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ショッピングガールズ

 

「次、あそこ見てみようか」


「あっちの服は値段高そうだよ?」


「あ、あんまり高いと、その」


 先頭を行くいちかさんに遅れないように、夕乃さんと並んで歩く。

 場所は前にも来たショッピングモール。

 あの時はジャジャとナナの買い物だったから良く見てなかったけど、本当に驚くほどお店と人が多い。


 あの町からはあまり離れないようにしていたから、私はこのモールみたいな大きい建物には入った事は無かった。

 テレビやコマーシャル、雑誌でしか知らなかった世界が、私の目の前に広がっている。

 嬉しい。


 薫平さんと出会ってから、毎日が目まぐるしく騒がしい。

 でもそれはとても楽しい毎日で、騒がしさもまた耳に心地よくて。

 本当に多くの物を、私は薫平さんから貰っている。

 夕乃さんやいちかさんという、気軽にお話ができるお友達までできてしまった。

 私は一体、薫平さんにどうやって恩を返せばいいのだろうか。


 母さんとの一件を経て、私と薫平さんの距離は少し近づいたと思っている。

 あの時巣に突然現れ、私や娘達の為に体を張り、自分を傷つけた母さんすら助けてくれた薫平さん。

 二ヶ月近く経った今でも、あの時のあの人の姿を思い出すだけで胸が高鳴る。


 龍種であるこの身は、隠し通さなければならないと分かっているいけれど、許されるなら声を張り上げてあの人を自慢したい位だ。


 背が高く、広くて頼もしいその背中を。

 鋭さの中に、包み込む様な優しさを秘めたあの瞳を。

 責任感と、眩いばかりの正義感を秘めたその大きな手を。


 全てが全て愛おしい。

 この身を委ねて解けて混ざり合いたいとすら思ってしまうほど、私は薫平さんに恋焦がれている。


 見て!あれが私の旦那様です!

 私が妻で、薫平さんは夫なの!

 可愛い双子のパパで、ママは私!


