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俺とお前の為のアッパーカット②

 

 放課後になり、沈む夕日で少し赤みが差してきた教室。

 終わりのHR後に少し時間を空けて席を立った俺は、最後列に偉そうにふんぞり返るアトル王子の元へと向かった。


「王子、ちょっと良いか」

「……なんだ」


 相変わらずの不遜な態度。

 王族らしいっちゃらしいんだが、カヨーネの話を聞いて以来これが不貞腐れているのだと思うとなんだか腹が立ってくる。


「えっと、他の奴が帰ってからの方が良いのかな。それとも場所変えようか?」


 王子の前の席でしゃなりと綺麗な姿勢で座るカヨーネに向けて問いかける。


「そうですね。ちょっと待って貰っても宜しいですか?」


 決闘の話、おおっぴらに話して良い内容じゃないもんな。

 元々評判の悪い俺に、更に余計な噂が立つ。それに王子サイドとしても、他国の人間に喧嘩吹っかけてるなんて知れたらスキャンダルだろうから。


「わかった」


 カヨーネに軽く頷いて、近くの空いている席に腰を落とした。

 俺が近づいてきたらそそくさと逃げる様に帰っていった虎族の男子の席だ。

 人間に近い容姿を持つ、確かサッカー部のレギュラーの男子。

 学期始めの自己紹介の時に、年内にレギュラーになると宣言してクラスの皆を沸かせたのを覚えている。

 不思議だよなぁ。

 獣人っていうのは、本当に色々な容姿をしている。

 この学校にいる虎族だけでも、まんま大きな虎の姿で二足歩行をする剛毛白虎(ホワイトタイガー)族だったり、うちのクラスの男子みたいな人間に近くて顔に隈取りの様な模様を持つ短毛虎(タイガニアン)族だったりと多岐にわたる。

 中国大陸の方の世界衝突地帯には、少数部族である青い体毛を持つ青虎セイコ族や、鋭い牙を持つ牙獣虎(サーベル)族なんかも居て、同じ虎の獣人でもその容姿はガラリと変わる。

 剛獅子(ライオニール)族のガサラだって、自分と同じような姿の獅子の獣人とは滅多に会わないと言っていた。

 ガサラと言えば、昼休みに楽園兄妹のアジトにあるリングを使わせて貰えると教えてくれた。

 これで一々人目や場所に気を使わなくても済む。

 ガサラの兄貴分のナマケモノの獣人、セイジツさんには今度お礼をしなきゃな。

 姉貴分のナナイロさんは、なんだろう。『牙岩事件』の時に助けて貰った時のインパクトが強すぎて、正直怖い。

 ガサラも、あの人は超のつくパワータイプでバトルジャンキーだと言ってたし。

 王子みたいに突然喧嘩売られたらどうしよう。勝てる気全然しないんですが。


「薫平くん、明日はお昼にお邪魔したら良いのかな?」


 教室の前の方から、牧雄が階段を登ってやってきた。


「あ、そうだな。なんだか親父も張り切って、バーベキューするって言ってるから腹空かして来いよ?」

「あはは。僕たち兄妹は見たまんま少食なんだ。お手柔らかにお願いしたいな」


 そうそう、伝え忘れてたぜ。危ない危ない。

 明日は土曜日で、ルージュの歓迎パーティーを開くんだった。

 集めてみたら結構な人数になったから、実は俺も楽しみにしている。

 牧雄の妹の雛ちゃんも来るし、佐伯姉弟も三隈も泊まりで参加するしな。

 今日家に帰ったら大忙しだったりするんだこれが。


「じゃあ、明日ね」

「おう。またな」


 大きなリュックを担ぎ直して、牧雄は階段を降りて教室の出口へと向かった。

 教室の外では、このクラスの委員長である短毛三毛猫(ミケネコ)族のリーナの姿が見える。王子とカヨーネなんかとは違い、あの幼馴染達は喧嘩や不仲とは無縁の様だ。

 あいつら、教科書とか持ち帰ってんだな。さすが真面目。

 ちなみに俺は全て机の中。登校も下校も手ぶらである。

 宿題? なにそれ美味しいの?


