……久しぶりだな
自分も忘れがちになりますが、ビオラは片目に包帯巻いてます……
「ふーむ、なかなか派手にやるね」
旧校舎が崩れるのを、屋上から眺めていたアンピは興味深げに呟く。
「“焦げ茶くん”は私の思う通りに動いてくれるかな?」
柵に片肘をついたアンピ。彼女の肩で丸くなる、小さな狐が欠伸をした。
――――――――――――――――――
校庭に響く、剣戟音。ぶつかり合う斬撃。
振り下ろされたイールの右腕を、アーサーは剣を横にして防ぐ。
アーサーが苦悶の表情を浮かべる反面、イールの口の端は上がっていた。
「悪くない太刀筋だな……。お前、ペイジのガキだろ? なぜ“崩剣”を使わない」
“崩剣 インバリダス”―――“アレビスの武装魔術”により、アーサーの祖父の代から扱われてきた剣である。
しかし、今アーサーが振るっている長モノは、稽古用の錆びた剣。
「……気づいたのだ。インバリダスで勝っても意味が無いと……。己の力ではない、それは剣に“勝たされている”だけだと……」
アーサーの柄を握る手に力が込もり、イールを薙ぎ払う。すんでのところでイールは身を引き、距離をとった。
アーサーは荒くなった息を抑え、溢れる汗を拭う。
「かく言う、お前が使っているのは“聖剣”だろ……?」
「これの事か?」
右腕から生えた刀身を、イールは左指でそっと撫でた。
「―――“聖剣 インデューク”。語られるような伝説も無いが、並の剣よりは強力なモノだ」
アーサーが鼻で笑う。
「お前もそのうち気づくだろう。剣に頼っていてはいけないと。自身の力のみで勝たねばならないと」
「何をごちゃごちゃと―――」
突如視界に広がったイールの姿。
一瞬のうちに詰められた距離、アーサーは反射的に剣で防ごうとする。
が、次の瞬間、アーサーの身体は横に吹っ飛ばされ、砂利に肌を打ち付けながら水切りの石のように弾む。
怯むことなく、咄嗟に立ち上がろうとしたが、彼の顔に向けられたのはイールの剣先。
「何が自分の力だ、くだらない。結局は倒せばいい、目的を果たせればいい。それだけだろ? 違うか?」
返事はしない。
倒れ込んだアーサーの視界に映り込む、イールの姿をただ睨んでいた。
「太刀筋は悪くない。剣術自体は互角だろう。だが、如何せん実戦経験が乏しい。……それと、その“ボロ”じゃ限界だぜ」
イールは顎で、アーサーの剣を指した。
「…………トドメをさせ」
「おいおい、私は殺し屋じゃないんだ。転生者でもないお前を―――」
「│“溶岩魔術”《ラヴトス》!」
その瞬間イールに向け、後方より岩石が放たれる。
迫り来る岩石をイールは右腕で切り落とすと、飛んできた先を目で追った。
「ちょ、え? マジかよアイツ。切り落としたぞ?」
「落ち着きましょうマスター。校舎を切るほどです、その位当然かと」
そこには、一人の少年と、その影に隠れるように隻眼の魔導書が立っていた。
――――――――――――――――――
プロメを筆頭とした、あの場にいた大半の人間に反対されたが、こうして校庭までビオラと共に出てきたわけである。
そして、隙を突くように攻撃した訳だが……、まさか切り落とされるとは……。
「オオバッ! これは俺の戦いだぞ、手を出すな!」
「今にも負けそうにしてた奴が何言ってやがんだ! ここからは俺の番だ。お前こそ下がってろ」
アーサーに怒鳴られたので、怒鳴り返す。
あんな倒された状況でまだ戦うつもりなのだろうか。
現に、アーサーへの興味は喪失したのか、相手をしていたはずのイールも、俺に視線が釘付けである。
…………というか、俺を見たまま一切動いていない。知らぬ間に時間停止能力でも身につけたのかと疑う位、微動だにしないのだ。
「―――やっと見つけたぞ……」
イールは呟くと、憎しみのこもった瞳でコチラを見る。
「ゼキシアアアアァァァッ!」
獣の雄叫びのように叫びながら、イールが襲いかかってくる。
咄嗟のことに判断が出来ず、俺はビオラを庇うように身を縮める。
……しかし、身体を襲うはずの斬撃も、衝撃もなく、代わりに激しい剣戟音が響く。
「貴様の相手はァ、俺だろうがっ!」
インパクトの直前、イールの右腕をアーサーが受け止めたのだ。
「邪魔だ!」
倒れ込んだ状況から駆けつけた事に驚いたのもつかの間、一瞬のうちにアーサーが振り払われる。
……これでイールと俺達の間を阻むモノが無くなってしまった。
威圧のこもった冷酷な瞳で俺達を見下ろすイール。何をしたら人間はここまで鬼気迫る顔が出来るのだろうか……。不意打ちしたのがそんなに気に入らなかったのだろうか。
「……久しぶりだな。ゼキシア」
……ゼキシア?
