身を助け、時に人生の『地図』となり歩くべき道を示す大切な自分の魂の羅針盤である。と爺様が言っていた。
「命題は大切なものであり、ふざけて行ってはいけませんよ。自分の人生を決める大切なものですからね、ちなみに先生の命題は〜。」
先生が私たちを見る。皆無言だ…心なしか先生が不満そうだが…まさか興味を持って欲しかったのかな?
「…みたいな感じで命題を明かすのはマナー違反なので注意してください。『命題』を明かすのは貴族なら【決闘】の時や【婚約】などの特別な時ですので…。まぁ、最近はその風習も古いとされてるので…別に気にしなくていいと言われればその通りではあるのですけど…。」
少し不満げな先生はそう続けると私たちに紙を配った。…やっぱり興味を持って欲しかったのかな?少し不満げだったよね?
先生は紙を配り終えるとまた話し出した。
「とりあえず、命題を決めて紙に書いて提出してください。…これは授業をするにあたって大切な資料となります。もちろんこの内容は秘匿されますので安心してください。」
そう言って先生は話を終えた。
みんなが紙とにらめっこしている。
…もちろん私も同じくにらめっこ。
『命題』なんて簡単に思い浮かぶものじゃない。
先生はそれを見て苦笑いした。
「まぁ、そう簡単にはいきませんよね。大丈夫です、授業もはじめのうちは簡単なものしか行いません。『命題』が必要になってくるのはもっと後です。しかし皆さん。立派な魔術師を目指したいのなら『命題の探求』は絶対に必要になります。その紙は1ヶ月以内に提出してくれればいいので、しっかり考えてくださいね。」
それで、授業は終わった。
寮の中、私は『命題』に頭を悩ませていた。
そこに、ネリアナがカプチーノを淹れたカップを二つ持ってきた。控えめに言って素晴らしい。
「カプチーノを用意いたしました…どうされたのです?白紙を睨んで……ご両親の仇ですか?」
「生きてるわよ!死んでたら国の危機よ!」
「あぁ、そう言う設定でしたね…。」
「事実よっ!」
「ところで、カプチーノにお砂糖は?」
「…2つ。」
「すでに入れておりますが…。」
「なんで聞いたのよ……。」
最近、ネリアナが私を揶揄う頻度が多くなってきている気がする。…嫌ではないけど。
「ねぇ、ネリアナ。」
「なんでしょうか。」
それに私が真面目な話をしようとしたら彼女も真面目に聞いてくれる。立派な従者だ。
「魔術師としての『命題』が決まらなくてね、かなり悩んでるのよ…。」
「あぁ、それで白紙を…。」
ネリアナが納得したとばかりに答える。
「ちなみに私の命題は『守護による忠誠』です。参考程度に覚えていただけれだ幸いです。」
…え?そんなに軽く教えていいものなの?
「…そんなに簡単に教えていいの?大事な時にしか教えたらダメだって言ってたけど…。」
「あぁ、ありましたね…そんな決まり。」
ネリアナがつまらなさそうにつぶやく。
知ってたんだ…というかそんな決まりって貴女…一応ここ学園だからね?
しかし、その後のネリアナの話は一考の余地があった。
「お嬢様、これも参考程度にお聞きください。私にとって『命題』はそこまで大切なものではないのです。中には『命題』をそれこそ命よりも重いものとして扱っているものもいます。命題は十人十色であり、その扱い方も十人十色なのです。お嬢様が真剣に魔術を極めたいのなら真剣にお考えください。しかし、たしなみ程度に扱うのなら『命題』なんて『王族の権威』とでも書いて出せばいいのです。」
ネリアナの話は一理ある、先生も『立派な魔術師を目指したいのなら』命題の探求が必要だと言っていた…つまり立派な魔術師を目指さないのなら『命題』なんていらないのだ。
しかし、私は真剣に魔術を極めたい。
私はきっといるであろうお兄ちゃんを探したいのだ。私がこうやって生まれ変わっているのなら必ずお兄ちゃんも生まれ変わっているはず。
それならば……私の命題は
「あら?私に見せて良かったのですか?」
「えぇ、これは決意。貴女にも覚えておいて欲しいのよ、この命題。」
「それにしては、些か抽象的ですが…。」
「まぁ、願望も入ってるからね。」
『いつか見た理想郷を再び』
「そもそも、理想郷ってなんですか?」
「それは秘密よ。私だけの大切なものだから。」
日をまたいで投稿してます。
実質二話連続投稿です。




