42:大好きなのだという気持ちが伝わってきた
私のお腹の虫の鳴き声は、しっかり銀狼の耳に届いていたようだ。
縦穴には戻らず、イチゴやベリーがある場所に連れて行ってくれた。さらに泉に案内してくれて、そこで喉を潤すことができた。泉のそばにはミントの葉があり、それを歯磨き代わりで口に含むと、サッパリできた。
一応そこで、転移魔法も試したが、ダメだった。
円陣は現れるが、いざ転移しようとすると、輝きが失われてしまう。
ただ、これは美女が妨害しているのか、私の魔力が足りないのか、どちらが原因かは分からない。
その後は木の枝を集め、着ていたケープに包んで縦穴へ持ち帰り、なんとか魔法で火をつけた。
火を見ると、心から安堵できた。
その火を囲み、私はここに来るまでの経緯を、銀狼に話して聞かせた。銀狼は動物とは思えない豊かな反応を示し、私を驚かせる。
オリエンタル美女がウィルやジェラルドにした攻撃、そして私をこの縦穴に落とした件を話すと……。
あの低い唸り声をあげ、とても怒っていた。
ひとしきり、状況を話せたところで、私は気になっていることを聞いてみることにした。聞きたいことは山ほどあるが、懐中時計で時間を確認すると、とっくに寝ている時間だった。だから三つだけ。聞いてみることにした。
「ねえ、クリス。私が他の誰かと恋をしないように、他の誰かと結ばれないようにするために、魔力を抑えるための魔法と遠視になる魔法をかけたの?」
私の質問に銀狼はブンブンと首を振った。
「え、違うの……?」
今度は激しく頷く。
違うのか。では一体どんな理由が……?
でもその答えをこの状況下で得るのは……。とても難しいと思えた。
ならばともう一つの質問をすることにした。
「私、9年前にクリスと会った記憶がほとんどないの。覚えているのは、別れ際に約束をして、約束の証で額へキスをされたことだけ。あとね、ネモフィラの花畑は学園の敷地に収まってしまったけど、当時の私はそれを知らなかったの。もう一度花畑に行こうと探し回っていた、その記憶もない。もしかして記憶を消したのはクリスなの? 理由があって消したの?」
すると銀狼はしばし思案し、ゆっくり頷き、私の目をじっと見た。
それを見ただけで十分だった。
意味もなく、消したわけではない。
なんというか、それは自身のためではなく、私のために消した、そんな風に思えた。
「じゃあ、これは最後の質問ね。クリスと私は9年前、ネモフィラの花畑で1週間、毎日のように会っていた。クリスは私のことが好きになって、私もクリスのことが好きになった。だから再会の約束をした。結婚をしようという約束をした。18歳になり、大人になったクリスは、ブルンデルクに戻ってきてくれたの? 私を婚約者として迎えるために」
「くうん」
銀狼が立ち上がり、私のそばにきた。
こすりつけるように鼻を近づける。
大好きなのだという気持ちが伝わってきた。
私にはクリスの記憶がない。
銀狼という姿の彼と、数時間を過ごしただけだ。
それだけでも彼に対し、好ましいという気持ちを持てていた。
きっと8歳の私も、中身は大学4年生だった私も、クリスと過ごした1週間の間に、すっかり彼に恋をしていたのだろう。結婚したいと思えていたのだろう。
それは……きっと鮮烈な一目惚れだったのかもしれない。
その記憶を取り戻せるなら、取り戻したいと思った。
「クリス、答えてくれてありがとう。今日はもう休みましょう」
「くうん」
私はクリスの鼻の頭を撫で、地面に横になった。
焚火は木の枝が燃えつきるまで、燃えているだろうが……。
いくら魔力の弱い私でも、毛布ぐらいは召喚できる。
だが、これまたオリエンタル美女の嫌がらせなのか。
召喚の円陣を展開し、呪文も唱えるが、待てど暮らせど毛布は現れなかった。
というわけで、着の身着のままで休むことになったのだが……。
日中は温かいが、朝晩はまだ冷える。
風邪でもひきそう……。
そんな心配をしているが。
どこかで諦めていた。
ウィル達もウィンスレット辺境伯家のみんなも、必死に私のことを探してくれていると思う。なんなら実家にも連絡がいき、ノヴァ家からも捜査部隊を派遣してくれるかもしれない。
でもあのオリエンタル美女が、居場所がバレるようなヘマはしないと思うのだ。
つまり、私が黒い森にいるなんて、誰も気づかないし、分からないだろう。それでなくても黒い森に近づく人なんていないのだから。
だから私は二日後、あのオリエンタル美女に殺されると思う。
銀狼に喰われていない私を見たら、美女はきっと驚く。
驚いて怒って、すぐに私を殺す。
余命は2日。
私の魔力は抑えられているから、オリエンタル美女に対して太刀打ちできない。
クリスは言うまでもない。
だからこそ3年間、この縦穴にいるわけだから。
そしてこの森からは逃げられないと、さっき判明した。
隠れても間違いなく見つかる。
風邪をひくことなんて、気にしても仕方な……。
ふわっと優しく柔らかいものに包まれた。
驚いて顔をあげると、銀狼が私のことを温めるかのように、寄り添ってくれていた。
ここで泣いてはいけない。
泣いてはダメと思ったが……。
涙はどうしてもこぼれ落ちてしまう。
でも泣いていると気付かれたくなくて。
声を押し殺し、目を閉じた。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
銀狼姿のクリスとニーナ。
気持ちは通じているのに、残された時間が(TωT)
次回は「今という時間を大切にしよう」を公開します。
明日もよろしくお願いいたします。
【御礼】
誤字脱字報告してくださった読者様。
ありがとうございます!