噛むからね?⑦
この謎の現象がどういう理屈や理由で起きたかなんて、俺が考えてもわかる訳がない。
なので俺にできる事からやっていこう。
「えっと、とりあえず浮いてる物をできるだけ集めましょうか」
「そう、ね」
ユリーさんと顔を見合わせた。お互い軽くうなずく。
現在、我が家のダイニングには大小さまざまな物が浮きっぱなしだ。
ティッシュ箱やおもちゃはいいけれど、哺乳瓶なんてガラスでできている。
いつまでも浮いたままとも思えないし、あの高さから落ちたら割れてしまう。落ちる前に回収しておこう。
プラスチック製のおもちゃでも、高い所から落ちれば壊れるしな。
「俺が縛る物取って来て集めるんで、ジャジャとナナを見てて貰ってもいいですか?」
「ええ。ジャジャちゃんおいで」
「あー!」
囲いから出てきたユリーさんが、ジャジャに手を伸ばす。
俺はジャジャを抱き上げてユリーさんへと手渡した。
右側にナナ。左側にジャジャを抱えたユリーさんが、室内を見渡してあまり物が浮いていない場所へと移動した。
それを見届けた俺は、廊下へ出て手洗い場へと向かう。
洗面台の横の棚に、引越しに使って残ったビニール紐が置いてあったはずだ。
お風呂場とトイレの個室の真ん中にある手洗い場に着くと、洗面台の横の棚の一番上を見る。
そこにある巻かれたビニール紐の塊を見つけて、手を伸ばして掴んだ。
ここ、少し高すぎるんだよな。
背の高い俺や親父ですら、少し背伸びをしないと届かない場所だ。
翔平なんかは踏み台に登っても届かない。
掴んだビニール紐は、素人目には意味不明な巻かれ方のドーナツ型の上から、透明なフィルムで固められた市販の物だ。
中央の空洞から飛び出た先端をつまんで引っ張るとシュルシュルと紐が伸びていく。
手洗い場を出て廊下を歩きながら、使う分の長さだけ手に巻きつけていく。
ダイニングに入ってキッチンを目指し、シンク下の引き出しを空けてハサミを取り出した。
左利きの翔平用にと購入した物で、右利きの俺には少し使い辛い。
若干の切りにくさを味わいながらビニール紐をドーナツ型から切り離す。
手に巻きつけた分だけ持って、ドーナツ型の方は対面式のカウンターの上に置いておこう。
まずは天井に張り付いているヤツから回収しようか。
哺乳瓶は真っ先に確保せねば。
「この間、牧場に行った時のナナちゃんもこんな感じだったの?」
いつの間にかユリーさんはダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた。
膝の上にジャジャとナナを座らせている。
「だぁ」
「あー!」
双子達は浮いているおもちゃに夢中のようだ。
「んー。同じだと思うんですけど、どうなんですかね」
俺にしか見えない角の発光って部分は一緒だけど、起こった不思議現象が全く違う。
ナナは鳥を操り、ジャジャは物の重さを操る。
ナナの時は、牧場に居たカイザー丸という巨大な鳥にナナが怯えていた事で現象が起きた。
ナナの泣き声が大きくなるほど、あの時操られていた鳥、チュンチュ達は暴れだしていたように思う。
大型の飛べない鳥であるチュンチュを見て泣いたナナが鳥を暴走させ、その暴走でさらに怯えて泣くという負のスパイラルが起きてしまっていた。
ジャジャの場合は、なんだろう。
くすぐった時にこの現象が起きたと言うことは、笑うことがトリガーかな?
ジャジャの感情がある一定のラインを超えると、ジャジャの噛んだ物が浮くか重くなるかのどっちかになる。
ナナの時も、ぐずる程度じゃ角は光らなかったしな。
うーむ。やっぱり分からん。
牧場の一件以来、ナナが鳥を操る事は無かった。
心なしか我が家の庭から見える森から、鳥類の鳴き声が増えた気はするけどな。
よっぽど感情が昂ぶらないと、現象は起きないのか?
