23 世界図鑑クエストはじまる
「覚悟は決まったし、一度村へ戻るか」
今日で、村での宿泊は三日目。
ちょうど明日にはチェックアウトの予定になっている。
これからしばらく、村を離れて森で生活する。
そのためにも、買い出しはしっかり済ませておきたい。
ひとまず村へ戻り、最後の夜を過ごすことにした。
◇
すっかり陽も落ち、宿屋の一階が一日で一番賑わう時間が近づいていた。
僕は部屋で荷物を整理し、しばらく食べられなくなるであろう宿屋の夕食へ向かう。
一階へ降りると、すでに村の男たちが数人、エールを飲んでいた。
あの冒険者三人組の姿はない。
今日も薬草採取のクエストなのかもしれない。
「今日は何にするんだい?」
宿の女将が尋ねてくる。
「とりあえず、エールでお願いします」
「あいよ。また決まったら呼んでおくれ」
せっかくの最後の晩餐だ。
少し奮発したい気分だった。
悩んだ末に、「イノ肉の生姜炒め」と「白身魚のボイル」、それから「生野菜サラダ」を注文した。
ちなみに、パンとスープはセットで付いてくる。
(こんなに食べられるかな……)
そう思いつつも、明日からはひもじい生活になるかもしれない。
食べられるときに食べる。
これはきっと、サバイバルの基本だ。
◇
「はい、お待たせ」
料理が運ばれてきた。
(……これは、かなり美味しそうだ)
「イノ肉の生姜炒めは、この近くの森で獲れたイノシシの肉を使った料理だよ。狩りで獲れたときしか出せない限定ものだね。白身魚のボイルは、川で獲れるモロコって魚を使ってる。サラダは……まあ、説明いらないよね」
(森にはイノシシも出るのか。これ狩れたら、しばらく食料には困らないんじゃ……)
その瞬間だった。
(天の声)
《独自クエスト『ワイルドボアを狩る』が設定されました》
「へっ!?」
思わず変な声が出た。
(そう来たか……。いや、まあ、そうなるよな)
「ありがとうございます! できれば、このサラダに入っている野菜も教えてもらえますか?」
「そんなの知りたいのかい? なかなか見込みがあるね」
女将は少し嬉しそうに笑った。
「サラダってのは、季節の野菜や、その土地で採れるもので作るからね。意外と個性が出るんだよ。この時期のうちのサラダは、キャベツとエンドウ豆、それから菜の花。上に少しだけ乗ってるのは、川で採れるクレソンっていうんだ。ちなみに菜の花は自生しているものも多いから、そこらじゅうで採れるよ」
「そうなんですね! 勉強になります」
しばらく野営生活になるのなら、こうした情報は貴重だ。
野菜からはビタミンやミネラルが摂れる。
サバイバルでは、肉や魚だけではなく、植物も大事なはずだ。
(天の声)
《独自クエスト『世界の野菜図鑑』が設定されました》
「へっ!?」
また変な声が出た。
(立て続けか。しかも図鑑って……コンプリートしろってこと?)
「ありがとうございます!」
女将は仕事へ戻っていった。
(『ワイルドボア』は後で確認するとして……『世界の野菜図鑑』の“世界”って単語、かなり重くないか?)
気になったので、さっそく確認する。
「クエスト閲覧」
ーーーーーー
現在の進行中のクエスト
□ ワイルドボアを狩る
□ 世界の野菜図鑑
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「世界の野菜図鑑っと」
ポチッ。
ーーーーーー
クエスト名:世界の野菜図鑑
達成目標:世界中の野菜の情報を聴取し、記録をコンプリートする。
達成ボーナス:書籍《世界の野菜図鑑》が出版され、全世界の本棚に置かれる。
内容:人が栽培・管理している日常的な栄養源である野菜は、世界中に存在する。その栽培方法や食べ方には地域ごとの特徴があり、これらの情報は多くの人々の食生活改善と健康増進につながるだろう。この図鑑には、野菜だけでなく、野草、山菜、薬草についても記録される。
ーーーーーー
(これは……ある意味、僕にぴったりのクエストだ)
人が管理する野菜。
そして、地域に自生する野草。
それらを集めて、本にする。
しかも、全世界の本棚に強制的に置かれるという特典付き。
(これ、けっこう面白いことが起きるんじゃないか?)
