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風待家の奮闘③

「んで、さっきの町内会長さんの奥さんが言ってた事って何なんだよ」


 親父に問いかける。


 昼飯を終え、俺達は休憩中だ。

 翔平は鍋を持って洗い物に向かい、ユリーさんとルージュは他の子供達に連れ去られて行った。

 お腹一杯にミルクを飲み終えたジャジャとナナは、アオイと一緒に薄手の毛布を被って気持ち良さそうにお昼寝をしている。

 アオイにナナ、ジャジャの順に並んで寝て居て、俺はジャジャの隣に座って双子の寝顔にニヤニヤと癒されて居た。

 さっきまでは起きてた筈のアオイも、ナナのお腹に手を当てている内に眠くなってしまったらしい。

 あれ気持ち良いんだよな。お昼の陽気も追加攻撃してくるから、つい寝てしまったアオイの気持ちも良く分かる。


 赤ちゃんのお腹って、何であんな絶妙に柔らかくてポカポカしてるんだろうな?


「そこは忘れてろよ。馬鹿のくせに」


 呆れた顔をして、親父が応えた。


「お前さ、自分の息子に平気で馬鹿馬鹿言うのヤメてくんない?思ってる以上に長男さんが傷ついてるの知って欲しいんだ?」


「ははっ、無い無い」


 あるわボケ。

 何軽く流そうとしちゃってる訳?

 壁際に寝転がってゴロゴロして居た親父は、ムクっと起き上がり、ポリポリと頬を掻いた。


「んーアオイちゃんは寝てんだっけ?」


「おう、起こすか?」


 俺がショックを受けるってことは、相当な事なんだろ?

 俺とアオイは当事者だから、知っておいた方が良い筈だ。


「いや、寝かせておいてやれ。さっきはああ言ったがな。多分アオイちゃんの方が傷つく話だ。まぁ、こればっかりは本人達じゃどうしようも無いんだけどな」


「何だよ。全然話が見えないんだけど」


 文句や苦情の類か?

 冗談じゃねぇよ。

 俺はともかくアオイはしこたま頑張ってんだろうが。


 風待家の嫁という立場に拘るアオイは、この避難所生活でもそういう事で通っている。

 他のお母さん方を手伝った時に、『風待さんの所のお嫁さんは偉いわねー』と褒められた事がよほど嬉しかったみたいで、手が空いている時は率先してあちらこちらと手伝いに走っているのだ。


『私が頑張ったら、ご近所の皆さんも風待家を信頼してくれますから!』


 鼻息荒くそう力説していたからな。

 きっとこの避難所の若い女の子の中で、誰よりも頑張ってるのはアオイだ。


「……あー。アオイに対する何かって事か?」


「違う違う。ここでのアオイちゃんの好感度は日毎ひごとにうなぎ登りだよ。ちっさい子からお年寄りまで、老若男女問わずアオイちゃんは大人気だ」


 あれ?

 余計話が見えなくなってきたぞ?


「じゃあ何だよ」


「お前だよ。お前の事についてなんだが、多分その話で一番気を病むのはアオイちゃんだって事だ」


 何だよそれ。


「自慢じゃ無いけど、影口とか悪口なんて慣れまくってるから、一晩寝れば大抵ケロリだぞ。その事はアオイだって知ってるから、今更俺の悪評に心痛めたりなんかしない筈だ」


 事実と異なる噂による罵倒や、悪評からくる塩対応なんて腐る程体験してきたからな。

 聞いたその日は凹むけど、次の日には復活できる。

 凹む事には変わりないから、できるだけ聞きたくは無いがな!


「本当に自慢になんねーな。恥ずかしい」


 おい、そんな深いため息吐くんじゃねーよ。

 リアルだろうが。


「あー……これは俺達も悪いんだが」


 ボリボリと頭を掻いて、親父は寝ているアオイと双子達を見た。


「アオイちゃんの設定な?そんなに細かく決めてた訳じゃ無いだろ?」


「設定?」


「ああ、一応大まかに魔族の子で、ルージュちゃんとは親戚だって感じで周りには伝えてあるが、それ以外の事は笑って誤魔化してただろ。まぁ、細かくしすぎると突っ込まれた時にボロが出るからってあえてそうしてた部分もあるんだが」


 そりゃあ、龍だって事は隠してるからな。

 あんまり深く詮索もされていないから助かっている。

 アオイ自体がうっかりさんな所もあるから、設定を煮詰めすぎるとポカをやらかす可能性もある。

 もともと牙岩に住んでる時も年に数回は外を出歩いて居たらしいし、その時に顔を覚えられてたら厄介だしな。

 なら大枠だけ決めておいて、あとは適当に場に合わせようと、翔平や三隈と相談した結果だ。


「それが何だよ。俺がなんかやらかしたか?」


 それは不味いな。

 馬鹿なりに考えて、自分でも上手くはぐらかしていたと自負していたんだけど。


「いーや。問題はその誤魔化してた部分だ」


「へ?」


 壁際に置いてあった紙コップを手に取り、中に入っているお茶を一息で飲む親父。

 それを待っている俺は、一生懸命に話しを噛み砕いて理解しようとしている。


「あのな?ここら辺がいくら牧歌的な空気とはいえ、娯楽の少ない田舎には変わりない。考えてみろ。小さな田舎町に春頃慌てて引っ越してきた家族、その中にまだ小さな赤ん坊を抱えた若い母親。それも双子だ。更には兄弟の長男は目つきの悪いヤンチャそうな高校生。しかも父子家庭だ。最初はアオイちゃんもあんまり外に出してなかったからな。今までも皆色々と勘ぐっては居たんだよ」


