お前がいなきゃ……
「ふぅ〜、どうだロザ氏。間に合いそうか?」
シャワーを浴びたウィリーが、髪をタオルで拭きながら尋ねる。
「難しいラインではあるな……。予期せぬ問題が起きなければ完成するだろう」
「闘技会まであと10時間……、ここまで来るとロザ氏が頼みの綱だ。我々の悲願も全てロザ氏にかかっておるからな」
「無駄口たたくなら手伝ってくれんか……」
隣の部屋からそんな会話が聞こえる中、俺たちは盗賊王の対策に頭を絞っていた。
「こういうのはどうだ? リングに上がる前から詠唱しておいて、開始した瞬間に“ラヴトスの溶岩魔術”をおみまいする」
「ダーメ。ルール上、試合開始前からの詠唱は反則になる」
「だー! これもダメか」
先ほどからずっとこんな調子だ。俺が提案すれば、ミヤビに反対され、ミヤビが提案すればハヤトからヤジが飛んでくる。今のところ決定的な打開策は練れていない……。
そしてまた悶々とした空気が流れる。
皆険しい顔をしているが、ここまで来ると実際に頭が働いてるのは何人いるのだろうか。
隣の部屋から響く、単調な作業音だけが耳に入っていた。
「ひゃー、玄関が靴で埋まってるよ……」
マグカップを持ったレイビアが、靴の間を縫うようにして203号室へと入ってきた。
レイビアは、天気占いでもしたのか、と聞きたくなるくらい乱れた靴達を全て揃え直し、悶々とした室内に目を通す。
「うわ……、これは凄い」
絶景とは真反対の光景に感動詞を呟いたレイビアと目が合った。
「どうした? 仲間に加わるか?」
「うーん、遠慮させてもらおうかな……。それより皆お腹すいてない?」
レイビアの問いかけに、全員の腹の虫が鳴いた。
「やっぱり空いてるよね。よし、じゃあ僕が夕飯を用意してあげよう!」
そこからの、ハヤトとミヤビは速かった。
「レイビア、俺が買い出しを手伝おう」
「いやいや待て待て。イロツキタクシーを利用しようよ。移動時間短縮できるよ?」
「おい待てお前ら。この場から逃げ出そうとしてないか?」
図星のようで、立ち上がろうとした二人の動きが止まる。
「そっ、そんなことないよヨツバッち……」
「うるせえ、顔に出てんだよ。作戦考えるのに飽きたからって逃がさんぞ。買い出しの手伝いはビオラに行ってもらう」
「マスターの命とあらば実行しますが、私無しで大丈夫ですか?」
「ま、大丈夫だろ。三人いれば文字の知恵だ」
「……了解しました」
ビオラは少々恋しそうに立ち上がると、レイビアと共に203号室を後にした。
ハヤトとミヤビがため息をつき、部屋には再びどんよりとした空気に満たされる。
「さて、男子率100%で引き続きやっていこう」
「なに? 私喧嘩売られてる?」
「よぉしっ! 思いついた!これはイケるよ。…………凄い卑怯な勝ち方だけど」
「卑怯はコイツの代名詞だ」
「否定したいが出来ないな……。とりあえず聞こう」
ミヤビは「ふふん」と鼻を鳴らすと、咳払いをひとつ。
「名付けて、“ディネーテの│交体魔術作戦”!」
ハヤトが吹き出す。彼の反応からしてマトモな作戦ではなさそうだ。
「一応の内容は聞いておこうか……」
「まず、“ディネーテの交体魔術”って言うのはね―――自分と相手の位置を交換する魔術だよ。ま、私の下位互換だね」
その下位互換とやらでどうしようと言うのか。
「闘技会は半径30メートルの円形の中で行われる、場外に出たら負け」
「…………つまり、わざと場外に出て、その瞬間に“交体魔術”で俺と盗賊王の位置を交換。盗賊王が場外で反則負けになるってことか?」
「その通り!」
ドヤ顔でビシッと俺を指すミヤビ。
「んな作戦上手くいくかぁ!」
空になった皿をちゃぶ台のようにひっくり返す。部屋に菓子のカスが散乱し、ハヤトが「やってくれたな……」と頭を抱えた。
「落ち着いてよヨツバっち。実はこの作戦、昔の闘技会で使われた手なんだよ?! …………一回戦敗退者の」
「やっぱダメじゃねえかよ!」
「いやいや、その人は詠唱中に攻撃されて負けたんだよ。詠唱に15分くらいかかる魔術だからね。しかぁし! ヨツバっちよ。君の特技は何だね?」
「自転車の手放し運転!」
「違う! “早口”でしょ?! タイトルにあるじゃん」
そう言えばそうであった……。もはや消えた設定かと思っていたが健在らしい。
ちなみに、自転車の手放し運転で友達を湧かせたのは武勇伝の一つである。
「“ディネーテの交体魔術”は自由魔術。だからビオラっちにも登録されてるはず。そして平均詠唱時間15分の魔術。ヨツバっちなら何秒で詠唱できる?」
