スマイル、所によりサンダー②
パッキーンと薪を真っ二つに割ったような快音の後に視界が一瞬真っ白に染まり、すぐに元の戻ったかと思えば俺の足元の絨毯から煙が上がっていた。
絨毯を見ると、十円玉程度の広さの黒い跡ができている。
なんだこれ。
「薫平さん、そのまま。そのまま動かないでください」
「え? え?」
混乱している俺にゆっくりとアオイが近づいてくる。
ジリジリと摺り足で絨毯を滑り、真顔で俺とナナを見ながら。
「ナナ、いい子だから、いい子だから」
「きゃー! だぁっ!」
りんごジュースの余韻に浸るナナが手足をバタバタさせて笑っている。
おかわりちょうだい! ナナ、りんごジュースだいすき!
多分そんな感じで一人盛り上がっているのだろう。
「ア、アオイ? どうしたんだ?」
「動いちゃダメ!」
アオイに体を向けようとしたら怒られた。
びっくりした俺は体を硬直させる。
「そうです……。そのままーーーーーー」
「うだぁ!」
なかなか動かない俺に焦れたのか、珍しくテンションアゲアゲなナナが両手を上げて『パパはやく!』と言わんばかりに声をあげた。
その瞬間ーーーーーー。
「おわっ!」
また室内に閃光が走った。
びっくりして光った所を見ると、今度は哺乳瓶の煮沸消毒機が置いてある鏡台の角がぷすぷすと音を立てて煙をあげている。
「か、雷? 室内で?」
「ナナ、お願い落ち着いて」
いつの間にか俺の隣に立っていたアオイが、ナナの両頬に手を当てた。
「な、なぁ。何が起きてんるんだ?」
「薫平さん。今精霊が見えますか?」
精霊?
あぁ、見ようと思えばなんとか見れるけど。
言われてゆっくりと心を落ち着かせる。
双子達の体に溜まっていく緑色の精霊。
アルバが言う『命を司る精霊』は、集中さえできれば俺でも見れる。
「見るのは天の精霊たちです。どうですか?」
「天の精霊? そういや、見ようとしたこと無いな」
天・地・海の三種の精霊。
それと命の精霊ではそれぞれ見方が違うらしい。
俺が見たことある天の精霊は、ユールの事件の時に偶然見れた奴だけだ。
心を落ち着かせて、目を閉じる。
こう、でいいのかな。
ナナを抱きながら、見えないけれど確かに存在する精霊達を感じようとする。
命の精霊なら週一で見てるから慣れてんだけど、天の精霊を見ようとするのは初めてだ。
落ち着いて、自分の心の奥から初めて体の外に意識を向ける。
……これ、かな?
なんとなく掴めたその存在感。
命の精霊とは若干違うその存在を認識し、ゆっくりと目を開けた。
「うわぁ」
思わず声を出してしまった。
何……これ。
すっごいいっぱいいる!
真っ白で小さな蝶々が、この部屋を埋めつくさんばかりに飛び回っている!
前にジャジャが初めて物を浮かせた時の命の精霊たちと同じぐらい飛んでいる。
「さっきまで全然いなかったのに、急に集まり始めたんです……。天の精霊自体はどこにでも居るんですけど、流石にこの数は異常です」
「そ、そうなのか? 急にってなんで?」
「わかんないですよぅ。わかってるのは、この精霊たちはナナに操られてるってことだけです……」
ナナに?
「それは……なんで?」
「わかんないですよぅ! わかんないですぅ! だってまだナナの角こんなにちっちゃいのに、これだけの精霊を操るなんておかしいんですぅ!」
角?
俺の顔をペチペチと叩いてりんごジュースを催促しているナナを見る。
「光ってる……」
それはもうピカピカと光っていた。
淡く優しい蒼い光を明滅させて、ちっさくて上向きなナナの角はいつかのアオイと同じように。
前に牧場で命の精霊を使役してチュンチュを操った時より、はっきりと角を光らせている。
前にアルバが言っていた。
竜の角は、精霊を操る為の器官だ。
その角の発光によって精霊を使役し、様々な事象を起こす。
例えばアオイは巨大な雷球を作り上げたし、ルージュは火の結界や炎の剣を操った。
ジャジャは物を浮かせたり沈めたりしたし、ナナは鳥を操った事もある。
そのどれもが人間の俺からしたら超常現象で、見た目的にも能力的にも他の生物とは異なる部位が、龍種の角だ。
「あぅー!」
りんごジュースフィーバーからなかなか冷めやらないナナがご機嫌に鳴いた。
普段は眠そうに垂れ下がったその小さな目をキラキラさせているから、本当にりんごジュースが大好きなんだな。
でも、今はそれどころじゃないんだよ?