 人目や立場を気にせず、大きな声で言って回りたい。

 薫平さんは私のモノで、私は薫平さんのモノだと、ハッキリ世に示しながら生きたい。


 我ながら、頭の悪い事考えてるなぁ。

 そんな事言える訳ないし、言っていい訳もない。

 我慢しよう。


 完全にあの人に心奪われた私だけど、決して不満が無いわけでは無い。


 一つは、あまり私に構ってくれない事。


 当然の事だし、そんな事言ったら罰が当たりそうだから絶対口には出さないけれど、もう少し私に触れてくれてもいいんじゃないだろうか。

 私達はパパとママ。だから優先されるのはジャジャとナナだっていうのは決まりきっている事だけど。

 双子達に向けられる穏やかで優しい表情で、私の名前を呼んで欲しい。

 肩を寄せ合って、二人だけのお話がしたい。

 私にはあんまり理解できないことだけど、人間や獣人、魔族の男性は異性との触れ合いを喜ぶそうだ。

 薫平さんが望むなら、恥ずかしいけど尻尾の付け根や角の先っぽを撫で回されても構わないのに。


 お義父とう様に良く似た薫平さんは、凛々しいお顔をしている。

 本人は全くモテないって言ってたけど、不思議でたまらない。

 あんなカッコいい人、探したって滅多に見つからない筈だし、それに性格も良く、健康だ。

 同年代の女子、いや、長命種の私と見た目が同じような年頃の女の子達の目は節穴なのだろうか。

 あれだけ誠実で義理堅く、温和で理知的な人を見向きもしないなんてありえない。


 その点で言えば、隣を歩く三隈夕乃さんは正しい。

 私の薫平さんへの不満点その2にも繋がってしまうのが残念だが、薫平さんへの想いを同じくする彼女の見る目だけは認めている。


 同じ人を好きになってさえいなければ、夕乃さんは最高のお友達なんだけどな。


「ん?どうかした?」


 おっと、無意識に夕乃さんを睨み付けてしまった。

 危ない危ない。


「いえ、なんでもないです」


 努めて平静を装い、モールの中を見渡した。わざとらしくなかっただろうか。


「限られた予算で、少しでも良いものを見つける為には足を使うしか無いのだよチミィ」


 そういって鼻息を荒くしているのは、猫族のいちかさんだ。

 元気で活発で、一緒にいると当たり前の事でも面白く感じさせてくれる。


「その前に、少しお茶しないかな」


「あ、賛成です。薫平さんからお二人の分もお昼代を預かってますから」


「ゴチ!さっき見たカフェに行こうよ!」


 心苦しい事に、今日の分のお金は全部薫平さんのお財布からだ。

 あまり物欲が無いあの人の貯金は、大体が双子達や私に使われている。

 頭が上がらなさ過ぎて地面にめり込みそうだ。


 とは言っても、私の着る物が少なくて困っているのも確かだ。

 もともと巣からあまり出なかった私の衣類は少ない。

 意を決して買いに出た分も片手で数えるぐらいしか無かったし、母さんが作ってくれてた服は成長したせいか袖が通らなくなっている。


 あまり値段が高くない物を、できるだけ沢山。

 私があがける手段はその程度だ。

 人界で暮らしていくには、どうしたって衣類が必要になってしまうから。


 夕乃さんといちかさんには、その事については伝えてある。

 一人で買い物に行くには何も知らなさすぎて無理だろうから、薫平さんがお二人に相談してくれていたのだ。

 だから今日はお二人の意見を参考にして買い物を楽しんでいる。


 私が持っていた母さんから渡されていた残り少ない貯金は、全部薫平さん経由で翔平さんへと渡っているから、今日の夕乃さん達へのお礼を兼ねた昼食代も薫平さんのお金に頼るしかない。


 ますますどうやってこの恩を返せば良いのかわからなくなる。


 いちかさんの案内でカフェに辿り着き、店員さんに促された席に着席した。

 4脚ある椅子の内、一つに買い物した袋を置いて、奥に私。正面に夕乃さん、隣にいちかさんが座る。

 店員さんがお水を持ってくる間に、メニューを開いて食べる物を品定めしていた。

 うわぁ。お昼の情報番組で見たよこの光景。

 私、生まれて初めてカフェに来てしまったんだなぁ。


 わくわくしながらメニューとにらめっこしていると、やがて店員さんがお水の入ったグラスを三つ持ってきた。


「私は、このランチプレートで」


「あ、じゃあ私も」


 三隈さんがメニュー表に載っているを写真を指差して店員さんに注文をした。

 トーストとソーセージとサラダをメインとしたその写真が美味しそうに見えたから、私も同じ物を頼む。


「私はマルゲリータとパスタミートソース!アイスティーも!」


 いちかさんが元気よく店員さんに告げた。


「いちかちゃん。言っとくけど薫平くんのお金使わせるのだめだよ?」


「わかってるって。最初から自分で出す気だもの」


 え?

 夕乃さんの言葉に、いちかさんは即答した。


「いや、あの、だって」


 思わず慌ててしまった。

 薫平さんからはお二人の昼食代として、ちゃんと充分な金額を預かってるのに。

 私の用事に付き合わせたお二人への礼は、昼食で返すって説明も受けている。


「私だってお買い物してるもの。お礼を貰う程の事なんてしてないよ」


「なんで友達と遊びに行くのに、いちいち礼なんて言われなきゃならんのさ。風待には『ビンボーな癖に見栄なんか張るなっ』って伝えといてね」


「あ、あの」


 何も言えなくなってしまった。

 店員さんはわざわざ伝票を三枚に分けて書いてしまっている。

 ど、どうしよう。


「いいんだよアオイちゃん。浮いた分はお洋服に回そう」


「あ、それがいいね!だったらさっきのワンピ買えるんじゃない?」


「で、でも」


「薫平君には私からも言っておくから。まぁ、あの人の事だから怒ったりは絶対しないけど、余計な気は使いそうだね」


「そだね。義理堅いのは良いけど、アイツのはなんかこう、きっちりしすぎ」


 いいのかな?

 本当に?


