古武術初級
ゼオの私船、グランディーネ号の甲板に出た二人は、クロビの古武術指南の為に横並びで立つ。
さすがは王族の船だ。私船とは言え、横幅で50メートルはあり、古武術を教えるには十分過ぎる広さだった。
「とりあえず俺が習ってた事をそのまま伝えるが、ゼオは何か武芸を習ってたかい?」
「私は王族だから幼少の頃から魔術と剣術は一通り熟した。 ハンターになってからは時々レバンに相手をして貰ってるよ。 ああ見えて私の師でもあるからね!」
なるほど、ますますレバンの存在が気になるな……
とにかく指南を受けてるなら話が早い!
「分かった。 先に説明しておくと、剣でも槍でも基本の動作は同じ。
ただ、王侯貴族達が習う武芸はそれだけだったりもするね」
どの様な武器でも弓以外であれば基本姿勢や動作は大体同じ。でも、だからこそ型に嵌り過ぎて読まれやすいのが欠点だった。
「だけど、東方国はそうじゃないんだ。 勿論、国によって流派が違うのは当然なんだけどな!」
「じゃあ何が違うんだい?」
ゼオは不思議そうな表情で返答を待つ。
「先ず、剣に関しては剣術ではなく“剣技”という。 槍は槍術だけど、さっき説明した通り基本は同じ。
ただ、東方国はそれに“武術”が加わるんだよ」
「武術……古武術か!?」
「それ! 武器を持たない武道……こっちだと拳闘術って言えば分かりやすいかな? そして、その体捌きを剣術や槍術に混ぜるんだ」
「そうだったのか! いや、だからか!」
「ん?」
何がだからなのか、クロビはゼオに聞いてみると今の世界情勢を話し始めた。
それによると世界は今、大陸別に三分割されている。
地図で見ると西側に位置するエマーラル大陸は神霊山のマナもあり、魔術に秀でた大陸となっている。
逆に東に位置する東方国のあるルーブ大陸は魔力こそ保有しているが武芸に優れていた。
そして中央に位置するゴルデニア大陸はそれぞれの特色を持つのだが、“魔道具”が普及し、“兵器”によって第三の力を持つ事になったのだ。
「だから東方国の出身であるクロが旅人でありながらも武人並みの強さを誇ってるんだね! 納得したよ」
「いや、武人は言い過ぎだろ。 まあ武術にも沢山の流派があるけど、前に見せた“勁”を覚えてるか?」
「あぁ、あの石を何の動作もなく壊したやつでしょ? あの衝撃は忘れられない」
「そう、俺の父は元々槍術使いで古武術を混ぜていた。 そして“勁”を習得して槍術に加えてから、数々の武功を上げて〝槍神〟と呼ばれるようになったんだ」
父は偉大だった。だから俺も父の様になりたくて槍術の教えを乞い、短い期間だったけど自分の物にした。
だから俺が武術に秀でたとしても、それは俺の棍法は父の槍術からの派生に過ぎないのだ。
「何だか凄い話を聞いた気がするぞ! よし、やる気が湧いてきた!
クロ、宜しく頼む!」
そういってゼオは顔を引き締め、気合を入れた。
どの様な武術でも先ずは体作りと体幹を鍛える事。
ただ、ゼオの場合は剣術などで既に身体は仕上がっている。
さすがはハンターだけあるな。
また、レバンの指南によって多少は武術の心得があった。本人曰く、剣を取られた時の対処法と護身術だそうだ。
なら話が早いと、そのまま古武術の型をゆっくり、流れるように演武する。
ゼオもそれを真似て同じ動きをしていく。
「ただ型をなぞってもダメだ。 勁を意識する事が今後に繋がっていくから、丹田から体全体に氣を巡らせるように、一つ一つの動作でしっかりと力を流していくんだ」
「わ、分かった。 やってみるよ」
そして1時間が過ぎた頃――
勁を意識しながらの演武はゆっくりな動作ながら力を込めての動きとなる為に、ゼオの身体から湯気が立ち上り始める。
ゼオは吸収が早かった。レバンという只者ではない男からの指南もあると思うのだが……これはゼオ自身の類まれなる才能なのだろう。
「まだ1時間程度でここまで出来たのは凄いぞ。 そのまま型の速度を上げてみよう! もし辛くなったら身体強化も使用して大丈夫だ」
「本当か!? ではさっそく!」
そういってゼオは身体強化を掛けながら素早く演武を行なう。
何種類かある型を一周したら更に速度を上げ、それを繰り返していく。
そうする事で己の限界速度を計る事も出来るのだ。
「じゃあ仕上げだな。最後に俺とその方で組手だ」
クロビはゼオの前に立ち、同じように構える。
最初はゆっくりと、それを次第に速度を上げて受け身、攻めを繰り返していく。
ゼオに古武術を指南してから数時間、既に外は真っ暗になっていた――
この数時間でみっちりと扱いた事でゼオは半裸の状態で倒れ込んでいる。
ここは港で海からの風は冷たい。風邪でも引いたら困るぞ?
