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それ私のじゃないかな?


 コオロギの鳴く熱帯夜。

 203号室には、いつものメンバーが集結している。

 暗い部屋の中心に置かれた一本の蝋燭。

 揺れる火を見つめながら、俺達は蝋燭を囲うように腰を下ろしていた。


 「―――そうすると子供は言った……『お前だァ!』」


 ウィリーが叫ぶと、耳を塞いでいたレイビアが飛び上がった。

 我々は今、「異世界の文化を体験したい」というロザとウィリーの要望で怪談話を行っているのだ。

 話し終えたウィリーは楽しそうに笑い、満足げに頷く。


 「ハッハッハ。怪談、楽しいではないか」


 そうは言っても、ウィリーとロザの話は異世界の書物に載っていたのか、大抵俺も知っているものだ。ビオラも何が怖いのかという表情で蝋燭を見つめ、ハヤトも自身の部屋を使われて苛立ち、貧乏ゆすりが止まらない。

 唯一怖がっているレイビアも終始ガクガク震えているし、その様子が小動物のようで可愛らしいのだが、流石に可哀想に思えてくる。


 「なあ、次のは俺が知らない話にしてくれよ。この世界に伝わる話とかさ」


 俺が注文すると、ウィリーは顎を掻きながら首を傾げる。

 

「ならばヴァルーチェに伝わる幽霊の話などいかがだろう」

 「幽霊?」

 「うむ、数十年前、学園の屋上から飛び降りた女の子の話だな。飛び降りたのを目撃した生徒はいるのに、死体は何処にも見つからなかったそうだ―――」


 ウィリーの話は、自殺を図った少女が見つからない自分の死体を求めて、今でも校舎を徘徊しているというものだった。

 何処にでもありそうな在り来りな内容である。自殺は本当にしても、語り継がれる中で“死体が無かった”だの着色されていったのだろう。怪談話なんて大半はそんなもんだ。

 そんな感じで、“怪談話”という名のロザとウィリーの独演会は続くのだった。

 待ちに待った長期休暇、言うならば夏休み。不便な学園生活を忘れ自由気ままに過ごせる……はずなのだが…………、大半の授業を寝て過ごした俺は補習が入っているらしく、当分は学園に行かなければならないらしい……。

 何よりも、明日からの補習に恐怖を感じるのだった。




 太陽も登り、朝の教室。

 長期休暇に入り帰省する生徒もいる中、一切の興味もない魔術史の補習を、片肘をついて聞き流していた。


 「―――この“五大凶爛魔術”は別名“五大禁止魔術”とも呼ばれ、使用が禁じられています。でも……」


 教師が喋りながら黒板に解読不能の言語を書き連ねる。

 いつもならビオラが翻訳してくれる異世界語だが、それでは俺の勉強にならないと、補習ではビオラの出入りが禁止されてしまったのだ。

 「また誘拐されます!」と、離れるのを渋っていたビオラだが、レイビアに説得され、今は一緒に園芸部の手伝いをしている。

 というわけで今俺の横には誰もおらず、ただでさえ難解な授業を別言語で受けさせられているのだ。


 「じゃあここ、オオバ君答えて」


 12回目の欠伸をした時、教師に当てられた。黒板にできた空欄を指しているが、俺にとっては何を尋ねられてるのかも不明である。

 

 「……分かりません」


 いつも通り作業的に答える。

 教師は大きくため息をついた。


 「この際、君に理解してくれとは言わない。……でも最終日の確認テストだけは、丸暗記でも不正でもいいから合格してくれ」


 諦めたように淡々とそれだけ言うと、教師は授業を再開した。

 他の生徒からの視線を感じる。多分下方比較されているのだろう。



 

