試すなら忠告忘れずに
父を乗せた、馬車を動かす馬の足音が遠ざかっていく。
「お父様……」
眠気を誘うほどの心地よい日差し、お屋敷の庭から花の良い香りが漂っていた春の季節のとある日の出来事がふいに蘇る。
長旅でお疲れのはずなのに、誕生日プレゼントだと言ってお父様がくれた傘。白色で青いバラの模様が施された、とっても大事な傘。
その傘を握り直すと頭上から大きなため息が聞こえた。ゆっくり見上げるように顔を上げるとバチンッ!とクラウディアの頬を電撃が走ったかのような痛みが走り顔を歪める。
「まったく、実の娘を可愛がってもその娘が目が見えなきゃなんの価値もないっての」
クラウディアの頬を叩いたのは義母のクレアだった。クレアは苛立つように舌打ちをすると、睨みつけるように目をつり上げクラウディアを見下ろす。
「あんたの母親……レインだったけ?病弱で、貧乏人のくせに心優しい聖母のようだ、……そんだけでジャック様と結婚。そしてあんたを産んで病弱なレインはさっさと死んでしまった……まったく、ジャック様も可哀想ね。実子が付き人がいないと生活ができない盲目だなんてねぇ」
クスクスとクレアは嫌みったらしく笑う。そんな彼女の言葉を聞きながら、クラウディアは深く俯いてスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「レインがいなければジャック様の正妻として、私がこの王国を治めていたのよ!」
「……」
「なによ、その目は。見えないくせに生意気な子ね」
クラウディアは唇を強く噛みしめながら、義母であるクレアを睨むように見上げると再び頬を強く叩かれる。叩かれた衝撃で身体が傾きその場に倒れそうになったその時。
ギィィィイイイ!!!
クラウディアの傘から飛び出てチビ影は金切り声をあげる。倒れそうになっていたクラウディアを支えてるとそれを見ていたクレアは驚きで少し後ずさった。
「な、なによこの影っ!気持ち悪いわっ!!消えなさい!!」
クレアは嫌悪感を隠さず叫ぶとチビ影を何度も踏みつけるが実態があると言っても、ただの影。
物理的な攻撃は全く効かないチビ影が踏みつけられることなどなく、ただただクレアが一人で足踏みしているだけなのだが、それでも彼女は苛立ったように何度も何度も踏みつける。
「消えなさい!このっ!!」
「お義母様、やめてくださいっ!」
クラウディアが叫ぶが、クレアはクラウディアの声など聞かずに踏みつけ続けてるとクレアとチビ影の間に缶のような物がコロコロと転がり入ってきた。
「なによ、これ……」
突然現れた缶にクレアは怪訝そうに見つめてると急にクレアの視界に暗くなり急に聞こえてくる低い声。
「お母様、じっとしてて。閃光弾発動させるから」
「は、はぁ?急に何言って……」
「3……2……」
謎のカウントダウンに慌ててクレアがチビ影から足をどけた瞬間。ピカッ!と目を潰すような閃光が辺りに飛び散った。あまりの光の強さにチビ影が苦しそうにもがきながらクラウディアの傘の中へと避難する。
「な、なんなの!?これ……!ま、眩しっ」
「お母様ごめん。光消えるまでもうちょい待って」
謎の声の主はクレアに向かってそう言うと、クレアの目を覆ってた手をゆっくり離す。そしてぴょこっとクレアの前に姿を現した。
「どーう?俺お手製の魔物用の閃光弾の威力、めっちゃすげえでしょ!」
クレアと同じ金色の髪、灰色の瞳。声変わり前の少年特有の中性的な声がするその人物は、クレアの目の前でニカッと歯を見せ笑うとその姿を見て落ち着きを取り戻したクレアは、目の前の人物に向かって叫ぶ。
「ヒューゴ!色々作るのはいいけど加減ってものを知りなさいよ!ほら、目の調子がおかしいわ!」
「あー……ごめんお母様。ちょっと閃光弾強すぎたみたいだね、でも相手をひるませるほどの威力あるでしょ?」
ヒューゴと呼ばれた青年は、クレアの抗議を無視しながら彼女の手を引き立ち上がらせると眩しさに目を押さえて苦しんでいる、兵士や使用人達に見えないだろうけど警告してなかった自分が悪かったという理由で頭を下げた。
「ごめんなさいねー皆さん、あと少ししたら目が治ると思うのでしばしここで待っててください」
衝撃でぐちゃぐちゃになりながら地面に転がる閃光弾の残骸を回収すると、ヒューゴはクラウディアの方を向く。
「いつもいなくなってるかと思えば、影のバケモンと友達になってるとはなぁ……。いくら義理の妹でも気持ちわりぃわ」
軽蔑するような眼差しをクラウディアに向けると目を押さえながら小さく唸るクレアの背中を押しながら屋敷に入っていく。
「お母様、早く入ろうよー」
「言われなくてもわかってるわよ!あと、ゆっくり歩いてちょうだい!」
「はぁい、お母様」
ヒューゴの返事する声を聞き、クラウディアは傘を使いながらゆっくり屋敷の中に入り自分の部屋を目指す。壁に手を当て前へ前へと進むと、自分の部屋の前で足を止め静かにドアノブを回すと勢いよく部屋の中に駆け込む。
「はぁ……はぁ……」
クラウディアは息を切らしながら、その場に膝をつくとそのまましゃがみ込んだ。そしてギュッと傘を強く握り締める。先ほどのやり取りを思い出すだけで心ない言葉が頭の中で繰り返し再生され、悔しくて悲しくてどうしようもない感情が込み上げてきた。
「……っ」
クラウディアは唇を噛み締め、その感情を押し殺すように顔を膝に埋める。そうでもしないと、我慢していたものが溢れ出してしまいそうだったから……。
「うっ……ひっく……」
傘を抱えながら嗚咽を漏らすクラウディア。そんな時、頭に触れた優しい感触にゆっくりと顔をあげると傘の中からチビ影が手を伸ばし優しく撫でていた。
「オバケさん、心配してくれてるの……?」
クラウディアがチビ影に尋ねると、チビ影はクラウディアの頭を撫でながら頷く。その優しい手つきに、悲しみでいっぱいだった心がどんどん癒されていくような気がした。
「……ありがとう、オバケさん」
チビ影に向かって小さく微笑むと撫でていた手を止めクラウディアの両手を包み込むようにぎゅっと握った。
しばらくして安心したクラウディアは傘を抱き枕のようにしながら床の上で寝ていた。それに気づいたチビ影は彼女を起こさないよう、そーっと持ち上げるとクラウディアの部屋のベッドに寝かせる。スヤスヤ眠るクラウディアの寝顔を見て安心したチビ影は壁を伝って窓越しに外を眺めると既に夜に変わっていた。
ぷぴょー……ぴょ。
無数の星と満月が夜空に浮かぶ景色を見ながらチビ影が小さく鳴く。もっと外を見ようと窓枠に手をかけようとした瞬間。
カタカタと窓が小刻みに揺れる。突然の出来事にチビ影は驚き、すぐに窓から離れた。
その時、満月に被さるように浮かぶ浮島のような物体が急に現れたのを見ていたがそれよりクラウディアの守り優先としか頭になかったため、チビ影はクラウディアを守るため彼女のそばへと戻った。




