スマイル、所によりサンダー④
部屋の扉をアオイに開けてもらい、ナナをしっかりと抱きしめる。
「良いかい?」
「お、おう」
頭の上で俺の髪の毛にしがみついてるアルバがその手に持つ杖で頭を小突いた。
「この精霊たちはナナの活発化した龍気に惹かれて群がってるだけだ。だからナナが移動したら一緒に付いて来てしまう。どんどん集まって来てしまっているから、このまま放置したら天の力が強くなりすぎて、大きな雷の塊へと変わってしまうだろう」
ポコポコと俺の頭をリズミカルに叩きながら、アルバは淡々と説明をする。
雷の塊。
アオイが何度か見せてくれた、あの雷球か。
双子達やアオイと初めて会った時は、手加減していたとはいえガサラ達が乗るワゴン車を黒焦げにして大破させていたし、ユールとの喧嘩の時は不発に終わっていたが、龍自身が怪我を負いかねない威力になっていた。
岩のグリフォンのルテンなんかはアオイの放った雷球で文字通り一片も残さず蒸発しちゃったし、あんな危険な物がこんな狭い室内に出現したら俺達はただじゃ済まないだろう。
「無意識とはいえこんなに精霊を集めてしまうほどの龍気、本来は喜ぶべきなのかな? ナナのポテンシャルはアオイ以上だね。ただそれもちゃんと成長した後ならって話だ。今のナナのまだ成熟してない肉体にとっては脅威となる。ナナ自身を傷つけてしまうからね」
「まだ早いって事か?」
「そうなるね」
そうか。
ナナに限らず、双子達の将来が有望なら何の文句もない。
成長が楽しみだ。
「と、いうわけで。この事態を対処する方法は一つ。活発化した龍気を発散させてやろう。薬の効能で一時的に増えているだけだから、消費してしまえばもう回復はしない。本来のナナの力に見合った量までしかね」
「なるほど」
うん。
納得はできる。
増えてんなら、減らしてやれば良いってことか。
「双子達は僕ですら経験のない、史上初めての龍と人のハーフだ。こういう事態は今後も起こりうる。だから君もしっかりと対処方法を学んでほしいな。大丈夫、ちゃんと手順さえ間違わなければそう難しいことでもないよ。君の頭でも理解できるだろ?」
「りょ、了解です」
ちょ、変なプレッシャーを与えないでくれ。
緊張しちゃうだろ?
俺の頭の悪さがお前の想像を超えてたらどうするんだ。
「さて、じゃあアオイ」
「はい」
開いた扉の向こう側、部屋の外の廊下で真剣な顔で俺とアルバを見ていたアオイがアルバの声に頷く。
「ここら辺で人気が無くて広い場所はどこだい? できれば周りからもあんまり目立たない場所が良いかな?」
「えっと、お屋敷の裏のお庭ですかね。さっきまでルゥ姉様とジャジャがお散歩してた所です。お庭の外は林になってました。お屋敷の周りには他に建物は無いですし、囲いの壁も高かったと思います」
この屋敷、建物自体もかなりデカイが敷地面積はそれ以上にデカイ。
さっき翔平と行った灯台からは見下ろせるが、庭の奥側は木が生い茂っていて目隠しになってるはずだ。
「よし、じゃあまずはそこを目指そうか。不器用くん、注意点は3つだ。一つは精霊達に追いつかれない速度で走ること。二つ目は決して立ち止まらないこと。そしてナナを興奮させないこと。良いね?」
「む、難しくないか?」
精霊達がどの程度のスピードで移動するのか知らないけれど、仮にもあの蝶々達は飛んでるんだぜ?
