バード・ラヴァーズ⑧
遅れを取り戻せキャンペーン中。連続投稿その②
俺はナナを抱えなおして、両脇に手を差し込んだ。
「三隈ごめん。ちょっとナナを抱いてて貰えないか?」
「え?うん、大丈夫だよ?」
三隈にナナを手渡した。
「ああうぅ……だぁぁ!!」
嫌がるナナが俺の服を離さない。
「ナナ、少しだけだ。パパとお話しよう」
そっとその手を解して服から離す。
「ばぁあ!んにゃあぁ!」
ナナの瞳に涙が溜まっていく。
うわやべぇこの罪悪感。
いますぐ抱き直して頬ずりして謝りたい。
しかし我慢だ。
ナナと顔を合わせて『お話』をしなければ。
まだ言葉がわからないナナに通じるとは思えないけど、それでもナナにわかるように、怖がらなくてもいいと伝えなければ。
「うわっ、ナナちゃん落ち着いて!お姉ちゃん何もしないよ?」
「あぁぁあああっ!だぁああああっ!」
三隈の胸の中で、ナナが凄い勢いで暴れまくる。
三隈のその大きな胸を小さい手でグニグニと押しながら、なんとか俺の腕の中に戻ろうと必死にもがく。
んんっ!
こんなに求められると嬉しくて身もだえしそうだっ!
だけど。
「ナナ?」
俺は両手で優しくナナの頬を挟んだ。
痛くないように、でもしっかりと。
細心の注意を払いながら、ナナの顔を俺へと固定する。
「んぅうう」
俺が触れたからなのか、少しだけ落ち着いたようだ。
可愛らしい口元をへの字に曲げて俺を見た。
涙と鼻水で濡れているその顔は、汚いとは微塵も思わない。
右手をナナの顔から離して、ジーンズ右ポケットに入れておいた幼児用ガーゼを取り、ナナの顔を拭く。
強くしないように注意して涙を拭いた後、鼻水も拭いておいた。
汚くはないが、綺麗な方がやっぱり可愛いもんな。
少しだけ濡れたガーゼをポケットにしまい、もう一度その柔らかい頬へと手を添えた。
「ナナ?パパにはナナが怖がってるモンがわからないけど、どんな奴が来ようと絶対にナナとジャジャを守ってやる」
左手を頬に添えながら、ゆっくり、丁寧に言葉を紡ぐ。
意味が通じなくてもいい。
ただ、怖がらなくてもいい事を伝えさえすればそれでいい。
「ほら、ママもいるだろ?ジャジャお姉ちゃんも、翔平兄ちゃんも三隈お姉ちゃんもいる。佐伯と浩二は……まあいっか。騒がしいけど怖い人たちじゃない」
「あぅう」
相槌を打つようにナナが応える。
もしかしたらただ泣いてるだけかも知れないけど、不思議とそうじゃない気がする。
「だから、大丈夫。怖がらなくていいんだよ?」
できるだけやさしく見えるように微笑んだ。
目つきの悪い俺だから、少し心配だ。
「んぅ」
少しだけ俯いたナナが応える。
本当になんとなくだけど、伝わっている気がする。
「そうだよナナ。ママはお婆ちゃんには敵わないけど、すっごい強いんだから。パパも、絶対にナナを守ってくれる」
三隈の横でジャジャを抱いていたアオイが、かがんでナナと視線を合わせた。
腕の中のジャジャはキョトンとした顔で親指を咥えている。
「あはは、大人しくなったねナナちゃん。良い子だね」
三隈が目を細めて笑う。
「うー」
ナナが顔を上げた。
その目にはもう怯えの色がどこにも無い。
「わかってくれたか。良い子だ」
プニプにとほっぺたを揉んだ。なんて柔らかな物体なんだ。
右手はそのクリンクリンとした髪を表面だけ撫でた。
強くやりすぎると髪を絡ませる気がしたからだ。
俺の右手の動きに合わせて、ナナの瞼が閉じたり開いたり。
嫌そうなそぶりは全然無い。
どちらかと言えば気持ちよさそうにしている。喜んでくれるなら何時間でも撫でてやりたいが、流石にそこまでやると嫌われそうだから我慢する。
最後にギュッと目を閉じた。
目尻に少しだけ残っていた涙の粒が、頭を撫でられた動きに合わせてプックラとした頬を伝った。
大丈夫、もう泣いてない。
偉い子だ。
「ナナ、鳥さん嫌いか?」
俺の声を聞いて、ゆっくり瞼を開いた。
まっすぐ俺を見るその黒い瞳が、潤っていてとても綺麗だ。
「鳥さんは、多分ナナの事大好きだぞ?」
「あー」
返事が返ってきた。意味が含まれているかは定かじゃないけれど、けっして否定された訳じゃないのは確かだ。
「じゃあ、鳥さんたちにごめんなさいしなけりゃな。わかるよな?」
「……あぁー」
