心配、かけたね⑤
「だぁ…」
「うぁ…」
無言で立ちすくむガサラを見たジャジャとナナは瞬間的に目を輝かせた。
ウズウズと体を動かし、今にも飛び上がりそうだ。
ナナに至っては一瞬俺の服を強く掴み、大きく口を開けて感動している。
ふふふ……。
この反応、予想通りだ。
もともと好奇心の強いジャジャもそうだが、一番勝算があったのは実はナナだ。
ジャジャとナナが我が家に訪れてから最初に目にしたおもちゃは、三隈の買って来た犬さんと猫さんの小さなぬいぐるみだ。
双子達は取り合うことなく自分のお気に入りを瞬時に決めて、ジャジャは犬さんを。ナナは猫さんのぬいぐるみを寝る時すら離さない。むしろ直前まで抱えてないと寝てくれないまである。
時々気まぐれで浮気する事はあっても、最後は必ず自分のお気に入りを抱えているのだ。
それを見た親父が暴走し、後に買って来た動物楽器シリーズを筆頭にして、さらに暴走して買って来た知育系のおもちゃも動物系で統一している。
そんなおもちゃ達もジャジャとナナは喧嘩する事なく仲良く分け合っていて、それぞれ推しメンが存在する。
ジャジャは犬や猿。ナナは猫や鳥。
そう、ナナは猫科にメロメロなのだ!
元々猫族である佐伯が良く家に来て遊び相手になっていたり、ユリーさんが毎日の様に面倒を見てくれてる事もあって、獣人には慣れ親しんでいる双子達だ。
佐伯は自身が子供みたいな性格や体型だから双子と遊ぶのがとても上手いし、ユリーさんの母性の強さは折り紙つきだしな。
更に極め付けが先月に行った牧場での一件だ。
あの事件からこっち、ナナやジャジャはフカフカの毛皮を持つ動物に目がない。
牧場に居たチュンチュという陸生のスズメ。
ジャジャが戯れた雛や、ナナが出会ったその群れの主である大型チュンチュ、カイザー丸を抱きしめたことで目覚めたのか、肌触りの良いタオルや毛布に飛びつくのが癖にまでなっている。
さあ、ここでガサライオ君を見てみよう。
獅子族である彼は正真正銘の立派な猫科。しかも百獣の王である。
王の証である立派なモフモフの鬣まで備えた、言うなればナナの為に誂えたかのような出で立ち。
完璧だ。
パーフェクトだ。
そんなガサラを見たナナやジャジャがどんな反応をするか。
そんなの分かりきっている。
「あー!」
「うぁー!」
双子達は両手をガサラに向けてワタワタと動き出した。
「よし!思う存分遊んで来い!」
俺はゆっくりと両手を広げた。
それを合図に、ジャジャとナナは背中の小さな翼をパタパタと羽ばたかせて飛び立って行く。
「だぁ!うぁ!」
「きゃっきゃっ!」
「わわわ……」
眩しい笑顔を花開かせて、ジャジャとナナはそのままガサラに飛びついた。
ジャジャは胸元、ナナは頭部。
それぞれ好みの場所を見繕って、力いっぱいしがみついている。
されるがままのガサラは硬直したまま慌てている。
「か、風待……こ、これどうしたら」
「考えるんじゃない。感じろ!」
ドントシンク!フィール!
獣人として深く根ざしているお前の本能を全開にするんだ!
「可愛いは、正義だ」
ルージュの言葉じゃないが、それは真理だ。
だってウチの娘達は超可愛いから。
「獅子族の人、羨ましい……」
俺の後ろからルージュがポツリと零す。
さっきの姿を見たせいか、とても危うい台詞に聞こえてしまう。
「お、おい。危ないって」
ガサラの胸元にしがみつくジャジャが少しズレ落ちそうになっている。
もちろん俺が気をつけて見張っているから落ちる事は絶対にありえないんだが、ここはガサラに動いてもらおう。
「あー!」
「うわっ」
赤ん坊特有の大胆な動きを取ったせいで、やっぱりジャジャはズレ落ちた。
それをガサラが両手でキャッチする。
「……だぁ」
「お、おう」
体勢を整えさせてジャジャの両脇を抱えるガサラと、ガサラの顔を不思議そうに見ているジャジャ。
「ばぅわー!」
「おっと!」
油断して居たガサラは、側頭部にくっついて居たナナが移動を始めたことに驚く。
ナナはガサラの左肩にお尻を乗せて、パフンパフンと鬣に交互に手を入れて遊び始めた。
「あ、あんまり奥に手を入れるなよ……?毛が絡むから」
ジャジャを右腕に乗せて、左手は肩に乗るナナを支える。
「だぁ!だぁ!」
すっごい。
ナナがあんまり見た事無い顔で喜んでる。
短くて太い尻尾をブンブンと左右に揺らして、背中の翼はリズムよく羽ばたき、その小さな瞳はキラキラと輝いていた。
「ぐっ」
何だろう。
俺の目論見通りに進んでいるのに、とっても悔しい。
この心の奥から溢れてくる漆黒の感情は何だ?
