文学少女と桃色引きこもりドラゴン③
「薫平さん、お待たせしました。お着替え終わりましたよ」
「遅くなっちゃってごめんね?」
ううん。
全然良いんだよ?
何時間でも待っちゃうもん俺!
「……薫平さん?」
「はっ!」
あ、危ねぇ危ねぇ!
アオイと三隈の水着姿が眩しすぎて身動き取れなくなっていたぜ!
「あ、ああ。待ってねぇから、大丈夫なんだぜ?」
ほんとなんだぜ?
「なんでそんなカタコトなんです?」
「どこか調子悪いの? 薫平くん」
あ、やめて!
それ以上近寄られてるとほんと色々反応しちゃうからやめて!
「何をしてるんだ貴様は。中学生か」
ダイラン王家王都別宅の玄関ホールでそんな茶番じみたやりとりをしていると、アトルから鋭いツッコミが飛んできた。
競技用の全身を覆うタイプの水着とか、なんていうか根が真面目なコイツらしい格好だよな。
でも一つ気になるんですが、背中の大きな翼はどうやって水着に入れたんです?
あ、ああ。背中にジッパーがついてるのな。
「皆様お揃いですか?」
質素なワンピースタイプの水着に着替えたカヨーネが、アトルの後ろでしずしずと付き従って、玄関ホールの階段を降りてくる。
アイツもスタイル良いんだよなぁ。
人様の彼女の水着姿をまじまじと見るのはとても失礼だって、俺知ってんだ。だからもう見ません。
見ませんからこれ以上俺を睨むのをやめてくれアトル。
殺気がすげぇよ。
アオイも三隈も、そしてウタイすらも直視し辛くて、薫平どこ見て良いのか分かんないんだよなぁ!
「あれ? ルージュ、お前は水着に着替えないのか?」
「ん。やっぱりあの服、嫌い。それに水に濡れたってどうせすぐ乾く。私、こう見えて地龍」
いや、海水が乾いたらベタベタするだろうが。
それに、なんか、こう、損したなぁって感じ。いや、別に良いんだけどね! 別に!
「だぁい!」
「あぶぅ」
アオイに抱っこされているジャジャと、三隈に抱っこされているナナももちろん水着である。
コテージに泊まった時に着てた奴と同じ。
ナナがピンクでジャジャが白の花柄のワンピースタイプ。
ああやっぱり、可愛いなぁウチのお姫様達は。
「勿体ないですよぅ。ルゥ姉様、せっかくお綺麗なのに」
頬をぷっくりと膨らませて、アオイはルージュに文句をつける。
真っ白なセパレートタイプのビキニに、サマーサンダル。
綺麗な蒼い髪もあってか、アオイのイメージはまさに清純。
透明感のある爽やかな夏のお嬢さんである。
これで二児の母親だってんだから、信じらんねぇよな。
「そうですよルージュさん。スマートって言うか、スレンダーって言うか。胸のサイズが結構あるのに手足が長いからモデルさんみたい。とても似合ってました」
対する三隈も、コテージの時に着ていた水着と同じ物だ。
赤と青のストライプの、こちらは首を水着の紐を一周させるタイプのビキニ。
相変わらず【破壊力抜群!】なそのお胸がまろび出んばかりに強調されていて、下半身のパレオの中身が非常に気になる。
「ん。よく分からないけど。また今度ね? ナナ、おいで」
素っ気なく返事を返したルージュが、三隈の胸にしがみつくナナに手を広げる。
「だぁう」
ルージュが手を差し出すと双子達が応える。
これはもはや身体に染み付いた反射行動だ。
ナナにとってルージュはアオイの次ぐらいに大好きなお姉ちゃんだからなぁ。
下手したら俺より懐いてるかも知れない。悲しい。
「お前ら、荷物多いな」
ちょっと色々渦巻いてぐるぐるしていた俺を見て、アトルがぼそりと呟いた。
視線の先は俺の肩にかけているショルダーバッグ。
双子の外出用にと買っておいた、柔らか素材の大容量で丈夫なバッグだ。
ずっと担いでたら肩が痛くなっちまうんだこれ。
「ん? ああ、こっちは二人も赤ん坊が居るからな。着替えとかミルクとか、オムツとか。まぁお前もいつか分かる時が来るさ」
あ、でもお前そんなんでも王族の一人だもんな。
乳母さんとかメイドさん達がやってくれそうだから、もしかしたら分かんないかも?