そう問われても実際やってみないことには分からない。たしか、詠唱時間10分の“溶岩魔術”が約2分だった気がする。
「多分……、2分半から3分位か?」
「よしじゃあ3分間逃げ回ってよ」
「出来るか?!」
「大丈夫大丈夫。盗賊王さんもお怒りだろうからスグには殺さないよ。いたぶりながらジワジワやるよ」
余計嫌なんですが……。
真顔で言うミヤビに恐怖すら感じてしまう。
しかし、現状この無謀な作戦が最も可能性があるように思える。詠唱さえできればほぼ勝ちは確定だ。
「でも、“詠唱中の魔術”を盗まれたらどうする? 盗賊王は概念も盗めるかもしれないんだろ?」
ハヤトが横槍をさす。
反論が出来るはずもなく、俺とミヤビは黙り込んでしまう。
「それを考えたらどうしようも出来んでしょうが!」
「でも可能性があるなら考慮しておくべきだろ」
「どうしろって言うんだよ。概念が盗めるなら、体力や年齢、愛や死、永遠とかだって盗めるわけだよ? そんなの勝ちようがない。考えても仕方ないよ……」
ミヤビの言う通り、概念すら盗めるのなら勝ちようがない。どうやっても負けるなら、少しでも勝つ可能性のある、概念は“盗めない”という前提で作戦を練るしかないのだ。
「よし、ビオラっちが戻ってきたら早速練習しよう。闘技会まであと9時間……。何とかなるかもしれないよ」
「……やるしかないか」
どんな愚策であれ、今はやるしかない。
両頬を叩き、やる気を注入。運動するわけでもないが、腕を回して手首を伸ばす。
「みんなっ!」
レイビアが息を切らして戻ってきたのはその時だ。目尻に涙をためて、何やら人形のようなものを背負っている。
「ビオラちゃんがっ!」
その人形がビオラであることに気づいたのは、数秒後のことだった。
「それで、それで……! 僕達が街道を歩いてたらいきなり集団に襲われて、気づいたらビオラちゃんが」
「落ち着いけレイビア。お前は何もされなかったのか?」
顎をしゃくり、半泣きになりながらレイビアが説明する。ハヤトの問いかけに何度も首を振った。
「うっ、うん。ビオラちゃんに何かしたと思ったらすぐ逃げていったし、そしたらビオラちゃん倒れちゃうし、僕どうしたらいいかわかんなくて……!」
取り乱すレイビアをハヤトが落ち着ける中、部屋の中央に寝かされたビオラ。目に光は無く、首もだらんと伸びていて、まるで生気を感じられない。
右肩に貼られた御札のようなものが黄緑色の光を放っている。
作業を中断したウィリーとロザが顎に手を当て、動かなくなったビオラを凝視する。
「…………間違いない“コード”だ」
「コードだと?」
俺がウィリーに聞き返す。
「肩に貼られたカードがあるだろう? これが“詠唱文乱列装置”、通称“コード”。その名の通り、詠唱文にスクランブルをかけて動作を不能にさせるモノだ……」
「直せるのか?!」
「無理だ……。専用の“キー”、もしくはプロのコード解読者でもない限り直せない。一応授業で少し触れてはいるが……、学生の我々がどうにか出来るレベルではない」
立ち上がり、殴りかかる勢いでウィリーの胸ぐらを掴んだ。
「やってみなきゃわかんないだろうが!!」
「なっ、何をするのだ?!」
ウィリーの顔に唾が飛ぶ。
下でロザが「暴力反対! 暴力反対!」と叫んでいる。
「―――ヨツバっちやめなよ」
壁にもたれてるミヤビが冷めた声色でつぶやく。
「…………ウィリーに当たっても、どうにもならない」
冷静を装っているミヤビも、ずっと俯いたままだ。
荒くなる鼻息を抑えながら、胸ぐらを掴む手の力を抜く。
解放された二人は、そそくさとロザの部屋へと逃げ帰って行った。
俺は膝をつく。立っている気力すら無くしてしまったかのように。
死んでしまったように動かないビオラの手に触れる。温かかったはずの彼女の手は、温度を感じない無機質なモノになっていた。
「俺は……、お前がいなきゃ文字も読めない……」
色の消えたビオラに声をかける。
「詠唱もできない……」
ビオラの目は曇ったまま。
「お前がいなきゃ何にも出来ないんだよ……」
返事はない。
「だから目を覚ませよ!―――ビオラ……」
最後は声になっていたのか自分でも分からない。
ビオラの頬に落ちる涙。
誰も何も言わない、静かな部屋。
部屋を照らしていた月明かりは、もう見えない。
というわけで、盗賊王戦にビオラは使えません。つまりヨツバは魔術の詠唱ができません。
結構絶望的だった状態から更にどん底に落とされるという……、ここからどうなって行くのでしょうか