この感情に身を任せたら、俺は一体どうなるんだ
ちくしょう……俺と遊んでる時ですらあんな顔、中々してくれないのに。
「……覚えてろよ毛玉ぁ」
「え?」
ぼそりと呟いた俺の声に反応して、ガサラが顔を向けた。
いいんだよこっちは気にしなくて。
「な、何だよそんな怖い顔して」
「……俺の娘とエライ楽しそうに遊んでるな、と思って」
あ、隠しきれなかった。
ええい、このまま行っちまえ。
「どうだ?」
一歩大きく踏み込んで、ガサラに近づく。
「な、何がだ?」
怯えたガサラが弱々しく返答を返した。
「見ろよ。その無邪気な姿。特にナナだ。そのパーマが掛かった白い上向きの角の子だよ。もう大喜びじゃねぇかこの野郎……」
「何でお前がキレてんだよ!」
「大声出すんじゃねぇよ……ウチの娘達がビックリすんだろうが」
深呼吸ですよ薫平。
嫉妬心を制御するのです。嫉妬の泉は感情で波立つのです。
「に、兄ちゃん久しぶりに僕も怖いって思える顔してる。落ち着いて」
おっと、翔平まで怯えてるじゃねぇか。
危ない危ない。
俺の右腕を抱えてきた翔平をやんわり振りほどき、意識して笑顔を作る。
怖がらせる事が目的じゃ無いんだ。
「ほら、お前が抱えてるのが黒い真っ直ぐな角の子がジャジャだ。双子のお姉ちゃんだぞ?キョトンとした顔でお前を見ているのが最高い可愛いだろぉ?」
「お、おう」
「もっとしっかり見ろって。ほらその小さな手を見てみ?しっかりとお前の服を掴んでて愛くるしいだろ?」
ガサラを見上げるジャジャは完全にその身を預けている。
ジャジャは笑ってる顔も可愛いけど笑ってなくても可愛いんだよ。
「ほら、お前をじっと見てるその目を見てみ?」
「お、お?」
「……にへぇ」
ガサラに顔を覗かれたジャジャが、フニャリと笑った。
「………お、おう」
「あ、今可愛いって思いましたね旦那」
もう一歩踏み込んで、ガサラの左側へと回り込む。
左肩に跨っているナナの背中にそっと右手を添えた。
「ほら今度はナナちゃんを見てみましょう。もう夢中でお前の毛玉をモッフモフモッフモフしてますよ?」
「だぁ!あぅ!」
「あ、ああ」
俺の言われるがままに首を動かすガサラ。
肩に乗るナナの目線と丁度かち合い、お互いを見合っている。
「だぁ!」
「へ、へへっ」
大声で喜ぶナナの表情を見て、ガサラは一瞬でだらしなく破顔した。
よし。
もう一押しかな。
「こんな無防備に甘えて来られたらたまんないよなぁ」
「あ、ああ」
「ほぉら正面からはジャジャちゃんが」
「あー!」
両手を広げて鬣へと手を埋めていくジャジャ。
「おっとナナちゃんは顔まで埋め始めたぞ?」
「むー!」
身を乗り出して鬣へと顔を埋め始めるナナ。
「負けじとジャジャ選手もわっしわしと」
埋もれた腕を上下に動かして感覚を楽しむジャジャ。
「ほーら双子ならではの息のあったコンビプレーですぜ社長」
自分で実況しといて言うのも変だが、何これ。
俺もして貰いたいんだけど?
