そうだ。俺の妃にしたい
学生寮の裏にある公園。そこには叱咤する少女の声が響いていた。
「そんなんじゃダメ! もっとしっかり詠唱しなさい」
“アイスストーカー”に惨敗し、サンチェスに辛勝した夜から数日後の早朝。ウルカによる“魔術強化特訓”の初日である。
「んな事言われたって腕が限界なんだよ……」
右手に持ったランタンのような物質―――通称“コンテナ”。
詠唱でする程魔力が溜まっていき、魔力が溜まるほど重くなるという仕組みらしい。
既に5分ほど詠唱したせいで、体内の魔力はスッカラカンだし、コンテナを支える腕もチワワのようにぷるぷる震えている。
「もっ、もう限界だっ! これ以上はマジで吐くぞ?!」
「早口で聞き取れないわね。あと1分詠唱したら聞いてあげるわよー」
ウルカが惚けたように言う。
お分かり頂けたかと思うがこの特訓、かなりのスパルタなのである。
オメオメと泣きながら訴訟すれば、必ず勝訴し、それは君の甘えだろっ!と虚言を吐く者がいれば、それが強面のオッサンだとしても殴りかかって発言を訂正させる程にスパルタである。
魔力が切れたせいか思考までおかしくなっているようだ……。
「記録は6分22秒……。全然ダメね。これの倍はないとまともに戦えないわ」
「本気で言ってるのかよ…………」
ベンチに座るウルカが、地面にへばった俺を見下ろしながら言う。
「それじゃあもう1セットやるわよ。早ぬ立ちなさい」
「お嬢様、ヨツバ様は既に“魔力切れ”の状態です……。これ以上は危険かと……」
悪魔のような事を言うウルカを、横に立つシャルロットさんが制した。
シャルロットさんを見れば元気100倍っ!なんだって出来ますよ!? という訳にもいかず、今回ばかりは身体中を覆う“けだるさ”が勝ってしまう。
「魔力が無いんじゃ効率も悪いものね…………。いいわ、今回はこの辺で止めにしましょう。夜もやるからそれまでに魔力を回復させておきなさい」
「へいへいほー…………」
ウルカとシャルロットさんは停めてあった馬車へと乗り込んでいく。
乗り込む際にシャルロットさんがこちらに軽く会釈をしたため、俺の“乙女の恋心センサー”がビビンっと反応した。
「マスター、立てますか?」
ビオラが俺の顔を覗き込む。
「いや、キツイ……」
「肩をかします」
ビオラは俺の肩に潜り込み、無理やり立たせる。
「少しは歩いてください……。このままでは遅刻します」
「ええー、今日はもう休もうぜー」
「もう……、いいから歩いてください」
駄々をこねながらも、部屋に戻るとちゃんと制服に着替えるあたり俺って偉い。
休んでもやる事ないし、休む度胸すら無いだけなんだですけどね……。
「そろそろ出発しましょう」
制服を着たビオラが玄関から俺を呼ぶ。
空っぽのバッグを持って彼女の元へと向かう。
どうせ学校で寝るのだ。そう思いながら玄関を開けた。
ここでお聞きしたい。
もしも扉を開けて、男が立っていたらどうする?
その男とは以前闘っていて、自分の不意打ち的な形で勝っていたとしたらどうする……?
ましてや、その男が長かった赤髪を野球少年並に短くして、真顔で見つめてきたろどうする……?
そして、腰には剣を備えていたらどうする?!