 ああ、確かに。

 住民の絶対数が少ないこの田舎にとって、俺たち風待家は目立つ存在だ。

 元々俺や翔平に至っては、引っ越す前ですらアンバランスな兄弟と揶揄やゆされて居たからな。

 そういう奇異な視線や勘ぐりも珍しい事じゃ無い。


「それで今回の事件だ。俺たちは避難生活を余儀なくされ、外に出ざるを得なくなった。それにアオイちゃんは何だか張り切って色んな人の手伝いをしてるだろ?否応無く目立つんだよ。そういうのって」


「でもアオイの印象は好意的なんだろ?」


 何がいけないって言うんだ。


「ああ。色んな種族がごっちゃになって暮らしている昨今、若い母親自体はそう珍しくない。種族ごとに成人の定義が違うからな。だからアオイちゃん自身は頑張れば頑張るほど良い印象を与えている。だから、お前だ」


 え?


「良いか?その想像力の足りない頭でもう一度よーく考えろ?こればっかしはお前に頑張ってもらわないと、アオイちゃんが可哀想だからな?」


「な、何がだよ」


 おい勿体ぶるなって!

 何だか怖くなってきただろ!


 真面目な顔で俺を見る親父の威圧感に気圧されながら、言われた通りに考える。


 俺たち風待家は父子家庭だ。

 七年前に母さんが病気で死んじまってから、ずっと親子三人で暮らしてきた。

 この町に引っ越してきたのは春頃で、翔平や俺の新学年と合わせて少し急いで居たのは確かだ。

 アオイと出会ったのは引っ越し初日。

 周りから見たら最初からアオイと引っ越してきたように見えるだろう。ジャジャとナナだってそうだ。

 んで最近まではあまり外出をさせて居ない。

 トレジャーハンター達に出くわすのを恐れて居たし、何よりチビ達の身を案じて居たからな。

 ガサラ達、楽園兄妹との『不戦協定』、つまりは対立する気は無い事を確約させた後は、この避難所内でいえば前より自由に動かせている。

 だからアオイは他のお母さん達と仲良くなったり、ジャジャやナナは同年代のお友達が出来て万々歳だ。


 ……あれ?

 俺は?


 翔平は、その家事万能スキルを駆使して避難所の大人達から可愛がられているし、親父だって樹木の撤去作業の主力として頼られている。


 あ、俺だ。

 俺だけ、以前と印象が変わって居ない。


「わかるか?今ご近所さんがアオイちゃんに抱いているイメージが。若い子持ちの女の子が、親元を離れて男所帯のウチにいる事が、世間一般にどう認識されているか。これは由々しき問題だぞ。お前にとっては」


「あ、あぁ……あぁあああ」


 そうだよ。

 詳しく説明できないって事は、俺も言い訳できないって事じゃん。

 つまり俺とアオイに対するイメージだけが、ご近所さん達の想像で補完されている。


「つまり」


 親父の顔がさらに深刻になっていく。

 何だこの異常な喉の渇きは。

 喉を鳴らして唾を飲み込んでみても、全然潤ってこない。


「悪い男に孕まされた若い魔族の女の子は、何らかの理由で親に家を追い出され、健気にも違う土地で一生懸命頑張っている。孕ませた男は目つきの悪いヤンキーだ。親戚のお姉さんが心配して同居してくれてはいるが、子供二人も抱えて大変だろう。田舎町独特のネットワークを駆使して周りの大人が助けてやろう。旦那である長男さんもそろそろ責任を自覚して、しっかり頑張ってみたらどうだ?」


 うわ、うわわ。

 うわぁ!


「それが、さっき町内会長の奥様に言われた言葉の要約だ。大変ですけどいつでも頼ってくださいね。なんて言われちまって、父さん引きつった笑いしか出てこなかったぞ?」


 あかん。

 それはアカン!

 俺が一方的に悪者じゃ無いか!

 確かに周りから見たらそう見えるかも知れないが、幾ら何でもあんまりだろ!


 いや問題はアオイの耳にその話が入った時だ。

 確かにダメージはデカイが、俺としては耐えられない程の話じゃ無い。

 歯を食いしばって我慢すりゃ良い話だ。


 だけど、俺を好いてくれていて、しかも俺たちに迷惑をかけてしまっていると少なからず気負っているアオイにとっては耐えられない話だ。

 自分が居るせいで俺の悪評が広まって居ると思い詰めてしまう!


「お、親父!どうしよう!どうすれば!」


「落ち着け馬鹿。こればっかりは直ぐにどうこう出来る話じゃねぇよ」


 そ、そうだよな。

 本当の事情を喋るわけにもいかないしな。


「つまりはお前だ」


 そう、俺だ。


「風待薫平という、双子の父親でアオイちゃんの旦那。その名前の印象を上げるしか、無いだろうが」


 ああ、それって。


「お前の行動次第でチビ達やアオイちゃんの今後が決まっちまうんだぞ?わかってるよな?」


 わ、わかってます……。


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[一言] よく知ろうともしないで、憶測だけで他所の家庭に口を挟もうとする親切とお節介の違いが分からん、ババァが腹立ちます。
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