Medicine for miracles〜<奇跡の薬>〜10
君のために僕は詠う。
Medicine for miracles
〜<奇跡の薬>〜 10
私の目の前にいるケイ君は…ケイ君の顔は傷だらけだった。
「…っケイくっ!!」
ケイ君は私を強く抱きしめた。本当に強くて、強くて…私は思わず「くっ苦しい…」と唸ってしまった。
ケイ君はハッとしたように
「ごっごめん!」
と言って私から離れた。
しばらく私もケイ君も言葉が出てこなかった。妙に恥ずかしかった。
「――――おかえり…アキ…」
ケイ君が呟くように言った。そして笑ってくれた。傷だらけの顔で、ハニカむように笑ってくれた。
「…ただいま…」
私の言葉に、ケイ君は嬉しそうにまた微笑んだ。
「…アキ、大木さん家に行くんだろう?」
ケイ君の言葉に、私はハッとした。
時刻は午後1時50分。
「うん!!行こう!ケイ君!」
ケイ君の運転する清子さんの車は、高速を快走した。清子さんの車は良い車らしく、エアコンの効きが良かった。
「―――ケイ君、本当に足大丈夫?」
私は拳銃で撃たれたはずのケイ君の左太ももを見ながら言った。ケイ君は本当に痛くない様子で…でもなんだかいつもより少し荒い運転で車を走らせていた。
「本当に大丈夫」
ケイ君はそう言うと、私の方をちらっと横目で見て微笑んだ。
私達はいつも入るサービスエリアで休憩をとった。ケイ君は余程お腹が空いていたらしく、私が作ったサンドウィッチと鶏のから揚げをあっと言う間に食べてしまった。
午後5時前には美枝子おばさん家に到着した。
「あらぁ〜!!ケイ君!どうしたの!?その顔!?」
美枝子おばさんも博一さんも百合子さんも、ケイ君の顔を見て目を丸くした。
「一体どうしたんだ?ケイ君?」
「…ちょっと…」
ケイ君は言いにくそうにしていた。
「みっ道で転んだんだって!ね?ケイ君!」
私は慌てて言った。
「転んだ!?…随分派手に転んだんだな…」
博一さんは不思議そうに首を傾げた。
その日の夕飯を美枝子おばさんの家でごちそうになった。博一さんがどうしても泊っていけと言うので、ケイ君と2人でお世話になる事になった。洋服は部屋着を借りて、着ていた服は百合子さんが夜に洗濯してくれた。
「この人、単にケイ君と飲みたいのよ!何日も前から楽しみにしてたんだから!」
百合子さんが口を尖らせながら言った。
「いいじゃないか!さぁ!ケイ君!今日は飲み明かすぞ!!」
博一さんは、とても嬉しそうにしていた。
「もう!パパ!!僕今日ケイ兄ちゃんに勉強見てもらうつもりだったのに!」
諒君が面白くなさそうに言った。
「明日、明日!さぁ、ケイ君!飲んで、飲んで」
博一さんがケイ君のグラスにビールを注いだ。
「…どうも……諒、後で教えてやるから」
ケイ君が博一さんのグラスにビールを注ぎながら言った。
「…ケイ君。随分余裕だな!」
博一さんは息を荒くして言った。
「―――あらあら、完全に出来上がっちゃって」
美枝子おばさんは笑いながら居間で大の字になって酔い潰れた博一さんにタオルケットを掛けた。諒君がいそいそとケイ君の隣に座った。
「何が分からないんだ?」
「うん。この問い3の…」
私はそんな2人をしみじみと眺めていた。
諒君はもう中学1年生だ。男の子は何でこんなに早く大きくなるんだろう…
ケイ君だってそうだ。
あの日、施設の台所で初めて会った時、ケイ君は今の諒君と同じぐらいの歳だった。
私はなんだか不思議な感覚に陥っていた。
「アキちゃん!ケイ君!花火しましょうか?」
庭から美枝子おばさんが言った。私とケイ君は庭に下りて、渡された花火に火を点けた。
パチパチパチと小さな火花が散って、赤、青、黄色の炎が勢いよく飛び出した。そしてすぐに炎は消えて、白い煙がもうもうと立ち上った。
「線香花火ある?おばさん!」
私の声に、美枝子おばさんは線香花火をくれた。
「アキ姉ちゃん、そんな地味なの好きなの?」
諒君が馬鹿にしたように笑った。
「地味でもいいの!私は静かなのが好きなの!」
そう言いながら私は線香花火に火を点けた。私の横でケイ君も線香花火に火を点けた。