「まさか、学園に潜んでいるとはな」
……どうしたものか。完全に人違いだぞこれ。ゼキシアってどなただよ。
ここまで怒りを顕にしている方に、口を出すのは申し訳ないが、ここで言っておかないと命の危険がある。
「……あのー、俺は―――」
目の前から、イールが消えたのはその時だ。
「―――オオバヨツバと申しまして、ゼキシアという方では……」
「いつまでやってんのヨツバっち」
振り返れば、背中にはミヤビ。
辺りを見回して、自分が半壊する旧校舎の屋上にいることに気づいた。
「あれ? まさか俺とビオラがテレポートしたのか?」
「そうだよ。あのままじゃ、ヨツバっちが殺されるのも時間の問題だったからね」
ミヤビは額から流れる汗を拭い、安心したようにフッと息を吐いた。
「違います。あの方はマスターを別人と勘違いしているのです」
「その“あの方”は、全く気づいてないみたいだけど……」
ミヤビが校庭を顎で指したので、屋上の縁から覗いてみると―――
「どこだ?! どこへ逃げたぁ!」
大声をあげて、剣を振り回しながら一心不乱に俺たちを探す、イールの姿が見えた。
……これは見つかったらヤバそうである。
「ヨツバっちの言う通り、人違いだと思うけど……、多分、アンピに幻覚を見せられてる」
「アンピ? 幻覚?」
「ほら、ケーキ屋で見たでしょ? 帽子かぶったパツキン」
確か、肩に狐を乗せた女である。
ミヤビに胸ぐらを掴まれて消えた、俺とハヤトが遅刻した原因と言えなくもない奴だ。
「アンピの“電気”に触れると、幻覚を見せられる。あの“教会”さんもアンピの魔術で、ヨツバっちが因縁の相手にでも見えてるんでしょ」
なんちゅうはた迷惑な奴だ……。
「普段なら遠方に逃げて、事が済むのを待つんだけど……、今回は部室が破壊されてるからね―――」
ミヤビは大きく息を吐いた。決意するように、勇気を出すように。
「私も協力する。二人で暴走する“教会”を止めよう」
「二人じゃないだろ」
ビオラの肩を持ち、俺の元に引き寄せる。
「―――三人だ」
ミヤビはほくそ笑むと、拳を手の平に打ち付ける。
「―――見つけたぞ」
聴覚が音を認知した瞬間には、ミヤビが倒れ込んでいた。
倒れ伏すミヤビの横に悠然と佇む、教会の使者。
その光景に本能が心底恐怖したのだろう。何も考えずとも、体が勝手に後ずさる。しかし、ここは屋上。縁から踏み外しそうになった時、自然と足が止まった。
前より迫り来る“死”と、後ろで待ち伏せる“死”に、俺の思考回路は既に混乱を極めている。
「きゅっ、窮鼠猫を噛むじゃぁぁ!!」
混乱の果てに、ついには拳を振り上げ、イールに突っ込んでいる俺がいた。
後先を考えない無謀な行動は、当然のように受け止められると、重い一撃にて、地面に叩きつけられる。
この瞬間、朦朧とする意識の中で、身体が不思議な安堵感で満たされたことを恥じるべきだろうか。
「お前に用はない」
イールはそう、俺に吐き捨てると、残されたビオラの首を鷲掴みにした。
「……さあ、復讐の時間だぞ。ゼキシア」
というわけで、急にピンチになり、シリアスな雰囲気になりました。
イールはガチギレで、ミヤビもやられました。
ヨツバはどうするのでしょうか!
次回は水曜日です




