21 臨床検査の発動条件
テントを張った野営地の近くの雑木林では、新たなモンスターを見つけられなかった。
「やっぱり、この辺りは安全なんだな……」
そう実感する。
このままでは、スキル《臨床検査》の検証が進まない。
僕は、場所を変えることにした。
最初の分かれ道では左へ曲がってここまで来た。
だから今度は、そこを直進することにする。
分かれ道まで戻り、まっすぐ進む。
しばらく歩くと、新たな分かれ道にたどり着いた。
右、左、そして直進の三方向に分かれている。
そこにはやはり看板が立っていて、
「川←左、直進↑山、右→群生地」
と書かれていた。
「群生地、もう一度行ってみたいけどな……」
少し迷った末、直進することにした。
山を登るつもりはないが、途中までは行ってみる。
道は一本道で、その先は大きな別れ道はなかった。
ただ、森の緑が以前よりも深くなったように感じる。
そして少し進むと、川を渡るための吊り橋にたどり着いた。
昔ながらの方法で作られたのだろう、どこか頼りない吊り橋だった。
「ちょっと怖いな…」
比較的厚めの木材と、植物の太い蔦で組まれている。
とはいえ、足元の隙間からは下の川がはっきり見える。
慎重に渡れば落ちることはないだろう。
だが、高いところが苦手な人にはかなり厳しそうだ。
ギシギシときしむ。
そんなちょっとした試練を越えた先で、3つ目の分かれ道に出た。
看板には、
「山←左、右→川」
と書いてある。
そろそろ次の拠点候補地を見つけたいと思い、僕は右へ進むことにした。
◇
川へ続く一本道を進んだ結果、見事に川辺へ出ることができた。
大きな岩に囲まれた渓流の中に、少しひらけた場所がある。
そこは、野営にはうってつけの場所だった。
川が近いので水には困らなさそうだし、魚を取れば食糧にもなる。
森に入れば木材の確保もできる。
そして何より、その場所からは渓流を下流へ向かって見渡すことができた。
つまり、眺めがいい。
少し先には吊り橋が見え、さらに遠くには村のようなものも見える。
「レムナ村……かな」
次の拠点は、ここに決めた。
僕はさっそくテントを準備し、荷物を下ろす。
それから一息をついた。
ここまで来ると、川の音は聞こえるものの、とても静かだ。
ゆっくり過ごせそうな場所。
「そろそろ、ご飯でも食べるかな」
◇
本日の目的でもあるスキルの検証ーー改め、狩りの練習を始めることにした。
「ふふふ……」
小動物のさばき方は、実家の本で以前から予習済みだ。
もちろん、本番はイメージ通りにはいかないだろう。
だが、動かない相手なら何とかなるはずだ。
ちなみに、転生前の学生時代に、大学で実験用のラットやマウスの解剖も経験している。
◇
森に入る。
「やはり、この辺りは静かだな」
高度が上がったせいか、それとも木々が生い茂って日差しが届きにくいせいか、空気も少し違って感じられた。
ザク。
ザク。
ザク。
草木をかき分け、枯れ葉を踏みしめながら奥へ進んでいく。
「あっ、いた」
少し先に、茶色っぽいウサギが倒木の上で何かをかじっていた。
(野生の動物か、モンスターかは分からないな……)
向こうはまだ気づいていない。
僕は音を立てないよう、そっと近づいていく。
そーっと。
そーっと。
……
「ボキッ」
お約束のごとく枯れ枝を踏み、音を立ててしまう。
ウサギはすぐにこちらに気づき、一目散に逃げていった。
「なるほど……でも逃げるってことは、野生の動物だったのかな」
少し安心もしたが、何の検証にも練習にもならなかった。
改めて探すことにする。
しばらく歩き回ると、今度はイタチと思われる小動物を見つけた。
(やっぱり、ここまで入ってくると遭遇率が上がるんだな)
少し様子を見る。
だが、こちらに気づいている気配はない。
「……臨床検査」
小さな声で唱えてみる。
