高速魔導鉄道の車窓から①
ゆっくり、でも確実に更新していきますυ´• ﻌ •`υ
魔導融合科学の結晶である超魔伝導磁石が、高魔鉱合金と極熱耐性コンクリートで形成されたガイドウェイの上を信じられない速度で滑らかに滑る。
流線形を基本としたシャープにしてスタイリッシュな車体が風を裂き、この車窓から見える景色は物凄い速度で流れ飛んでいく。
極めて高度な18種類の大規模複合魔法術式によって、車内は驚くほど静かで揺れも無く、通常運行時では区間最高時速900キロを超える速度から生まれる轟音と衝撃波すらも、敷設されたガイドウェイに施された障壁魔法によって緩和されているのだ。
これが。
これが!
これが高速魔導鉄道!
凄いなんてもんじゃねぇ!
「見ろよ翔平! ほら!」
豪華で煌びやかな食堂車両の一番隅っこの円卓で、猛スピードで流れる景色を眺めながら俺は弟に声をかける。
「あっという間にこんな山岳地帯だぜ!? さっきまでダイランの都心部に居たって言うのにまるで違う国みたいだ!」
自分でもはっきりと自覚している興奮が、熱気となって鼻から勢いよく解き放たれる。つまり鼻息が荒い。
いやー、まさか俺がこれに乗れる日が来るなんてなー。発車して5分位じゃまだ現実かどうかもあやふやだぜ。
そもそも日本からの鉄道技術の支援と球大陸にある複数の魔族国家の魔法技術が合わさって出来た、陸上走行車両としては正に最先端の乗り物だ。
試験運用段階で、大企業のビジネス目的やセレブくらいしか乗れないと言う事を考慮すると、乗車料金だけでも軽く豪邸が建つ値段。
乗車資格を得るだけでも俺が見た事も無い金が動くと、なんかのネットニュースで見た記憶がある。
悲しいかな俺たち程度の庶民じゃ、どうひっくり返っても手が出せるわけが無い。
しかもチビ達含めて6名分。
親父が金額を知ったら心臓がビタっと止まりかねん。
いやー、持つべきは王族の友人だよね。
アトル君、本当にありがとう!
この借りを返せって言われても絶対無理だからな!
期待すんなよ!
「に、兄ちゃん落ち着いてよ。ほら他のお客さんに見られてて僕恥ずかしいよぅ」
おずおずと周囲を見渡す翔平が小声で俺に注意してくる。
周りにはいかにも高級そうなお召し物を着なさっている、セレブの皆様がお澄まし顔で軽食を取っていた。
「おっと、悪い悪い」
いっけね。声が大きすぎたか。流石に迷惑だったな。
「ほらジャジャ。今の内に良く見ておくんだぞー? お前らには本当に申し訳ないが、パパじゃもう二度と乗せてやれんかも知れないからなー?」
反省はすれど興奮が冷めない俺は、膝の上に乗せて居たジャジャの両脇を抱えて持ち上げ、二重ガラスの窓から外の景色を見せる。
「だう?」
ジャジャは不思議そうに俺の顔をじっと見ている。
違う違う、パパじゃなくて景色を見ろって。一生モンかも知れないんだから。
「なに情けない事を堂々と言ってんのさ……」
見てすぐに分かる高級な椅子の背もたれに体を預けて、翔平はこれまた高級そうなピカピカのグラスに注がれたオレンジジュースをちびちびと飲む。
なんでも、車内のありとあらゆるサービスは全部運賃に含まれているらしく、乗車中は食堂車の全メニューを好きなだけ食べて良いらしい。すげぇなセレブ。
出発前にアトルからそう説明された時は軽い気持ちでうんうんと頷いたんだが、いざ注文するとなると萎縮してしまって、メニューの中でも一番安そうなオレンジジュースとコーラ、ジャジャ用のリンゴジュースをウェイターさんに告げるので精一杯だった。
ああ、風待家の小市民根性はなんと悲しい事だろうか。
翔平ですらビビりまくって、ウェイターさんに声をかける事ができない始末。
セレブ限定の乗り物らしく、内装から調度品まで全てがピッカピカのキランキランだからな。
鉄道の天井にシャンデリアとか、俺ら貧乏人からしたら流石に意味がわからんっての。本当に必要かこれ。
まだ全てを見た訳じゃないが、『走る三つ星ホテル』の歌い文句は伊達じゃない。
足元なんてふかふかすぎて落ち着かないんだが?
