海の龍が眠る島④
リハビリ。
眼病を患ってしまいました。
申し訳なさすぎてほんともう……。
「いやいや、失礼した。弟に会ったのは久しぶりでしてな。ついつい我を忘れてしまった。平にご容赦頂きたい」
「は、はあ」
アトル王子の一番上の兄ちゃんらしい細マッチョは、見てるこっちが申し訳なくなるほど深く頭を下げた。
あれ?
さっきまでいた暑苦しくもテンションMAXなウザ絡み細マッチョはどこ?
俺の目の前にいるのは、謝罪してる姿すら威厳溢れる高貴感たっぷりな爽やかイケメンだけど?
「いやー、歳の離れた兄弟なもので、ついつい甘やかしてしまいます。長兄として不甲斐ないばかり」
おおう。
そんな事言いながらも顔はデレデレのユルユルじゃねーか。
うん。
同一人物だな。
びっくり。
「遅くなって本当に申し訳ないが、ようこそダイランへ。ダイラン王国国王補佐、ガトル・ケツァ・アグル・ダイランと申します。龍の縁者殿」
「あ、はい。風待薫平です」
差し出されたゴツゴツした右手を握り返す。
健康的に日焼けしたその黒光りしている腕での握手は、見た目通り力強かった。
ここは王族の別宅にある応接室。
あれから苦悶の声を上げるカヨーネとウタイを尻目にイリスさんにここへ案内され、フッカフカの長いソファーに座って、細マッチョことガトル第一王子と対面している。
分厚くて豪華な扉の向こうでは、未だ悲鳴とも断末魔とも聞こえる少女達の声が聞こえる。
南無。
「ガーシャ……いや、私の妻はカヨーネやウタイと昔馴染みでしてな。妹のように可愛がっていたあいつらが国を離れ、遠い異国の地で暮らしている事を痛く心配しておったのです。どうか大目に見てやってはくださいまぬか」
「い、いえいえ。お気遣いなさなずに……あ、あの敬語やめません? どこからどう見ても俺の方が年下ですし……」
仮にも相手はこの国の王様の息子、しかも第一王子ってのは次期国王みたいなもんだろ?
そんな相手に敬語で接してもらうほど上等な人間じゃねぇよ俺。
ていうか、本来なら俺が敬語で、しかもへりくだって話すべき相手だ。
日本の一小市民が顔を合わせていい人じゃない。
今更だけど、アトルへのタメ口だって怒られてもしょうがない案件なはず。
「あ、あの。アオイノウン・ドラゴライン・風待です……」
俺の隣に座っていたアオイが、オズオズと右手を伸ばす。
「おお! 空龍様であらせますな! ようこそダイランへ!」
心なしか俺の時より声量を強め、ガトル王子はアオイの手を握り返した。
「ルージュリヒテー・ドラングロウ。よろしく」
「こちらは地龍様! いやぁ今日はなんて日なのか! 喜ばしい限りです!」
続いてアオイの隣に座るルージュの伸ばした手を取り、ガトル王子は満面の笑みを浮かべた。
なんだか大げさにも聞こえるその声に、アオイに抱かれているナナとルージュに抱かれているジャジャがびっくりしている。
大丈夫。
大丈夫だから。
「おっと、小さな龍様方を驚かせてしまいましたね。申し訳ない」
困った様に笑いながら、ガトル王子は左手で後頭部を掻いた。
というか、アオイはともかくなんでルージュの事まで知ってるんだこの人。
もしかして俺たちって、監視とかされてたりするのか?
「いやぁ、賢者様の仰っていた通りですな! 空龍様も地龍様も、そして幼い龍様も愛らしいお姿だ」
おっと、もう疑問が解けちまった。
アルバ・ジェルマン、あの野郎……。
俺達の立場を理解してるんじゃないのかよ!
「えっと、アルバ––––––鼠の賢者から俺達が今日ここに来る事を?」
「ええ。協力してやってほしいと仰せつかっております。まぁ、それとは別に、とあるお方からも言伝を頂いているのですがね」
「言伝?」
誰だ?