答えはこうである。
「ゲエェェェ! アーサー、テメェ何しに来やがった」
俺は後ろへ飛び退き、その反動で頭を打った。
部屋の前に立っていたのは、先日俺と決闘したアーサー御本人である。髪は大分短くなっているし、目が死んでいて以前のような迫力はないが間違いない。
「さてはアレか?! この前の仕返しか? っていうかどうやって俺の部屋を把握したぁぁ!?」
「一旦落ち着きましょうマスター」
「これが落ち着ける状況かよ。そうだビオラ詠唱だ詠唱しよう。なんでもいいから攻撃できるやつを頼む」
「“魔力切れ”ではありませんか……」
「ツンダァァァァァァ」
獣の雄叫びとも思える叫び声をあげる。
……どうしようもない。土下座でもしたらゆるしてもらえるだろうか。ちくしょう……、こんな所で死ぬのかよ。1度くらい肝臓にエチルアルコールを分解させてあげたかった……。
虚ろな瞳で俺を見下ろすアーサー。
いつ斬られるのかとヒヤヒヤしながら、無言の時間が流れていく。
しかし、アーサーがとった行動は驚きのものであった……。
「頼む……。手を貸してはくれないか」
アーサーは深く頭を下げた。
「で、何があったんだよ……」
学園までの通学路を歩く中、アーサーに事の経緯を訪ねた。
「時間はお前に敗北した日までさかのぼる……。あの日の夜、俺は父上に呼び出された―――」
アーサーは父親からの説教を完全再現と思われる迫力で言うため、聞いてる俺は自分に言われているようでビクビクしていた。
アーサーの再現する罵倒や叱責の言葉はかなりのインパクトで、一度聞いたら忘れない程衝撃的なものだったが、単語だけで“過激な表現”という扱いになりかねない為ここでは割愛されていただく。
彼の話を要約すると、ペイジ家にとって“敗北”は何よりも重い罪であり、それを犯した“自ら”アーサーは勘当を受けたらしい……。
勘当ね……。うーんまあ、負けちゃったもんは仕方ないよね、うん。
「いやいやそうはならんだろ?! 負けただけだぞ? 自分で言うのも変だけど実力的にはお前の方が上なんだぞ?!」
「どのようなカタチであれ、“敗北”には変わらない……。しかし、俺は気づいたのだ。俺は自分の家柄に甘え、今の地位に甘んじ、極彩色で怠惰な日々に溺れていたと」
そんな日々なら溺れてみたいですけどね。
「そして俺が家を出る時、祖父が“この剣”をくれたのだ」
アーサーは腰に備えていた剣を手に取り、剣先を天高く突き立てた。
一見、何処にでもあるただの剣だが、どうせ伝説の聖剣とか英雄の使ってた神剣みたいなものだろう。やっぱりお金持ちは違いますね……。
「なんだその剣は。どんな仕掛けがあるんだ?」
半分呆れながら、聞いてやらないのも可哀想に思えたのでアーサーに問いかける。
「いや、これは俺が剣術の稽古に使っていたタダの剣だ。思い出に祖父が残しておいてくれたのだろう」
アーサーが刃を剣鞘に収める。
鯉口から金属が擦れる音が漏れた。
「この剣を受け取った時、“アレビスの武装魔術”に縋っていた自分を恥じた。魔術に依存していた己を恥じたのだのだ。―――だから決めた―――」
拳を高く突き立てるアーサー。
その双眼は虚空を見つめていたが熱い意思を孕んだ瞳で……。
その姿は神にでも宣誓するかのようだ。
「もう魔術を使わない。俺はこの剣一本で再び栄光を取り戻すのだ……。家系にも魔術にも頼らない己の力だけで」
…………なんだこいつ、主人公かよ。
この場に何人もの人間がいたらワッと歓声が上がっていたことだろう。
しかし大丈夫なのだろうか。
この世界において魔術を使わないのはかなりの縛りプレイだろう。
もしかして、俺の攻撃で頭でも打ったのではなかろうか……。でなければ、イージーモードの人生を自らナイトメアモードにするような真似はしないはずだ。
何はともあれ、彼は修羅の道を進んでいくことを決意したようである。
「そこでお前に頼みがあるわけだ」
「やっと本題だな……」
アーサーはポケットから青色のハンカチを取り出した。
「なんだよそれ」
「お前との決闘で気絶していた俺を、このハンカチの持ち主が介抱してくれたのだ。意識が朦朧としていて誰なのか把握できなかった……」
アーサーを取り巻いていた女子生徒達は、全員俺を追いかけて来たからな。
アーサーはあの場に放置されてしまったのだろう。
「つまり、その持ち主を探して欲しいってことか?」
「そうだ。俺の妃にしたい」
「あぁ、なるほどね……」
うーん、妃にしたいのかぁ……。
口では平然を装っているが、脳が理解を拒んでるなぁ。
やはり頭でも打ったのだろう。思考がスキージャンプ並に飛躍している。このままでは犯罪にも手を染めそうである。
関わる前に今すぐ逃げ出したいが、その場合たたっ斬られそうだ。
「いや、ちょっと待て。 持ち主が女の子とは限らんではないか!」
「この匂いが男なわけないだろ!」
アーサーが俺の鼻にハンカチを押し付ける。
ほのかに残る甘い香り。たしかにこれは柔軟剤如きでは作り出せない、古代よりアトランティスを探すようにオスが続けた神秘のニオイである。
「たしかにこの匂いは女の子のモノだ……」
認めたくはない……。
しかし、男として嘘はつけんのだ。
「そうであろう……! では、昼から捜索を開始する。その時に会おう」
アーサーはそう言い残すと、学園まで駆けて行った。
なんだか面倒臭いことに巻き込まれたようだ……。
「良かったのですか? あのような依頼を受けて……」
ビオラが心配そうな顔で尋ねる。
「……正直受けたくはない。でも、アーサーがああなってしまったのは俺の責任かと思うと断れない……」
学園へと走っていくアーサーの背中を見ながら、彼はアレで幸せになったのかと不安に思うのだった。
新章に入ります。
今回はやりたい事詰め込みました。
新キャラも沢山出ますし、話も長くなるかと思います




