叡智の試験 【test of wisdom】
タイトル通りにストーリーが進むと思ってはいけない。
(タイトル詐欺)
それは、あまりにも唐突だった。
朝食を珍しく食堂で済まし、ネリアナに今日の予定を聞いて、久しぶりに庭で紅茶でも飲んでのんびりしようと話していた時。
ネリアナが思い出したかのように一言。
「お嬢様、学園に行ってみてはいかがですか?」
「ほぇ?」
王族の娘が出していい声ではないマヌケな声を出してしまうのを許してほしい。
「…ネリアナ?私は学園には通ってないわよ。」
「えぇ、お嬢様が学園にご入学されていないのは存じ上げております。私は、お嬢様に学園にご入学されてはいかがですかと言いたいのです。」
ネリアナが真剣な顔で私を見る。
王国で学園といえば一つしかない。
初代国王が自費で建てた【サイエンシア学園】
それは王国で1番立派な学園である。
この学園を卒業した学生は王国でもかなり有名な学者になったり魔導士になったりと、その実績は誇らしいものばかりである。
この学園は7年制で、5歳から入学できる。
7年生になり卒業すると、3年制の高等部に入るか就職するかを選ぶことができる。
しかし、私は学園に入学していない。
なぜなら、学園は男女共学だからだ。
男性恐怖症の私が入学なんかしたら迷惑をかけるだろう。だから家でネリアナに勉強を教えてもらっているのだ。
そんな私にネリアナからの提案。
………一体、何を考えているの?ネリアナ…。
「今年、お嬢様は7歳になられます。
そして、学園は7歳の子供に救済措置を与えるのです。これは学園に入学できる最後のチャンスであり、お嬢様の悪い噂を払拭できる唯一の方法なのです。」
「……どういうこと?」
ネリアナは話を続ける。
「…お嬢様、お嬢様はご自身に悪い噂があることをご存知ですか?」
「…えぇ、知っているわ。『国王の唯一の恥』とか、『王国の引き篭もり姫』だっけ?」
ネリアナの顔が不満げになる。
「はい…その通りです。同年代の子が参加するパーティーはおろか、学園にすら通っていないお嬢様は清廉潔白で有名な国王の…お父様を責める数少ない『弱点』なのです。その上、国王の娘であるお嬢さまを妬む者も少なくありません。」
もちろん、お嬢様に非はありません。と、ネリアナは付け足すが、こればかりは私にも非はある。私ははっきり言って王族の責務を果たしていないのだ。それなのに悪い噂を流している貴族を責めることはできない。不満を持って当然なのだから。
「お嬢様の男性恐怖症も最近は落ち着いてきましたし、3年生から学園に通って少しでも貴族と関係を持つことも悪くはないかと思ったのです。」
「それは、そうだけど…学園って3年生から通えるものなの?さっき救済措置って言っていたけど…それはどういうものなの?」
そう、私の男性恐怖症はある程度改善された。
突然でなければ男性と会っても発狂することはない。会話もある程度はできる。
1月前だが、夕食を家族みんなで取ることに成功したのは今でも嬉しい思い出だ。
ちなみに、お父様が泣いて喜んでいた。
つまり、最新の注意を払えば学園で生活することは可能だ。学園は寮生活だが、女子寮と男子寮は離れているし授業だって席は男子と離れて座ればいいだけだ。
生活は可能だ。だけど、そもそも通えるの?
ネリアナは笑顔で答える。
「救済措置…それはいわば再試験です。そして、試験を受けるための条件は一つだけです。」
「…一つだけ?それは何なのですか?」
ネリアナはよくぞ聞いてくださいましたと言わんばかりに笑顔で言った。
「貴族であることです、お嬢様。」
それは、43年前の話。
王族であるドライゼンガル二世は当時5歳。
彼は病床に伏していた。それは高熱を出し、終わらない吐き気を催す厄介な病だった。
そのせいで彼は学園に入学するための試験を受けることができなかった。
その後、彼の病は完治したが親であるハルマン三世は息子が学園にいけないことを哀れに思った。
それで学園長と相談して作ったのが【救済措置】
貴族の子供にのみ適用されるそれはもともと病気が原因で受験ができなかった王族のためのものだったのだ。それが年代とともに条件が緩和されたのが今の制度である。
「つまり…お嬢様が心配することは何もありません。……いかがなさいますか?お嬢様。」
ネリアナは私をじっと見つめる。
答えは決まっている。
「…受けるわ、受験。」
ネリアナの顔がパッと輝く。
「そうですか!では馬車を手配いたしますね。」
………へ?