「そういえば、何か相談があるとか言ってなかった?」


「おっと忘れてた。バスの中でそんな事言ってたね」


 お二人は話題を自然に変えてきた。

 しょうがないのかな。

 できるだけお金を余らせて持って帰ろう。


「えっとですね。今の私やジャジャとナナの事なんですけど……」


「おチビたち?」


 隣のいちかさんが可愛らしく首を傾げた。


「はい。あの、現状私達は風待家の皆さんにお世話になりっぱなしなので、どうにか恩を返す方法がないものかと」


 一人で考えようにもいい案が思い浮かばないし、双子達の面倒に追われてちっとも時間が無い。

 こんな機会でもない限り、相談なんかできないしする相手もいないのだ。

 まさか薫平さんや翔平さん、お義父とう様に聞く訳にもいかない。


「うーん。家事は一通りやってるんでしょ?」


 夕乃さんのお話に頷く。

 キッチン以外のお掃除とお洗濯は私の仕事だ。

 作業中は家族をしてるって実感が持てるから、かなり楽しんでやっている。


 巣に一人でいるときは、どうせ自分だけだしと思って大分妥協してたから、私の家事スキルは壊滅的だった。

 翔平さんという模範となる家事のスペシャリストや、意外に家庭的な薫平さんもいるから、あの頃に比べたら多少はマシになったと思う。


「バイトしてお金を家に……無理か」


「やってる暇が無いですし」


 いちかさんの言葉に首を横に振る。

 双子の面倒を見ないといけないし、私の素性を広める訳にもいかない。

 働いた事も無いから怖いって言うのもあるけれど、やっぱりジャジャとナナの傍にはできるだけ居てあげたい。


「内職ならいけるかな。編み物とかしてネットで売るとかさ」


「うーん。そもそも素人の作る物は売れないし、売れてもよっぽどクオリティ高くないと、原価と同じ値段ぐらいでしか売れないんだよね。ああいうのは」


「編み物なんかしたこと無いですよぅ」


 興味はあるんだけどな。編み物。

 薫平さんにセーターとか編んだら、喜んでくれるかな?

 あ、でも材料費も無いし道具も……翔平さんならなんとなく持ってそう。

 帰ったらちょっと聞いてみよう。


「恩返しって言っても、あのお家の人たちはそう簡単に受け取らない気がするね」


「ええ……そこも悩みどころなんです」


 風待家の男性達は、結構なんでもできる人達だ。

 だから困り事や助けて欲しい事なんかが滅多に出てこない。

 私でもできる程度の事なら卒なくこなしそうだし、そもそも懐の深い人達だから気にするなって言われて断られそうだ。


 私は龍だから、できる事も結構あるけれど、力仕事や天気を操るぐらいしか活用方法がない。

 雨の日でも風待家だけお日様が当たるとか、喜ぶかなぁ。

 でも、目立っちゃうからできそうに無いか。

 ご近所さんに怪しまれちゃう。


「……となれば、風待兄にだけ身体で払うって手段しかないぞ」


 いちかさんが神妙な顔付きでポツリと零した。


「身体で?」


「いちかちゃん!」


 夕乃さんが食い気味に声を張り上げた。


 身体で払おうにも、力仕事なんて男の仕事だって言われそうだ。

 何度か家具の移動とかの時に名乗りを挙げて見たけれど、やんわり断られているから。


「へっへっへっ。硬派ぶってるけどヤツも男だ。押せ押せで攻めればコロリでさぁ」


「だ、ダメだからね!そんなはしたない事!」


「あんれぇ?どんなはしたない事想像してんのー?イヤだよこの子ったら。夕乃はムッツリさんなんだから」


「お、怒るよいちかちゃん!」


 なんだろ。

 多分私が想像してる事と違う話をしている。


 いちかさんがテーブルの上のポーチからスマートフォンを取り出した。

 鼻歌交じりに画面を軽やかに操作している。


「なんかアオイがピンと来てないみたいだからさー。教えてやるのが仁義ってもんだよねー」


「ちょっ!いちかちゃんここ外だよ!?」


「ええい、ワタワタしなさんな。勝負はフェアに行こうぜ?夕乃はなんだかんだで知識だけなら豊富みたいだしー」


 身を乗り出して静止する夕乃さんを躱しながら、なんとなく意地の悪い笑みを浮かべていちかさんはスマートフォンを私に見せた。


「テレビとかでも軽い表現はあるっしょ?もっと突き詰めるとこうなるんですよねー」


 差し出された画面に、男の人と女の人が写っている。

 背の高い男の人の首に腕を回した女の人が、縋るように密着した写真。

 なぜか、二人とも裸だ。


「いちかちゃん!」


「慌てんなって、軽めのヤツだよ。軽め」


 そう言いながら、私の隣でスマートフォンの画面をタップした。

 画面が変わり、今度は男女がキスをしている。

 私だって、キスの意味ぐらいは知ってるんだけどな。ドラマや映画なんかで良く見るし、龍だってキスぐらいはする。

 それは親愛を示す行動だ。

 私も良くジャジャやナナにしてる。

 愛らしさが高まってくると、我慢できずにしちゃうんだよね。


「ふふふ、こっから先を知らないと見た」


「もう!もう!」


 顔を真っ赤にした夕乃さんが、顔を両手で隠して椅子にもたれかかった。


「さて、フロイライン(お嬢さん)?ここからは大人のお時間だ。準備はいいかね?」


 いちかさんの笑みが更にいやらしく歪む。


 私はその顔を見ながら、お家に残した双子達を心配していた。


 お昼、ちゃんと出来てるかな。


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