君に伝えたい②
「薫平さん? 薫平さん! しっかりして下さい! 薫平さん!」
ああ、言えた。
言いたい事、伝えなきゃいけない事を、ちゃんと口に出せた。
もう眠っていいよな?
なんだかとっても眠たいんだ。
「今だクレイ! あの子と精霊の意識が離れかけている!」
「ああもう! めんどくさいったらないね!」
耳の奥に痛みが走るほどの爆音が響いた。
体を揺らす振動と、高速で明滅する光に怯む。
怖い。
この音と光が、なんだかとっても怖い。
意味もわからず、理解しようとする頭も働かず、只々恐怖が俺の心を支配していく。
体が小刻みに震え始めた。
俺の全てがあの光を恐れている。
「薫平さん! 大丈夫です薫平さん! 私が貴方を守りますから! 絶対! 絶対に守りますから!」
その音に負けない様に大きな声を出しながら、アオイは俺の頭を胸に強く抱きしめた。
その胸の中に顔を埋め、匂いと体温を感じ取る。
背中に回されたアオイの手が頼もしい。
髪の中に顔を埋めたアオイの呼吸が、俺の脳天にじんわりとした熱を伝える。
もっともっと、まだ足りないと。その熱を欲して俺の両手が動く。
左手はアオイの腰に、右手はアオイの手を探して。
「ここです。私はここにいます」
温もりを求めて彷徨う右手を、アオイが見つけてくれた。
すぐにその手を掴んで、握ってくれる。
指と指を絡めて、絶対に離れない様に。
「こんなに怯えて、可哀想に。心配しないで下さい。貴方を一人になんてしません。一緒です。ずっと、私は一緒に居ますから」
髪に頬を寄せて、抱えた腕で撫でてくれる。
「……ああ、ずっと。ずっとだ」
「……はい。私たちは貴方のそばにしか、居られないから」
音と光の暴力はなおも俺達の周りで繰り返し繰り返し吹き荒れて居る。
でも、もう俺に恐怖は無かった。
アオイが隣に居てくれるなら、何も怖く無い。
俺達は、きっとどんな事でも乗り越えていけるだろう。
『くんぺいは、もうぼくたちとあそんでくれないの?』
とても幼い、悲しそうな声が俺の内側に響く。
『あのへびとねずみは、なんでぼくたちとくんぺいをとおざけるの?』
『セラフィもそうだった』
『えいえんにぼくたちとあそんでくれるっていってたのに』
『ずっとぼくたちといてくれるっていってたのに』
『さびしいよくんぺい』
『あいたいよセラフィ』
『あのへびがにくいよ』
『あのねずみだってにくんでるはずなのに』
『まじんはセラフィがだいすきだったのに』
『セラフィもまじんがだいすきだったのに』
『わからない』
『わからないよくんぺい』
ああ……ごめん。ごめんな?
お前らが嫌いな訳じゃないんだ。
でも、俺が側に居ないと生きていけない子達がいる。
俺が側に居ないと、泣き止んでくれない子達が居る。
あの子達と生きて行きたいんだ。
あの子達の笑顔を見ていたいんだ。
そして、アオイのそばに、居たいんだ。
だから、お前らと遊んでばっかりじゃ居られない。
だって俺は。
「ジャジャとナナの……パパなんだから」
そうだ。
俺は、風待薫平。
ジャジャ・ドラゴライン・風待と、ナナ・ドラゴライン・風待の父親で。
アオイノウン・ドラゴライン・風待の、旦那。
「そうだ! 君は君でないといけない!」
アルバの声が、爆音を掻き消して夜空に響く。
「聞け! 懐かしき友よ!」
その小さな体から出てるとは思えないほどの凛とした声で、アルバは吠えた。
「君らが愛するこの子は、セラフィがあの時望んだ願いそのものだ! 完全であるがゆえに不完全を求め! 強大であるがゆえに脆弱を愛したあの心優しき始祖の龍が! 死の間際まで乞い願い求めた存在そのものなんだ! だから聞け! 命運びし太古の風! 生命を司る無垢な精霊達よ!」
響く。
響く。
その声は外ではなく、内に響く。
心の奥底に伝えたい願い。