場所は王族が住む皇居から馬車で1時間程度かかる
【サイエンシア学園】の校門前。
「まさか…受験日が今日だったなんて。」
私の不満にネリアナが苦笑いする。
「まぁ…受験の時間は午後でしたので。」
「そういう問題じゃないわよ!私は受験勉強なんてしてないのよ!もし受験に落ちたら余計にお笑いものじゃないの!」
しかし、ネリアナは冷静だった。
「いえ、お嬢様は受験勉強をしております。」
「……へ?」
…そんなことしていたっけ?
「と言いますか…受験勉強が必要なかったというのが正しいのですが…。」
「…まさか、ネリアナが教えてた勉強って…この日のための勉強だったの!?」
「えぇ、お嬢様が男性恐怖症で学園に通えないという状況が7歳までに変わった場合に備えようと始めたのがあの勉強です。まぁ、お嬢様に予想をはるかに超える学力があることを知ってからは男性恐怖症の緩和に専念しましたけど…。」
どうやら、私を学園に通わせる計画はずっと前から始まっていたらしい。…なんてすごいメイドなんだネリアナ……感謝しても仕切れないわ…。
しかし…しかしだ。
「ならなんで学園に入学するのを教えてくれなかったのよ!もっと前から教えてくれたっていいじゃない!…当日に受験するかしないかを決めるなんて……どんなに探しても私だけよ!」
そんな私の若干の怨嗟を含んだ叫びは、ネリアナになんのダメージも無く……。
「いや……サプライズにちょうどいいかと…。」
「そんなわけないでしょ!もはや精神攻撃よ!」
このメイド…わざとやってるのか?
受験まで……あと30分。
救済措置の受験は、1人1人別の部屋で行われる。
これは、カンニングを防ぐ目的…では無く、ただの『慣習』である。以前は国王の息子にのみ行われていたという事実が影響したただの『慣習』。
それは、時に受験生に対しての多大なる影響を与える。個室でたった1人、監督官に見られながらの受験…それは一体どれだけのストレスになるだろうか。最初に受けた国王の息子はこのテストにどれだけのプレッシャーを感じただろうか。
絶対に合格しなければならないという重圧。
孤独な環境に無言の空間というストレス。
睨みつけるかのような監督官からの視線。
受験生たちは今、『慣習』という『歴史』と戦っていると言ってもいいだろう。
受験は、テストに受ける前から始まっている。
私、シュリエは今個室で監督官らしき女性と対面しております…。
個室には椅子が二つ対面するように置かれているが…テーブルがない。…テストだよね?
女性は、奥の方の椅子に座っている。
彼女は紅い髪を後ろでまとめ、同じように紅い目で鋭く私をじっと睨む。……怖い。
「貴女が、シュリエちゃんでいいのかしら?」
女性が私に聞く、若干棘があるように聞こえるのは気のせいだろうか…。
「はい、そうです。」
「そうか…ならそこに座りなさい。」
「…はい、失礼します。」
素直に座った私に女性が言う。
「じゃあ、テストを終わります。おつかれ〜。」
……は?
ポカンとしている私に、今までの硬い雰囲気が消え、私を見てニヤニヤしている女性が言う。
「いや〜王族にする入学試験なんて無いよ?」
「……じゃあ、ここに来たのは?」
「えっと……『慣習』かな?」
その昔、病気などが理由で受験を受けられなかった王族の息子に課した試験は『礼儀作法』の確認のみだったらしい。
なぜなら、学園は初代国王が建てたのだ。
いわゆる【王立】である。つまり国王とのつながりがとても深い。ならば、学力が分かりきっている息子・娘に面倒なテストを課す必要があるだろうか。答えはNOだ。
ただ、それを事前に子供に教えることは後々の為にならないことは自明だ。その為、子供にはちゃんと試験を受けさせると言う体裁を取り、受験当日にネタバラシをするのだ。
親から子へと代々受け継がれる肩透かしの応酬
つまり、これも『慣習』である。
叡智の試験(テストをするとは言ってない)