アルバ以外にダイランに居る知り合いなんか覚えが無いんだけど。
三隈はまだ到着してないだろうし。
「海龍王様ですよ」
「へ?」
あれ?
海龍がなんで俺達のこと知ってるんだ?
ふと気になってアオイを見ると、困惑した顔でブンブンと首を降っている。
次にルージュを見ても、キョトンと首を傾げた。
会ったことないって言ってたもんなお前ら。
「言伝の内容、聞かせて貰っても?」
聞いてみないことには分からないか。
一体なんなのだろう。
「はい。ガーシャ!」
大きなドアの向こうに声を掛けるガトル王子。
その向こうでは未だウタイやカヨーネが悲鳴にも似た声を上げていた。
「ったく。少々お待ちを」
呆れ顔でソファから立ち上がったガトル王子が扉へと向かう。
「な、なんなんですかね。海龍王さんの言伝って」
「誰も面識ないんだろ? なんか怖いよな」
三匹いる、龍種の頂点。
それが龍王だ。
一匹––––––いやなんか匹って数えるのも嫌だな。
ジャジャ達やアオイ達の事、匹で数えないし。
その龍王の一人、空龍王には面識がある。
アオイの母親である、ユーリエル・ドラゴライン。
俺のトラウマになりつつある、怖くて強力な力を持った人だった。
弱り切った姿しか見てないが、あんな状態でも俺なんか足元にも及ばない超常の力の持ち主だ。
俺とアオイが仕方なく戦った時なんて、二人いて全く歯が立たなかったしな。
もう一人の龍王、地龍王はルージュの母親だ。
面識は無いけど、たまにルージュが話す昔話を聞いてる限りだと温厚そうなイメージがある。
でも牙岩拡張事件でのルージュの戦闘を見て、あれ以上に強いのかと考えるとちょっと怖い。
うん。間違いない。
俺の龍王に対するイメージがまず恐怖からなのは、全部ユールのせいだ。
だって本当に怖かったんだもん!!
「ああんガトル様。もっとカヨちゃん達と遊びとうございます」
「後にしろ後に。龍様方がお待ちだぞ」
「あら、それはいけない。申し訳ございせん」
脳裏に焼き付いた恐怖のイメージに身震いしてると、扉の向こうからガーシャさんの腕を引っ張ったガトル王子が現れた。
その後ろから、メイド服を大胆に着崩したカヨーネとウタイ、そしてこの短い時間でげっそりと痩せ細ったアトルが息も絶え絶えに続く。
「だ、大丈夫か?」
アオイとはソファの反対側に倒れこむように座ったアトルに声をかける。
「だ、大丈夫じゃない……。だから王都に来るのが嫌だったんだ俺は」
目元を押さえて天井を見上げるアトル。
首筋にキスマークらしきものが見えたのはスルーしてやった方がいいのだろうか。
「他の兄上や姉上達も、ガーシャ義姉様よりはマシとは言え似たような事をするんだ……疲れる」
「愛されてんなぁお前ら」
決闘した時に話してくれた事情で、勝手に家族と不和なんじゃないかとイメージしてたんだが、全然仲良いじゃんか。
仲悪いのは国王である親父とだけか?
今見た感じだとお前の親父もお前にベタベタなんじゃないか?
ソファの後ろではカヨーネとウタイがヨレヨレとメイド服を着なおしている。
何されたらそこまで脱がされるわけ?
エロい事なの?
「だぁ」
「ん?」
いつのまにか俺の膝の上にナナが居た。
アオイの膝の上から器用に腕と尻尾の力だけで渡ってきたらしい。
もうハイハイと一緒じゃないかこれ。
凄い凄い!
「だぅ、だぁ、だぁ」
「ナナ?」
受け止めてやろうと手を広げて待っていたのに、ナナは俺の膝で止まらずにアトルへと近づいていく。
「う」
ポン、とアトルの膝を叩くナナ。
「ナナ様……慰めてくれるのか?」
「にへぇ」
アトルを見上げて、ナナはふんにゃりと笑った。
ちょい。
ちょい待てアトル。
お前俺を差し置いて何人様の娘に色目なんぞ––––––。
「優しいお方です。ありがとうございます」
そういってアトルはナナの髪を撫でた。
「きゃぁい」
とってもラブリーな笑顔を浮かべるナナ。
え?