それにナナを興奮させるなって、この子ったら意外な事で大喜びしたりする気分屋さんだからさぁ。
「天の精霊は言うなれば小さな雷の粒の集合体だ。更には微風を巻き起こしながら飛ぶ特性がある。ゆっくりしてたらもっと集まってくる以上、そんなに悠長に歩いてられないし、羽をこすり合わせてできる放電現象と突風でこの屋敷にも小さくない被害が出るだろう。だから一気に外まで抜ける方がまだマシなんだね?」
「マシってお前……」
人様の家を何だと思ってんだ。
さっきからバリバリ言ってるこの室内でも、そこそこ荒れ始めている。
アトルがいくら王族でお金持ちだからとは言え『ちょっとくらい大丈夫だよね?』とは言えない。
ちくしょう。
あとでめちゃくちゃ謝ろう。
「さあ、おしゃべりはここまでだ」
「了解」
もう一度ナナを強く抱きしめ直して、身を屈める。
「アオイは先に走って、メイドさん達やアトル達に注意してくれ」
「わ、わかりました!」
ここから屋敷を出るまでには、長い廊下を進んで階段を降り、食堂と談話室の横を通り抜けてエントランスを抜けなければならない。
この屋敷には少なくともメイドさんが20名前後。
他にも庭師の人とか執事風のおじさんとか、あと奉公に来ているとかいう子供も居る。
その人達が進路上にいたら大変だ。怪我なんてさせたらどう謝って良いのかわからない。
だからまずアオイに先行して貰って、安全策を講じなければ。
「う?」
「よーしナナ? ちょっとパパとランニングしようか」
不思議そうに俺を見上げるナナに笑いかける。
強く抱かれた胸元のシャツをぎゅっと握るナナ。
苦しくはなさそうだな。良かった。
「だぁ」
ナナはペチペチと俺の頬を両手で叩く。
まだりんごジュースを諦めてないのか。このくいしんぼうめ。
わかったわかった。
全部終わったら、少しだけ飲ませてやるから。
だからもう少しだけ待っててくれ。
扉を見据え、アオイに無言で頷いた。
それを見たアオイも一回だけ頷くと、勢いよく走り出して視界から消えた。
よし、じゃあ俺も行きますか!
「せぇ、のっ!」
「うぁだぁ!」
景気付けた俺の声にナナの楽しそうな声が重なる。
足に一気に力を込めて、床を蹴る。
扉を抜けて直角に曲がり、長い廊下の先に向かって足を廻す。
転ぶなよ俺。
ぶっちゃけナナを抱いたまま走るのは難しい。
軽いとは言え、そこそこ成長しているナナは俺の体のバランス的には十分大きい。
ナナの頭の後ろからそっと支えて肩にくっつけ、お尻の下から支えるように持っているから、揺れで酔ってしまわないかも心配だ。
この状況は短ければ短いほど良い筈。さっさと目的地に向かわなければ!
「翔平さん!」
先を行くアオイの突然の声に目を向ける。
「アオイ姉ちゃん? 兄ちゃんも何やってんの?」
丁度階段を登り終えたのか何やら大きい袋を抱えた翔平と、その隣で同じような袋を持ったカヨーネとウタイが目を丸くして立ち尽くしていた。
「翔平! 良いから部屋に入ってろ!」
俺の背後からはさっきまでとは比じゃないほどの大きな破裂音が連続して鳴り響いている。
それと同時に重く逆巻く風切り音。
「な、なになになに!?」
「どうされたんですか!?」
相変わらずデカイ声のウタイがワタワタと慌てて翔平を引き寄せ、近くの部屋の扉を開けて避難した。
続いてカヨーネが珍しく狼狽えながら別の部屋に入る。
「カヨーネ! 裏庭借りるぞ! 誰も近寄らないようアトルに言っといてくれ!」
「頼んだよ!」
「け、賢者様!? か、畏まりました!」
おっと、鼠の賢者のネームバリューがここで生きたか!
アルバの姿を見たカヨーネが慌てて頭を下げた。説明要らず、今は助かる!
「悪い! あとで説明すっから! よろしく!」
「にいちゃーん!? アオイ姉ちゃん!?」
困惑した翔平の声がドップラー効果で遠ざかって行く。
階段を急ぎながら、なおかつナナを離さないように慎重に降りる。
「うだぁっ、あだっ」
「ナナ! 遊んでるんじゃないってば!」
ほら見ろ!
この状況を楽しみ始めたナナが手足をジタバタさせて興奮している。
満面の笑みで嬉しそうに、それに呼応するように背後の破裂音が大きくなって行く。
ナナやジャジャの感情を制御しようなんて土台無理な話なんだよなぁ。
箸が転げても笑うお年頃なんですよ? いや、本当に。
「薫平さん! 玄関を出たら私が運びますから!」
「頼む!」
そうだよ。
アオイなら別に空を飛んで俺達を運ぶ事もできるよな。
室内だと狭いから翼が広げられないが、外なら何の問題もないし。
「きゃっ!」
「わぁ!」
階段を降り切ったところで、ベッドシーツと洗濯物を抱えていたメイドさん二人と擦れ違った。
アオイが手を差し出して二人を制止してなかったら、危うくぶつかるところだったぜ。
「ごめんなさい! 急いでるんです!」
「ごめん!」
「だぁ!」
3人で平謝りしながら通り過ぎる。
ナナは絶対謝ってないけど。一応ね?