「楽しみだねー!! 海龍様の島!!」
「楽しみだよなー! だけどちょっと声の大きさ落としてくれませんかねウタイさぁん!」
そこら中のガラス製品がカタカタ言ってるんですわぁ!
俺も釣られて大声になっちまうよ!
あとやっぱりお前もお胸が凄いですね!
そんな子供っぽいフリフリ付きの水着なのに、なぜか全然幼く見えない!
なんでかなー! 不思議だなー!
「ここからどうやって行くんだろうね。海龍さんの島って」
トランクスタイプの海パンに、半袖のフード付きパーカーを羽織った翔平が俺に聞いてくる。
「さぁ? ていうか、案内人とか言う龍はどこに居るんだ?」
海龍王、カロリアさんが言うには確か……テセアラさんだっけ?
そんな名前の龍が迎えに来てくれるって言ってたんだけど。
「おお、待たせてしまいましたな! 失礼しました!」
「少し水着選びに迷ってしまいました。あら、みなさんとてもお可愛らしい!」
別宅の二階、踊り階段の奥のドアを勢いよく開けて、アトルの兄貴であるガトル第一王子とその奥さん、ガーシャさんが出てきた。
V字のブーランパンツと、黒の紐ビキニとかいうとんでもない格好で。
お二人とも違った意味でえげつないんだが、勘弁して貰えませんかねぇ。
黒光り筋肉モリモリのテッカテカナイスハンサムと、もうそれ局所を隠す意外の目的ないですよね? ぐらいセクシーすぎるオリエンタル美女。
二人とも露出が高すぎで水着がなんの意味を持ってるのかさっぱりだ。
アンタらマジでお似合いの夫婦だわ!
これ少しばかり教育によろしくない光景なので、あんまり双子達に見せたくないなぁ。
「さぁ、それでは早速海龍様の元へ向かいましょうか !」
「ガ、ガトルさん。ここからこの格好でどうやって海に出るんです?」
みんなを代表して俺が疑問を問いかける。
島っていうから勝手に海に出るもんだとばっか思ってるんだが、港町だったインテイラ領ならまだしも、ここはダイランの内陸に位置する王都だ。
ただ言われるがままに水着に着替えた俺らも結構なもんだが、こんなあられも無い格好で表出歩くのは、なんつーかアオイや三隈達の姿を見せ物にしてる見たいであんまりよろしくない。
この別宅の地下から出発するとは聞いてるが、できるだけ目立たないように移動させて欲しいんだが。
「まぁまぁ、ちょっとしたサプライズですな! まずは騙されたと思って、私についてきてください! きっと驚きますぞ!?」
白い歯を剥き出しにしてニッコリ笑うガトル第一王子はそう言って、階段を降りてすぐそばにある床を強く踏みつけた。
いや、この格好で騙されてたら取り返しつかないんですが。
まぁアトルの兄貴が今更俺らを騙してどうこうするとは思えないし、安心して良いんだろうけどさ。
「う、うわっ」
「だぁあ!」
「うぉあ!」
翔平と双子が驚いて声を上げた。
ゴゴゴと地響きを鳴らしながら、大ホールの床の真っ赤なカーペットごと一部分が左右に開く。
現れたのは、地下へと伸びる階段だった。
「テセアラ様──────海龍王様の御使様ですが、あまり水から離れられないとのことで、先に下でご準備しておられます。さぁさぁ、参りましょう!」
「うふふっ、なんだかとっても楽しいですわぁ」
テンション高めな王子夫妻が意気揚々と階段を降りて行く。
残された俺らはどうしたもんかと顔を見合わせて、どうする事もできないので黙ってついて行くことにした。
いまだにあの二人の調子について行けてないんだよなぁ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なぁ、ここからどうやって海に出るんだ?」
等間隔に並べられた魔法光の室内灯に照らされた階段を降りながら、俺はアトルに問いかける。
「……知らん」
「は?」
憮然とした様子でむっつりと顔をしかめるアトル。
後ろをついてくるカヨーネとウタイの顔も確かめてみると、やはり何もわかっていないみたいで、小首を傾げていた。
「そもそも、こんな通路がこの別宅にあったことすら己は知らんかった。己が『海龍の僕』に選ばれた際に海龍様の一柱と面会させて頂いた時は、インテイラの港から船でダイラン近海まで出ただけだ。その時はアムリル様と言う方がご挨拶してくれた」
へぇ、じゃあこの先で待ってるテセアラっていう龍とはまた初対面ってことか。
ていうか。
「なんでお前、そんな不機嫌なんだ?」
さっきからぶすぅっとしてるけど、なんか悪い者でも食ったのか?
