懸念(エピソードEP)
遅れを取り戻そうキャンペーン中。連続投稿その③
本当にあれは何だったんだろうか。
電車の中で対面に座って眠る薫平くんと、抱っこ紐の中で眠るナナちゃんを見る。
アオイちゃんは私の隣で座っていて、私の肩にもたれて静かな寝息を立てていた。
抱っこ紐にはジャジャちゃん。同じく眠っている。
親指を咥えてこっちを向いている姿はとても可愛らしい。
牧場を後にしてそろそろ一時間。
なんだかんだで疲れていたのだろう。
双子ちゃん達が眠りにつくと、薫平くんとアオイちゃんはいつの間にか眠っていた。
普段の育児でも疲れているから、そっとしといてあげよう。
私はこれをチャンスに薫平くんの寝顔を堪能している。
スマートフォンの容量が大分減ったのは彼には内緒にしておこう。
背中越しの座席では、まだ浩二くんといちかちゃんが他愛も無い喧嘩をしている。
翔平くんはそれを時々諌めながら、持ってきていたデジカメのデータを確認しているみたい。
本当にクールだなと感心する。
薫平くんの寝顔のおかげでとても楽しい帰り道だ。
とはいえ少し暇だったから、スマートフォンで龍について色々と調べ物をしていた。
アオイちゃんが右肩にいるから少し動きづらいし、畳んであるベビーカーのせいでちょっとだけ窮屈だけど、まぁ大丈夫だろう。
アオイちゃんや双子ちゃん達に会ってから、龍に関してはたくさん調べてきた。
今見てるサイトも、先週目を通したばっかりだけど、新しい検索項目が増えたから少し違う視点で読み直している。
『龍が他の生物を使役する』
あまり聞かない話だ。
龍とは超越した生物であり、物語や神話、伝承などでは群れていた記述が少ない。
『こちら』の世界の龍の逸話で多いのは、圧倒的に悪役ポジションだ。
国に仇なす龍。
死者の魂を輪廻から奪い取り喰らいつくす龍。
財宝を蓄え、縄張りに迷い込んだ旅人へと襲い掛かる龍。
有名な戯曲では邪竜として英雄に葬られるし、特に多いのは人間をかどわかす存在として描かれた作品だ。
ストーリー的に最終目標、つまりはラスボスとして君臨する龍も多く描かれている。
神話なんかでも世界を絞め殺そうとする龍もいるし、最高神に歯向かう龍もいる。
対して、『向こう』の世界の逸話では、実はあまり悪役はしていない。
多いのはその身体から生み出される価値についての逸話。
『龍の卵は不老不死と強大な力をもたらす』
『龍の鱗は剣や槍を弾く最高の装備品となる』
『その牙や爪に切り裂けぬ物など無い』
『血液にはどんな怪我をも瞬時に治す力がある』
『龍の巣には赤い光を宿した最高級の宝石が眠る』
大体そんな話を絡ませた獣人や魔族の英雄譚が多い。
次いで多いのは龍を敵に回した国や組織の末路。
これは、読んでる側が自業自得と思えるような話ばかりだ。
龍の宝を狙った国が軍隊で巣に押し入り、手痛い反撃を喰らって敗走する話や、不老長寿を求めた愚かな魔族が魔法を反射されて醜い姿になる話。
大抵、放っておけば何も痛い思いをしなかったであろうと思わせてくれる。
ただそんな逸話や伝承から、少なからず龍種の生態が読み取れる。
アオイちゃんという本物の龍が傍に居るおかげで、盛った部分と真実の部分がはっきりとわかるのだ。
実際の龍は、不老不死とはなんの関係も無い。
長寿ではあるが老いたら亡くなる。
皮膚だって私たちより遥かに強固だけど、怪我もするし血だって出る。
牙や爪は確かに鋭いけど、切れる物にも限界があるとアオイちゃんは言っている。
怪我の治りは驚くほど早いけど、瞬時って程でもないし、アリッサという龍のお話を聞く限り、失った臓器などは回復できない。
ただ身体の中の幾つかを奪われても生きていられるのだから、生命力が強いのは確かなのだろう。
真実は伝説よりスケールダウンしているが、全ての生命を凌駕しているのは確かだ。
だから余計に、繁殖力に疑問を抱いてしまう。
もっとも短いスパンで200年。
数千年を生きる存在として、果たしてその期間は正しいのだろうか。
生物学に疎い私にはわからない。とはいってもこの40年、獣人や魔族、ダンジョンモンスターたちのせいで生物学は説得力を失いつつあるから、専門家に聞いてもわかんないんだろうな。
そんな中、新しく露見した生態がナナちゃんの『鳥類を操る』という能力。
親であるアオイちゃんができない事を、娘のナナちゃんがまだ赤ちゃんなのにできてしまうのは一体どういう事なんだろう。
興味が尽きないが、この数十分の調べ物の成果で言えば『ゼロ』だ。
どんな伝承や逸話にも、『鳥』を操る龍は一切出てこない。
天候や災害、酷く言えば病気や災厄すら操る龍の伝説群の中で、『鳥』のワードが見当たらないのだ。
ネットで見れる、多くの龍について述べた論文や研究結果にすら『鳥』というワードは出てこない。
この段階では早い気がするけれど、私は一つの仮定を想定してみた。
ナナちゃんは、『全く新しい』龍なのではないか?