「あ、はい」
「な、ナナちゃんばいばーい」
ナナがメイドさんにブンブンと手を振っている。
おっと、君。どこで覚えて来たのそれ。
いいなぁ、あとでパパにもやってくれ。
ジャジャもナナもこの屋敷ではちょっとしたアイドル見たいな扱いを受けている。
あの愛らしさを惜しみなく振りまいて、特に若いメイドさんとかから大人気だ。
お風呂に入れる時も『私にも洗わせてください!』とか言って参加してこようとするが、流石にねぇ。
おっと、それどころじゃない。
アオイと二人でバカみたいに広いエントランスを走り抜ける。
「何の騒ぎだ!」
反対側の通路からアトルが血相を変えて飛び出して来た。
「アトル悪い! あとで謝るから!
「王子っ! 裏庭借りるよ!」
「けけけっ、賢者様!?」
おおっ。
あの王子がしどろもどろになりながら挙動不審になってる!
いつも不遜な態度だから新鮮だわー。
ちょっと前に見た気もするけど、アトルの名誉の為にも新鮮って事にしとこう。
「薫平さん!」
「頼むっ!」
いち早く玄関の扉を開いて翼を広げたアオイが手を伸ばす。
その手を取って背中を預けた。
「行きます!」
アオイの翼がばさりと動く度に、俺達の体がふわっと浮かび上がる。
「だぁっ、きゃっ!」
「うわっ、ナナ暴れんなって」
浮遊感が楽しくて仕方ないのか、ナナが俺の腕の中で元気よく動き回る。
「うっ、あ、あれ?」
両腕で俺を持ち上げているアオイが不思議そうな声を出した。
「ど、どうした?」
「な、なんか飛び辛いです。あれ? 何で?」
フラフラと右に左に揺れながら、アオイは屋敷の庭を飛んで行く。
「空龍の飛び方はっていうのは天の精霊の助力を得て飛ぶ方法だからね。アオイの制御下にいるべき精霊も今は活発化したナナの龍気の影響されてるからいつもより飛び辛いんだろう。末恐ろしいな」
アルバが俺の頭の上で冷静に説明し出した。
こんなちっさいのに、今はアオイより強い力を持ってるってこと?
それって喜んで良いことなのか?
「な、なんか複雑ですけど、問題ないです!」
「うだぁっ!」
おいおいナナ様。
ママ、困ってんだから少しは遠慮しなさい。
「おじさま! あそことかどうですか!?」
「良いね。あそこに降りようか」
アオイの視線の先には小さな池がある林の中だった。
何だかんだで俺が走るより速いな。最初はフラフラしてたけど、今は安定してるし。
さすが空を統べる龍、その王の娘だ。
少しだけ開けた場所に優しく軟着陸したアオイは俺の体から腕を解き、少しだけ汗ばんだ額を拭った。
「お疲れ」
「どうってことないですよ!」
胸を張ってアピールするけど、残念ながらそんなにその胸盛り上がってないんだ。
なんかごめんな?
「なんか、変なこと考えてません?」
「いや、そんなことないぞ?」
あぶねぇあぶねぇ。
三隈と言い佐伯と言い、女の子の直感って何でこんなに鋭いんだ。エスパーかよ。
「おじさま、ここで何をするんです?」
アオイは相変わらず俺の頭で偉そうに踏ん反り返ってるアルバに視線を戻した。
「うん。ここなら多少大きい雷を落としても平気だろう」
雷って、あのさぁ。
「俺もいるんだけど」
いくら何でも雷を落とされて平気でいれるような体してないんだけど。
「アオイにはアオイでやるべきことがあるから、ナナを抱く役目は君にしかできないよ。ちょっと痛いけど、龍化した君ならそこまで大きいダメージにはならないと思う」
「……また、薫平さんを龍にするんですか?」
また?
最近だと、えっと牙岩事件の時に避難所のトイレで夜を明かした時以来じゃないか?
「アオイ、我慢してくれ。流石に生身のまま雷に当たれば、人間は死んでしまうからね」
「……大丈夫、なんですよね?」
あれ?
何でそんなシリアスな感じ?
そりゃ、龍化したらしばらく動けなくなってしまうが。
そこまで深刻になるような事じゃないだろ?
「ああ、この事に関しては僕に抜かりは無い。むしろ不器用君にはどんどん龍化してもらって、体を慣れさせる必要があるんだ」
「詳しく説明、してはくれないんですよね?」
「……いつか、必ず」
「な、なぁ。何の話してるんだ?」
俺が置いてけぼりなんだけど。
ナナのことだよな?