「あー!だぁ!」
ジャジャの角を見ると、まだ淡く発光し続けている。
多分だけど、浮いているおもちゃを見て更に喜んで笑っているから、この現象は収まらないのだろう。
楽しくて現象が発動し、その効果によってより楽しくなる。
ナナとは違うベクトルでスパイラルが起こっている気がする。
ジャジャが楽しそうに笑うのは今に始まった事じゃない。少し遊んでやればすぐにケタケタと笑う。
なんで今日に限ってこんな現象が起きたんだ?
あの時と今日の共通点と、普段との違い。
なんか、ありそうな気がするんだよなぁ。
駄目だ。俺の頭じゃ何時までたっても分かりそうにない。
ダイニングテーブルにある六つの椅子のうちひとつを引いて、哺乳瓶の真下にセットして登る。
右手で哺乳瓶を掴み、ビニールを巻き付けた。その隣で浮いていたウサギさんの太鼓も同じように巻きつける。
こうやって一個ずつ紐に繋げていけば、ある程度一箇所にまとめて置くことができるだろう。
椅子を持って紐を引っ張りながら、浮いている物を回収していく。
しばらくして天井付近の物は全部片付き、後は椅子が無くても手が届く物ばかりだ。
「うー!あー!」
ジャジャが短い手を必死に伸ばしてもがいている。
「これ?」
ユリーさんがジャジャのすぐそばに漂っていた虎タンバリンを掴んだ。
「だー!」
どうやらお目当ての品だったらしく、ジャジャが満面の笑みで大喜びをする。
「だ?」
ナナも猿マラカスを掴めたようで、両手で大事そうに持っている。
「あら?お歌でも歌ってくれるの?」
ユリーさんが優しく笑って双子の体をゆっくりと揺らした。タンバリンとマラカスがシャンシャンと音を立てる。
「あー!」
「だぁ」
その音が気に入ったのか、ジャジャもナナもデタラメにそれぞれの楽器を振った。
どうしよう。うちの子、音楽センスがあるかもしれない。
聞きようによっては曲に聞こえなくも無いな。いや、間違いなく曲になってるよこれ。
もうホント。双子達の才能が有りすぎて困る。
ようし、俺もこのリズムに乗って回収作業をさっさと終わらしてやろう。
俺も早くあの楽団に参加したいからな。
「あぁー!」
段々と調子が上がってきたジャジャが、より早く虎タンバリンを振る。
その音を聞きながら俺の回収速度も速くなってきた。
「ん?」
テレビのリモコンを紐に繋げた時だ。体に違和感を感じた。
なんか、こう。
胃の中がフワッとしている。
「気のせいか?」
首を捻って腹を撫でた。
気にしない事にして、次のおもちゃを取ろうと一歩を踏み出す。
「うおっ!」
その一歩の衝撃で、残りの足と体が予想外に跳ねた。
前のめりの姿勢で倒れそうになる。
「く、薫平君!?」
ユリーさんが大きな声を上げる。
「うわっ!ちょっと!」
崩した体勢を庇おうと空いていた右手を出した。
床に接触した右手に、予想していた体重が乗らない。
「え?嘘?」
手を接地させた反動で、両足が上がる。
続いて尻が持ち上がり、俺は完全に逆立ちをしている。
更に右手もゆっくりと地面から離れていく。
「マジか!?俺も!?」
そう、浮いている。
おもちゃやティッシュ箱と同じように、俺の体も完全に宙を舞っている。
なんでだ!?
「あー!」
ジタバタともがく俺を見て、ジャジャが楽しそうに笑った。
ジャジャの声に反応したのか、俺の体から重みが消えた。
「あ、あらあら、どうしましょうどうしましょう」
ユリーさんが焦っている。
そりゃそうだ。目の前で人が浮き出したら誰だって焦るだろ!
「ど、どうしましょう!」
俺は逆立ちの状態で手足を振り回した。
その勢いで体が右へ左へと流れていく。
そうだよ。すっかり忘れていたけど、ジャジャの噛み癖の一番の被害者は俺だ!
毎日3回は噛まれてるし、今日なんかもう2回噛まれてる。
この現象がジャジャの噛んだ物の重さが変わる現象と言うならば、俺が真っ先に浮いていてもおかしくなかった!
もがけばもがくほど体勢はどんどん悪くなっていく。
「ど、どうすんだこれ」
気が付くと、俺は天井に立っていた。
自分でも何を言っているのか、分からない。