そこかしこに置かれている謎に高価そうな絵画とか壺とか花瓶とか彫像とかのせいで、ちょっと歩くのもおっかなびっくりなんだが?
海龍の島とかアトルの別宅とかである程度慣れてて助かったぜ。
そうでなかったらこの高級すぎる乗り物での一泊二日なんて、緊張しすぎて絶対楽しめなかった自信がある。
今でもかなり場違い感あるし。憧れの高速魔導鉄道に興奮してるって言うのもあるけど、どっちかって言うと落ち着かなくソワソワしてるって方が強い。
「あ、居た居た。薫平くん。翔平くん。」
「あ、夕乃姉ちゃん来たよ」
俺がそんなとても悲しい事を考えながら車窓に流れていく景色を眺めていると、ここで待ち合わせをしていた三隈から声をかけられた。
翔平が気を使って、俺の隣の席かた立ち上がり円卓を挟んで対面の椅子に移動した。
そういう気の遣い方、嫌な大人みたいで兄ちゃん嫌いだなぁ……。
まだ雛ちゃんの事でからかったの、根に持ってんだろうか。
「お、三隈。お前も見てみろよすげーんだぞ」
「私はダイランに来る時に乗って来たじゃない。忘れたの? あ、ジャジャちゃんもおはよぉ〜」
「だぁい!」
三隈は苦笑いじみたぎこちない笑みを作って、俺と翔平が座っていた円卓席の空いた椅子に重く腰を降ろし、ジャジャに向かって両手を差し出す。
「ほれ、お姉ちゃんにおはようって言いな?」
「あぅだ!」
そんな三隈にジャジャを預けて、あらかじめ頼んでおいたオレンジジュースの入ったグラスを、円卓の上で滑らせるようにして差し出す。
「ありがと。んっ……ぷはっ、あー美味しい」
グラスを持つなり勢い良く中身を飲み干して、三隈は大きくため息を吐いた。
「他のみんなは?」
「アリスが部屋から出るのをビビってるから、俺らだけ先に見学に出てきたんだ。ジャジャがもう待ちきれないって大暴れだったしな」
「さっきまですっごい興奮してたんだよ。兄ちゃんとジャジャ」
「あははっ、薫平くんも? ジャジャちゃんとパパはそっくりだねぇ?
」
「だぁ! うぁだぁい!」
ジャジャは三隈のお胸を両手でぶにぶにとよじ登り、満面の笑みで答える。
「ふふっ」
三隈はそんなジャジャの頬を優しく揉みしだく。
うむ、気のせいかと思ってたけれど、やっぱり顔色が悪い。
「……疲れてるみたいだな」
原因は分かりきってるんだが、一応聞いてみる。
十中八九、三隈の親父さんと俺のせいなんだろうなぁ……。
「う、うん。昨日からお父さんが凄い煩くて……。何も無かったって何度説明しても信じてくれないの。もうほんと嫌になる」
「お、俺が説明しても藪蛇、か。龍の事に関しては説明できないし、しても信じてくれないだろうしなぁ」
海龍の島から戻ってきたのは、一昨日の事だ。
一夜明けて海龍王カロリアさんと話し合った俺らは、まだ島に滞在するらしいユールに見送られながらアリスを連れて地上に上がり、魔法具博覧会が開かれるフランシオンに向けて今朝出発した。
移動手段にこの高速魔導鉄道を選んだのは、人を避けて移動できるからだ。
ダイランや各国の王族や要人にはそれぞれ専用車両が準備されているらしく、連結前に先にターミナルで乗り込んでしまえば、誰とも顔を合わせずに移動する事が出来る。
地形や環境の問題で大陸の中心に向けてまっすぐレールを敷けない高速魔導鉄道は、球大陸をぐるぐると円を描く様に中心部に向かう形になっている。
ダイランは終点に近い方の経由駅で、中央のフランシオンまでは快速でもほぼ二日程度かかってしまうのが難点だ。
飛行機でも数時間かかる旅程を更に時間をかけて進まなければならないんだが、ダイラン王家専用のプライベートジェットは今はアトルの二番目だか三番目だかの兄貴と一緒にアメリカの方へ行ってしまっているので、この高速魔導鉄道が一番安全で秘密裏に移動できる現時点での最適解なのだ……と、これはアトルやガトルさんに説明して貰った話。