◇
さて、僕がこのあと試したいことがもう一つある。
そう。
《臨床検査》を料理に使うことだ。
僕の中では、《臨床検査》は魔力の流れを検知するスキルであり、基本的には生物に対して使うものだと整理していた。
ただ、これまでの検証で、植物にも魔力の流れがあることは分かっている。
では、食材を組み合わせ、火を加えた“料理”はどう見えるのか。
(さすがに、料理後は魔力を帯びないかな……)
小さく意識を集中する。
「臨床検査」
その瞬間、料理の内部に、緩やかに動く青白い流れが見えた。
「反応あるじゃん……!」
ただ、その流れの強さには料理ごとに差があった。
サラダは非常に弱く、植物が普段示す流れに近い。
一方で、イノ肉の生姜炒めには、はっきりとした粒子の流れがあった。
料理とは、食材の組み合わせだ。
さらに火を入れ、調味し、手を加える。
もともとの食材のポテンシャルと、料理という手技によって生まれる相乗効果。
そういうものが、流れとして残っているのかもしれない。
ただ、流れが見えるだけでは、料理を検査するメリットはまだ分からない。
そこで、試しに《薬草ポテンシャル検査》をイノ肉の生姜炒めに使ってみる。
「薬草ポテンシャル検査」
ぼわん。
料理のパラメーターが表示された。
ーーーーーー
《イノ肉の生姜炒め》
・熱さ:熱い
・甘さ:xxx
・辛さ:xxx
・美味さ:xxx
・体力回復効果:xxx
・魔力回復効果:xxx
・特殊効果:xxx
・材料:ワイルドボア、生姜、xxx……
ーーーーーー
「あっ、表示されるのか!」
ただし、多くは「xxx」になっていて分からない。
とはいえ、分かればかなり有用そうな項目ばかりだ。
(項目が表示される以上、知る方法があるはずなんだけど……)
《臨床検査》も《植物検査》も試した。
今のところ、ほかに選択肢はない。
(あと少しなんだけどな……)
そう思いながら、料理を口へ運ぶ。
「ピロン!」
先ほどまでのパラメーターが更新された。
ーーーーーー
《イノ肉の生姜炒め》
・熱さ:熱い
・甘さ:甘い
・辛さ:辛い
・美味さ:A
・体力回復効果:小
・魔力回復効果:中
・特殊効果:なし
・材料:ワイルドボア、生姜、タマネギ、オリジナルソース
ーーーーーー
「おおおー!」
イノ肉の生姜炒めの効果が判明した。
どうやら、口に入れて実際に味わうこと。
匂いを嗅ぐこと。
甘味、辛味、旨味を感じること。
それらが総合評価されて、データ化されるようだ。
「なるほどね……」
納得した。
(天の声)
《スキル《料理の検査》を獲得しました》
「うんうん、そうなるよね」
僕は、いきなり料理評論家の素質を手に入れたらしい。
(これはもう、料理本も出せってことなんじゃないか?)