パチパチッと小さく散った火花は、赤く丸い火玉の回りをパチパチパチパチと静かに舞った。しばらくして火花は小さくなって消えた。まだ赤い丸い火玉がポゥと静かに灯っていた。
「…まだ落ちないで…」
私はそう呟いていた。徐に顔を上げたら――――ケイ君が私を見つめていた。
ケイ君は慌てたように、パッと顔を背けた。
それと同時に赤い丸い火玉がポトッと地面に落ちた。
「…僕のも落ちたよ」
ケイ君は静かにそう言って、微笑んだ。
花火をし終わった後、博一さん以外の全員で“豆乳プリン”を食べた。
「ん―!!美味しい!アキちゃん、これどうやって作るの?」
私は、そう言う百合子さんにプリンの作り方を教えた。
「僕、アイス食べたい」
プリンのカップを舐めながら、諒君が言った。
「アイス?みんなの分も買って来てよ、諒」
「えぇ!?僕が行くの!?」
百合子さんの言葉に、諒君は口を尖らせて言った。
そんなやり取りを眺めながら、私はうつむき加減でプリンを食べていたケイ君に目をやった。
「―――ケイ君、一緒に行こうか?」
私の言葉にケイ君は驚いた表情で私を見た。
「え!?ケイ兄ちゃん達行くなら僕も一緒に行く!」
諒君が目を輝かせながら言った。
「ダメ!……アキと2人で行く」
ケイ君の言葉に、美枝子おばさん達が笑い出した。
「えぇ!僕も行くよ!ケイ兄ちゃん!」
「お前、さっきの問題全部解いてないだろ?」
「帰ったらやるから!」
諒君は半分泣きそうな声で言った。
「諒君、ちゃんと言われた通り宿題しなさい。もう教えてもらえなくなるわよ」
美枝子おばさんの言葉に、諒君は仏頂面になった。
私はケイ君と近くのコンビニまで歩いて行った。どこかでお祭りがあっているらしく、笛の音や太鼓の音が微かに聞こえてきた。そして遠くの方では花火が上がっていた。町の人達はみんなそっちの方に行っているのかな?と思うくらいコンビニに行く途中、誰とも会わなかった。
ケイ君は黙ったまま、私の歩幅に合わせるようにゆっくり歩いてくれた。
ケイ君の様子がいつもと違う事は分かっていた。ケイ君は私に言いたい事がある。でも、言えないでいる。
「――――ケイ君、手帳見た?」
私の言葉に、ケイ君は足を止めた。
「…うん…」
ケイ君は一言そう言うと、私の顔を見つめた。
「ごめんね…黙ってて…」
「…うん……」
ケイ君はうつむいたまま、黙っていた。私も黙り込んでいた。何か話したかったのに…何も言葉が出てこなかった。
あんなにたくさんケイ君を傷つけて…私は掛ける言葉さえも見付からずにいた。
「……本当に…いいの?」ケイ君が静かに言った。「本当に…僕でいいの?」
私は強く頷いた。
「うん。…ケイ君も私でいいんだよね?」
私の言葉にケイ君の瞳が大きく揺れた。ケイ君は私の腕を強く掴んだ。
「…っ本当に…もう迷ったりしない?後悔したりしない?」
私の腕を掴んだケイ君の手に力が入った。
「しないよ」
「もうどこにもいかない?僕のそばにずっといてくれるのか?」
ケイ君の瞳から涙が零れた。
私は胸を締め付けられる思いがしていた。
「…ケイ君は…何のために生まれて来たと思う?」
私はケイ君を見つめて言った。
「私は…あの手帳を読んで…私はあなたのために生まれて来たんだって…勝手に思ってたの。私は何にも出来ないから…そばにいて見守る事ことしか出来ないから。だからケイ君に相応しい人が現れたら、私はその人の味方になろうって決めていたの」
「アキ!僕はっ…」
「でもケイ君は私と普通に生きたいって言ってくれた。ケイ君の言う普通って何?」
私の言葉に、ケイ君はしばらく黙っていた。
「……朝、アキの作ったパン食べて…会社に行って…帰って来て、アキの作った夕飯食べて…」
「うん…」ケイ君の言葉に、私は頷いた。
「休みの日はたまに遠出して…こうやって大木さん家に来てもいいし…兄さん達と出掛けてもいい…」
ケイ君はぽろぽろと大粒の涙を流しながら、私に話してくれた。私も泣きながらケイ君の話を聞いていた。
「それだけでいいんだ…だから…もうどこにも行かないでくれ…」
そう言うと、ケイ君は私を抱き寄せた。
「…もうどこにも行かないよ。ずっとケイ君にそばにいるから」