すると、船内からレバンが外に出て来た。
「殿下、そのお姿だと風邪を引きます。 これで汗を拭いてから浴室で湯あみなさって下さい」
「あーレバン、助かるよ。 ただ、ちょっと今は動けそうにない……」
ゼオの身体は既に限界のようだ。ちょっとやり過ぎたかな?
「では失礼ながら運ばせて頂きます。 侍女も控えておりますのでその様に」
船に浴室があるのは流石だな。まあ今の時代、魔道具の普及によって平民でも家にそのスペースがあり、【水】【火】の魔術が施された魔道具から温水も出せるのだ。
ただ、東方国では風呂があり、温泉地や銭湯などがあったが、こちらは湯舟に浸かる習慣はないらしい。
少し離れているだけでも大分文化が違うんだな
「クロ様も是非湯あみなさって下さい。 メイドを待機させておりますのでお部屋にどうぞ」
さすがレバン、執事だけあって先を見通して行動している。ただ……メイド?
そのままレバンは「失礼致します」と声を掛け、ゼオを肩で運ぶ形で持ち上げ歩き出した。
クロビもレバンに付いていく形で船内を歩いていくのだが、よく見ると違和感を感じる……
何せ、人が歩く時は必ず身体が上下に揺れ、人を抱えていればその衝撃が伝わるはずなのだが……レバンの歩き方が特殊なのか、ゼオには一切の衝撃が加わっていないのだ。
それは階段を上る際にも同じく。
何度も言うが、只者ではない!後でゼオに聞いてみよう。
しばらくして廊下が二手に分かれ、レバンはゼオの寝室の為更に階段を上がって行き、俺は与えられた客用の部屋へと向かった。
ちゃんと見てなかったけど船は三階建てになっていて、最上階はブリッジと船長室、その奥にゼオの部屋と執事や侍女の部屋。
二階には俺が泊まる客室が三つ、そして食堂がある。
一階は主に乗員用で、一室に二段ベッドが二つと四人一部屋で就寝、または待機するのだ。
なお、地下には戦闘時の武器なども完備されている。
海には当然魔物も生息していて、船をエサと間違えて襲って来る事も多々あるのだ。
「えっと……こっちかな?」
廊下を曲がると扉の前にはメイド姿の女性が立っていた。
「クロ様、初めまして。 担当させて頂きますサラと申します」
手を前に組み、深々とお辞儀をして綺麗な挨拶をする。
「あ、どうも」
サラと言うメイドは茶色の眼に茶髪のボブカットでメガネをかけているが綺麗な顔立ちをしている。歳も20代前半だろうか。
スラっとした体形で美人の部類ではあるのだが……無表情だ。それに氷のように冷たい眼差しでちょっと怖い。
きっと怒らせたらヤバい人だ。
「では、クロ様。 お部屋でご案内致します」
サラは入り口のドアのカギを開け、扉を開く。
「……」
「クロ様?」
「あ、俺が先に入るのか」
「はい、本来は私が先なのですが、ここは安全ですので安心してお入り下さい」
いや、安全とかじゃなくて、エスコートみたいにレディが先だと考えてました。
お恥ずかしい。
部屋は客用にしては豪華な作りだった。
フカフカそうなベッドに、のんびり出来そうなソファに机と椅子。
下手したらその辺の宿より良い部屋だな、さすが王族船だ。
「クロ様、湯あみは如何致しますか?」
クロビからコートを脱がせ、手に持ちながら聞いてくる。
「そうですね。 汗掻いたのでお願いします」
「では、準備致しますので少々お待ち下さい」
サラが湯あみの準備をしている間、クロビは窓から海を眺めていた。
しばらくすると、準備を終えたサラがタオルなどを持ってクロビの元へと来る。
「クロ様、準備が出来ましたのでこちらへどうぞ」
浴室へ行くと花などが飾ってあり、いい香りがする。
「クロ様、湯あみされるのに服は脱がないのですか?」
「……ん?」
「服を着たままお入りになられるのですか?」