「……多分この通路は、王家でも限られた者しか知り得ない秘中の秘だ。序列と職務で考えれば上から三番目までの兄上と、一番上の姉上ぐらいしか知らないだろう。それが少し、気に食わん」
「アトル様、なんだか昔みたいに素直になられてカヨはとても嬉しゅうございます」
うぉっ、お前はお前でなんで泣きそうになってるんだカヨーネ。
「ちょっと前の不貞腐れた殿下なら、ネチネチ悪態つきながら自分の殻に篭ってただろうね。殿下も成長してるんだなぁ」
ウタイ、お前それ小声で言ってる気になってんだろうが、声が大きすぎてアトルの耳のしっかり届いてるからな?
「……うるさい。別に黙ってるほどの事じゃないと判断したまでだ。『海龍の僕』はそれなりに名誉ある称号だ。こと海龍様に直結することであれば、己に伝えておいても良かっただろうと、まぁ聞き流せ。戯言だ」
「お前はお前で複雑なんだなぁ」
兄弟が多いばかりか、王族としての責務とか序列とかも考慮しないとダメだもんな。
「俺は偉いと思うぜ? お前のこと。なんだかんだでしっかりしてるしな」
「……風待、お前」
「ん?」
なんだ?
なんか変な事言ったか俺。
「……よく臆面なくそんな事言えるな。恥ずかしい奴め」
そう言ってアトルは俺から目を逸らして壁を見る。
おい、よそ見しながら階段降りると危ねぇぞ?
「人の凄いところをちゃんと褒めるのは、薫平さんの一番良いところだと思います」
俺のすぐ後ろをジャジャを抱いてついてくるアオイは、なんだか誇らしげに嬉しそうに頷く。
「うん。そうだね。薫平くん、裏表が無い人だから」
おいおい三隈、お前までどうした急に。
「ん。薫平は偉い」
ルージュまで!?
ま、マジでなんなの急に!
照れるんだが!
「まぁ、裏を返せばあんまり深く考える事ができないってだけなんだけどね。兄ちゃんは」
「そこでオチをつけなくていいんだよ翔平」
持ち上げてから落とすのやめてくれません?
「さて、そうこうしてる内に到着しそうだぞ」
「お、結構深いとこまで降りたみたいだな」
アトルに促されて階段の先に視線を移すと、室内灯とは違う色の光が見えた。
「んだぁ?」
「あう?」
「ジャジャ? ナナ? どうしたの?」
アオイに抱かれているジャジャと、ルージュに抱かれているナナが不思議そうにキョロキョロしながら腕を出して何かを掴もうとしている。
「だぁい! うだぁ!」
「まぁまっ! まぁ!」
「うわわっ、身を乗り出すと危ないってジャジャ」
「ん。ナナも大人しくしてる。抱っこ紐やー、でしょ?」
なんだなんだ?