「ナナ? お前これ、分かってる?」
「だぁ?」
あ、何もわかってないなこの子。
俺の耳をギュッと掴むのやめて。それなりに痛いから。うん、ありがとう。
「これ、どうすんの?」
「さっきからなんとかしようとしてるんですけど、精霊が言う事聞いてくれないんですぅ」
「マジで?」
徐々に涙目になり始めたアオイの顔を見て、なんだか危機感が芽生えてきた。
つまり、これは異常事態。
ジャジャとナナは生まれた時からある程度成長していて、人間の年齢に換算するとだいたい一歳前後。
その歳の空龍の乳幼児としてはありえない事をしているのだろう。
「アオイでも操れない精霊なのに、なんでナナが」
「……どうしてなんでしょう。私より強い力のある龍ならわかるんですけど、例えば母さんみたいに」
ユールみたいにって……何それ怖い。
空の龍王と同じぐらい力を持った龍がそうホイホイいてたまるか!
アオイの母であるユール。
ユーリエル・ドラゴライン。
『夜天光』と言う二つ名を持つ、世界中の空を統べる空龍の王。
見た目はスレンダーな清楚系美人で、娘であるアオイが成長したらあんな感じになるんだろうってぐらいそっくりだけど、性格は粗野で粗暴な暴君。
詐欺だよあんなん。めちゃくちゃ美人さんなんだぜ? 口さえ開かなければ。
牙岩の上で対峙した時。
疲れ果ててヨロヨロだったあの時ですらめちゃくちゃ怖くて強かった。
あんな力を持った存在、そうそう居て欲しくない。
俺にとっては義理の母に当たるユールだけど、ごめん。あんまり良い印象は無いんだ。
ただただ怖いんですよあの人。
「ナナ、無意識ですよね?」
「そりゃあ、わかってないみたいだし」
さっきから俺の周りでパチパチと放電現象が起きている。
なんだかオカルティックなラップ音みたいでとっても怖い。
「だぃ、うぁ」
そんな音に気づいてないのか、ナナは俺の顔をペチペチと叩き続けてりんごジュースを催促している。
「だう!」
「ジャジャ、ちょっと離れる。危ないよ」
その双子のお姉ちゃんであるジャジャは、部屋の入り口でルージュに抱えられて避難していた。
放電音が面白いのか、手を前に突き出してワタワタしている。
いや、これ楽器のおもちゃじゃ無いよ。
「ルゥ姉様、ちょっとジャジャと一緒に隣の部屋に居てもらっても良いですか?」
「ん。わかってる。ナナ大丈夫?」
ジャジャを抱え直してしっかりと抱いたルージュがナナを心配そうに見た。
「わかりません……おじ様が居たら原因がわかると思うんですけど」
「あの可愛くない鼠。肝心なときに役立たず。今度懲らしめる」
いや、いくらなんでも。
アルバ・ジェルマン。鼠の賢者。
いくらあの鼠がなんでもありの神出鬼没な胡散臭い奴でも、そう都合よく現れたりはしないだろうに。
「心外だなぁ。ちゃんと異変を察知して急いで来ただろう?」
「うわぁ!」
「きゃあ!」
「ふぇっ」
突然の声に驚いた俺とアオイが悲鳴をあげた。
鼠の賢者、アルバ・ジェルマン。
目深に被った魔法使いのような三角帽に、その体躯より大きな木の杖を持ったローブ姿の鼠が、ナナを抱いている方とは反対側の俺の右肩に急に現れた。
「おじ様!?」
「お前! いつもいつも何の前触れもなく現れんじゃねぇよ!」
心臓に悪いんだよ!
「はははっ。いやごめんごめん。君達の反応が面白くてつい、ね」
「この野郎……」
本当に人をイラつかせる天才だよなこの鼠は。
「ふぇっ、ふやぁあ」
「ああっ、ナナごめんな? びっくりしたよな? おおよしよし」
「ママが悪かったね? 大丈夫だからね?」
俺達の急な悲鳴にびっくりしたナナが泣きそうになっている。
アオイと二人して頭や頬を撫でたり、首の下を触ったりして宥める。
見ろ! これがお前がした事だアルバ!
今度やったらマジで怒るからな!
「ふむ。ルージュ」
「なに?」
その様子を見ていたアルバがルージュに声をかけた。
「隣の部屋に、僕の剣が置いてあるだろう?」
ああ、そういえば。
アトルを経由して俺に手渡された、アルバの宝物。
真っ白な刀身が綺麗な切れ味の恐ろしい剣、龍牙の剣が隣の部屋に置いてある。
アルバに返そうと思ってたからな。
なんでわかったんだ?
あの剣、抜き身だと危なすぎて怖いから、布でぐるぐる巻きにしてトランクケースに入れた状態でこの国まで運んで来た。
あんまりにも切れ味が良すぎて、気をつけないとトランクケースを突き抜けてくる。
持ち運びに苦労したんだぞ?
