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21 臨床検査の発動条件

テントを張った野営地の近くの雑木林では、新たなモンスターを見つけられなかった。


「やっぱり、この辺りは安全なんだな……」


そう実感する。


このままでは、スキル《臨床検査》の検証が進まない。

僕は、場所を変えることにした。


最初の分かれ道では左へ曲がってここまで来た。

だから今度は、そこを直進することにする。


分かれ道まで戻り、まっすぐ進む。


しばらく歩くと、新たな分かれ道にたどり着いた。

右、左、そして直進の三方向に分かれている。


そこにはやはり看板が立っていて、


「川←左、直進↑山、右→群生地」


と書かれていた。


「群生地、もう一度行ってみたいけどな……」


少し迷った末、直進することにした。

山を登るつもりはないが、途中までは行ってみる。


道は一本道で、その先は大きな別れ道はなかった。

ただ、森の緑が以前よりも深くなったように感じる。


そして少し進むと、川を渡るための吊り橋にたどり着いた。

昔ながらの方法で作られたのだろう、どこか頼りない吊り橋だった。


「ちょっと怖いな…」


比較的厚めの木材と、植物の太い蔦で組まれている。

とはいえ、足元の隙間からは下の川がはっきり見える。


慎重に渡れば落ちることはないだろう。

だが、高いところが苦手な人にはかなり厳しそうだ。


ギシギシときしむ。


そんなちょっとした試練を越えた先で、3つ目の分かれ道に出た。


看板には、


「山←左、右→川」


と書いてある。


そろそろ次の拠点候補地を見つけたいと思い、僕は右へ進むことにした。



川へ続く一本道を進んだ結果、見事に川辺へ出ることができた。


大きな岩に囲まれた渓流の中に、少しひらけた場所がある。

そこは、野営にはうってつけの場所だった。


川が近いので水には困らなさそうだし、魚を取れば食糧にもなる。

森に入れば木材の確保もできる。


そして何より、その場所からは渓流を下流へ向かって見渡すことができた。

つまり、眺めがいい。


少し先には吊り橋が見え、さらに遠くには村のようなものも見える。


「レムナ村……かな」


次の拠点は、ここに決めた。


僕はさっそくテントを準備し、荷物を下ろす。

それから一息をついた。


ここまで来ると、川の音は聞こえるものの、とても静かだ。


ゆっくり過ごせそうな場所。


「そろそろ、ご飯でも食べるかな」



本日の目的でもあるスキルの検証ーー改め、狩りの練習を始めることにした。


「ふふふ……」


小動物のさばき方は、実家の本で以前から予習済みだ。

もちろん、本番はイメージ通りにはいかないだろう。

だが、動かない相手なら何とかなるはずだ。


ちなみに、転生前の学生時代に、大学で実験用のラットやマウスの解剖も経験している。



森に入る。


「やはり、この辺りは静かだな」


高度が上がったせいか、それとも木々が生い茂って日差しが届きにくいせいか、空気も少し違って感じられた。


ザク。


ザク。


ザク。


草木をかき分け、枯れ葉を踏みしめながら奥へ進んでいく。


「あっ、いた」


少し先に、茶色っぽいウサギが倒木の上で何かをかじっていた。


(野生の動物か、モンスターかは分からないな……)


向こうはまだ気づいていない。

僕は音を立てないよう、そっと近づいていく。


そーっと。

そーっと。


……


「ボキッ」


お約束のごとく枯れ枝を踏み、音を立ててしまう。


ウサギはすぐにこちらに気づき、一目散に逃げていった。


「なるほど……でも逃げるってことは、野生の動物だったのかな」


少し安心もしたが、何の検証にも練習にもならなかった。

改めて探すことにする。


しばらく歩き回ると、今度はイタチと思われる小動物を見つけた。


(やっぱり、ここまで入ってくると遭遇率が上がるんだな)