なんで二人して同じタイミングで──────あ、そうか。
みんなに見えなくて、双子にだけ見える物と言えば。
「みんなちょっとストップ」
「どうした」
「兄ちゃん?」
先を行くガトル王子とガーシャさんを除けば一団の先頭だった俺が立ち止まり、皆が足を止める。
「薫平さん?」
「どうしたの?」
アオイと三隈が不思議そうに俺の顔を覗き込もうとする。
「…………えっと、こうだ」
「あー!」
「だぅだ!」
前にアルバ・ジェルマンに教えてもらった、精霊を見るためのプロセス。
ナナとジャジャの頭にそれぞれ手をおいて、意識を双子にだけ集中する。
ジャジャは俺の手を取って嬉しそうにペタペタと叩き、ナナは小刻みに頭を振って邪魔そうに声を上げた。
ナナ、パパ結構ショックだからあんまり邪険にしないでください。
えっと確か、『チャンネルを合わせる』ってあの鼠は言っていたはず……。
目を閉じて、手に伝わる双子の温もりだけを感じとる。
こう、かな?
「わっ」
「むっ。風待、なんだこれは」
「お魚?」
翔平、アトル、三隈と続けてリアクションが聞こえてきたので、成功したって事かな?
これもアルバの言葉なんだが『俺の知覚を精霊に同期するんじゃなくて、精霊側をこっちのチャンネルに調節する』だったかな?
小難しい事はわからないけど、つまり俺や双子だけじゃなくて、他の人にも見えるようにしてるって事……だったと思う。
「これは、海の精霊……ですか?」
うっすらと目を開けて見えたアオイの顔は、驚いて呆けている表情。
その周りを、無数の青い小魚がまるで水の中を泳いで居るように浮遊している。
「ん。地の精霊と姿形が全然違う。知らなかった」
「天の精霊とも違います」
地の精霊は俺も見た事がないからわからないが、天の精霊は白く発光する蝶々の姿をしていた。
同じ蝶々の姿でも、『生命の精霊』の色は緑だったし、おそらく海の精霊であろうこの小魚は、青い光を放っている。
「地の精霊は赤い蜥蜴で、今もそこらへんの壁とかにいっぱい居る」
「天の精霊も今私たちの周りにいっぱいいます。同じ龍でも空龍と地龍、それに海龍じゃ見える精霊の姿は違うとは知ってましたが、まさかこんなに違うとは」
3つとも精霊である事には変わりないのに、なんで龍によって見る物が違うんだろうな?
アルバに会ったら一度聞いてみるか。
「ジャジャちゃんとナナちゃんが反応してたって事は、二人には最初から見えてたってことかな?」
「そうだろうな。もうわかんないことだらけで、正直頭がパンクしそうだぜ」
改めて周りを漂う小魚達をぐるっと見回す。
特に目的があって動いているわけでもなさそうだ。
気持ちよさそうにゆらゆらと漂っているだけか。
「カヨさん、カヨさん。なんか凄いの見ちゃったね」
「そ、そうねウタちゃん。でも、とっても綺麗……」
「こ、これが海の精霊か。海龍様が統べる、この海の源……」
ダイラン三人組も初めて見る光景に呆気に取られているいるようだ。
無理もないか。
仄暗い地下で青く淡く発光する小魚の群れとか、幻想的すぎる。
「おっと、こうしちゃいられねぇ。人を待たせてるんだった」
「あ、そうですね。ガトル王子やガーシャ様たち、きっと私たちが来るのを待ってます」
一同我に帰り、改めて階段を降り始める。
その中で一人、口を大きく開けて小魚達を見上げ、動き出さない奴が居た。
何やってんだアイツ。
「おい翔平。行くぞ」
「……あ、うん。すぐ行くから」
ん?
なんだアイツ。
「ぼぉっとしてたら転んじまうぞ」
「……うん。ごめん」
どうにも様子がおかしい。
「なんだよ。熱でもあるのか?」
その額に手を当てて確認しようとするが、直前で翔平の手が邪魔をした。
「大丈夫だってば。ほら行こう兄ちゃん」
「お、おう」
平気だってなら、良いんだけどさ。
その後ろ姿を見ながら、俺も遅れて歩き出す。
「……キミたちのこと、黙ってたら……良いの?」
「あ?」
ぼそりと呟いた翔平の声が聞き取れず、ちょっとぶっきらぼうに聞き返してしまった。
翔平はくるりと振り返り、俺の目をじっと見る。
「なんでもないよ」
「……そうか?」
何故だかとても不安を感じながら、俺たちは階段を降り終える。
次回更新は11/8(金)、19時となります