「……」
何も起きない。
(やっぱりダメか……)
単に唱えるだけでは駄目らしい。
では、右手をその動物に向けてみる。
「臨床検査」
「……」
やはり何も起きない。
その後も、左手で試したり、両手で試したりしてみたが、反応はなかった。
仕方なく、今度は近づいて戦闘を始めることにした。
そーっと近づく。
……
「ボキッ」
またか、と思った瞬間。
イタチは鋭くこちらを見据え、低く唸った。
「シュー……」
その様子は、野生動物というよりモンスターのそれだった。
逃げる様子はない。
(やっぱりモンスターなんだろうな)
僕は短剣を構える。
トトトトッ――
そのイタチは、想像以上の速さでこちらへ突っ込んできた。
そのまま僕の足へ噛みつこうとする。
僕は咄嗟に後ろへ下がり、それをかわして短剣を振り下ろした。
ーー当たらない。
「うわっ、速い!」
予想以上にやりづらい。
結局、お互いに決定打を与えられないまま時間だけが過ぎていく。
そして、疲れて動きが鈍った一瞬の隙を突かれた。
イタチが僕の左足に噛みつく。
「イタッ!」
見事にやられた。
反射的に、僕は左手でその身体を払いのけようとした。
――その瞬間だった。
以前と同じような、だが今度はもっと強い違和感が走る。
(もしかして……)
僕の指先が、イタチの毛並みをかすめる。
その感触と同時に、胸の奥で何かが揃った。
ただ触れただけじゃない。
僕は、無意識にこう思っていた。
(こいつは何だ)
(どこが危険なんだ)
(どうなっている)
理解しようとする意志。
その瞬間、視界がわずかに歪んだ。
そしてふと唱えた。
「……臨床検査」
今度は、違った。
イタチの身体の中に、青白い“流れ”が見えた。
それは血でも肉でもない。
絶えず動き続けている、何か。
細い流れが全身を巡り、その一部だけが妙に流れが集まっている。
それは右前脚から胸元にかけての流れで、不自然に歪んだ箇所があった。
「……見える」
思わず、そう呟く。
イタチが再び飛びかかってくる。
だが今度は、さっきとは違った。
どこを狙えばいいのかが、感覚として分かる。
僕は半歩だけ身をずらし、歪みのある場所へ向けて短剣を振るった。
「そこだっ!」
ざしっ――
手応えは軽かった。
だが、確かに入った。
イタチの身体がびくりと震え、そのまま地面へ転がる。
「シ……ッ」
短い鳴き声を最後に、動かなくなった。
「……倒せた」
荒い息を吐きながら、僕はその場に立ち尽くした。
さっきまでただ速いだけに見えていた相手が、今はまるで違って見える。
正常な流れ。
異常な流れ。
そして、そこに生じる“弱点”。
「これは……何かの流れを見ているのか?」
初めて、自分の力を実感した。
ただの違和感ではない。
ただの勘でもない。
これは、観る力だ。
対象の内側で起きている“流れ”を観測し、その異常を見抜く力。
――《臨床検査》。
「……そうか」
僕は静かに、倒れたイタチを見下ろした。
「ただ唱えるだけじゃダメだったんだ」
必要だったのは、たぶん――
左手で触れること。
あるいは、触れられるほどの距離に入ること。
そして何より。
理解しようとする意志。
ぼんやり眺めるだけでは発動しない。
相手の状態を知ろうとしたとき、初めてこのスキルは応えてくれる。
「発動条件、少し分かったかもしれない……」
左足の痛みはまだ残っていた。
けれど、それ以上に胸の奥が熱かった。
僕は、その場にしゃがみ込む。
「……さて」
次は、倒したあとの確認だ。
流れは死んだらどうなるのか。
異常は消えるのか。
それとも、残るのか。
まだまだ、知りたいことは山ほどある。
僕は短剣を握り直し、静かに息を整えた。
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