どうせならアリスと仲良くなった三隈とも行動を共にした方が良いだろうと、三隈の親父さんの仕事の都合と出発日を合わせて貰った。
軽い気持ちでガトルさんに相談したら、あれよあれよと話が進んでて本気でビビった。
親父さんの務める会社と取引していたダイランの企業のスケジュールすらをもいとも簡単に動かしてしまうのを見て、あの人やアトルが本当に王族だった事を実感する。
親父さんはもう少し長引くと見ていた商談があっけない程簡単に成立してしまって、肩透かしを食らったと三隈に漏らしたそうだ。
ちょっと申し訳ない気持ちになった。
それにしても、本当にダイラン王家には世話になりっぱなしだ。
まぁ、アトル達からしたら俺の頼みってより、海龍に関わる事だからってのが大きいんだろうな。
ダイランは古くから海龍の庇護下にある魔族国家だ。
王家以外はその実在を知らされていないのに、国教じみた信仰心まであるもんな。
アトルの兄貴であるガトルさんやその奥さんであるガーシャさんは元々外交の一環として展覧会に招待されていたみたいで、あの人達が同行してくれる事で国公認の密入国者である俺たちの色んな問題もクリアできた。
俺たち家族はパスポートなんか誰も持ってないからなぁ……。
良かった。ルージュの『みんなでアオイの背中に乗って夜に国境を強行突破する』なんて危ない作戦を選ばずに済んで……下手したら国際問題に発展する所だったぜ。ふぅ。
「まだお父さん達には、薫平くん達がこの列車に乗っている事を伝えてないの……。説明しようとしても『娘の彼氏の話なんか聞きたくない聞きたくなぁーい!』って子供みたいに耳を塞いじゃって、お母さんは嬉しそうに茶化してくるし……どうしよう」
「え、伝えてないの?」
じゃあ俺がそこら辺をブラブラしてるのって、拙くね?
「私達の部屋は後方の車両だし、VIPエリアに近い車両にはお父さんは来ないと思うから多分大丈夫。今日の夜にでもちゃんと伝えるから安心して?」
「……んー、まぁ説明し辛いなら無理に説明しなくても」
「ううん? アリスちゃんと一緒に博覧会を回る約束しちゃったからね。お父さんは仕事で球大陸まで来てるわけだし、お母さんも疲れてホテルに籠るって言ってるし。説明しておかないと余計心配かけちゃうもん」
「お前が良いってんなら、良いけどさ」
俺たちも堂々と三隈を連れ出せるわけだから、そっちの方が良いんだろうけどさ。
なにせ、アリスの俺──っていうより、男嫌いが半端ない。
初対面の頃から避けられているなぁとは思っていたけど、まさかちょっと近づくだけで悲鳴をあげて気絶するとは。
俺はぶっちゃけ女子に嫌われるなんざもう慣れっこだけど、翔平がなぁ。
あんだけ分かりやすく人から拒絶された事なんか無いもんだから、理解は出来ていてもかなりショックだったらしい。
昨日の夜なんて大真面目な顔で、『僕、アリスさんと別行動した方が良いのかなぁ』なんて相談してきたからな。
さてさて、果たして本当に無事にフランシオン観光なんか出来るのかね。
車窓の外はさっきまでの山岳地帯から打って変わって、緑生い茂る森林地帯。
旅程自体は驚くほど順調だし、いまんとこ分かりやすい問題も無い。
なのに何故だか、嫌な予感がして堪らない。
「ジャジャちゃん、りんごジュース飲む?」
「きゃあい!」
「よーし、慌てずゆっくり飲もうねー?」
「だ!」
三隈の膝の上にちょこんと座るジャジャを見る。
風待家の初めての家族旅行は、兎にも角にも先行きに不安がいっぱいなのであった。





