夜の光に照らされて、親娘(エピソードEP)
説明回ですυ´• ﻌ •`υ
「見た事も無い、精霊……それは確かなのか?」
「うん。私の呼びかけにも全然応えてくれなくて、その権能も普通の精霊なんかと比べ物にもならないくらい……強くて、怖かった」
私と母さんは海龍の宮殿の上層、星の煌めきの様な輝きの粒を纏う日光柱が良く見える、テラスのテーブルで向かいあって座っている。
時刻はもう深夜。
私達に割り当てられた部屋では、薫平さんや翔平さんにルゥ姉様と夕乃さん、ジャジャとナナがぐっすり眠っているだろう。
ついさっきジャジャの夜泣きをあやしたばかりだから、もうしばらくはどっちも起きて来ないと思う。
その間に、母さんを誘ってここで相談に乗って貰っている。
「……アルバは、あのクソ爺はなんて言っていた?」
「えっと、太古の風とか……古き友とか言ってたかも。正直私も混乱してて覚えてない」
あのいつも飄々としているアルバおじ様が、あんなに取り乱していたのも珍しい。
物心付く前から私はあの鼠の賢者を知っている。
いつも人を茶化したり巫山戯たりと、母さんや他の龍はあの人を悪く言うけれど、小さかった私やルゥ姉様から見たらどちらかと言えば気の良い優しいおじ様に見えた。
正直、あの時のおじ様は恐ろしかった。
「……牙岩で見た緑の蝶。たしかアルバは『命の理を示す色』とか言ってたんだな?」
「う、うん。薫平さんが説明してくれたの。ジャジャとナナの授乳の時に、双子達に人の因子を渡す代わりに双子達から流れてくる龍の因子。それが原因で、薫平さんはあの緑の精霊を生み出す様になったって。ジャジャとナナも」
おじ様から直接聞いたわけじゃないから、少し不安だけど。
私が薫平さんから教えて貰った事はそれが全てだ。
「……つまり、『人と龍』両方の因子を持っていなければその精霊は操れないし、認識もできない……正直、心当たりはある。だが確証は無い」
「ほ、ほんと?」
助かった。
あれから何度も何度もおじ様を問い詰めても、話をはぐらかしたり逃げたりで、一人で抱えるのにも限界が来ていたんだ。
薫平さんは不自然なくらいあの時の事を覚えていないし、もし思い出してしまったらあの時の様なおかしい薫平さんになってしまわないかと気が気じゃなかった。
数多くいる龍の中でも、精霊を操ると技量は間違いなく龍王が一番だ。
空と風を司る精霊となると、その使役の腕や知識の量は、当代空龍王である母さんの右に出る龍は居ないと断言できる。
ここで会えるなんて思って居なかったから、相談できて本当に良かった。
「お前には次期空龍の王として、私の知っている事の殆どを既に教えてある。まぁ、出産や育児の事を教えていなかった事に関しては完全に私の手落ちだったから、そこを突かれると反論もできないんだが」
「そ、それは仕方ないよ。年上のルゥ姉様やアリス姉様だってまだ産卵期を迎えた事は無いって言ってたし、私が早過ぎたからでしょ? まぁ、確かにとても困ったし心細かったけど、龍王としての母さんのお仕事の事は理解してるつもり。だから、母さんが全部悪いってわけじゃないよ」
人間に焦がれたのも、欲しがったのも、子供を愛したのも私だ。
卵を産んでから今まで一回も、後悔なんてした事ない。
ジャジャとナナを授かった事はとても素敵な事。
それだけは確かだから。
「そう言って貰えると、少しだけ楽になる。ありがとうな。アイ」
私の昔の名前を呼びながらテーブル越しに伸ばした母さんの右手が、私の左頬を優しく撫でる。
まるで小さい頃の、あの牙岩の頂上にあった私達の巣に居た頃の様に。
「ううん、こっちこそ。それで?」
「ああ、独り立ちに必要な事や力の使い方に関しては完璧に仕込んだと思っている。あとはお前自身が修行によって培っていくだけだ。ただ、教えて居ない──いや、教えたくても教えられなかった事が幾つかあるんだ。それは龍王としての……龍種全体に関わる幾つかの秘密」
母さんは目を伏せて、どこか寂しそうに俯いた。
「秘密?」
「ああ、私が今世界中を飛び回っているのは、世界衝突で汚染され荒れ果てた空の調律の他に──もう一つ、理由がある。探しているんだ。龍の姫を」
龍の──姫?
「聞いた事、ない」
「ああ、そうだろう。今の若い龍には敢えて教えて居ないし、年寄り連中にも口を閉ざさせているからな。あの、アルバ・ジェルマンが」
おじ様が?