少し様子を見る。

だが、こちらに気づいている気配はない。


「……臨床検査」


小さな声で唱えてみる。


「……」


何も起きない。


(やっぱりダメか……)


単に唱えるだけでは駄目らしい。


では、右手をその動物に向けてみる。


「臨床検査」


「……」


やはり何も起きない。


その後も、左手で試したり、両手で試したりしてみたが、反応はなかった。


仕方なく、今度は近づいて戦闘を始めることにした。


そーっと近づく。


……


「ボキッ」


またか、と思った瞬間。


イタチは鋭くこちらを見据え、低く唸った。


「シュー……」


その様子は、野生動物というよりモンスターのそれだった。

逃げる様子はない。


(やっぱりモンスターなんだろうな)


僕は短剣を構える。


トトトトッ――


そのイタチは、想像以上の速さでこちらへ突っ込んできた。

そのまま僕の足へ噛みつこうとする。


僕は咄嗟に後ろへ下がり、それをかわして短剣を振り下ろした。


ーー当たらない。


「うわっ、速い!」


予想以上にやりづらい。


結局、お互いに決定打を与えられないまま時間だけが過ぎていく。

そして、疲れて動きが鈍った一瞬の隙を突かれた。


イタチが僕の左足に噛みつく。


「イタッ!」


見事にやられた。


反射的に、僕は左手でその身体を払いのけようとした。


――その瞬間だった。


以前と同じような、だが今度はもっと強い違和感が走る。


(もしかして……)


僕の指先が、イタチの毛並みをかすめる。

その感触と同時に、胸の奥で何かが揃った。


ただ触れただけじゃない。

僕は、無意識にこう思っていた。


(こいつは何だ)

(どこが危険なんだ)

(どうなっている)


理解しようとする意志。


その瞬間、視界がわずかに歪んだ。

そしてふと唱えた。


「……臨床検査」


今度は、違った。


イタチの身体の中に、青白い“流れ”が見えた。


それは血でも肉でもない。

絶えず動き続けている、何か。


細い流れが全身を巡り、その一部だけが妙に流れが集まっている。

それは右前脚から胸元にかけての流れで、不自然に歪んだ箇所があった。


「……見える」


思わず、そう呟く。


イタチが再び飛びかかってくる。

だが今度は、さっきとは違った。


どこを狙えばいいのかが、感覚として分かる。


僕は半歩だけ身をずらし、歪みのある場所へ向けて短剣を振るった。


「そこだっ!」


ざしっ――


手応えは軽かった。

だが、確かに入った。


イタチの身体がびくりと震え、そのまま地面へ転がる。


「シ……ッ」


短い鳴き声を最後に、動かなくなった。


「……倒せた」


荒い息を吐きながら、僕はその場に立ち尽くした。


さっきまでただ速いだけに見えていた相手が、今はまるで違って見える。


正常な流れ。

異常な流れ。

そして、そこに生じる“弱点”。


「これは……何かの流れを見ているのか?」


初めて、自分の力を実感した。


ただの違和感ではない。

ただの勘でもない。


これは、観る力だ。


対象の内側で起きている“流れ”を観測し、その異常を見抜く力。


――《臨床検査》。


「……そうか」


僕は静かに、倒れたイタチを見下ろした。


「ただ唱えるだけじゃダメだったんだ」


必要だったのは、たぶん――


左手で触れること。

あるいは、触れられるほどの距離に入ること。


そして何より。


理解しようとする意志。


ぼんやり眺めるだけでは発動しない。

相手の状態を知ろうとしたとき、初めてこのスキルは応えてくれる。


「発動条件、少し分かったかもしれない……」


左足の痛みはまだ残っていた。

けれど、それ以上に胸の奥が熱かった。


僕は、その場にしゃがみ込む。


「……さて」


次は、倒したあとの確認だ。


流れは死んだらどうなるのか。

異常は消えるのか。

それとも、残るのか。


まだまだ、知りたいことは山ほどある。


僕は短剣を握り直し、静かに息を整えた。

読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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