嘘。
なんでそんな嬉しそうなのナナ。
もしかしてアトルみたいなのが好みなの?
い、いや。パパとしてはナナが真剣に選んだ相手になんの問題も無い。
無いんですけど、まだ早すぎません?
もっとさぁ! 大きくなってからの方が良いよ!
それにコイツ婚約者居るし! しかも二人も!
「薫平さん、なんでそんな怖い顔してるんですか……」
何かを察したアオイが呆れ顔で俺の服を引っ張ってきた。
「だっ、だってナナがアトルに!」
「取られるわけないじゃないですか……まだ一歳にもなってないんですよ?」
い、いや分かってる!
分かってるんだけどさぁ!
ナナの笑顔は俺にとって特別なんだよ!?
よっぽど気分良い時ぐらいしか見せてくれないんだもん!
「はぁ……最近薫平さんの娘馬鹿が心配になるぐらいです」
「えっ! いやこんぐらい普通だろ!?」
「翔平さん……」
アオイと翔平がお互いの顔を見て、ふるふると首を振る。
「アオイ姉ちゃん。多分もう手遅れだよ」
何が!?
「ガーシャ、ほら例の物を」
なんだか分からない心配をされてちょっとショックを受けている俺を置いて、ガトル王子とガーシャさんが対面のソファに座った。
「はい。よいしょっと」
「うぉお!?」
大胆に開けられたその豊満な胸の谷間から、拳大の丸い水晶のような物を取り出すガーシャさん。
何あれ! 四次元的なポケット!?
あんなとこから普通なんか出てくる!?
サイズ的には三隈より少し大きいぐらいだぞ?
はっ!!!
も、もしかしたら三隈もあの胸の谷間に何か隠し持ってるかも知れんなこれは……。
今度聞いてみよう。
「く・ん・ぺ・い・さぁ〜ん?」
「い、痛い痛い! 今のはしょうがないだろ! 見ちゃうって男の子なら!」
左耳を思いっきり引っ張られた。
ニコニコ笑ってるはずのアオイの声がすっごい怖い!
「もうっ!」
俺の耳から手を離したアオイが、自身の両胸を服の上からペタペタと触った。
「……私にだってあのくらい、できますよぅ」
い、いや。
無理だよそれは。
絶対口には出さないけど、アオイ。
お前には無理だ。
「な・ん・で・す・かぁ〜?」
「いいいいい! 痛い痛いって! まだ俺何も言ってないじゃん!」
だから耳引っ張るのやめてください!
「かわいそうな目で私の胸を見て首振ったじゃないですか!」
何ぃ! ?
クソッ、俺が余りにも正直者だから顔と行動に出ちゃってたのか!
「えっと、もう良いですか?」
苦い笑いを浮かべるガトル王子が口を挟む。
その隣でガーシャさんが楽しそうにケラケラと笑っていた。
「仲がよろしいですのね龍様と縁者様。ガーシャとガトル様もあんな頃がありましたねぇ」
「ガーシャ、その話はまた今度にしよう。ほら、海龍王様の言伝を」
そう言うとガトル王子はガーシャさんの頭を撫でた。
仲良いなぁ。
「はい。では……」
水晶を手のひらに乗せたガーシャさんが目を閉じる。
何してるんだろう。
「記録映像を投射する水晶球だ。正しい手順で魔力を流し、合言葉を言わない限り映像が流れないタイプだな」
「あ、あれ魔道具か」
風待家は小市民だから、高額な魔道具に馴染みがないんだよなぁ。
魔道具オタクのガサラが居たら大喜びしそうだ。
「エッド・レッティ」
多分それが合言葉だったのだろう。
水晶球が淡い光を放ち、空中に何かを投射し始めた。
それは人型の……女性?
朧げな輪郭が少しずつ鮮明になっていき、やがてピントが合うようにはっきりとその姿を映し出す。
「はぁ〜い! カロリアちゃんで〜す!!」
……やけにブリブリした、三十代ぐらいの女性がドアップで映し出された。
きっつい。