 背中が汗ばむのを感じながら、閑静とした廊下を歩いていく。

 数時間に及ぶ補習も終わり、右手に抱えた数冊の教科書類を投げ捨ててやりたい気分だ。

 不貞腐れるように、ポケットに手を突っ込むと、何やら柔らかい感触が手に触った。


 「ああ……。これか……」


 引き出してみれば、アーサーから渡されたハンカチである。

 既に沈んでいた気持ちが、更に落ちていくのを感じる……。

 “あの日”の事を思い出さないよう、ポケットに押し込もうとした時―――


 「―――あれ? それ私のじゃないかな?」


 背後から声がしたのだ。

 振り返れば一人の少女が立っていた。

 白色のパーカーを羽織り、茶色の瞳に青色の髪をしていて、前髪にトマトの髪留めをしている。一瞬レイビアと見間違えそうになったが別人のようだ。


 「……それって、このハンカチの事か?」


 俺が聞き返すと、少女は何故か驚いたように目を見開き、俺の元に駆け寄ってきた。


 「―――君、珍しいね。そうだよ。少し前、倒れてる人に貸したんだけど……、君だったかな?」


 近くで見るとますますレイビアに似ている。これはアーサーが見間違えても仕方ないだろう。しかし何故か、彼女を見ようとするほど視界がボヤけて行く感じがする。


 「いや、そいつから返しとくよう頼まれたんだ。……じゃあ」


 俺はハンカチを彼女に渡すと、階段へと歩を進める。


 「あっ、ねえ待ってよ―――」


 補習で疲れているのだろう、呼び止められるもそのまま階段を降っていく。しかし踏み外し、盛大に転けてしまった。

 廊下に身体を打ち付ける。疲れとは言え、これは恥ずかしい……。教科書を散らかっているだろう。


 「―――大丈夫? 急ぐと危ないね」


 前方からの声にハッと目を開ける。

 今さっきまで後方にいたはずの少女が目の前に立っており、散らかったはずの教科書を胸に抱えていたのだ。


 「なっ……どうやって……。お前後ろにいただろ」

 「……“法則”みたいなもんかな。―――それより、これ魔術史の教科書でしょ? 補習とか?」


 少女に手を差し伸べられ俺は立ち上がった。


 「でも教科書は開いた形跡もないし、問題集も新品同様……。相当勉強してないみたいだね……」

 「…………」


 転ける所を見られた挙句、勉強の方まで言われると返す言葉がない……。


 「―――教えてあげよっか? 魔術史」

 「え? ……別にいらねえよ」

 「でも、このままじゃ確認テストに受からないんじゃない?」

 

 咄嗟に答えたものの、少女は妖しく笑って、俺を見つめてくる。たしかに、このままではテストに合格できないだろう……。


 「それじゃあ、図書館でも行こうかヨツバ」


 返事をしない俺を押し切るように、少女は階段を登り始めた。


 「ちょっと待てよ。なんで俺の名前―――」

 「私はルマ。ルマ・テンペスト。細かいことはいいじゃん」


 ルマは手に持った懐中時計に目を落とす。

 

 「―――まだ16時02分。“時間”はたくさん有るんだからさ」




 図書館は校舎とは別に建てられた、3階からなる円柱状の建物である。長期休みに入ったせいか、時間的な問題なのか、中に全く人はいなかった。

 俺達は、一階ロビーに並べられた長方形の机の一つに向かい合って座っていた。


 「―――ホーシーの弟子がピポロス。そのピポロスと共同研究してたのがベンドロックスだよ。最初は仲良くやってて、52個も新しい魔術を発表したの。でも、魔術の権利と契約金で揉めちゃってそれ以降は犬猿の仲だね」

 「いつの時代も金は罪なわけだな」

 「その通りだね。二人が研究を続けてたら、魔術の発達が50年は早まっていたって言われるくらいだから」


 ルマは文盲の俺にも分かりやすいように魔術史を教えてくれている。

 最初は警戒していたものの、熱心に教えてくれる彼女に俺も打ち解け始めていた。


 「それにしても詳しいなお前。補習じゃそこまで教えてくれなかったぞ」

 「……“時間”はいっぱいあるからね。図書館(ここ)の本は大抵読んだんだよ」


 三階建てにぎっしり詰まった、のべ数千冊の本を全部読むというのは無理があるだろう…………。しかし、ルマの顔は冗談を言ってるようには見えなかった。


 「最初は恋愛小説が好きで読んでたけど…………、全部読んじゃったからね。暇つぶしに他のジャンルを漁ってたら、気づいた時には全部読んでたわけよ」


 にわかに信じ難い……。しかし、少女の可愛らしい嘘を受け入れてあげるのが男というものである。話題を魔術史の方に戻す。


 「そうそう、次はフィボロスについて教えてくれよ」


 すっかり魔術史に興味を持ってしまった俺は、“フィボロスの溶岩魔術”で馴染みのあるフィボロスについて尋ねてみる。


 「フィボロス? あ〜、なかなか良いチョイスをしてくるね」


 語りたくて仕方ないという様子で、嬉しそうにルマは頷く。

 しかし、ルマがふと懐中時計に目を落とした瞬間、まるで蝋燭の火が消えてしまったかのように彼女の表情が一変した。


 「ごめんヨツバ、時間が来ちゃったみたい」


 暗くなった表情が見間違いだったかのように、ルマは笑顔で席を立つ。


 「フィボロスについては明日でいいかな? 明日も同じ時間にいるから」

 「俺は……別に構わないが」

 「良かった。―――じゃあ明日ね」


 ルマはそう言い残すと、駆け足で図書館から出ていった。相当急ぎの用事なのだろう。

ご無沙汰してました。

というわけで5章が始まりました。

とは言ってもこの話、日常回とでも言いましょうか。非常にのんびりとしたもので、既存のキャラを掘り下げたり、説明したりする感じです。

メインストーリーとしてはヨツバと、少し変わった少女、ルマとの夏休みみたいなもんです。

殺伐と終わった4章の、後の話ですからね。ゆるい話です。


次回は水曜日

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