風待家の奮闘②
大量の洗濯物との格闘を終えて、俺とアオイは公民館の会議室へと来ている。
ここは俺たちのような赤ん坊のいる大家族に割り当てられた生活スペースで、他には三組の家族と一緒に生活している。
申し訳なさ程度にブルーシートで簡易的に区切られていて、一応部屋としての体裁は取られているが、話し声なんかは普通に筒抜けだ。
「よし、飯だ飯」
「今日は豚汁ですよー」
捲っていた長袖のTシャツを戻しつつ、靴を脱いでブルーシートに上がる。
後ろについて来ていたアオイも同じようにして、俺たちは奥のスペースへと並んで座った。
「お疲れさま。翔平君がご飯持って来てくれるそうよ」
ユリーさんが少し濡れた手ぬぐいを手渡してくれた。
ちなみにユリーさんも、風待家としてこの会議室で寝泊まりをしている。
なんせ娘のドギー巡査は公務の真っ最中。
しかも大忙しである。
毎日町中を駆け回っている様で、この避難所に戻ってくる余裕なんて無い。
それなら俺達と一緒の方が安心じゃ無いかと提案してみたら、大喜びで賛同してくれた。
「あ、ありがとうございます」
礼を言って手ぬぐいを受け取り軽く手を拭いて、そのままアオイに手渡す。
「ジャジャ達、大丈夫でしたか?」
手ぬぐいで手を拭きながら、アオイはユリーさんに問いかけた。
「ええ。元気に遊んでたわ。歳の近い子供もいるから楽しかったみたい。ねぇ、ルージュちゃん」
「ん。本当に楽しかった」
お前の話じゃねぇよ。ジャジャとナナの事を言ってるんだっつの。
ユリーさんの隣にあぐらをかいて座るルージュが静かに頷いた。
その足の間には、公民館に置いてあったキリンのブロックのオモチャを、一心不乱に噛んで遊んでいるジャジャが座っている。
俺の私服の黒い薄手のジャケットとジーンズを着込んだ赤髪のルージュは、まるで田舎のヤンキーの様だ。
「ナナちゃん、ようやくお友達にも慣れたみたい。昨日までは私やアオイちゃんから離れなかったのに、今日は一緒に積み木で遊んでいたわ」
「う?」
正座しているユリーさんの膝にはナナが座っていて、右手の親指を咥えながら、不思議そうに頭上のユリーさんを眺めていた。
「良かったー。私が洗濯に行くときは大泣きしてたから、少し心配だったんです」
「まぁねー。やっぱりママが一番かしら?」
アオイが両手を広げると、にへぇと笑ってナナはユリーさんの膝から飛び上がった。
小さな翼をパタパタと羽ばたかせて、ゆっくりとアオイへと近づいていく。お尻の短い尻尾は左右にブンブンと揺れている。
「はい。お待たせ」
「あー」
フヨフヨと危なっかしく飛行して、ナナはアオイの胸元に勢い良く着地した。
「ジャジャ、こっち来るか?」
「ん。ジャジャ、ここにずっと居てくれても構わない」
「がじがじ」
俺がジャジャに両手を広げると、ルージュがそれを見せまいと体の向きを変えた。
ジャジャはキリンブロックを噛むのに夢中で俺に気づいていない。
おいやめろ。俺だってジャジャを抱っこしたいだ。
「お待たせー」
大きな御膳を抱えた翔平が、壁代わりのブルーシートから顔を出した。
「よいしょっと。アオイ姉ちゃん、これジャジャとナナのミルクの分」
御膳をブルーシートの床に置いて、翔平が何かをアオイに手渡した。
「ありがとうございます。他の赤ちゃんの分もですか?」
手渡されたのは、二リットルペットボトルだ。
中身は多分お湯だろう。
翔平が床に置いた御膳の上には、やんわり湯気を出している二リットルペットボトルがあと三つあった。
中サイズの鍋の中には豚汁。その横に人数分のスチロールの器とプラスティックのフォークスプーンもある。
「うん。ついでだしね。お隣さん達に持って行くね」
気配りのできる奴だ。
四本のペットボトルの内、三本を抱えて翔平はもう一度立ち上がった。
「あ、私も」
「座っててよ。ナナもいるし」
そう言って行動力のある我が弟はお隣さんのスペースへと消えて行った。
「あ、行っちゃいました」
「本当に偉い子」
置いてかれたアオイは差し出しかけていた手を所在なさげに揺らしている。
ルージュは一度浅く頷いて、翔平を見送っていた。
「アオイちゃん。私がミルク作るわね」
「ありがとうございますユリーさん。ナナ?お腹すいたよねー」
ユリーさんが壁際に置いてあったアオイのお出かけバッグを漁っている。
あの中にはジャジャとナナのミルクや哺乳瓶、タオルやおしめがパンパンに詰まっている。
ここに来て三日目に俺と親父が家から持って来た物だ。
着替えなんかも一緒にな。
哺乳瓶を二つ手に取ったユリーさんは、膝の上に置いて今度はミルク缶を取り出す。
アオイとルージュはチビ達を見ている。
なら俺は豚汁を準備しておこう。
そう思ってスチロールの器を取り、鍋の蓋を開けて中に入っていたお玉を手に取った。
「あー腹減ったー。飯だ飯」
「あ、お義父様。お疲れ様です」
「ん。おかえり。父」
タイミング良く戻って来た親父を、アオイとルージュが出迎えた。
