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文学少女と桃色引きこもりドラゴン④


「だぁ!」


「うばぁい!」


 ジャジャとナナの嬉しそうな声が、壁に反響して全体に響く。

 

「……すっご」


「き、綺麗……」


「こ、これ。鍾乳洞なのかな?」


 翔平・アオイ・三隈と、続けて感嘆の言葉が自然とその口から出た。

 もちろん俺も初めて見る光景に圧倒され、大きく口を開いて洞窟の天井を見上げている。言葉すら出てこない。圧倒されるとはこの事か。


 階段を降りた先で俺たちが目にした物は、紫色に光り輝くとても大きな洞窟だった。

 天井から滴る様に伸びる、水晶みたいな結晶体。

 一本一本から淡く滲み出る様に光るその結晶は、洞窟中いたるところに生え、薄暗いはずの地下を幻想的に照らしている。


「べ、別宅の地下にこの様な場所が」


 アトルも同じ様に、馬鹿見たいな表情で天井を見上げている。

 カヨーネやウタイもその光景に心奪われ、あんぐりと口を開けて景色に魅入られている。


「どうですかな?」


 ブーメランパンツの爽やかマッチョこと、アトルの兄貴のガトル第一王子が両腕を組んで胸を自慢げに胸を反らした。


「凄いでしょう? こちらは魔晶乳洞と言って、魔力の豊潤な球大陸でしか自然生成されないとても貴重な光景なのです」


 エロ紐ビキニこと、奥さんのガーシャさんが両手を合わせて嬉しそうに説明してくれる。


「ま、魔力に反応して変性する鉱石とかはたくさんあるとは知っていたけれど、こんな綺麗に反応するもんなんだねぇ。凄いなぁ」


 傾いた眼鏡のズレを直しながら、三隈が俺の背中の手を当てる。

 最近知ったんだけど、こいつびっくりしたり心細くなったら、知ってる人にくっつくクセがある様だ。

 いつもなら小悪魔猫娘──────佐伯いちかが担当なんだが、ここにはアイツは居ないから、思わず近くにいた俺を代用したのだろう。

 うん。あの、三隈さん?

 あなた、今自分がどんな格好なのか自覚してますか?

 薄くて布面積が少ない水着だけの姿で、そんな密着されると……正直とても嬉し────もとい、とっても困るからやめて?


「はぁあー。すっごい綺麗ですねぇ薫平さん」


 三隈に対抗したわけでは無いと思うが、アオイもジャジャを抱きながら俺の肩にピタリとくっついてくる。

 これももう最近のアオイのクセって言うか、多分あえてそうしてるんだろうけど最早無意識というか。アオイはもともと俺にベタベタとくっ付きたがる。

 日課の共同授乳作業で慣れたとはいえ、やっぱり可愛い女の子に密着されて嬉しく無い訳が無い。

 背中に三隈、右肩にアオイ。

 俺のことを好いてくれる女の子二人に挟まれて、俺は今綺麗な光景とかそんなの関係なくなりつつある。


「さぁ、この先にある地下水脈の川でテセアラ様がお待ちです」


 ガトル王子を先頭にして、俺ら一団は緩慢に動き出す。


「きゃっ」


「おっと」


 ゴツゴツした岩肌の地面に足を取られて、三隈が軽くつまづいた。

 俺はその肩を支えてなんとか転ぶのを阻止する。


「あ、ありがとう。薫平くん」


「危ねぇから、しっかりつかまってろ。アオイ、お前もホラ」


「はい、ありがとうございます」


 左手は三隈の手を握り、右手はアオイの肩を抱く。

 我ながらキザっぽい事してるなとは自覚しつつも、こんなところで転んだら想像するだけで痛い事になりかね無いから、仕方ない。

 特にアオイやルージュは双子をそれぞれ抱っこしてるからな。

 魔晶乳洞の幻想的な輝きに包まれているとはいえ、地面は薄暗くて見え辛い。

 注意するに越した事は無い筈だ。


「翔平も、足元気を付けろよ?」


「ん。翔平、私と手を繋ぐ」


「あ、ありがとうルー姉ちゃん」


 ナナを片腕に乗せながら、空いた左手で翔平の右手を取るルージュ。


「ルージュも気をつけてくれよ?」


「地龍の皮膚はこれぐらいの岩なんかで引き裂けない。たとえ転んでもナナと翔平は絶対守るし、尻尾で身体を支えているから転ぶこともない」


 なるほど、よく見るとルージュのお尻の少し上から生えている、その硬くて黒くて長い尻尾がペタペタと地面に接地していた。


「そもそもそこに大地がありさえすれば、どんなに暗くても地龍は地形を判別できる。地龍の目は常に大地をしっかり捉えられる様になっているから」


 なるほど、わかった様なわからん様な。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 しばらく洞窟内を進んでいくと、水の音が聞こえてきた。

 かなり激しい流れの様だけど、大丈夫か?


