スマイル、所によりサンダー①
「ただいまー」
「あれ? おかえりなさい。もうお戻りですか?」
大きなベッドの上でナナのお着替えをしていたアオイが振り返る。
「ああ。昼飯持ってきたぞ。ルージュは?」
買ってきた昼飯の袋を掲げて、部屋を見渡す。
ルージュの姿が見当たらない。
ていうかジャジャもいない。
「ジャジャが遊んで欲しくて大暴れだったんで、一緒にお庭へ散歩に行きました。翔平さんはどうしたんですか?」
ああ、なるほど。
ここに来た初日は見慣れない部屋におっかなびっくりだったから大人しかったけど、昨日ぐらいからそわそわしてたもんなジャジャ。
ずっと同じ部屋にいるから退屈だったんだろ。
絶対安静のナナを部屋から出すわけにもいかないから、ジャジャには申し訳ないけれど我慢して貰ってたんだ。
ルージュが居て本当に助かった。
「翔平はカヨーネのところにガイドブック返しに行った」
本当にそういうところ律儀だよな。
俺だったら後回しにしてしまう。
「ナナー? パパがお昼ご飯買ってきたんだってー。ママ食べていーい?」
アオイは俺の薄手の半袖Tシャツを着せられたナナの顎の下をくすぐる。
あそこ、めちゃくちゃ気持ちいいんだよな。
タプタプしててプニプニしてて、病み付きになる。
度を越さなかったらナナもジャジャも気持ち良さそうだから、ついつい触ってしまうんだ。
あと、足の付け根と太ももとお腹!
この三箇所は絶対マストだよ! 赤ん坊を触って楽しむ際には外せない箇所です!
「うゆ」
目を細めたナナがカクンと頷いた。
多分、いや絶対わかってないけど、とりあえずママの声に反応したんだろうな。
だって目が半分寝てるもん。
寝起きなのかな?
「ナナ、今起きたのか?」
「はい、もう熱も引いてるんですけど、寝汗が酷かったからタオルで体を拭いてたんです。あ、薫平さんの服借りてますね。ナナの服、室内だと暑そうで」
「了解。よかったなーナナ」
袋を持ってない方の手でナナの頭を撫でる。
不思議そうに俺を見るナナ。
「にへぇ」
何かが面白かったのか、ふんにゃりと笑った。
くそう、ヤバイぐらい可愛い。
「よーし、ママがご飯食べてる間はパパと遊ぼうか」
天蓋付きの大きなベッドの横にあるチェストの上に袋を置いて、ナナに両手を広げる。
「よっしゃ、おいで」
「だう?」
俺のジェスチャーにキョトンとした顔で応えるナナ。
いや、来てくんないとマジで寂しいから。
お願いしますお姫様。
「だぁ!」
ようやく理解したナナが満面の笑みで俺に手を伸ばす。
良かった! ありがとう姫!
「だぅ、あだ、あー!」
シャツの中で背中の翼をもぞもぞさせるナナ。
あ、そうだそうだ。忘れてた。
俺のシャツには翼用の穴が空いていないから、飛ぼうとしてるのに飛べないのか。
「おりゃー」
勢いよく脇の下に手を差し入れて、ナナを持ち上げる。
「きゃーい!」
楽しそうな声で笑うナナを頭上に持ち上げる。
うーむ、前より少し重くなってるな。
いつか俺が抱き上げることも難しくなってしまうのだろうか。
いやだなー。いつまでも抱っこしてあげたいなー。
いかんいかん。
成長とは喜ばしいモノ。
パパはナナがどんなに大きくなっても喜んで抱っこしてやるから、遠慮なく甘えてくるんだぞ?
嫌がったりしないでね?
お願いね?
「じゃあ、私ルゥ姉様とジャジャ呼んできますね。ついでにお手洗いも」
「了解。ゆっくりでいいぞ。買ったばっかだからまだ熱々だ」
「はーい」
ナナの視界に入らないように、こそこそと部屋を出て行くアオイ。
ママっ子のナナに見つかると、自分も連れてけって泣くからだ。
今ナナは俺の頭の上で手と足をぶらぶらさせることに夢中だから気づいてないけれど、念のため念のため。
そういやアイツ、寝間着のままで出て行ったな。
まぁいっか。
屋敷にいる間は遠慮すんなってアトルも言ってたし。
「だぁい! あうあ!」
「んー? もっと高くか?」
ナナに催促されて、目一杯両手を天井に突き出す。
「きゃー!」
浮遊感が気持ちいいのか、ナナが大げさに笑う。
笑顔がジャジャそっくりだ。
さすが双子。
「ほら、高い高ーい!」
「うきゃあ!」
ナナが飽きるまでしばらく続けてみた。
何回も何回もナナを頭上に抱え上げて、少し腕が疲れたぞ。
ちょっと休憩。
「ナナ、パパお水飲みたいんだ」
「うぅ?」
うん、わかってくれてない。
左腕にナナを座らせ、胸に寄せる。
最初の頃は片腕で抱っこするなんて無理だって思ってたのに、いつの間にかこういう事もできるようになっていた。
俺もパパとして成長してるんだろうか。
そうであったら嬉しいな。
部屋の扉の横に備え付けられている冷蔵庫へと向かい、空いている右手でその扉を開いた。
えっと、水かな。
お? りんごジュースあるじゃん。
昨日ジャジャに飲ませたのが最後だと思ったんだけど、カヨーネが補充してくれたのかな。
ありがたい。あとで礼を言わなきゃな。
小さなプラスチックの容器に入ったりんごジュースを手に取り、蓋を回す。
幼児用の飲み物だから密閉できるように作られていて、少し硬い。
赤ん坊が手に持った時に、簡単に取れない為でもあるらしい。
ジャジャもナナも掴んだ物をすぐ振り回すからな。