「はい、ただいま。いやー女の子に出迎えられるのはやっぱり華やかですねー」
「ふふ。お帰りなさい。私も数に入ってるのかしら?」
「もちろんですとも」
だらしの無い顔をしてブルーシートに入って来た親父は、俺とユリーさんの間に腰を落とした。
哺乳瓶にペットボトルからお湯を注ぎながら、ユリーさんが笑う。
「こんなお婆ちゃんに向かってお上手ですこと」
「いえいえ、ユリーさんはまだまだお綺麗ですよ」
「はいお義父様。お手拭きです」
大人のジョークを交わしつつ、アオイが俺の前から親父に手ぬぐいを渡した。
「お、サンキュ」
受け取った親父は軽く礼を言う。
「午後も作業するんですか?」
「んー。午後はどっちかというと伐採した枝とかの移送がメインかな。俺の出番が無いってなんか無理やり休まされたよ」
アオイの問いに答えながら、親父は手ぬぐいで手を拭いた後に、思いっきり顔を拭いやがった。
うわ、おっさん臭え。
飲み屋じゃないんだからそれやめろよ。
「働きすぎって翔が心配してたから、ちょうど良かったんだよ。おら、親父の分だぞ」
一皿目の豚汁を親父に手渡す。
「お、サンキュー。その翔平は?」
「お隣さんとかにミルク用のお湯を渡しに行ってる。入ってくる時見なかったか?」
すれ違ったと思ったんだがな。
「ああ、飯島さんと話しをしながら歩いてたからな。気づかなかった。ああ、ありがとうねルージュちゃん」
ルージュからフォークスプーンを受け取る親父。
「飯島さんって、町内会長の?」
「その奥様だ」
あのおっとりしてるお婆さんか。優しそうな人で、ユリーさんと仲が良いらしい。
「ちょっとお前とアオイちゃんの話をしててな。飯の後に話そう」
「俺と、アオイ?」
「私と薫平さんですか?」
眉間に皺を寄せて聞き返してしまった。
えっと、龍関係のお話とかじゃないよな?
この避難所ではアオイとルージュは魔族の姉妹で通ってるはずだ。
「あー、なんていうか。そうだな。身構えるほどの話じゃねぇよ。お前はショックかもしれないけど」
「……なんか嫌な予感がするんだぜ」
俺を単細胞だと常々言っている親父が、ショックを受けると言っている。
ならそれはきっと俺にとって物凄い衝撃的な事に違いない。
怖いんだけど。
「戻ったよー。あれ父さん。早いね」
「おう、お疲れ翔。飯ありがとな」
俺が冷や汗を垂らしながら考え込んでいると、翔平が戻ってきた。
「ううん。僕は大した事してないよ。お腹減ったんじゃ無い?早くお昼食べちゃおうよ」
そう言って翔平は靴を脱ぎ、ルージュの隣に座る。
いつのまにか俺の手は人数分の豚汁を用意していたらしく、既に食卓の用意は出来ている。
「そうね。アオイちゃん先に食べちゃって。その間は私とルージュちゃんでチビちゃん達を見ておくから」
「はい、すぐ食べちゃいますね?」
「アオイ、焦らなくてもいい。ゆっくり食べて。私はジャジャと遊べれば遊べるほど嬉しい。それに私だけ何も仕事をしていない。これくらいはさせて欲しい」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
確かにルージュはこの一週間、避難所にいる小さな子供達の相手しかしていない。
元気で遊びたい盛りの子供達が避難所から外に出ることを許されず、広いとは言え人が密集している場所に留まる事を我慢できるわけが無い。
治療を終えた救急隊の人達が撤収して居なくなった体育館のスペースは、今じゃ盛大な遊び場となっている。
そんな子供達のストレスを一身に受け止めているのは勿論ルージュだ。
無尽蔵なんじゃないかと疑うほどの元気とスタミナを持つ子供達の相手を、一切の苦もなく勤めている。
なぁに、本人にとっては唯のご褒美だ。
夜になって子供達が早く寝付くのもルージュのお陰だろう。
俺も一度相手をした事があったが、鬼ごっこ一回で死ぬほど疲れた。ありゃしんどい。
「ほらナナちゃん。オバちゃんとご飯食べよう?」
「んー、だぁ!」
ユリーさんの差し出した手を見て、ナナはイヤイヤと首を振ってアオイにしがみついた。
「ナナ、ママがご飯食べてる間だけだよ?お願い」
アオイがナナを持ち上げて、その円な瞳をまっすぐ見て諭す。
「……あぅ」
「うん、ありがとう。ナナは良い子だねぇ」
しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ?ナナ良い子にするからちょっとだけだからね?
そんな顔を渋々しながら、ナナはアオイからユリーさんに引き渡された。
「がじがじ」
「ジャジャはキリンさんに夢中。少し悔しい」
両手でしっかりとキリンブロックを掴み、ルージュの言葉すら無視してジャジャはキリンを噛み続ける。
俺も眼中になくて悔しい。
「んじゃ、皆さんご一緒に」
いただきます。
親父と翔平、アオイと俺が声を合わせる。
今日のお昼はこうして始まった。