「大変お待たせしました。テセアラ様」


 ガトル王子の声の先に、人影が見える。

 その人影は両手をお腹の前で組み、深々と頭を下げた。

 そしてゆっくりと身体を起き上がらせる。


「いえ、お気になさらずに。これも我が王の我儘でございますので」


 魔晶乳洞の仄かな灯りが、その人影を怪しく照らす。


 そこで待っていたのは、長い金髪のゆるふわ美人。

 三隈と同じ──────いや、それ以上かも知れない大きな胸部を持っていて、薄いシルク生地のロングドレスを身に纏ったやけに色気たっぷりな人だった。

 この人が海龍か。一目見た限りだと人間の様にも見えるけど、アオイやルージュと同じ様にお尻の上辺りから尻尾が伸びているおかげで龍だと判断できる。

 魚の鱗の様な、光が乱反射して虹色の様に輝くその尻尾。

 アオイや双子の尻尾は青いふさふさの毛で覆われいて、柔らかそうだし実際もふもふで超柔らかい。

 ルージュの尻尾はゴツゴツしていて、とても長い。


 テセアラさんの尻尾は少し短く、地面に付くか付かないか程度。

 鱗の下がどうなっているか分からないけれど、柔軟性がありそうな出で立ちをしている。


「あぅだ!」


 アオイに抱かれたジャジャが、なんだか嬉しそうにテセアラさんに手を伸ばした。

 君、本当に人見知りしないな。

 妹ちゃんを見てみな?

 ルージュのシャツをギュッと握り締めて、不安そうに親指をはむはむとしゃぶっているじゃん?


「ああ、これはこれは。次代の空龍王様と地龍王様、お会いできて光栄にございます」


 にこやかに微笑み、テセアラさんはアオイとルージュにまた頭を下げる。

 

「あ、や、やめてくださいテセアラさん。私、まだ全然未熟なんで……」


「ん。私も。母がまだ全然元気だから、次の龍王とか言われても困る」


 そういやあんまりにも身近すぎて全然気にしてなかったんだけど、アオイもルージュも次の龍王なんだよな。

 現在の空龍王、ユーリエル・ドラゴラインの娘であるアオイ。

 そして地龍王の娘であるルージュ。


 龍王の代替わりがどんな風に、いつ行われるのか分かんないからなんとも言えんが、今の二人を見ていて『王』とか全然ピンと来ない。


 あれ、じゃあ……アオイの次の代の空龍王って、ジャジャとナナのどっちかって事か?

 この場合は、姉であるジャジャになるのか?


「うー! だぁー!」


「うわっ! ジャジャ!? テセアラさんのところに行きたいの?」


 わたわたと両手を動かして、ジャジャはアオイに移動する様催促していた。


「まぁ、これはこれはお可愛らしい。お話には聞いておりましたが、なんと愛くるしい御子さまでしょう。テセアラがお触りしても宜しいですか?」


「はい、どうぞ。良かったら抱っこしてあげてください」


「ありがたき幸せでございます。お名前をお聞かせ頂いても?」


「この子はジャジャ。ジャジャ・ドラゴラインです。双子のお姉ちゃんですよ?」


「龍の勇者様と同じお名前なのですね。ジャジャ様、私は当代海龍王カロリアリゼル・ドランウェイブ様のお付きである、テセアラと申します。宜しくお願い致しますね?」


 アオイの腕からゆっくりと、ジャジャがテセアラさんに引き渡される。

 大きな瞳をキラキラさせて、ジャジャは待ち遠しいと言わんばかりに勢いよくその豊満な胸に飛び込んだ。

 

「だぁい! あー!」


 両手でテセアラさん顔を触り、ジャジャは満面の笑顔を花開かせる。

 うーん、やっぱり可愛いなウチの子ったら。


「うー!」


「あらあら、ご挨拶をしっかりできるなんて。なんて賢い御子さまなのでしょうか。あちらは妹様でございますか? よろしければご挨拶を」


「ん。この子はナナ。ナナ・ドラゴライン。ほらナナ? テセアラにはじめましてして?」


「んやぁ」


 人見知り全開のナナは頭を振って、ルージュの胸に顔を埋めた。


「ん。ナナは恥ずかしがり屋さん。でもジャジャと同じぐらい良い子だから」


「ええ、やはりとても愛らしい御子さまにございます。ナナ様は龍の英雄のお名前を受け継いでらっしゃるのですね。なんてお可愛らしい」


 うっとりとした表情のテセアラさんは、完全に双子達の可愛さにやられてしまっている。

 わかる。わかりみが深い。

 うちの双子が揃うとね。こうなっちゃうよね。うん。


「ああ、申し訳ございません。皆様へのご挨拶を忘れてしまいました。私の名前はテセアラ・レリュウ。当代海龍王様のお側付きにして、龍王女アリスレイア様の教育係も兼任しております。この度は我が王の急な招待に応じていただいて、誠に御礼を申し上げます」