ちょっと考察が早歩きしすぎている気もしないでは無いけれど、双子ちゃん達は『薫平くんの血』という、長い龍の歴史でも際立ったイレギュラーな因子を持って生まれてきた。
そういえば、薫平くんが初めて双子ちゃんと会った日に、アルバさんがアオイちゃんにこう言ったそうだ。
『素晴らしいよアオイ!君と君の娘達は、長らく停滞していた龍の!進化の一歩を踏み出したんだ!!』
つまり、進化をした?
空龍であるアオイちゃんが、人間の因子を欲した事で新種の龍が誕生してしまったのではないか。
うん。ちょっと行き過ぎてるよね。
無いわけじゃないけど、情報が足りなさ過ぎる。
専門家では無い私が考察できるのは、現段階ではここまでだろう。
判明させて対応策を講じたら、アオイちゃんも双子ちゃんも助かるだろうし、薫平くんも喜ぶと思ったんだけど。
ちょっと力及ばないかな?
都合の良い事にアルバさんっていう龍の専門家も近くにいるし、今度詳しくお話を聞いて見よう。
それにしたって、ナナちゃんとお話していた薫平くんはかっこよかったなぁ……。
『父親』している薫平くんは私の妄想より何百倍もすてきだった。
いいなぁ。
正直勝ち目の無い横恋慕みたいな事をしている私だけど、最近少しだけ活路を見出して来た。
アオイちゃんは龍で、戸籍が存在しない。
だから、人間社会的な配偶者にはなり得ない。
なら、薫平くんの人間的なパートナーは、この先ずっと空いている事になる。
もしかしてだけど、私がその枠に入っても良いんじゃないだろうか……。
とても最低で、卑しい事を考えている事は自覚している。
もう何度も自己嫌悪して、結構泣いていたりもする。
でも私は、彼の隣に居たい。
アオイちゃんは恋敵だけど、嫌ってはいない。
まっすぐで、素直で、優しい子だ。
双子ちゃんも凄く可愛くて、守ってあげたい気になる。
私たちがお互いなじる事無く、誰もが望みを叶えるのなら、そんな未来があってもいいんじゃないか。
そういう逃げ場を、私は作ってしまった。
本当に、最低だと思う。
この妄想のもっとも酷い点は、薫平くんの意思がお留守な所だ。
私はなんやかんやと勢いに任せて、彼の返事を聞こうとしていない。
怖い。
拒絶されたら、きっと私が『壊れる』。
想い続けてきた重い執念が、私の心を脆くした。
今、目の前で愛しい娘を大事に抱えた愛しいこの人は、私という『邪魔者』をどう思っているのだろうか。
そんなの、聞けないよ……。
悪い方向に向かい続ける思考を、ため息で振り払う。
駄目だ。
優しいこの人が、『邪魔者』だなんて思っている筈ない。
ちらりと横目でアオイちゃんを見る。
最近名前で呼んでくれる様になった子。
こんな関係で出会ってなかったら、最高の友人になっていた筈だ。
現に薫平さんが絡まない話だと、私たちは仲が良いのだから。
気持ちよさそうに眠るジャジャちゃんが視界に入った。
あれ?
薫平くんの血で孵ったのは、ナナちゃんだけじゃない。
ナナちゃんが『鳥を操る』進化を遂げた龍ならば、ジャジャちゃんも同じような進化をしている龍なのでは?
電車がそろそろ目的地に到着する。
新たに芽生えた疑問が、私の好奇心を再びくすぐった。