嘘偽り全てを排除した、アルバ・ジェルマンの真の言葉。
それは空気を介し振動となって、音としてじゃなく、意味のみを俺の心に伝えていく言葉。
「どうかこの子を見守ってやってくれ! 君たちの怒り! 君たちの憎しみは僕が一番良く知っているから! どうか友よ! 懐かしき友よ! 白亜の龍の願ったこの奇跡を! どうか侵さずに見守っていてくれ!」
その声は、まるで泣いているみたいだ。
『まじんがないた』
蝶達の幼い声が、俺の耳に届く。
『あのときかれたまじんのなみだが』
『じゃあ』
『うん』
『ぼくたちはもういちどみまもろう』
『くんぺいのこれからを』
『まじんのやくそくを』
『でもぼくらはわすれない』
『セラフィのかなしみをぼくらはわすれない』
『だからくんぺい』
『ぼくたちはまたくるよ』
『きみがのぞめばいつだって』
ああ、そうだな。
でも今は、大丈夫だから。
「始まりの魔神! 約束のアルバは君たちの思いを忘れない! だから僕は探している! だから僕は『知りたがっている』! セラフィがあの日、世界に問いかけた疑問の答えが! きっと僕たちすべての思いを晴らしてくれるはずだから!」
アルバ・ジェルマンの叫びは、きっと悲しみの叫びだ。
悲痛なその声に、俺の心臓の一部がギュッと締め付けられた。
やがて、音がすべて掻き消えた。
耳鳴りがするほどの静寂の中で確かに感じられるのはアオイの温もりだけだ。
アルバとクレイが放ったであろう真っ白な光が、夜の黒と星の光を飲み込んでいく。
瞼を閉じてもなお広がる白一色の世界で、俺はアオイの手を強く握る。
不意に、アオイ以外の存在を感じた。
それは隣でもなく、近くでもなく、俺の内側から感じる気配。
『アルバは、貴方を愛しているわ』
君は……だれ?
『私はセラフィ。この世界そのものよ』
ああ、君がセラフィ。
始祖の龍。
皆んなが君を探しているよ?
『ええ、私はずっと皆んなと一緒にいるの。それはアルバだって知ってるわ。でも私は誰にも会えないし、誰にも声が届かない。でも』
でも?
『貴方なら、聞こえると信じてた』
俺なら……君の声が聞こえる。
『ええ、貴方と、貴方の弟なら』
俺と、翔平なら。
『幾つもの奇跡を経て、ヒルデガルダが産み落とした子供達。世界でもっとも歪なのに、世界でもっとも純粋な命。貴方たちならきっと、私の望んだ未来を掴んでくれる』
君の望んだ……未来。
『アオイノウンと、貴方の娘達が示してくれてる。それはとっても幸せで、とっても優しい未来。でも何も気にしないでいいの。貴方たちは貴方たちの生き方で生きていきなさい。大丈夫。アルバが守ってくれるわ。あの人は』
アルバは。
『貴方達を愛して……る……ら』
セラフィ……?
待ってくれセラフィ。
聞きたい事が、たくさんあるんだ。
行かないでくれ。
「セラ……フィ……』
まどろみの中で、顔も知らない彼女の名を呼ぶ。
アオイに抱かれたまま、アオイの心臓の音を聞きながら。
俺の意識はゆっくりと夢に呑まれていく。
浮かぶのは、真っ白な姿で俺を心配そうに見て居たあの人だ。
母さん。
もう、何がわからないのかすら、俺にはわからないよ。
でも、俺は生きていくから。
アオイと、双子達と、家族みんなで。
だから、いつか教えてくれ。
全て、全てを。
「……良いんです。薫平さん。眠っても良いんですよ。疲れましたよね? 色々あったんですよね? 分かってます。貴方が起きるまで、私があなたを離しませんから。だからもう、おやすみなさい」
眠って、いいのか?
そうか、良いんだ。
じゃあ、遠慮なく。
「ああ……おやすみ。アオイ」
「はい、せめて良い夢を。私も、愛してますから。薫平さん」
夢の中でも、お前と一緒ならいいのにな。
本格的な告白のお返事はもう少し先。





