戦う理由③
「どうだ?」
人のまばらな朝の教室。
俺は踏ん反り返って椅子に座るアトル王子に、ボクシング形式の決闘ならどうかと提案している最中だ。
スポーツマンシップの則って正々堂々と競い合おうじゃないか。
「己は別に構わん。民草の声に耳を傾けるのも王家の者の度量だからな」
何言ってんだこのトンチンカン王子は。
俺達の意見を伺う事もせずに決闘申し出たのを忘れてんのか。
「ええ、明確なルールがあると言うのは大変ありがたいですね。この筋肉王子が無茶をしても、ルールで止められますから」
王子の隣に立って俺の話を静かに聞いて居たカヨーネが少し微笑んで頷いた。
話の分かる相手が居て助かった。
「そうか、いや断られたらどうしようかと思ったぜ。あんまり物騒な事したくないんだよ俺達」
少し安心した俺はアトル王子の隣の席に腰掛けた。
そういやここ誰の席だっけか。
まあいいや。
「龍の縁者である賢者様の申し出に、恐れ多くも条件を設けるなど本来あってはならない事です。なのにこのアホ殿下様と来たら。兄上様方がお聞きになればなんと言うでしょうか」
冷たさすら感じるジト目でアトル王子を見るカヨーネ。
アホ王子はその視線に気づくと、悲しそうな表情を浮かべた。
「……まさかと思うがカヨーネ。兄上達に密告など–––––」
「するわけないでしょう? 家臣一同それは肝に銘じております。ただでさえ肩身の狭いアトル殿下家臣団の立場が更に悪くなるだけですから」
おっと?
俺が置いていかれ始めたぞ?
「フンッ! だからイリス婆さん以外の側仕えはいらんと言ったのだ。大体家臣団などと大仰すぎる。大概の事は自分でできるし、現に国にいる頃はやっていただろう」
「まだ仰られますか貴方は。あまりそう言って年若い見習い女中達を困らせないで下さいまし。今朝も貴方が厨房に立とうとするから、止めてくれと助けを求められたのですよ?」
「自分の食う物ぐらい自分で作ると言っているだけだ。古くからのしきたりだかなんだか知らんが、今の時代に毒味係なんぞ必要ないだろう。己が自分で飯を作ればそれで済むではないか」
あら、料理とかできるのな。
俺はまたてっきり、わがまま放題で人任せなボンクラをイメージしていたんだが。
この王子以外と家庭的なんだ?
「厨房仕えも毒味係も立派な王家のお勤めにございます。厨房長や毒味の者も自らの家名を賭して殿下にお仕えしているのです。その覚悟と誇りを奪うなど、上に立つ者のやる事ではございません」
こめかみをピクピクと痙攣させながら、カヨーネは王子へと体を向ける。
さて。なんだか始まってしまった感があるな。
これって、俺が忘れられるパターンだな?
「ハハッ!家名とな! やめとけやめとけ! 俺に引きづられて家ごと凋落するのが目に見えておるっ! なんなら皆、セトルの所に回してやろうか? ああ、お前はテトル兄上の所の方が嬉しいだろうな。なぁに、俺の奇行など今に始まった事じゃない。兄上も最初は怒るだろうが–––––」
「殿下」
うお。
やっべぇ。背筋がゾワゾワした。
カヨーネがアトル王子の言葉を遮って放った短い一言で、王子と俺の時が止まる。
いや、止まったかと思えるほどの、緊張感が走った。
先程までとは意味合いの異なる冷たい目つき。
静かで細く鋭い怒りを宿したその視線は、アトル王子へとまっすぐに伸びている。
呪詛かと思うほどに重厚なその声に、関係ない俺まで心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。
「今のお言葉、本気で仰られているのですか?」
「……ああ、このまま俺に付いていてもインテイラや他の家は没落するだ–––––」
「違います。その後、私の事です」
王子の言葉に食い気味でかぶせるカヨーネ。
その凍てつく眼光に捉えられた王子はフイっと目を逸らして俺を見た。
やめて、俺を見ないで。巻き込まれたくないんだ。
そうでなくても席を立つタイミングを逃したから今凄い居辛いんだ。