 ジャジャを抱いたまま、テセアラさんは俺らに深々と頭を下げた。


「あ、えっと。風待薫平です。こっちが弟の翔平」


「は、はじめまして」


 緊張の面持ちでぺこりと頭を下げた翔平に続いて、俺も慌てて頭を下げる。

 ダメだなぁ俺は。本当に礼儀って奴を知らない。


「み、三隈夕乃です。はじめまして」


「これはご丁寧に、どうもありがとうございます。御三方は、人間の方でいらっしゃいますね? 鼠の賢者から聞き及んでおります。空龍王女さまの旦那様と、その弟君。それにご友人であらせられるとか」


 第三者から旦那様とか言われると、めちゃくちゃこそばゆい。

 買い物の時とかにも何度かそう言われた事あるけれど、やっぱり慣れねぇなぁ。


「テセアラ様、『海龍の僕』アトル・ケツァ・コアトー・ダイランにございます。お初にお目にかかりまして、光栄にございます」


 俺の隣にすっと身を出して、アトルは片膝を硬い地面につけて恭しく礼をした。

 カヨーネとウタイもそれに倣い、少し後ろで同じ様に頭を下げている。

 ちょ、ちょっと大袈裟じゃね?

 なんか普通に挨拶した俺らが失礼だったみたいな空気流れてね?


「ご苦労様です。アトル王子。当代の『海龍の僕』は優秀な子と聞き及んでおります。カロリア様へのお目通りを許可しましょう。失礼のない様心掛けなさい」


 テセアラさんが急に真顔になって、アトルへと言葉を落とす。

 

「はっ、ありがたき幸せ」


「お、おいアトル」


 いくらなんでもへり下りすぎじゃないか?


「良いのです薫平殿。アトルはこの国と海龍様がかつて定めた『僕』の身分。その身は王子でありながら、血の一滴まで海龍様の物です。他国の方には酷い仕打ちに見えましょうが、我が国が受けた恩恵と民のこれからの安寧に比べれば、アトルの身一つ安い物でございましょう。どうぞお気になさらず」


 頭を下げたままのアトルを起こそうとしたら、実の兄であるガトル王子にそう言われて止められた。


「そうだ風待。龍様と近い関係のお前にはピンと来なくて分からないかもしれないが、本来龍種という存在はその強大すぎる力故に隠れ住む種族。ダイランはそんな龍様の庇護を得て国を維持してきた特殊な国だ。俺にとって『海龍の僕』である事はこの上ない誉。お前が気にする必要なぞ全く無い」


「あ、ああ」


 そう言われても、今一納得できない。

 でもここは日本では無いし、俺はダイランの国民でも無い。

 他所様の価値観に文句を付けられる様な立派な人間でも無い。

 

 俺が今まで会ってきた龍は、アオイを初めどこか抜けている印象がある普通の女の子たちだった。

 ルージュは子供好きで、ウエラとアズイは弱っちくて。

 まぁ、ユールに関しては例外中の例外だと思ってるから、今は置いておくとして。

 今のアトルの様な態度で接しなければいけない様な存在だと感じたことは一度も無い。


 だからなのか、アトルがアオイやルージュ、そして双子たちに敬語を使う度に、実は内心モヤモヤしてるのだ。


 でもなぁ、止めろとも言えないし。


 うーん。


「さて、立ち話もこれくらいにして、早速海龍の島へとご案内いたしましょう」


 テセアラさんがにこやかな表情で、背後の激しい流れの川を手で指し示した。


「こ、ここから海まで100キロ以上あるんですけど、どうやって行くんですか?」


 俺らを代表してそんな疑問を投げたのは三隈だ。

 ここに水脈があるとは言え、海まで繋がってるとは思えない。

 見る限り船なんかどこにも無いし、そもそも水脈の先はここより更に地下に潜ってしまってて、天井が更に低くなっている様に見える。


「私が皆様を背負います」


「は?」


 間抜けな声を出したのは俺だ。

 だってテセアラさんは、どう見たって華奢すぎる。

 ここに居る全員、ジャジャとナナを含めて十二名。

 たとえアオイの様に大きな龍の姿になったとしても、全員が安全に乗れる様な大きさでは無いはず。

 ていうか水脈の川の横幅は大きいと言っても、人が並んで十名ほど入るか入らないかだ。

 アオイが龍の姿になったら、パンパンに詰まってしまって移動もままならない程度しか無い。


「て、テセアラさんに背負ってもらって、海に行くんですか?」


「ご心配なさらないでくださいませ。確かに海岸までは遠く、皆様が不安になるお気持ちも分かりますが」


 アオイの疑問に答えたテセアラさんは、ゆっくりと右手の人差し指を伸ばし、その指を地面に向ける。



「向かうのは、下ですから」



 

 そしてまた、ニッコリと微笑んだ。




次回更新は10日(日)19時を予定しております。

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