簡単に外れる蓋だと盛大にこぼしてしまうだろう。
「ナナはこれな?」
「だぁ!」
目をキラキラさせて、俺の右手にあるりんごジュースに手を伸ばすナナ。
りんごジュース、大好きだもんね君達。
「ちょい待ち。乳首つけるからー」
乳首ったって、俺の胸の奴じゃない。
哺乳瓶の上の飲み口の事だ。
正式な名前はわかんないけれど、公民館で避難生活してる時も他のお母さん方に通じたから、多分乳首であってると思う。
壁際に設置してある鏡台へと足を向けた。
その上に設置してある煮沸消毒機に挿した哺乳瓶が目当てだ。
この機械、少しかさばるけれど家から持って来た風待家愛用の物だ。
ジャジャとナナに関わるものはなるべく家と同じ物を使いたい。
ダイランの製品を疑っているわけじゃないけれど、使い慣れた物が一番安心できるからな。
りんごジュースを鏡台の上に置いて、機械のカバーを持ち上げる。
飲み口を逆さにして挿さる二本の哺乳瓶。
犬さんの絵が描かれてるのがジャジャので、ナナのは猫さんだ。
いや、どれ使わせても同じなんだろうけど。
双子達はこういうのにこだわっちゃうんだよね。
違う哺乳瓶渡しても嫌がるんだよな。
猫さんの哺乳瓶を機械から取り出す。
ナナを抱いたままだと両手が使えないから、太ももに哺乳瓶を挟んで右手だけで蓋を回す。
りんごジュースの蓋と同じ理由で、この哺乳瓶もがっしり締められてて簡単には取り外せない。
ちょっとだけ力を込めて乳首の部分を取り外して、左手に受け渡す。
太ももに挟んだ哺乳瓶をそのまま煮沸消毒機に戻し、カバーを戻す。
「ちょっと持っててなー」
りんごジュースに乳首を被せて、片手で器用に締める。
これでもかと力を込めて締められた乳首。
これでもう簡単に取り外せないぞ。
「はい、お待たせ」
「だぁい!」
バチンと両手でりんごジュースの容器を挟み、そのままの勢いで乳首にむしゃぶりつくナナ。
おおう。
そんなに待ちきれなかったかお前。
「あむ、んく、んく」
喉が乾いてたんだな。
早く気づけなくてごめんな?
猛烈な勢いでりんごジュースを飲むナナに苦笑しながら、再び冷蔵庫に戻って自分用のミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
さっきの哺乳瓶と同じように太ももで挟み、蓋を外す。
蓋を冷蔵庫の上に置いて、一気に水を煽った。
外から帰って来てから何も飲んでなかったから、俺も喉が渇いてたんだ。
喉を直接通る水がとても美味しい。
俺とナナ、二人で一緒に飲み物を飲む。
なんて事ない事だけど、こういうのが嬉しかったりするから、俺も大分親馬鹿になったなって思う。
「ぷはぁ」
「ぷあぁ」
飲み終わって息継ぎをした俺をナナが真似した。
ジャジャもナナも、俺やアオイの真似をする事がよくある。
そしてその姿は身悶えするほど可愛らしい。
「ははっ、美味しい人ー?」
「だぁ!」
ユリーさんがよくやっている事をやってみた。
こうやって美味しいかどうか聞いてみると、ジャジャもナナも手を上げて返事をしてくれるのだ。
こんな風に少しづつ言葉を覚えて行くんだってユリーさんは言っていた。
全く持ってその通りだった。
最初は意味がわからなくても、毎日聞かせていたら自然とわかるようになる。
だから俺達はジャジャとナナになんでも言って聞かせるようになった。
たとえ理解してなくても、ちゃんと返事は返してくれるからな。
そろそろ絵本とか読ませてもいいかな。
どうだろう。早い気もしないでもない。
「そうかそうか、まぁ飲みねぇ飲みねぇ」
「あむあむ、んくんく」
ニコニコしながらりんごジュースを持ち上げ、そして飲んで行く。
可愛いなぁ。
本当に可愛いなぁ。
「お待たせしましたー」
部屋の扉が開き、アオイがタオル片手に顔を出す。
「ん。ただいま」
「だぁい!」
どうやらルージュとジャジャも一緒みたいだな。
「薫平、おかえり」
「ああ、ただいま。ジャジャ、お外は楽しかったか?」
「うだぁ!」
ルージュに抱かれたジャジャが、ナナとそっくりな笑顔で返事を返してくれた。
今日もお姉ちゃんは元気いっぱいのようだ。
「あ、ナナちゃんジュース飲んでるの?」
「んくんく」
ナナはりんごジュースに夢中になりすぎて、アオイ達に気づいてないみたいだ。
「ジャジャも飲む?」
「だぁ?」
「うん。今準備するね? ルゥ姉様はお水が良いですか?」
「ん。ありがとう」
アオイが冷蔵庫を開けて水とりんごジュースを取り出した。
「ぷはぁ」
「お、全部飲んだのか?」
ナナの持つ容器はもう空っぽだ。
なんつー勢いで飲むんだこの子ってば。
「んううう、だぁ!」
満開の笑顔で容器を俺に差し出すナナ。
「おかわり? イヤイヤ、飲み過ぎでしょうお姫様」
あげすぎるのもダメなんだよな。
お腹壊しちゃうからね。
ナナから容器を受け取り、鏡台の上に置こうと振り向く。
「あ、薫平さん。ジャジャの哺乳瓶もーーーーーー動いちゃダメっ!」
「え?」
アオイの急な大声にびっくりして足を止めた。
「だぁ!」
突如、けたたましい音が鳴り響き、俺の目の前で閃光が瞬く。
俺の足元に、小さな雷が落ちた。





