“奴”
次の日、晴れ渡る空の下に私たちはいた。人がいると分かったこの森に“奴”がもしかしたら仲間をつれてくるかもしれないため、もうここにはいられない。
「あーララちゃんさぁ…」 「ララって呼ぶな。」
「なんで?」 「嫌いだから。そんな名前。」
どうでもいいような話をしながら二人で森を下っていく。行く当てもなく…
「なんで?良い名前じゃん。ラーラちぶふぅ。」 「神崎!苗字で呼んで!!!」 「すんません…」
そう、私はこの名前が嫌い。大嫌い。ララって漢字も来桜で、正直私には理解不能。親には呆れてる。
「でも、らら…神崎が平気そうで、よかったよ。」
そういうこいつは、また笑ってる。
「…平気なんかじゃない。けど、グダグダ言ってられる、余裕もない。」
また伊藤は満足そうに笑った。
「やっぱりすごいね、ら…神崎は。」
(間違えすぎじゃない?) 「笑ってられるあんたの方が凄いでしょ。」
ひどーなんて言って、伊藤はまた笑ってる。本当に分からない。少なくとも、こいつの“友達”は昨日死んだのよ?しかも、あんな風になって…全て予想できていたとでも言うのかしら。あ、もしかして気にしてたとか…黙ってるし…そしたら、悪かった…な。
「い、伊藤…今のは… 「ララちゃん。今後のために、1つ言っておくことがある。」
その声はいつになく真剣で、本当に怒ってるのかと最初は思った…
「“奴”について…俺とララちゃんの違いについて、確認しようか。」
少しでも遠くに行くために立ち止れない私たちは歩きながら話を続けていた。
「ララちゃんは昨日、俺になんで泣かないのかとか聞いたよね?あ、先言っとくと俺怒ってないから!」
言った。それからあんたの顔見てれば怒ってないなんてすぐに分かる!!
「ララちゃん…人が殺されるのを見たのは初めて?」
「…ええ。捕まるのは何人か見たけどね…」
そう、何人か。くだらない“友達”を作ってた時。
「そっか。じゃあしょうがなかったとも言えるな…。」
私が首を傾げていると伊藤は続けた。
「ララちゃん、“奴”の情報が流されてたことを思い出してほしい。…俺と、君には大きい決定的な違いがあったよね?」
決定的な違い?何それ?わかんない… 私の様子を見ていた伊藤が目を細め、口を開いた。
「殺されるか、捕まるかだよ。」
!!あ…そうか…。
「思い出した?結構昔のニュース。 大人は殺されて、子どもは捕まる。そして、その区別は18歳から。」
伊藤は俯くように額で腕を組んだ。
「ララちゃんはまだ18じゃないだろう?だから大丈夫君は死なない、殺されない。」
“奴”が私に見向きもしなかったのはそれが理由なの?そんな理由であいつらを…?でもなんで?いくつもの疑問が浮かび、何も答えは出ず、消えていく。そして伊藤の前では不謹慎だけど…心に安堵が広がる。
「俺が平気な理由は、覚悟ができてるからだ。」
覚悟?
「そ、それは…死ぬ覚悟…?」
たしかに、私には死ぬ覚悟なんてない。震える声で聞いてみたけれど、意外にも伊藤は首を横に振った。じゃあ、何?
「殺される覚悟だよ。生憎だけど、死ぬ気はない。」
はっきりとした声に、私は鳥肌が立った・・・かっこいい。
「ララちゃんにはそれがなかった。だから衝撃も凄いんだと思う。まあ勿論、俺が極悪非道なだけかもしんないけどっ。」
ははっと笑う伊藤に今までの印象が少し変わる。やっぱり、ここまで生き残る人は必ず強い意志を持っている。なあなあで生きてこれたような人なんて…(豚1,2号)…い、いないことはないか…。
「でもねララちゃん、俺たちは強く生きなきゃならない。生き残って、全てを理解し、解き明かさなくちゃならない。それで…自分を取り戻すべきだと思うんだ。」
「自分を取り戻す…?」
「そう、本来の自分に帰るんだ。」
本来の自分?どういうことか、私にはよくわからない。だって私はここにいるじゃない。こうやって考えてるのも私、私に本来も何もあるの?今が本来の私じゃないの?
「“奴”といる時には全ての躊躇が仇になる。1つの感情が命に関わる。だから、例え死を見ても平常でいなくちゃいけない。隙を見つけなきゃならない。生き残るために。」
そっか。私はあんなに茫然としてちゃいけなかったんだ。考えなきゃダメだったんだ。
「ララちゃんにパスカルが言った言葉を教えてあげる。俺は、これを素晴らしい言葉だと思うんだ。」
人間は、考える葦である。
章設定を変更するかもしれません。内容は変わらないのでその点だけご了承ください。