ケイ君は声を殺すように、私の耳元で震えながら泣いていた。私はそんなケイ君の背中に手を回してしっかり抱きしめた。
「本条先生が教えてくれたの。私はケイ君の運命を変えたんだって。私にはそれだけの価値があるんだって…そしたらケイ君もそうなんだよ」
ケイ君の大きな瞳から流れる涙は、真珠のように綺麗だった。私はその真珠のような涙に指で触れた。
「私の運命をあなたは変えてくれた。私を価値ある人間にしてくれた。私は…あの日…施設であなたに出会って良かった。会社の食堂まであなたが私に会いに来てくれて本当に良かった…本当に、本当に…そう神様に感謝してる」
ケイ君の濡れた頬が、私の濡れた頬に触れた。
「ケイ君が望む事は、私が叶えるよ。朝のパンも、ケイ君の好きなハンバーグも作るよ…休みの日はお弁当持って遠出しよう」
ケイ君は嬉しそうに…穏やかに微笑んだ。
「アキは僕に何を望む?」
ケイ君の言葉に私は首を横に振った。
「ケイ君が幸せなら…私はそれだけでいいんだよ」
ケイ君は恥ずかしそうに微笑んでいた。
ドーンドーンと花火の轟音が風に乗って伝わってきた。紺色の夜空に、キラキラと光る星と共に金色の花火がパッと散っていた。
私達はそんな夜空を、手をつないだままじっと眺めていた。
「…来年は花火大会行こうか?」
私の言葉にケイ君は優しく微笑んだ。その笑顔は、いつも以上に綺麗で…私は思わずケイ君の頬に触れた。ケイ君は頬に触れていた私の手の上に自分の手のひらを重ねた。
月明かりと星明かりがキラキラしている夏の夜空の下で、私達は少し長めのキスをした。
それからコンビニへ行ってアイスを買って家へ帰った。諒君はもう寝てしまっていた。買って来たアイスはケイ君と美枝子おばさんと百合子さんと私と4人で食べた。
熱かった胸にアイスがひんやり沁み渡った。
次の日、朝早くに大木さん達と一緒にアキの両親のお参りに行った。途中、寄った花屋の人が僕の顔をじろじろ見ていた。
「そんなに見たらケイ君の顔に穴が開くわよ」
大木さんが言った。
「…いやぁ〜滅多にこんな綺麗な子見れないからね…」
花屋の人の言葉にみんな笑った。アキも笑っていた。
お参りを済ませ、昼食を取ってから僕達は大木さん達とその場で別れた。
帰りの車の中で、僕はずっとアキの手を握っていた。
「―――ケイ君、ちょっと行きたい所あるんだけど…連れて行ってくれる?」
アキの希望に応え、僕は車を走らせた。途中、また違う花屋によって今度は百合の花を買っていた。
着いた場所は―――墓地公園だった。
「ここに、浜田綾乃さんが眠っているの」
アキはそう言うと、微笑んだ。
アキが毎月浜田綾乃の墓参りに行っていた事は知っていた。アキがどんな思いで行っていたのかも…僕なりに理解していた。
管理室で水桶と柄杓を借りて、墓地公園の敷地内へ入った。
昼過ぎで一番日差しが強かったけど、風が吹いていたので少しはマシだった。ただ蝉の声は暑苦しかった。
浜田綾乃の墓の前で、1人の年配の女の人が墓掃除をしていた。その人はすぐに僕達に気付いた。
僕もその人が誰なのか…すぐに分かった。
浜田綾乃の母親だった。
浜田綾乃の母親は僕達を見て、しばらく立ち尽くしていた。
「…松田さん…本条さん…」
そう言いながら、僕達に深々と頭を下げた。
僕達はこの母親の誘いで、墓地公園から少し離れた喫茶店へ入った。
店内は冷房がよく効いていて、汗がス―と引いた。
アキと僕はアイスティーを注文して、この母親はオレンジジュースを注文した。
「…あの…何か…アイスでも食べませんか?」
この母親の言葉に、アキは微笑んでいた。
「いえ…昨日から冷たいモノばかり食べてるんで…」
アキの言葉に、母親は苦笑した。
僕は――――正直、この母親とこの場にいる事に少し抵抗があった。アキをこの空間に置きたくなかった。でも、アキはいつもと変わらず穏やかだった。
「…あの…もうご結婚は?…」
母親はおずおずと訊いてきた。
僕とアキは顔を見合わせた。
「……まだです」
僕はさっさと答えた。僕の言葉に母親は少し驚いたような表情をした。
「…そうですか…」