(天の声)
《独自クエスト『世界の料理図鑑』が設定されました》
「オーマイガー!」
海外かぶれの日本人が帰国したときに言いがちなリアクションを、思わず発してしまった。
この世界では、何かに興味を持ち、少しでも「面白そう」「やってみたい」と思うと、天の声様がご丁寧に目標設定してくれる仕様らしい。
いや、もしかしたら僕だけのオリジナル設定かもしれない。
とにかく、これまた大層なクエストであることは間違いない。
ーーーーーー
クエスト名:世界の料理図鑑
達成目標:世界中の料理の情報を聴取・実食し、記録をコンプリートする。
達成ボーナス:書籍《世界の料理図鑑》が出版され、全世界の本棚に置かれる。
内容:料理は人の営みであり、生活の知恵であり、科学である。その可能性は世界中に存在する。これらの情報は、人々の幸福度向上につながるだろう。
ーーーーーー
そんなわけで、今回の食事を通して、料理図鑑に六つの項目が追加された。
・イノ肉の生姜炒め
・白身魚のボイル
・生野菜サラダ
・ライ麦パン
・豆のスープ
・エール
◇
結局、冒険者や村の薬草採取隊の面々は、僕が夕食を食べ終わるまでには帰ってこなかった。
村滞在の最後の夜。
とはいえ、明日から野営するのは村の隣の森なので、距離的にはそこまで離れていない。
それでも、冒険者の三人にはもう一度挨拶したかった。
(こういうすれ違いも、冒険の醍醐味か)
僕は部屋に戻ることにした。
◇
「コケコッコー!」
今日も村で飼われている鶏の元気な鳴き声で目を覚ます。
窓を開ければ、雲ひとつない晴天だった。
顔を洗って目を覚まし、着替えて朝食へ向かう。
一階に降りる。
「いただきます」
三日目となれば、もう慣れたものだ。
ただ、よく考えれば、数日前までは家族で朝食を取ることが日常だった。
それが今では、宿屋で一人朝食を食べている。
そして明日からは――いや、今日からは野営だ。
「ご馳走様でした」
誰かに食事を作ってもらうことのありがたさを、改めて噛み締める。
(静かな朝だ……)
どこか、誰かと話したいような気持ちがあった。
◇
宿を後にして、買い出しに向かったのは道具屋だった。
ぎぃー。
相変わらず、立て付けがあまり良くないドアだ。
「いらっしゃいませ! あっ、ノアじゃない」
「おはよう」
「おはよう。今日は何を探してるの?」
今日は、ミーナが店番のようだ。
「いよいよ、森での野営を始めようと思ってね。だから、必要そうなものを揃えようと思って」
「へー、大丈夫なの? モンスターとかいるんでしょ?」
「まあ、そうなんだけど、この辺りだとそんなに強いモンスターは出ないみたいだから」
「確かに、それなら少しは安心ね。となると、まずは食料かな。魚を取るなら釣り竿。投網もあるけど、近くにいる魚しか獲れないし。あとは獣を取る罠とかもあるけど、猟師じゃないならいらないかもね」
「投網や罠か。ちょっと面白そうだけど、経験ないし、今回は釣り竿にしようかな」
ちなみに釣りの経験といっても、転生前の記憶だけだ。
「あとは、料理するんだよね? 鍋とかフォーク、スプーンは持ってる?」
「あっ、それまだだ! それもください」
「そんなところかしらね。食材は現地調達できないものなら、広場の出店で買うといいわ」
「さすが、道具屋の看板娘ですね。なんでもご存知で」
「当たり前よ。看板娘なんだから」
(相変わらず、たくましいことで)
「お代は、1,000、500、300、300で、合計2,100ゼニーね」
「はい、どうぞ」
「まいどあり」
「ところでノアは、いつまで森で過ごすの?」
「まだ決めてないけど、自分のスキルのことが色々分かるまでかな」
「ふーん、そうなんだ……。まあ、頑張ってね」
「ありがとう。また来るよ!」
道具屋を後にした。
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持ち物(15/15)
・フィルド家の短剣
・調理用ナイフ
・賢者の書(写)
・病の手引き(原)
・ランチボックス
・薬草×5
・毒消し×3
・テント
・火打石
・まな板
・水筒
・釣り竿 ◀︎新規
・鍋 ◀︎新規
・フォーク&スプーン ◀︎新規
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お金
・77,300ゼニー(セレノア通貨)
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◇
朝の広場は、たくさんの出店で賑わっている。
村人は、だいたいの食料品をこの出店で購入する。
ただし、この市は午前中だけの開催だ。
もし買い忘れると、次は翌日になる。
開始時刻は店によって違う。
村人の多くは農家で、朝が早い。
朝のひと仕事を終えたあと、家の手が空いている者が店番をするのが一般的らしい。
僕はパンをはじめ、数日分の食材を買い込んだ。
これで準備は整った。
小さいけれど、賑やかで温かい村。
レムナ村。
いつの間にか、僕にとって第二の故郷のような場所になっていた。
そして今日から、森での生活が始まる。
ただ生きるためではない。
観て、試し、確かめるための生活が――。
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