賢者のため息(エピソードEP)
「本当に困るよなぁ」
僕の目の前に浮かぶのは、強い魔力光を発する歪な形をした大きな岩だ。
独特な紫色の光を発するこの岩を、魔石と呼ぶ。
特にこの魔石は特別で、置かれた器の形状に合わせて自身を守る為に迷宮を形成する、メイズストーンと呼ばれる種類の魔石だ。
「勝手な事しちゃってさ。ここに魔石を定着させるのにどれだけ苦労したと思ってるのさ」
ブツブツと独り言を言いながら、作業を進める。
僕がどれだけ知識に優れ、更に技術に優れていたとしても、融合して成長した魔石の暴走を鎮める事はとても難しい。
さっきまでは黙々と作業をしていたけど、余りにも複雑な魔力の制御についに口から文句が出てしまった。
「だいたいさぁ。この大岩をダンジョンにしたの僕だよ?ユールの出産に合わせてさも自然にそこにありましたって感じで整えるのすんごい手間が掛かったんだからね!」
あの子は僕の言う事を素直に聞かないから、あえてコソコソとお膳立てしたんだ。
魔石の周りには精霊が生まれやすいから、出産を控えたユールが休む場所を提供する必要があったからね。世界衝突前だとここいらは辺境だったし、ダンジョンが邪魔をしてユールの巣までは辿り着かない筈だったんだ。
昔の牙岩周辺は強い魔力が溜まってて、それに応じて牙岩も難易度の高いダンジョンだった。今は大分薄れているから、魔石が枯れるほど採取され尽くしてたけど。
産卵期にその力が大幅に衰える龍達だから、僕はいつだってその安息の場所を提供している。
地龍族や海龍族は簡単なんだ。
あの子達は種族ごとに群れて生活するし、獣人や魔族や人間がおいそれと近寄れない場所を選んでくれているから、僕が気をかけなくても地龍王や海龍王がきちんと見て居てくれる。
問題は空龍族なんだよ。
昔はちゃんと自分達の住処を見つけてそこに群れで暮らして居たのに、先代の空龍王の時に獣人に見つかってしまったからなぁ。
あれから彼女達は一つ所に身を落ち着けなくなってしまった。更に言えば、種族全体がバラバラに暮らし始めて僕も着いていくのに一苦労だ。
ここ二百年は新しい龍の子が生まれなかったからまだ良かった。これで他の龍の子と誕生が被ってたら僕は大忙しだ。
「アオイが独り立ちしてもう不要とは言えさぁ。苦労して作ったんだから勝手に弄らないでよね。もう」
鼠の賢者だって怒る時は怒るんだからね?
どうやらルージュはアオイと合流できたみたいだね。
龍の気配なら離れていても認識できる。
この町に到着する前、爆発的に膨れ上がった魔力を感じた僕は、焦ってルージュを置いてきてしまった。
魔力って怖いんだ。
最初から魔族や人間の手が入っていれば、ある程度の指向性を持ってるからそう大事にはなり辛いけど、自然発生した魔力が異常に膨れ上がれば、時にこの島国一つぐらいなら易々と消しとばす可能性がある。
過去にあったなぁ。
海上都市に出来てた魔力溜まりに魔族がちょっかいをかけたら、暴走して綺麗さっぱり海上都市を吹き飛ばしたりなんかした事件が。
あれほど純度の高い魔力は自然界でもそう多くないけどさ。
それにしたって今の魔族や人間達は魔力に関する認識が甘すぎるんだよ。
今回は元々の魔石が枯渇してたからこの程度で済んだけど、万全だったらこの県丸々迷宮化しててもおかしくないんだからね!?