「あの剣は僕にとっても特別でね。世界中どこにあっても僕にはわかるんだ。悪いんだけど、あの剣を持って来てくれないかい?」
「ん。わかった。ちょっと待ってて」
ジャジャとルージュが隣の部屋への扉を潜る。
隣にはここと同じ規模の寝室があり、合わせて二部屋が俺達に与えられた客室だ、
「さて。もう熱は引いたみたいだね」
「は、はい。おじ様がくれたお薬が効いたみたいです。ナナは嫌がってましたけど」
俺が気を失っていた旅行初日。
転移事故で行方不明状態だった俺を見つけたのはアルバだ。
アオイと連絡を取ってこの館へと運び、その時ついでにナナの容体も診てくれたようで、処方されたナナの薬は座薬だった。
初めての体調不良もそうだが、何よりナナが泣いたのはこの座薬を嫌がったからだ。
わかる。
俺も体調が悪い時に使用した事があるが、大きくなってもアレは慣れない。
翔平ですら嫌がるからな。
「うん。魔力酔いはもう大丈夫。外に出ても平気だろう。ナナはジャジャよりも魔力に敏感みたいだね」
「そう、ですか。ジャジャも気をつけた方がいいですか?」
「一応念のために、ジャジャ用の薬も調合しておいたんだ。渡しておくよ」
そういってアルバは何もない空間に手を伸ばす。
小さな手の先が消え、再び現れたかと思いきや俺の手のひらに収まるサイズの布袋を持っていた。
緑色の紐で口を結わえたその袋を、アオイに向けて差し出す。
「間違えないように気をつけておくれよ? 緑色がジャジャで、青がナナだ。双子達はそっくりだけれど、色んなところに違いがあるんだ」
「わ、わかりました」
その袋を受け取ったアオイは鏡台に向かい、この間ユリーさんに貰った化粧用ポーチに大事そうに仕舞った。
化粧ポーチって言っても、あの中に入ってるのは歯ブラシとか双子用の石鹸とか何だけどな。
この娘ったら、化粧とかしないからな。
「さて、次の問題は」
そう言って俺の肩と背中をゆっくりと移動し、ナナの顔の前で立ち止まるアルバ。
ジロジロとナナの顔や体を見渡すと、腕を組んで考え込み始めた。
「おじ様。空龍が雷を自在に操れるようになるには、もう少し大きくなってからですよね?」
化粧ポーチを鏡台に置き直したアオイが俺の背中から顔を出す。
「そうだね。空龍族で雷を操れる龍はアオイやユール、そしてライネルと言った空龍の他にも何匹か居るけれど、どの子もナナみたいな歳では精霊を操る事はできないはずだ」
「ライネル?」
「あ、私の伯母です。母さんの妹なんです」
あ、親戚いたのね。
てっきりユールしかいないもんだとばっかり思ってたぜ。
「他の空龍族って、どんなのがいるんだ?」
前に聞いたのはサティさんとアリッサさんっていう飛龍って種族だっけ。
「雲龍、雷龍なんかは雷を操るね。雹龍や霜龍、氷龍は寒いところが大好きだ。一番数が多いのは飛龍かな? 飛ぶことしかできない種族だけど、それでも結構強いんだよ?」
「小さい頃に挨拶に来た事があります。みなさんとってもお優しい方でした。あとお会いした事はないんですが、風龍っていう、特殊な役割を持つ龍もいます」
「へぇ」
今更だけど、俺って龍のこと何にも知らないんだなぁ。
「空龍はそれら空龍族を束ねる種族の長でもあってね。空龍王は決まって空龍から選ばれるんだ。なぜならこの子達は、空龍族ができることなら何でもできるからね?」
何でも?
俺が見たことのある能力は……アオイは雷球のような雷を操れるし、ユールは風を操作していた。
あ、そういや空もビュンビュン飛んでる。
「お前、かなりすごい龍だったんだな」
「え、あ、はい」
アオイが顔を赤らめて俯いた。
照れてるんだろうか。
「じゃあ、お前も風とか操れるの?」
「えっと、はい。出来ます。と言っても母さんに比べたらまだまだですけど。あ、雷なら自信あるんです。あと雨を降らせたり、雪を降らせたりとか。あんまり役には立ってませんけど」
まぁ、日照り続きで水不足にでもならない限り雨を無理やり降らせたりなんかしないもんな。
雪なんて特にだ。積もったら邪魔になるだけだし。
「雷は結構役に立ってたんですよ? 獲って来たモンスターを焼いたりしてましたから」
ああ、それで。
家に来た最初の頃なんか、料理の仕方を知らないアオイが庭で肉を焼こうとして雷を落とした事がある。
俺も翔平も慌てて止めたんだが、あれはアオイにとっては当たり前だったんだな。
「話を戻しますけど、じゃあなんでナナは今、精霊をこんなにも操れてるんですか?」
こうやって話をしている最中も、部屋の中では天の精霊達がところ狭しと飛び回っている。
パチパチと音を立てている放電現象。これは精霊達の羽が擦れ合って起きているようだ。
蝶の姿の精霊がすれ違う度に、極小の静電気のような光と音が鳴るからな。
「うん。要は」
アルバが組んでいた腕を解き、杖を俺の肩に突き立てた。
それ、地味にくすぐったいからやめてくれませんかね。
「ナナ、元気になりすぎちゃったみたいなんだよね?」
「だぅ」
つまり、どういう事?





