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新世のアリエーネ  作者: 創式浪漫砲༺艦༻
結婚相談所のアリエル
10/18

嵐の前の静けさ

 「ミルナ……! ミルナ、大丈夫!!?」


 必死に彼女へ手を伸ばす。

 来るとわかっていても、やっぱり怖くて、身体が震えていた。


 「んっ……アリエル……アリエルぅ……」


 まずは落ち着かせないと。話は、それからだ。

 少年は「大丈夫だよ」と、ゆっくり、優しく彼女の背をさする。

 何度も、繰り返す。まるで暗示をかけるように、囁くように。



 月の光が、薄く揺れるカーテン越しに差し込み、

 少女を優しく照らし、包み込む。


 ミルナの瞳には、まだ少し涙の光が滲んでいた。


 ……そろそろなのだろう。


 でもアリエルは、その“タイミング”をどうしても掴みきれずにいた。

 サングラスをかけたとき? テレビを見たとき? カラオケで歌ったとき?

 ――いや、もっと前からかもしれない。


 (……ここから先は、不確かな未来になる)


 その一歩がもたらす決断の重さに、少年の心はほんの一瞬だけ揺れた。


 「……二人でいると、あったかいね」


 小さく、でも確かに届いたその言葉が、

 少年の中で何かを決定的に動かした。


 

  『ミルナ……? どうしたんだい? 僕で良ければ、話を聞くよ?』


 少年の声に、少女の瞳が淡く揺れる。

 儚げな表情をほんの一瞬だけ浮かべて、すぐにいつものような笑顔に切り替わる。


 『ううん、何でもない。悪夢を……見てただけ』


 ……嘘だ。

 そんなの、手に取るようにわかる。

 笑顔の強ばりも、その肩に残された赤い痕も。

 何もないわけが、なかった。


 『……ごめん。僕も、嘘をついてた』


 お風呂で付けていた、あのサングラス。

 本当は、見えていた。ミルナの震えも、傷も。


 『何も見えてなかったわけじゃ、ない……』


 すっと息を吸い、腹に力を込める。

 逃げずに、誤魔化さずに言葉をぶつけた。


 『ずっと見ていたんだよ!!! 君の心と体の傷をっ!! ……お願いだから、見てくれよ!! 僕の目を!!!』


 視界がにじむ。何が滲んでいるのかは、もう分からなかった。

 震える声を押し出すように、さらに続ける。


 『……そして、僕に見せてくれよぉ……! 君の肩が赤い理由を……っ』


 情けない。こんなにも。

 でも、もう隠すことなんてできなかった。

 濁った視界の果てで、少女の顔が淡く、静かに染まっていった。



  『……そう。……見てたのね』


 沈黙を破るように、少女は静かに呟いた。

 泣いているのだろうか。いや、確かに、微かに震える声に滲むものがあった。

 少年には、彼女の瞳が今にも涙でこぼれそうに見えた。


 『最近……いいえ、ずっと昔からかもしれない。……すごく怖い夢を見るの』

 『必死で逃げて……追いかけられる夢。叫ぶ声で目が覚めるの。その度に……肩が、赤くなってて』


 そう言いながら、少女はそっと自分の肩を見せた。

 赤い痕がまだらに広がっている。


 それは、どこか蚊に刺されたようにも見えるが……何か違う。

 内側から滲むような、不自然で、異様な痕。

 それが、何なのか分からないことが――少年をより苦しめた。


 『……他に、何か変わったことは?』


 恐る恐る尋ねると、少女は頷いた。

 悪夢は昔から繰り返されていて、最近は特に頻度が増しているという。

 ひどい時には、夢の中に血の匂いすら感じるそうだ。

 そして不思議なことに、そういう夜のあとには、どこかで誰かが亡くなったという噂を耳にする。


 『これは……呪いなのよ』


 少女は小さく言ったが、少年にはそうは思えなかった。


 『大丈夫! 僕がいる! 何かあったら、守るから!』


 思わず、勢いで叫んでしまった。

 でも、内心は怖くてたまらなかった。震える指先。乾いた喉。

 それでも逃げたくなかった。


 彼女がそれを感じ取ったのか――静かに、そっと手を伸ばす。


 サングラスを手に取り、優しく彼の顔に掛けた。

 紅い瞳の奥で、かすかに微笑んでいる。


 『約束よ……? 必ず……助けに来てね』


 その声はまるで、願いのように。呪文のように。

 確かに少年の胸に、深く、沈んでいった。

 


  木漏れ日がレースのカーテンを突き抜ける。

 少年は、二度目の朝を迎えた──はずだった。


 だが、目に映るはずの景色は、あっけなく溶けて消えていた。

 辺りを見回すその視界には、ただ空虚と静寂だけが広がっている。


 居ない。

 ――ミルナが、居ない。


 呪い?悪夢?それとも誰かに攫われた?

 

 (なんで?なんで?なんでなんで!!?)


『うわあああああああああああああああああああ!!!!!!?』


 その瞬間の事を少年はあまり覚えていない。


 サングラス越しに見える瞳は一体、何処を捉えているのだろう。

 静寂の中不吉な音が聞こえてくる。

 嘲笑か枯れた笑いかも分からぬまま、少年は抜け出すように扉をーー開けた。

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