 牧雄が教室を出る頃には、殆どの生徒の姿が無くなっていた。

 考え過ぎだとは思うが、俺が教室に残っているって事が他の奴らの下校を早めた理由の一つだと思う。

 普段なら誰よりも早く教室を出る男だからな。俺は。

 なんだよ。そんな露骨に避けなくても良いだろう? 泣くぞ本当。


「んー。もう良いかな」

「はい。大丈夫だと思います」


 一度周囲を見回して確認すると、カヨーネが同意してくれた。

 さて。


「さっさと要件を言え。(オレ)も暇では無いんだ」


 腕を組んで椅子にもたれ掛かっているアトル王子が口を開く。

 お前、憎まれ口しか発せられないのか。アルバのネズ公とは違うベクトルで人を苛つかせる奴だな。


「何を言ってるんですか。お屋敷に帰っても筋トレしかしない癖に」

「なんだ。それのどこが悪い。俺のやる事など、筋肉を鍛えるぐらいしか無いでは無いか。ならばそれに全力を尽くすのみだ」

「いいえ。他にも沢山御座います。語学や礼儀作法。一般教養に魔法学。ダイランの歴史学の復習に他国の使者の方とお食事会など、やろうと思えばいくらでもする事はあるんです。それをなんですか暇さえあれば筋肉筋肉筋肉と。もう『海龍の僕』の選定の儀は終わったんですよ? 武道や筋トレの量を減らし、他の事も始めなければなりません」


 まーた始まったよ。

 すぐに俺を置いていくんだからこいつらってば。


「フンッ! 俺がしなくても兄上方やセトルがもっと上手く、しかも最上の結果を出してくれるだろうが。なぜ負けると分かってる事をしなければならんのだ!」

「またそんな事を仰りますかこの負け犬根性が染み付いた王子殿下は! 勝ち負けではありません! それにやる前から諦めてたら、永遠にできるようにはならないのですよ!?」

「やったところで永遠にできんのが分かってるからな!」

「何を根拠に––––––ッ」

「ストップ! ストップだお二人さん! 頼むからそれは俺の話が終わってからにしてくれ!」


 いつまで経っても話が始まんないだろうが!


「す、すみません」


 俺の発した言葉で我に帰り、カヨーネは居住まいを直して恥ずかしそうに俯いた。


「フンッ」


 アトル王子は鼻息を荒くして、不機嫌そうに窓の外を見る。

 あーもう、この()ね王子め。

 少し強引にでも話をねじ込まないと、いつまで経っても終わらないぞこれ。


「えっとな? 決闘の件だが、前に話したボクシングルールに問題が無ければ次の日曜にお願いしたいんだ。明後日だな」

「明後日、ですか? こちらとしては無理を通しているので何時(いつ)でも構わないのですが、風待様はそれで良いのですか? 幾ら何でも急ではありませんか?」


 それがそうでも無い。

 むしろこの胸のモヤモヤを抱えたままなのが一番(こた)えるから、すぐにでも終わらせたいのだ。

 勝ち負けがどうでも良い訳では無いが、面倒な事は先に終わらせたいタイプなんだ俺は。


「いや、チャッチャッと終わらせた方がこちらとしても有難いんだ。決闘場所はこっちで抑えてるから、当日に迎えに来て貰えるとありがたい」

「そうですか。承りました。ならばグローブやヘッドギアは当家がご用意いたしますね」


 お、良いんだそれ。

 道具についてはどうしようかと思ってたんだよ。

 最悪、ボクシング部に頼み込んでレンタルしようかなって。


「ちなみにさ。カヨーネの使える治癒魔法ってどんぐらいなの?」


 それも気になってた事だ。

 魔法が使えない俺達人間は、如何せん魔法具のグレードや値段程度でしか効果をイメージできない。

 ナチュラルな魔法なんて滅多に見れないし、情報も知ろうと思わないと入ってこないしな。

 中位とか言うランクの魔法がどれぐらい凄いのかが分からないんだ。

 知ってる範囲で言えば、魔族の治癒術師で実用可能な治癒魔法を使えるのは、日本だとかなり少数だって事ぐらい。

 この間の『牙岩事件』の際に召集された治癒魔法師は10人も居なかったらしいし。


「そうですね。アトル殿下と風待様だけに限定するなら、裂傷、打撲、骨折、内出血、内臓破裂までならなんとかなります。四肢切断などですと……(わたくし)一人ではちょっと難しいかと」

「聞いといてなんだけど、怖い例えを出すのやめてくれない?」


 ちょっと想像しちゃったじゃん!

 殴り合いで腕や脚が飛んじゃうなんてそれはもう殺し合いに近い何かだろうが!

 本当に健全な決闘なんだよな!?


「いらん心配をするな平民。ちゃんと手加減してやる。目立った怪我も無くすぐに終わらせてやろう」

「あーん?」


 おっと?

 何今の。ちょっとカチンと来たぞ?