「ああ……なんて羨ましい。アオイ、あとで。後で私もアレ」
「ちょっとルゥ姉様静かに」
人差し指を咥えて切ない声を上げるルージュを、アオイが冷たくあしらった。
「どう言う心境?ねぇ?どう言う心境なのガサラ。言ってみ?ほれ」
俺は顔をガサラに近づけ、小声で問う。
「自分の気持ちに正直になって答えてごらん?ほうらジャジャも抱きついてきたぞう?」
「んぶぅ」
「ぐあぁぁぁぁ」
目を強く瞑って、何かに耐えるようにガサラは声を捻り出す。
足元を見ると、内股でモジモジと腿をすり合わせていた。
「あらあら、二人とも気持ちよさそうね」
少し離れた所で、ユリーさんが朗らかな感想を漏らした。
「どうなの?ねぇどうなの?」
「わかった!わかったよ!可愛いって!すげぇ可愛いって!」
フォールダーウーン……。
堕ちたな。
「くそう……なんだこの生き物。反則だろこんなん」
「そうじゃろそうじゃろ?」
この柔らかな感触の温かい生き物が遠慮なく甘えてくるのに絆されない奴は居ない。
もしビクともしない奴がいるならソイツは感情を捨ててる。
しかしまぁ恐ろしいな。
まだ一歳にも満たないのにこの手玉の取り様。
きっとこの子達は魔性の女になるに違いない。
しっかり躾けようと思う。
「こんな可愛い子達を、お前は誘拐して売りさばこうとしてたんだぞ?」
堕ちた所を躊躇なく叩く。情けはかけんぞ。
「グッ」
顔を引きつらせたガサラは、少しだけ背を仰け反らせた。
「良く分かっただろ?この子達は今ここに生きて、お前に甘えてる。何も悪い事じゃない。お前が誘拐犯だろうが何だろうが関係なく、只々純粋無垢に遊んでるだけだ。俺が言いたい事、分かるよな?」
これで分かってくれなければ、俺は一切の手加減も手心も加えずにガサラを殴らなきゃならない。
ガサラは一度深く息を吸い込み、目を閉じて吐き出す。
そして静かに目を開けて、俺を見る。
「……あぁ。改めて、痛感した。俺達の……いや俺の、軽率な行動をな……悪かった」
「……ふー」
何だか、肩の荷が少し軽くなった気がする。
「頼むよ。俺たちはただこの子達に元気に育って欲しいだけだ。それしか望んでない。お前に何かをして貰いたい訳じゃないんだ。だからガサラ」
ゆっくりと、頭を下げる。
非力で、情けない俺にはやっぱりこの方法しかないから。
「俺たちを、見逃してくれ」
頼む。
ジャジャとナナ。
アオイと、今はルージュもだ。
家族が全員揃って、毎日を普通に過ごしたい。それだけなんだ。
ゆっくりと頭を上げて、俺はガサラの目を真っ直ぐ見つめた。
「だから……だからさっきから言ってるだろ?俺たち楽園兄妹は、龍から手を引くって。絶対に他のハンターや協会にもチクったりしねぇ。これは、セイジツ兄貴の名前に誓って約束する。……お前が俺をこのチビ達に会わせた意味も、ちゃんと理解した」
ガサラはそう言って、添えた左手でナナの背中を撫でた。
「……あぁ、頼むよ。今日一日しかお前を知らないけれど、信用する」
こいつは。
ガサラは信用に値する男だ。
ここまでの道中で、俺はそれを確信した。
この大きな獅子族の獣人は、牧雄を信頼し、子供達を守り、俺と共に戦って、俺を心配してくれたから。
アオイを見る。
複雑な顔で俺とガサラと双子を見つめるその目には、不安が混じっているのが良く分かる。
当たり前の話だ。
一度危害を加えられた相手をそう易々と信用するほど、アイツは馬鹿じゃない。
それは母親として当然の事で、そして母親としての強い本能だ。
だからその不信感を和らげたり、そして守るのは、俺の仕事だ。
父親として。
アイツのパートナー役として。
俺の視線に気づいたアオイは、苦笑いを浮かべて軽く頷いた。
眉間にシワを寄せて、困ったように。
見てて痛々しいその表情をさせてしまったのは、俺が情けないから。
強く、ならなきゃな。
今回もそうだ。
俺は結局、ルテンやロックウルフ相手に防戦一方で、ルージュやガサラやその兄貴達。そしてアオイが居なけりゃ死んで居たかもしれない。
ゆっくりとアオイに向かって歩き出す。
無意識だったから、アオイの顔が目の前に来るまで自分の行動に気づかなかった。
何だかとっても眠くて、まるで宙に浮いているような感じだ。
それでも、言わなきゃならない一言がある。
数秒間、アオイと目を合わせていた。
何だか不思議な顔で困惑しているアオイを見て、思わずその背中に腕を回していた。
耳元に聞こえるアオイの慌てた声。
だけど何を言ってるかが分からない。
あぁ、そうか。
なんだかんだで俺、疲れてたんだな。
そうだよな。沢山走って、沢山我慢したから。
疲労感や脱力感。
それに背中の傷の痛みも合わさって、混乱してるんだ。
冴えてるのか鈍ってるのかも定かではないが、今の俺がアオイを抱きしめてその体にもたれかかっている事だけは確かだ。
牙岩の時もそうだったけどさ。
最近色々ありすぎて、意識を失う事に慣れちまったんだな。
経験上もう少しで俺は夢の世界に旅立つだろう。
だからその前に言っておかなくちゃ。
「心配、かけたな。ごめん」
霞んで行く意識のせいでアオイの返事はもう耳に入って来なかったけど、知らない間に俺の背中に回されていたその腕が、優しく強く抱きしめ返して来た事だけは分かった。