母親はそう言うと、少しうつむいたまま黙っていた。アキは不安げにこの母親を見つめていた。
沈黙を破るように、この母親が口を開いた。
「…ご結婚が延期になったのは…綾乃のせいですよね?」
「…いえ…そんな事は…」
アキは戸惑いながら答えた。
「分ってます…分かってます…綾乃がした事の罪の大きさも…分かってます…」
母親の肩が少し震えた。
「…浜田さん…」
「松田さんが綾乃の月命日にこうやってお参りに来て下さってるのも…知ってました…本当に…申し訳なくて…申し訳なくて…」
母親の目から涙が零れた。
アキは動揺しながら僕を見た。
「あの子は…綾乃は本当に後悔してたんです。あなたにあんなひどい事して…大変な事してしまったって…綾乃はあなたが妊娠していた事を知らなかったんです。だから…とても…とても…後悔していました…」
母親はハンカチで涙を拭いながら喋り続けた。
「綾乃は…本当は優しい子なんです…だから…死んでお詫びしようと思ったんです」
アキも僕も黙ってこの母親の話を聞いていた。
僕はもうしばらくしたら、アキを連れて店を出ようと考えていた。
「こんな事…私なんかが言える立場じゃないのは分かってます。ただ…これだけは…これだけは言わせて下さい」
そう言うとこの母親は顔を上げ、アキを見つめた。
「どうか…松田さん、綾乃の分まで幸せになって下さい。あなたが責任を感じる事なんて何もないんです。あなたは…本条さんとの幸せを考えて下さい。…どうか…どうか…綾乃の死を無駄にしないで下さい…お願いします…」
母親はそう言うと、テーブルに額を付けて泣き崩れた。
アキは慌ててこの母親に駆け寄った。
「分りましたから…分りましたから…もう泣かないで下さい!」
アキも泣きそうな声で言った。
僕は、黙って見つめていた。見つめながら、海斗の母親であるあの女の事を思い出していた。
母親なんて、みんなこうなのか?
みんな子供のためにこんなに泣くのか?
どんな過ちを犯した子でも…こんな風に想うのか…
「浜田さん!…」
ついにアキも泣き出してしまった。母親も泣き崩れたまま顔を上げようとしなかった。
「…そんなに心配しなくていいよ。ちゃんと幸せになるから…」
僕の言葉に、アキも母親も顔を上げて僕を見つめた。
僕は少しだけ笑った。笑っていた。僕の顔を見て母親も涙を流しながら笑った。
アキは僕を見つめ、穏やかに微笑んでいた。
帰りの車の中で、アキは黙っていた。僕も黙ったまま…アキの手を握っていた。アキは泣いているようだった。車の窓から外を眺めながら、泣いているようだった。
「――――私って…」
アキがいきなり口を開いた。
「私って幸せ者だね…」
そう言うと僕の顔を見て、微笑んだ。頬が少し濡れていた。
「みんな…私の…私達の幸せを願ってくれているんだよ」
アキはそう言うと、また窓から外を眺めた。
握っていたアキの小さな手は、相変わらずひんやりしていた。
「―――もう聞き飽きただろうけど…」
僕の言葉に、アキは振り向いた。
「僕と結婚してね」
僕はアキの方を見ずに言った。もう何回も言っていたので、さすがに恥ずかしかった。運転中でもあったし…
「うん」
アキはそう言った。そう言った後、くすくすと笑い出した。
「…何がおかしいんだ?」
「…ううん。何でもないよ」
僕は横目でアキの顔をチラッと見た。アキは微笑みながら僕を見ていた。
あの日、施設の台所で、アキは微笑みながら僕を見つめてくれていた。その微笑みと何一つ変わらず、今も微笑んでくれている。
僕は、その微笑みを手に入れたくて、独り占めしたくて……そのために生きて来たんだ。
その日の夜、ケイ君は私を深く深く愛してくれた。
私の身体の隅々まで優しく愛撫してくれた。
そして、何度も何度も…愛していると囁いてくれた。ケイ君の言葉を聞くたびに、私の心臓はギュッとなり、息が詰まった。
でも、それは今まで感じた事のないくらい心地よくて、涙が溢れた。
ケイ君の肩の傷に触れてみた。
ケイ君は、今まで私の知らない…知る事の出来ない傷をたくさん、たくさんこの細い身体に受けてきたんだ。
まだ間に合うよね?きっと大丈夫だよね?