「……事実であろう。東京のテトル兄上は政府の高官とも繋がりを持とうと日夜忙しくしておられる。有能な側仕えは一人でも欲しい筈だ。それに兄上はお前とウタイを高く評価している。その年で中位の治癒魔法を十全に扱える者など他に居ないし、ウタイは護衛の腕のみなら王族近衛とそう変わらん–––––インテイラ家としても、兄上との繋がりを持つ方が将来的には美味しかろう?」
「テトル様にはもうご婚約されている方が3名ほどいらっしゃいます。どなたも由緒正しい家の者、そして優秀な女性達です。私やウタイの入る隙などございません」
カヨーネの表情は相変わらず氷ついている。
怖い時の三隈とどことなくそっくりである。
この状態の女性に太刀打ちできる自信がない。
「あるさ。あるとも。お前だけで言えば確実、いや他の家臣も兄上なら喜んで引き取ってくれるだろう。優しいお方だからな。お前の愛してやまない親愛なる兄上は–––––」
「–––––っ!!」
「あ、カ、カヨーネ!? おいっ!」
突然席から立ち上がり、カヨーネは早足で教室を後にする。
その勢いに驚いた俺が呼びかけても、こちらを振り向く事は無かった。
階段状になっている教室を勢いよく駆け下り、扉を開ける。
「カヨさん? あれ、おトイレ?」
廊下で隣のクラスの女子とお喋りをしていたウタイが、カヨーネの姿に驚いた。
「カーヨさーん!? 殿下ぁ!! カヨさんに何言ったの!?」
その姿を見送って、怒りの声を教室内の王子へと投げた。
「煩い。護衛なら護衛らしく黙ってそこに立っていろ」
にべもない態度でウタイを一蹴し、王子は椅子を軽く引く。
眉を顰めて腕を組み、アトル王子は機嫌悪そうに窓の外を見る。
「お、おい王子。なんだか知らんが言い過ぎたんじゃないのか?」
「フンッ、己は事実しか言ってないぞ。カヨーネは今でこそ家の決めた俺の許嫁などという苦行を強いられているが、本来ならテトル兄上の許に嫁ぐ予定だったのだ。何があって己の所に来たかは知らんがな。アイツだって兄上を好いていた筈。何も無理してまでここに居なくても良いのだ」
えー?
いやそれ絶対違うだろ。
どう考えてもお前との結婚ノリノリじゃんアイツ。
俺でもわかるよ?
「風待くん、ちょっとカモン」
「お?」
ウタイが小さな声で俺を呼ぶ。
振り向くと教室の扉から俺を手招いていた。
お前そんな声量出せるんかい。
「えっと、まぁなんだ。謝っといた方がいいぞ? 今のは絶対お前が悪いと思うし」
とりあえずアトル王子に助言だけしといて、俺は席を立って教室前方の入り口へと向かう。
「余計な御世話だ。無礼だぞ平民」
背中に投げかけられた言葉は苛立ちを多分に含んでいる
その声になんだかモヤモヤしながら扉にたどり着き、廊下に出た。
もう少しで始業のベルが鳴るから、生徒の姿も増え始めている。
「カヨーネ、どこ行った?」
「階段の方に行っちゃった。カヨさんが殿下の側を離れるなんて珍しいね。何があったの? 殿下は何を言ったの?」
何が悪いかって言ったら、あのお兄さんがどうこうの話なんだろうけど、俺が簡単に口に出すべき話じゃないよな。
どう言ったものか。
「あー、えっと」
困ったな。
どう説明していいか分かんねー。
「言いにくい事? んー、追いかけようにも私は殿下の側を離れるわけにもいかないからなぁ。風待くん、ちょっと様子見てきて貰っていいかな?」
「え、俺?」
俺が追いかけてどうしろと?
カヨーネに何を言えば良いのかさっぱり分からんぞ。
あれ絶対恋愛関係の話だろ?
専門外にも程がある。
「カヨさん、結構一人で背負いこんじゃうとこあるからさ。心配なんだよねー。殿下が謝りに行くとは思えないし」
む、むう。
行くしかないのかコレ。
「わ、分かった。どこにいるかぐらいなら探してくるわ。もうじき朝のHRも始まるから、それまでな?」
「うん! ありがとうね!」
ちょっ!
急に大声出すのやめろよ!
心臓に悪いだろうが!
「えっと、牧雄がもうじき登校してくると思うから、事情伝えてくれるか? 遅れるかもしれないし」
「オッケー!!」
なんだか、予想外にめんどくさい事になってきた予感を感じながら、俺はウタイの大きな声に見送られて廊下を階段方向へと歩き出した。