「いえ、大丈夫です。こっちの話なんで」
「うん。不器用くんは気にしなくて良いよ。はい、これ」
アルバが杖を一振りした途端、俺の目の前の空間に波紋の様な歪みが現れた。
その下に手を差し入れると、波紋の中心から白い小さな破片がポトリと落ちる。
手のひらの上に落ちたソレを見ると、ああやっぱり。ジャジャとナナの卵の欠片だ。
だから何でお前が持ってんだよ。
あの卵の欠片は俺が一欠片も見逃さずに回収して、俺の部屋の机の一番下に鍵付きで保管してるんですけど?
まぁ、その件は今はいいか。
とりあえず、ささっと龍化してやろう。
大きく口を開けて欠片を口に入れる。
ジャリジャリとした音を立てて咀嚼する。
決して美味しい味と食感では無い。
なんか砂を噛んでるみたいだし、ぶっちゃけ飲み難い。
でも噛まずに飲み込むと喉が大変なことになってしまう。
細かくかみ砕かないと危険なのだ。
「あぁー! んぬぅー!」
なんかプリプリと怒るナナが俺の口を両手で叩く。
「ナ、ナナ? パパ別におやつ食べてるわけじゃ無いぞ? これ、えっと、そう! お薬! お薬だから!」
だからそんな必死にパパの口叩かないで!
意外と痛いんだって!
「おっ、おおお」
あれ? なんだこの感触。
背中と尻とこめかみがモリモリと盛り上がる感覚、初体験だぞ?
ああ、良く良く考えてみたら、万全な体調で龍化するの初めてかも。
牙岩の頂上だと極限状態だったし、避難所だと眠ってたいつの間にかなってたしな。
「んんっ……! ど、どうだ?」
「あ、はい。大丈夫です」
アオイに背中を見せて確認する。
うん。尻尾も翼もしっかりある。
なんか指を動かす感覚で動かせるってのも不思議な感じだ。
また服破っちまったなぁ。
この国に来て上下と下着2セットもダメにしちゃってるんだよな。1セット目は俺も知らない間にダメしてたけど。
上着なんて飛び出した翼のせいでほとんど原型が残ってない。こんなの服じゃなくてただの布だよ……。
「だぁ?」
俺のこみかみ辺りを凝視しているナナが変な顔をしている。
そういえば、この姿を見るのってもしかして初めてか?
「ぱ、パパだぞ? わかるか?」
「あむ」
こくんと頷いて、ナナは親指を咥えた。
うん、まぁいいや。
「よし、アルバ。これでいいか?」
「あとはこれだね」
「ん?」
また空間に波紋が広がり、そこから真っ白く輝く綺麗な刀身が現れた。
刃を下向きにして現れたその柄を慎重に持って、体の正面に構える。
「龍牙の剣?」
さっきルージュがアルバに返却したばかりのその剣は、恐ろしい切れ味を持つアルバの宝物だ。
「おっと、ナナ。危ないから触ったらダメだ」
「んうー、だぁー」
興味津々なのはわかるんだけど、残念ながらこれはダメだ。
大きくなってから……いや、大きくなってもダメか。
「これ、どうすんだ?」
「この剣はこの世界で唯一、精霊に干渉できる器物だ。なにせ力ある龍の牙が元になってるからね。精霊のみならず、精霊が起こした現象にすら影響することができる」
「ん? あ、ああ」
「わかんないならわかんないって言いなよ」
いや、全部わかんないって訳でも無いぞ?
つまりこの剣なら精霊を切れるってことだろ?
「精霊をこれで撃退すんのか?」
なんかソレ、可哀想じゃない?
「そんな可哀想な真似する訳ないだろう? 精霊達も無邪気に遊んでるだけなんだから」
そうだよな。良かった。
「これは所謂、アースだよ」
「アース?」
「アースですか?」
俺とアオイが顔を見合わせて疑問符を浮かべる。
アースってなんだ?
「君の家の家電製品にもあるだろう? 過剰な電荷を地面に逃がすための物だよ」
ああ、あの。
コンセントの線に一緒についてるモンか。
「君やナナやアオイに落ちる雷の余剰分を大地に流して、安全に作業を行うために必要なんだね?」
「え?」
今なんて言った?
「落ちるって、言った?」
「言ったよ?」
聞き直した俺にしれっと返すアルバ。
いや、ちょっと待って?
「ごめん。もう一回聞くけど、俺とナナとアオイに、雷が落ちるって」
「言ったってば」
おま、お前。
「つ、つまり?」
もう一回、今度はわかりやすく言ってくれない?
「ナナの有り余る元気を、親として正面から受け止めて欲しいんだよね」
あ、ああ。そうか。
こいつ、馬鹿なんだ。





