いったい何と契約したの?
「……ょうぶ? だいじょうぶ?」
誰かに呼ばれた気がしてアーサーが目を開けると、そこにはレイビアの顔があった。
ギョッとして何度も瞼を開け閉めしたが、幻覚ではないらしい。今の彼は、レイビアに応急処置を受けているようだ。
「あ、意識が戻ったんだね」
レイビアはホッと胸を撫で下ろす。
「……ッカ」
返事をしようにも緊張のせいか、怪我のせいかうまく声が出せない。
「無理しなくて大丈夫だよ。応急処置なら出来るから安心してて。…………て言っても酷い怪我もしてないみたいだけど」
違う! そんな事ではない! そう目で訴えるも、レイビアには通じない。
「“次元祭”の時に助けてくれたよね。あの時は嬉しかったよ」
それより前に会っているのだ! 俺はハンカチが返したいのだ!
血走った目で必死に呼びかけても、レイビアは応急処置に忙しく、アーサーの顔など気にしていない。
こうなったら仕方ないと、アーサーは治療のすんだ腕で懐を探し、取り出したハンカチをレイビアに突きつけた。
「……こ……れ」
掠れた声で差し出したハンカチを、レイビアは困惑気味に受け取った。
「何? これ」
自分のモノだと言うのに、レイビアは気づいていないようだ。
「貸して……くれた……」
アーサーは念じた。
それはオオバに負けた時、ボロボロの俺に君が貸してくれたモノだと。
返すために君を追い続け、今やっとできたのだと。
さあ、もう思い残すことは無い、結婚しようじゃないか! と。
「…………もしかして、これ僕のだと?」
思いが通じたのか、レイビアが首を傾げる。
アーサーは勢いよく頷いた。
「…………でもこれ、僕のじゃないよ」
「……え゛?」
予想外の返答に、アーサーの脳内はパニック状態になる。
「ごめんね……。人違いだと思うよ」
アーサーは非常に混乱していた。
俺は、助けてくれたハンカチの持ち主を探していた。
そして、その持ち主はレイビアだと思い込み、恋焦がれながら数週間の時が過ぎた。
しかし、ハンカチはレイビアの物ではないと来た……。俺が恋をしていたのは、ハンカチの持ち主である少女なのか、それとも今目の前にいるレイビアなのか。
「……大丈夫? 顔色が悪いよ」
ハンカチを返そうとする“彼女”の顔を見て、アーサーは決めた。
――――――――――――――――――
「うぅ……」
ミヤビが目を覚ますと、屋上はひっそり閑としていた。
たしか……、反撃しようとしてたら、急にイールが現れて……。
意識が途絶える前の事を思い出すが、記憶があやふやである。
「そうだ! ヨツバっちは……?!」
鈍痛が残る腹部を抑え、ミヤビは立ち上がった。
すると、すぐに茫然と座り込んだヨツバを発見する。ビオラはそのすぐ側で、彼を心配そうに見つめていた。
「いったい……何があったの?」
「……ミヤビさん」
普段から何も考えてなさそうなヨツバだが、ここまで無気力な彼は見たことがない。
いつまでも無言なヨツバを見かねてか、ミヤビが代わりに気絶していた間に起きた事を話してくれた。ミノリとプロメが消され、イールを含め“教会”は去り、そしてヨツバから“尻尾”が生えたことも。
“教会”に目をつけられた時点で、あの二人が消されることは予想出来た。しかし“尻尾”とは……。
「ちょいヨツバっち、背中見せて!」
ヨツバのシャツを無理やり脱がせ、その背中を顕にさせる。
「これ……って……」
背中に刻まれた詠唱文、文字の集合が形づかった“蛇”。口を開いて舌を出し、まるで嘲笑っているかのような。
「いったい何と契約したの?!」
「―――歯の妖精」
ポツンとそれだけ呟いたヨツバ。
……違う。コレが妖精との魔術であるはずがない。―――じゃあ、誰が……?
