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新世のアリエーネ  作者: 創式浪漫砲༺艦༻
結婚相談所のアリエル
9/18

線上のアリアステラ

 ……展開が読めない。


 「レディへの非礼よっ。貴方が歌うかしら」


 レンズ越しに映るのは、白いはずのマイク。

 だが、登山用サングラスを通して見ると、それは漆黒のように映っていた。

 少女がじとっと覗き込んでくる。

 「早く歌うかしら」とでも言いたげなその瞳に、少し怯む。


 おかしい。

 そう思いながら、アリエルは差し出されたマイクを受け取った。

 いいのか、このまま歌っても……?


 それでも、アリエルは歌い始める。

 こんな展開は――今までになかった。


 既に、分岐が起きている。そう悟った。


 (同じタイミング、同じ角度でボタンは押されたはず……)


 けれど、数分経っても、誰も来なかった。

 サスティアも、ダウスも。

 まるで、もうここには干渉しないと決めたかのように。



 『中々、良い声してるかしら』


 アイスを頬張りながらニタニタと鑑賞しているミルナに、少年は妙な敗北感を覚える。

 でも、機嫌が戻ったなら……それで良い、のだけれど。


 『あははっ、声うわずってるかしらっ』


 ……もう少し優しくしてくれてもいいのに。


 それにしても、彼女の選曲はどれも知らない歌ばかりだ。

 というより、そもそもほとんど歌ったことがない。

 リズムも強弱もアドリブで、手探り。

 それでも、不思議とこの状況にはしっくり来ていた。

 だからこそ――もどかしい。



 ……少し、疲れた。


 「もう終わり?」とでも言いたげに見つめてくる少女に、ぼそっとこぼす。


 『し、仕方ないだろっ。ここまで歌ったのは、初めてなんだから』


 歌い終えながら、ふと、遠い記憶がよみがえる。


 アリエルが物心つく少し前に、母は亡くなった。

 その話を、父からよく聞かされた。


 ――母は歌が好きで、よく歌っていた。

 子守唄から童謡まで、いろんな曲を聞かせていたという。

 気づけば、僕は自然とそれを真似ていたらしい。

 母が亡くなったその日も……僕は、歌っていたそうだ。


 幼い頃は、それを聞いても何とも思わなかった。

 けれど少し大きくなると、それが不気味に思えて――

 歌うことを避けるようになった。


 ……それでも、時々歌うんだよな。

 歌はやっぱり、好きだから。


 『いつまでそうしているつもりかしら?』


 ごめん、と言う間もなく、ミルナの手が伸びてきて、

 顔に掛けていたサングラスを外した。


 目と目が合う。

 少し膨れっ面の彼女が、真正面から見つめていた。


 『ちゃんと見るかしらっ』


 ――思えば、いつから掛けていたのだろう。

 気恥ずかしさを理由に、もう随分と外していなかった。


 ミルナがマイクを手に取る。

 その瞬間、彼女の紅い瞳が、やけに真っ直ぐに、煌めいて見えた。



 「愛してる〜♪」


 部屋の空気に溶け込むように、少女の歌声がアリエルをそっと包み込む。

 真っすぐで、透き通っていて――でもどこかクセのある、まさにミルナらしい歌。


 (温かくて……切なくて……少し、儚い)


 『知らないかしら? ラブソングって言うのよ』


 歌い終えたミルナは、照れくさそうに小さく笑う。

 最近、風恋広場で流行っているらしい。

 流行り廃りの早い街らしく、前回のブームは十数年前だったとか。


 (想い合う男女の関係を、繊細に……って、まさか)


 その意味に気づきかけて、アリエルは思わず顔を背けた。

 話している彼女の表情が、頭の奥でちらついて離れない。


 『ちょっと? 聞いてるかしら?』


 慌てて彼女の方を振り返る。けれど、どうしても目を合わせられない。

 身体の奥に熱がこもったような、妙な感覚。

 風邪……だろうか。


 勇気を振り絞って、もう一度、彼女の顔を覗き込む。

 なぜかミルナも視線を逸らしていて、頬をほんのり赤らめていた。


 『……少し風邪ひいたかしら。寝るわよっ』


 その一言とともに、部屋の明かりがすっと落ちる。


 暗く、静かなベッドの隅。

 その中で、アリエルは確かに感じた――

 頬にじんわりと広がる熱。

 それは風邪の熱とは、少し違っていた。



 深く、静まりかえった夜。

 その静寂を見計らったように、アリエルはそっと目を覚ました。


 タイミング次第かもしれない。

 ――そもそも、悪夢を見ていなかったとしたら?


 それでも少年は、この時に賭けていた。


 訊けるとすれば、この瞬間しかない。

 悪夢を見て、彼女が起きて、そして彼を呼ぶその時までーーただ待つ。


 悪夢を見ることをどこかで期待している自分がいる。

 一方で、見ないでいてくれることに、ほっとする自分もいた。


 そのどちらにも、吐き気がするほどの嫌悪感を覚えながら……それでも、目を閉じずに彼は待っていた。


 (来ない方が、きっといい。でも、もし来た時は……)


 覚悟を決めた、そのほとんど同時だった。


 「やっ……! いやっ!! やめてぇ――!!!」


 少女の叫びが、夜の静寂を突き破り、空間に鋭く木霊した。

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