私が、あなたの痛みが癒えるように…どんな事でもするから…だからもう心配しないで。
もう、泣かないで…
「――――また…そんな事言う…」
僕は堪え切れずにまた泣いた。
「…え…だって…本当にそう想ってるんだよ」
「だからって…今それを言わなくていいじゃないか…」
僕はアキの白く細い身体を強く抱きしめた。
――私の事、お嫁さんに選んでくれてありがとう。――
アキはさっき僕の腕の中でそう言った。僕はまた男のくせに情けなく号泣する羽目になった。
きっと世界中で僕をこんなに泣かすのは、アキだけだ。
アキ、アキ…
君のために僕は生まれた。
君のために僕は笑う。
君のために僕は涙を流す。
君のために僕は―――――生き続ける。
「――――有治君と2人っきりでクリスマス過ごすなんて思わなかったわ」
膝の上に置いたナプキンで口端を拭いながら、清子は言った。
「何だ?俺と2人っきりで過ごすのがそんなに不満かい?」
本条は怪訝そうに言った。
「そうじゃないわよ。またこうやって2人で過ごせる日が来るなんて思って無かったの」
清子は笑いながらワイングラスに口を付けた。
店内の中央に置かれたグランドピアノから優雅な音色が流れていた。清子はそのピアノの音色を聞きながらワインを何口か飲んだ。
「アキちゃんの誕生日に籍入れたのね。ケイ君、よくそれまで我慢したわよね」
清子の言葉に、本条は苦笑した。
「まぁ、アキちゃんのお願いじゃケイも聞くしかないだろう」
「式は?結局身内だけ?」
「そのつもりのようだ。あぁ、でも清子も招待するって」
本条の言葉に清子は微笑んだ。
「新婚旅行はどうするのかしら?」
「…来年の6月ぐらいにアキちゃんの幼馴染の子がフランスで挙式を上げるそうなんだ。その式にケイも招待されてるみたいで、ケイもアキちゃんのそんな何回も連休は取れないからフランスに行ったついでに観光もして来るそうだよ」
本条はデザートの“パンナコッタ”を口に運びながら言った。
「…まぁ、なんか色気のない新婚旅行ね。…アキちゃんは節約家だからね〜仕方無いか」
「本人達が選んだ事だからね」
本条はそう言うと、ゆっくりコーヒーをすすった。
「…もう落ち着いた?」清子は微笑みながら言った。「もう自分の事、考えられそう?有治君」
清子の言葉に、本条は笑った。
「そうだな」
「それは良かった」
「でも、結婚してもあの2人は屋敷から出ないつもりらしい。俺の事を心配してるみたいだよ」
本条は苦笑しながら言った。
「あぁ…確かにね…特にアキちゃんは心配するはずよ。私じゃ当てにならないって知られちゃったから…」
清子はペロッと舌を出した。
「君のあの部屋を見れば俺でも君の事当てには出来ないよ」
「ま!失礼ね!仕方無いでしょ!仕事が忙しいんだから!」
清子の言葉に、本条は吹き出した。
「なぁ、清子。今度休み取って2人で旅行にでも行かないか?」
「…珍しい!有治君の口からそんなセリフ聞けるなんて…」
「前から考えていたんだ。ゆっくり温泉にでも行きたいなぁ〜て…」
本条の言葉に、清子は複雑な表情を浮かべた。
「…温泉なんて…なんか一気に年取ったみたい」
「他に行きたいトコあるなら言ってみろ」
本条はムッとしたように言った。
「…いいわ、温泉で!そして美味しいモノ食べましょう!!」
清子はそう言うと、残りのワインを飲み干した。
「…まぁ、旅行の話はまた改めてするとして、これからどうする?」
「そうだな…」
本条は静かに清子を見つめた。
「今日は帰って来るなってケイから言われてるんだ」
「は?」
「だから君が良ければ、今晩一緒に過ごしてくれないか?」
本条の言葉に、清子はしばらく黙っていた。
「…別にいいわよ。今日はクリスマスだし…」
清子はハニカミながら言った。
「よし!それじゃぁ、行こうか」
2人が店を出た時、白い雪がチラチラと降っていた。
「ホワイトクリスマスね!」
清子が声を上げた。
本条はそんな清子を見て微笑んだ。そして、ゆっくりと夜空を仰いだ。
「…有治君」
「うん?…」
本条はゆっくり清子に目を向けた。
「あなたも私もまだ若いわ。…だから、これからよね?」
清子の瞳が小さく揺れたのを、本条は気付いた。
「そうだよ。これから始まるんだ」
本条はそう言うと、優しく微笑んだ。
君のために僕は詠う。
君のために僕は詠う。Medicine for miracles
★ END <2008.6>★
拙い物語にお付き合いいただき、本当に本当に有難うございました!また、感想を送ってくれた方々、とても励みになりました(*^_^*)有難うございました!
マジュモトコ