「いや、そうじゃなくてですね……一人で、大丈夫ですよ?」
「そうでしょうけど、『殿下の大事なご友人だから手厚くもてなすように』とレバン様より仰せつかっております」
「えー、まあ仕方ないか」
ごねたらサラさんにも迷惑掛かりそうだし、この人怒ると怖そうだからな――
その後はサラさんに、文字通り〝手厚く〟もてなされました。
【火】と【風】の魔道具を使った小型温風機で髪を乾かしてると、コンコンっとノックの音がした。
「どーぞ」
声を掛けると、レバンが部屋に訪れた。
「クロ様、お食事の用意が出来ております。 殿下が一緒に、という事ですが、如何でしょうか?」
「分かりました。 すぐに行きますね」
「では、お待ちしております。 サラ、案内して差し上げて下さい」
「分かりました」
食堂もこれまた豪華だった。広さはそこまでだが、それでもレストランと言って過言ではない。
ただ、これって乗員も使うんだよな……だったらもう少し控えめの方がいいんじゃないだろうか?
そう思いながら歩いていると、奥のテーブルにゼオが座っていた。
「お待たせ」
「いや、私もちょうど来たところだよ。 せっかくだし一緒に食事をしながら話をしようと思ってね」
「いいね。 時間を気にせずってのもたまにはな!」
クロビもゼオに向き合う形で席に着いた。
するとレバンが食前酒をグラスへ注ぐ。
「こちらを飲みながらお待ち下さい」
そして、レバンは二人のグラスに食前酒を注ぎ終わると一礼して裏へと消えていく。
「じゃあ二人の親交に乾杯」
「あぁ、乾杯」
チン、とグラスをぶつけてゆっくり口に含む。
「いや、それにしても古武術の型は凄いね! 体中がまだ悲鳴を上げているようだよ」
「最初は俺もそうだったよ。 普段身体を使ってる人も、初めて学ぶと大抵そうなるんだ」
「でもそれを身体が覚えてしまえば私もクロの様になれるのかもね!」
身体の痛みとは裏腹にゼオは楽しそうに話す。
「そういえばグラーゼンまではどの位かかるんだ?」
「そうだね、ここからだと何もなくて四日かな」
「何もなくて?」
「そう。 この辺の海域はたまに大型の魔物が出る事がある。 そうすると遠回りするからその時は一週間になるんだよ」
流石に海に乗りながら大型の魔物とは戦えないらしく、その時は潔く逃げるのが海での常識らしい。
「なるほどな。 なら最低でも三日は鍛錬が出来るって事か」
「三日……私の体は持つのか心配だ」
クロビの発言でゼオは少し憂鬱な表情な表情を浮かべた。
「大丈夫。 明日は辛いかもしれないけど、その後は身体が覚えるから慣れるさ」
そんな話をしているとレバンとサラがそれぞれの食事をテーブルに並べていく。
「うわ~また豪華だな!」
テーブルに並ぶ料理はどれもがこの海域で取れた食材を使ったものだった。
身が引き締まった赤み魚類のステーキ、クラーケンのバターソテー、ホテという貝のスープ。
「私は結構見飽きているが、味は保証するよ」
「ではさっそく!」
それぞれナイフとフォークで料理を口に運んでいく。
「ん~美味いな! 基本的に肉しか食べてなかったから余計に新鮮だよ」
クロビの食生活と言えば、森で買った獣肉を焼くだけのワイルドなものばかりだった。
「酒もあるが飲むかい?」
「いいね! でも前回流行り過ぎたから今回は程ほどに」
前回の二日酔いは地獄だったからな。酒の恐ろしさをしっかりと学んだ瞬間でもあった。
だから学習して今日は程ほどにしよう。
明日は出航だし!
という事で二人は楽しい夜を過ごしたのだった――
古武術は合気道とカンフーなイメージです。
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