「空・地・海。龍種は必ずその三つのどちらかの種族に分類される。それを代表するのが龍王だ。空龍王であるアタシや地龍王ルビーネイン、海龍王カロリアリゼルが当代の三大龍王。王を名乗る私達は当然ながら、種族のどの龍より強大な力を持つ」
「う、うん」
「龍王の責務は各種族の安寧を守る事と、空龍王は空を、地龍王は大地を、海龍王は海の調律を担い星のバランスを保つ事だ。だがもう一つ、とても重要な仕事がある。それが、龍姫の守護だ」
「りゅう、き?」
初めて聞いた。初めて知った。
母さんの仕事の事、全部知っていると思って居たのに。
「龍の姫はどの時代も必ず三匹存在している。空龍種である風の龍姫は空龍王が、地龍種である炎の龍姫には地龍王が、海龍種である水の龍姫には海龍王が。三つの龍種族に龍王が三匹が居て、龍姫が三匹居る。本来の龍種はその六匹を頂点とした種族だ。この龍姫がなぜ存在しているのか、それがアタシ達龍王にもさっぱり分からない」
「分からない? 守らないといけないのに?」
「ああ、龍王に責務がある様に、龍姫にもまた責務がある事は確かなんだ。でもその内容を知るのは、三匹の龍姫達とアルバ・ジェルマンしか居ない。私も過去に風の龍姫本人に問い詰めた事があるが、どんなに脅そうが一切口を割らなかった」
お、脅すって、一体何をしたの母さん……。
「この龍姫ってのが、ほんと笑えるくらい弱いんだ。獣人や人間や魔族らがしかるべき数を揃えて襲い掛かれば、簡単に殺せてしまいそうな程にな。龍種の中でも最弱に近い。ただ一点、アタシ達龍王を持ってしても真似できない、何かが出来る」
龍王にしても真似できない?
そんな事あるの?
私や母さんは空龍だ。それは空龍種族の長にして、上位存在。
様々な能力を持つ空龍種の、その全ての力を持っている。
だから空龍王の系譜。王たる所以。
地龍種は地龍。
海龍種は海龍。
種の名を冠した龍こそが、王になれる資格と責任を持つと、私は幼い頃から何度も聞かされて来た。
そんな龍王が真似できない力って、一体何だろう……?
「さっぱりわからないんだ。実際にその力を使ってる場面を見た事もあるが、何をして何がどうなって、結果何になったのかすら分からなかった。突然薄ぼんやりと光って微風が吹いて、はい終わりだ。分かるか?」
「な、なにが?」
「微風と言えど風が吹いたのに、このアタシがその兆候を感知できなかったんだ。当時はまだ未熟だったとは言え、この空龍王が」
「あ……おかしい……」
そうだ。
龍が行使する力は、精霊の力だ。
精霊をうまく使役できる龍王が、空の龍王が、風を読めないなんて有り得ない。
「長年の疑問が、さっきお前が説明してくれた事で合点がいったよ。つまり龍姫たちが使役しているのは普通の精霊じゃなく、その『命の理を示す色の精霊』なんだろうな。どうりでアタシに見えない訳だ」
わざとらしく鼻で息を吐いて、母さんは椅子の背もたれにもたれかけた。
「母さんは、その龍姫様を探しているって言ってたよね?」
「ああ、42年前の世界衝突の少し前から、その存在を感じ取れなくなったんだ。流石のアタシも慌ててアルバに渡りをつけて探して貰ってたんだが、そこから十年くらい音沙汰無し。焦れに焦れて自分で探そうと動き出したら、急に現れて『僕が秘密の場所に匿っているから心配するな』なんぞほざきやがった。流石に頭に来たんで無視して探している最中さ。成果はさっぱりだがな」
「おじ様は居場所を教えてくれなかったの?」
「ああ、頑なにな。炎の龍姫とはルビー姉と一緒に楽しそうに生活してるし、水の龍姫はこの島でアリスの侍女なんかしてやがる。これでアタシだけヒルデガルダの居場所を知らないってのは、なんて言うか……評価されていないみたいじゃないか」
ヒルデガルダ……さん。それが、風の龍姫さまのお名前か。
ん?
水の龍姫は、アリス姉様の侍女?
「えっ、テセアラさんが水の龍姫!?」
「おっと、余計な事言っちまった。カロリア姉には黙っててくれよ?」
ちょちょちょ、龍王の秘密をそんな簡単に!
今まで秘密にしていたんじゃないの!?
「……アオイ。気をつけろよ」
「な、何を?」
急に真顔に戻った母さんが、姿勢を正して私の目をじっと見る。
「アタシがこの島に来たのは、この球大陸で空の異常を感知したからだ。それはお前が見た、あの坊主が『命の精霊』を操った時の事だろう。アタシが到着した時にはもう殆ど正常に戻って居たが、短時間でとんでもない数の天の精霊が消滅したのを感じた。あんなの、アタシですら初めて見る現象だ」
ごくり、と唾を飲み込む。
さっきから喉がカラカラだ。
飲み物を用意しておけば良かったなんて、今考える事では無いか。
「アルバ・ジェルマンは確かに龍の味方だ。だけど、アイツはアタシ達にも隠している『何か』がある。あの鼠は龍に関して嘘は言わない。それは確かだ。だけど龍に関わる重要な事を──隠しているのも間違いない」
小さな身体に大きな杖を持つ、三角帽子の鼠の賢者。
伝承に名高い、『知りたがりのアルバ・ジェルマン』とは、一体何者なんだろう。
私達は、おじ様の事を何も知らない。
でもおじ様は、私達以上に私達の事を知っている。
「アイツを信用しすぎるな。あの賢者はもしかしたら──」
母さんは私から目を逸らし、日光柱の光を薄目で眺める。
「──アタシら龍よりも、強大で危険な生き物なのかも知れないからな」
釣られて私も日光柱を見る。
夜になると星を模した輝きで彩るその柱は、この深海の闇を照らすにはとても心許ない様に思えた。