「んー。もうちょいかな?」
進行具合を確かめる。
膨れ上がってしまった魔石と、その魔石の許容量を超えた魔力。
僕が行なっているのは、ダダ漏れの余剰魔力を結晶化して魔石自体を大きくする作業だ。
漏れるから流れるんだ。
内側で上手く循環させれば魔石より外には影響を及ぼさない。
この技術、昔の大戦の前だったら魔族の中にも何人かできるヤツが居たんだけど、今じゃ失伝しちゃっておそらく僕にしか扱えない。
んー。あんまり龍の事以外で力を使いたくなんだけどな。
そうでなくても、父親君に構いすぎてて不公平なんだからさ。
「……君は、どう思う?」
精神の奥に作り上げた虚像に問う。
虚像は何も答えてくれない。
ずっと。ずっとだ。
何年。何万年。何億年も僕の心の中で変わらない笑顔で僕を見ている。
愚かなアルバ。
可哀想なアルバ。
なんて無様なんだアルバ・ジェルマン。
セラフィはもうどこにもいない。
セラフィはもう世界と一つだ。
忌々しい世界。
彼女と龍を阻む、憎たらしい世界。
セラフィが望んでいなければ、僕が滅ぼしてやった物を。
「うん。わかってる。君が望むなら、そうしよう」
返事なんてない。
でもセラフィが言う事なら僕には全て分かる。
きっと彼女は少し困った顔をして、僕に願うだろう。
『アルバ、許してあげてね?』
あぁ、わかってるさ。
僕は全てを許したよ。
昔の僕の思考に戻りかけている。
危ない危ない。
頭を振って、杖を構える。
魔石の魔力の流れに、僕の魔力を添える。
ゆっくりと誘導しながら、その一部に結晶化の式を打つ。
パキパキと乾いた音を鳴らしながら、魔石は少しづつ大きくなっていく。
父親君、また無茶をしているのだろうか。
弟君もさ。体は大事にしてくれよ?
なんせ、君たち二人しかいないんだ。
ストックがもう無いし、こんな奇跡が二度起きるとは思えない。
世界で最も歪な生まれ方をした、二人の兄弟。
特に、兄の方だ。
あんな歪んだ生命。
本来はそう長く生きられるはずが無い。
生まれる前に僕が見つけていなければ、今彼らは存在していない筈だ。
奇跡。
奇跡か。
神とやらがおわし召されるのならば、ディープなキスの一つや二つ、喜んでしてやろう。
ああでもきっと、あの二人を利用してるなんて言ったら、あの子は怒るんだろうなぁ。
「よし。こんなものかな?」
魔石の精製を終えて、杖を腰に回す。
これで魔力の流出は止まった。
牙岩の外に漏れた分は、すぐに薄れて行くだろう。
多少は地に馴染んでしまったし、魔石が大きくなった分のダンジョン内の拡大は元に戻らないだろうけど。
本来の森部分は、ダンジョンになってしまったかな?
あの子達の家の周りは、僕が食らっておこう。
町に流れた分は、今頃枯れ初めてる頃だろう。
外に伸びた樹木も、一週間も経てば唯の枯れ木に変わるさ。
後処理は、人間や獣人達の仕事。
僕知ーら無いっと。
枯れた木なんだから燃やせばいいさ。
「さーてもう一仕事かな?」
どうせあの父親君の事だ。
また大怪我でもしてるんだろう。
双子の卵の殻でも口に放り込んで、無理やり治してあげますか。
少し慣れ始めてるから、前みたいに寝込む事もなさそうだし。
『……アルバ、後悔してない?』
不意に、僕の中の虚像が話しかけてきた。
実際に言葉を発しているわけじゃ無い。
この虚像は僕の無意識の産物。
存在しなければ僕が僕を保てないと、僕の無意識が作り上げた、精神の自衛手段。
だからきっとこの言葉も、僕が無意識に思い描いたもの。
『セラフィなら、きっとこう言う』言葉だ。
「後悔?するもんか」
鼻で笑って、目を瞑る。
「君を殺した時に、し尽くしたよ」
だって、こんなに君に逢いたいから。