返事と共に、頭に両側に生えた真っ白な角が優しく発光した。
「お、お前たち!」
厩務員のお姉さんの声がする。
振り向くと、一匹のチュンチュが岸に倒れていて、ピクピクと小刻みに震えていた。
お姉さんはその傍で膝を立てて座り、チュンチュの体にしがみついていた。
「よ、ようやく我に返っただか!なしてこんなことするだ!カイザー丸に謝るだ!」
周囲を見ると、チュンチュ達が荒い息で地面に座り込んでいる。
上空を舞っていた鳥達も、逃げるように散っていった。
静けさを取り戻す雀湖の岸辺。
山脈の向こうの空はもう暗くなっていた。
湖面の水は少しだけ冷たくなった風で波紋を作り、シンとした空気で満たされる。
「ヂュン」
カイザー丸が一回だけ鳴いた。
周囲をキョロキョロと見渡し、大きく息を吐く。
その身体は所々に羽が散乱し、血が滲んでいる部分もある。
群れの主はその目を細めて、地面に腰を落とした。
まるで『何も無かったな』とでも言わんばかりのその姿に感心する。
さすがは王者。この程度の事では彼の威厳はビクともしないのだ。
「本当にどうしただお前たち、わたすてっきり反乱でも起こしたとばっかり」
ご、ごめんなさいお姉さん。
迷惑をかけました。
なんて本当は謝りたいけれど、ナナが鳥達を操っていたなんて説明できないし、ナナが龍だとバラす訳にもいかない。
心の中でひたすら土下座をしつつ、視線をナナへと戻した。
「偉いぞナナ」
「にへぇ」
お得意のヘニャリスマイルでナナが笑った。
「ほら、おいで」
ご褒美代わりに手を差し出すと、ナナはすぐに両手を俺に向けてくれた。
「はい、どうぞ」
三隈が優しくナナを手渡す。
「あぅ」
俺が抱きとめると、胸に顔を押し付けてきた。
すいません。
ご褒美貰ってるのは俺です!
「ヂュン」
「だー?」
カイザー丸の泣き声に、ナナが顔を上げた。
「ぅあー」
俺の肩越しからカイザー丸を見て、ナナがワタワタと両手両足を動かす。
「……謝りに行こうか?」
「だぁ」
承諾したと受け取って、柵へと近寄る。
「あぅあー」
カイザー丸に向かってナナが声を出した。
「あぁお客さん、今は危ないだ」
「あ、えっと、たぶん、大丈夫か……な?」
心配してくれているぐったりとしたお姉さんに再度、脳内土下座をした。
本当に申し訳ございません……。
「ヂュ」
カイザー丸がゆっくりと立ち上がり、確かな足取りで近づいて来た。
大丈夫。
この優しき王者には、俺たちを害する気なんか無い。
乱暴者だと言われているらしいけど、きっと理由があるのだろう。
こいつは、立派な群れのリーダーだ。
柵へと到着したカイザー丸が、その鋭い目つきで俺たちを見下ろす。
視線は俺、というよりは腕の中のナナだ。
ナナもカイザー丸をまっすぐ見上げている。
「うー」
ナナが短く謝罪した。
俺にははっきり『ごめんね?』と聞こえた。きっと妄想じゃない筈だ。
「ヂュン」
カイザー丸はゆっくりと身を地面に下ろした。
「ごめんなカイザー丸……痛かったろ?」
俺もきっちり謝罪をしなければ。
鳥だろうがなんだろうが、俺の娘のせいで怪我をさせてしまったのだ。
敬語で喋ったほうが良かっただろうか。
「ヂュンヂュン」
『気にするな』とでも言ったのだろう。
カイザー丸はより身を屈めて頬を差し出してきた。
思わず、ナナを持ち上げてカイザー丸へと近寄らせた。
「うぁー、きゃっ!」
ナナは嬉しそうな顔でカイザー丸に抱きつき、頬ずりをする。
うん。野生の匂いが凄い。
帰ったらお風呂直行な。
満足したのだろうか、カイザー丸は立ち上がり、振り返ると湖へと歩き出した。
「へ?カイザー丸?」
俺たちを呆けて見ていたお姉さんが、慌しく立ち上がりカイザー丸の後を追う。
「ま、待つだカイザー丸!お前怪我してるだよ!今日くらい厩舎に戻ってくるだ!」
「ヂュ」
お姉さんの言葉に短く返事をして、カイザー丸は湖に入る。
「本当にっ!もうっ!」
お姉さんがプリプリと怒りながら、岸辺で立ち止まった。
「たまには真っ直ぐ帰って来るだよー!せめて三日ぐらいで戻ってきたら安心できるだーー!」
暗くなった空を映す水面へと、カイザー丸は消えていく。
その姿が小さくなるまで、お姉さんはカイザー丸の背中を見続けていた。
ごめんな。
ありがとうカイザー丸。
誇り高き帝王さん。