その瞬間、ミヤビの脳内に一人の人物が浮かんだ。ミヤビは校舎の屋上を睨む。
「あいつ……!」
激情にかられ、ミヤビは屋上に跳んだ。
ミヤビが何処かへ行ってしまい、残された俺は大きく息を吐く。
やっと思考が元に戻ってきた。
「そろそろ、降りるか」
「……はい」
ビオラと共に、崩れかけた旧校舎を慎重に降りていく。
「……なあ」
降りている最中、俺は唐突に声を出す。
「もし、俺がもっと強ければ……、“教会”に勝てる力があれば、この結末は変わってたと思うか」
ビオラは何も言わなかった。これが返事を求めていない自問自答だと悟ったのだろう。
親しくもない、むしろ憎んでいた二人が消えた。それなのになぜ、こうもやりきれない空虚な気持ちになるのだ。
『―――アナタ方、“転生者”がのさばっていい世界ではない』
頭にブリールの声が響く。
「俺だって転生したくて、したわけじゃねえんだよ……」
何故そんな言われをされなければならない。むしろ前の世界より不自由な暮らしをしているというのに……。
「俺は決めたぞ……」
降りかけの校舎から飛び降り、地面に着地する。
「“教会”だか知ったこっちゃない。俺がこの世界でどう生きようが勝手のはずだ。それを阻む奴がいるなら、“教会”だろうが“転生者”だろうが、片っ端から薙ぎ倒してやる!」
「お供しますよ」
ビオラが俺の横に着地した。
「マスターの野望がどんなものであろうと、私は全力で助けます」
そう言ってもらえると心強い。
飛び降りたせいで、足がジーンとしているが気にせず、誓を胸に沈みかけの夕日を眺めてみる。
「―――おら、お前にやる」
「うわっ! ……いきなりなんだよ」
アーサーに何かを投げつけられる。
反射的にキャッチしたそれを広げてみると一枚のハンカチである。たしか、アーサーがレイビアに借りているものだ。
「やるって……、これレイビアのだろ?」
「違ったのだ。レイビアのものではない」
違ったって……。アーサーはハンカチの持ち主を探し、ここ数週間レイビアにストーカー行為を及んでいたはずだ。
そのハンカチを俺に渡すとはどういうことだろうか。
「俺にはもうレイビアがいるのだ。お前が持ち主を探しておいてくれ」
「おいちょっと……」
それだけ言い残すと、アーサーは去っていった。
……訳の分からん奴である。しかし、このまま捨てていくわけにもいかない。仕方なく、ハンカチをポケットにつっこんだ。
白い煙が視界を覆ったのはその時だ。
「契約内容を改めて来ました! どうかお願い! 歯は死後でいいから、私と契約して!!」
煙と共に現れた歯の妖精が、契約書を持って俺に詰め寄る。
また訳の分からん奴が来たぞ……。
「契約……ったって、さっきしただろ? 俺の弱みに漬け込みやがって」
迫ってくる妖精を無理やり押し返す。
しかし、妖精は眉をひそめた。
「弱みに漬け込む? 何のことよ。まだ貴方と契約してないわよ?」
「? 何とぼけてんだよ」
俺はシャツを捲り、背中の詠唱文を妖精に見せつけた。
「さっき“精神世界”? とかで契約しただろ。まさか、やっぱり俺の歯が欲しくなって―――」
「……こんな詠唱文知らない」
妖精は俺の背中に手を載せると呟いた。嘘を言っているようには見えない。
「アナタ、いったい何と契約したの?」
背中に、蛇が這うような不気味さを感じた。
――――――――――――――――――
「いったい何のつもり!」
ミヤビは屋上にテレポートするなり、アンピに叫んだ。
「いやー、楽しかったねー。校舎まで破壊するとは思わなかったけど」
「とぼけないで。ヨツバっちと契約したのアンタでしょ?!」
「ごめいとーう」
柵に肘をついたアンピは、指を立てて嬉しそうに笑った。
「ちょうど研究が詰まってたからさ。あの子に仕掛けた“狐”を使って契約させてもらったの」
やっぱりか……!
ミヤビは拳をあげて迫るも、アンピに難なく避けられてしまう。
「ほら、普段から運動してないから……」
「うるさい! 一体なんのつもりよ……。ヨツバっちと契約して、“教会”にまで幻覚見して!」
「……げんかく?」
アンピは顎に手を当て首を傾げる。
「私は“焦げ茶”の子以外、“狐”は使ってないよ」
“狐”……つまり幻術だ。
しかしどういうことだ? “教会”に幻覚を掛けてないとなれば、なぜイールはビオラを狙った?
「…………でも楽しかった。“教会”との戦闘も観れて、これからの実験データも楽しみにしてるから」
アンピは指を鳴らすと、隣に巨大な電気の狐が出現した。
「それじゃあ“タクシーちゃん”。またすぐ会えるといいね」
狐に跨ったアンピが、ミヤビに手を振る。
狐は柵を飛び越え、驚くべき速さで学園を後にした。
これにて、4章終了です。
短いようで長いし、いきなりシリアスになりました。
4章のテーマとしては、“アンピ”=狐=化かす。みたいな感じです。そのせいで全体的にややこしいですし、露骨な伏線がいつくかできる結果となりました。
何故イールはビオラを襲ったのか
ハンカチの持ち主は誰なのか
“ゼキノ”って誰やねんという……、色々ありますね。
読者様含め登場キャラを化かすのがアンピの役目だったわけですが、実際、彼女の発言に一切の嘘はありません。それを踏まえて読み直すとまた面白いかもしれませんね
あとがきに書きたいことは山ほどあるのですが、知らないうちにネタバレしそうなのでこの辺にしておきます。
さて、本編でもちょいちょい触れてますが、次回からは長期休み、つまりは夏休みです。
しかし、話がまだ出来てないんですね……。なので、2週間ほど時間を頂きたいのです。4月中には再開いたしますので……。それまで飽きずによろしくお願いします