「あっそうっすか。手加減をね。へー」


 俺のこめかみがピクピクと痙攣する。

 むっかつくわこの王子。

 アルバとか、ちょっと前のガサラと同じぐらいムカつくわ。


「いや、心配だったんだよ。翌日松葉杖つきながら登校する王子様とかほら、かっこ悪すぎて洒落にならないじゃん? しがない平民の俺としてはさ。やっぱりそこんとこ気にする訳よ。やりすぎないようにさ」

「ほーう?」


 アトル王子の目に、鈍い光が宿る。


「何を調子に乗ったか知らんが大きく出たな平民風情が。『海龍の僕』の選定の儀を生き残ったオレがよもや他国、しかも魔法が使えないどころか身体能力も低い人間に負けるとでも?」

「殿下! 幾ら何でも失礼でございます! 謝罪を」


 カヨーネが慌てて立ち上がる。

 俺はその身体を右手で制して王子に近寄った。

 なんだこの王子。本当にムカつく言い方しやがって。


「あら、お気を悪くさせちゃいましたー? すみませんね育ちが悪いもんで。もう少し王子様の気分を害さないようにオブラートに包んで言うべきでしたよね。反省してまーす」


 もはや売り言葉に買い言葉。

 ちょっとずつ茹だって来た俺の思考は決壊したダムのように不満を王子に向かって浴びせかける。

 王子の口元がピクピクと引きつり始めた。


「良い根性してるじゃないかド平民が!」

「良い加減こっちもお前のそのデカイ態度に頭にきてんだよ! こうなりゃどこの国の王子だろうが関係ないぞこの野郎!」


 お互いに席から立ち上がり、胸ぐらを掴む。

 なんだか既視感を覚えるな。

 つい先日もこんな事した記憶が……ああ、ガサラとか。


 鼻先がくっつくんじゃないかと思うほど近づき、俺と王子は睨み合う。


「お、落ち着いてください! 殿下も風待様もどうか落ち着いてくださいまし! ウタちゃーん! ウタイ! お願い助けて!」


 オロオロと周りを見渡しながら、カヨーネはここに居ないウタイへと助けを求めた。


「はーい! カヨさん呼んだぁ!?」


 早い! もう来たのか!

 呼ばれたウタイが教室の扉から飛び出てくる。

 相変わらずの大音量。空席の机がガタガタと揺れている。


「ウ、ウタちゃん! 殿下を止めて!」

「え? 私が殿下を止められる訳ないじゃん!?」


 走り寄ってくるウタイの声に耳を痛めながらも、俺と王子は目線を逸らさない。


「決闘、楽しみにしてろ平民風情が」

「なんだよ。自分の負けを期待するなんて王子はドMなんだな」

「その減らず口を後悔させてやる」

「そっくりそのままお返しするぜ」


 口調は静かだが、お互いが既にヒートアップしている。

 頭に昇った血が沸騰して湯気が出そうだ。

 こんにゃろう。泣かす。絶対に泣かしてやる。


「フンッ!」


 先に手を離したのは王子だった。


「カヨ! ウタイ! 行くぞ!」

「ま、待ってくださいまし殿下!」

「ちょ! でんかー!?」


 不機嫌そうに階段を降りていくアトル王子に小走りで後を追う二人。

 俺はそれを睨みながら、呼吸を整える。

 落ち着け俺。

 明日はルージュの歓迎パーティー。こんな気分で家に帰ったら、またアオイや翔平を心配させちまうし、チビ達が怖がる。


「か、風待様! ご迷惑をおかけしました! 殿下の失言、平にご容赦を! 日曜日の早朝、わたくしどもがお迎えに参りますので、どうか宜しくお願いします!」


 普段の澄ました態度からは想像できない速さでカヨーネは深く頭を下げ、俺の返事を待たずに先に扉をくぐった王子の後を追って視界から消えた。


「薫平くんごめんねー!」

「わかったから、じゃあな」


 どでかい声で詫びたウタイにヒラヒラと手を振り、早く行けと促す。

 ウタイはニカッと笑うと、カヨーネと同じ様に扉を走り抜けて行った。


「……ふう」


 我ながら、らしくない。

 元々売られた喧嘩は買う主義とはいえ、こんなに沸点が低いのも初めてだ。


 やっぱり、アイツ。気にくわないなぁ。


「帰るか」


 ボソっと独り言をつぶやき、足を動かす。

 明日のパーティ、楽しいと良いなぁ。


 そう思いながら、夕暮れの教室を後にした。


 

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