元野球少年舐めんじゃねえよ…
「まさかノコノコ戻ってくるとはなっ!」
「はっはは…………。今更、平和的に解決は出来なさそうっすね……」
咄嗟に、近くの煉瓦の山へ回避する。
俺とビオラが一瞬前までいた場所に、轟音とともに高速度で通過した電撃の塊。
俺のレーザー銃が毛糸程の太さなら、奴の稲妻は丸田程の太さである。
あんなの食らったら一溜りもない……。
「隠れたところで無駄だっ! “アルゲーザー”の弾数に限りはない。どこへ行こうと確実に仕留める」
サンチェスが喋る最中でも“アルゲーザー”の電撃がとどまることは無い。
攻撃を受ける度に、背を預ける煉瓦の山が揺れる。いくら煉瓦とはいえ、いつまでも耐えられるか…………。
攻撃の合間を縫うように、こちらもレーザー銃で応戦する。
“神眼魔術”なるものを使うサンチェスに当たるはずもなく、難なく避けられてしまった。
「テメエ、“チート武器”使ってんじゃねえぞ!! 正々堂々詠唱して勝負しろ」
「正々堂々だと? この世界じゃこれが当然なんだよ! 金で魔術を契約し、その魔術で金を稼ぐ、そして更に強い魔術を契約する。金さえ有れば最強になれる。それがこの世界の理だ!」
こんな金、金言ってる奴がいるなら、ウルカが金嫌いになるのも頷ける。
もう戦うのを諦めて、“馬鹿”だの“マヌケ”だの小学生並みの罵倒を泣きながらあびせても良いが、それでサンチェスが銃を収めてくれるとも思えない。
「マスター、このままでは壁がもちません。ほかの場所に避難しましょう」
ビオラの言う通り、“アルゲーザー”の攻撃を防ぎ続けてくれた、煉瓦の壁もそろそろ限界が近そうである。
辺りを見回すと扉の開いている倉庫を一つだけ発見した。
「走るぞ、ビオラ」
「了解しました」
倉庫へ向かって全力疾走。
狙い撃ちなど気にせず夢中で走った。
なんとか倉庫内へ滑り込む。
スライド式の扉を閉め、無駄だと知りながらも側にあった物を片っ端から並べてバリケードをつくった。
扉から一番離れた角材の後ろに身を隠し、息を整えながら戦略を練る。
「まず確認しようビオラ。例えば、“透明な攻撃魔術”とか何でもいいがサンチェスが認知出来ない攻撃方法はあるか?」
「検索します…………。“ホーシーの波動魔術”が該当しますが、マスターの魔力では致命打にはなりません」
「じゃあ、“避ける隙間のない全体攻撃”みたいな魔術は?」
「検索します…………。数件該当しましたが、先程と同理由で致命打にはなりません」
「ガアアアアアッ! ダメか!!」
根本的に考えて、チート級の契約魔術を複数使える重課金者のサンチェスに、自由魔術オンリーで無課金の俺が勝てるはずないではないかっ!
“アイスストーカー”よりは抵抗できるだけマシだとしても、これでは………………いや、ちょっと待てよ………………。
「ビオラ、“アイスストーカー”みたく“敵が身動きできない位凍らせる魔術”はあるか?」
「検索します…………。氷系魔術は該当しますが、対象を凍らせるほどのモノは自由魔術には有りません……」
「クソッ! これもダメか」
俺の脳内には、
サンチェスの足元を凍らせる
↓
身動きとれませ~〜ん(ドジャーーン)
↓
余裕の詠唱で攻撃 (メメタァ)
↓
勝ったッ! 第3部完!
という完璧且つ奇妙な構図が見えていたのだが、どうやら蜃気楼だったらしい………。
こうなると精神的にも追い詰められてくる。
どうしようもない……。
諦めて降参してしまおうか……。
そう考える反面、俺の思考はどうにか活路を見出そうとヤケになっていた。
「なあ、多分俺も無理だと思うけどよ―――」
口から零れるようにして出た、その作戦。
確定要素が何一つとしてないソレは、考えついてしまった事が恥ずかしくなる程のものだった。
しかし―――
「…………不可能ではないかと思います」
「おいおい、結局は“神眼魔術”で見切られるのがオチじゃないのか?」
ヤケになった俺は自分の意見すら否定し始めた。
「ミヤビ様も仰っていましたが、“マーティスレイの神眼魔術”は詠唱されているわけではなく、“術具”として施されているだけです。ましてやあの小さなメガネにですよ? 完全に詠唱文を刻むのはほぼ不可能です」
「つまりなんだ、サンチェスの使う“神眼魔術”は完全なものじゃない。だから抜けてる所、弱点があるかもしれない。そういう事か?」
「はい、あくまでも可能性の話です……」
可能性の話か…………。
しかし、攻撃以前の前提から“不確定要素”を幾つも踏み倒している。今更1つ増えたところで…………。
「じゃ……」
俺は首を一回りさせ、深呼吸をして息を整える。
「やるしか、ないよな……」
轟音がすることも無く、バリケードは簡単に突破されてしまった。
「手こずらせやがってっ! どこだ転生者!!」
サンチェスの声が倉庫内にこだまする。
奴は、罠が貼ってあると勘違いしているらしく進捗に倉庫内へと入ってきた。
運がいい。 コチラはまだ詠唱が済んでいないのだ。
「隠れても無駄だ。貴様の居場所は把握している。今出てこれば命はたすけてやろう」
ただのブラフ…………と信じるしかない。
次の瞬間、“アルゲーザー”は俺達とは逆方向に稲妻を放った。
サンチェスの舌打ちが聞こえる。
出ていかなくて正解だった……。
いや、サンチェスに気を取らている場合でらない。右手に持つ岩石に意識を集中して詠唱を始めた。
熱量を持ったその岩石は、名前にもある“溶岩”程でないが、皮膚が火傷していくのはハッキリと分かった。
今にも叫びだしそうな熱さ、そして痛み。
もう右手の感覚はアベコベだ。一周まわって冷たくすら感じる。
それでも詠唱に集中するのだ。
ウルカが言っていた“魔力をこめる”という事を意識しながら、“この魔術がどういうモノで、何に用いて、結果としてどうしたいのか”そういった事をしっかりと考えながら詠唱し、それと同時に強く念じた“弾め”と。
倉庫内にサンチェスの足音が響く。
“弾め……”。
徐々に近づいてくるサンチェスの足音。
“弾め……”。
足音と心音がリンクする。
“弾め……”。
時間はゆっくりと流れる……。
“弾め……”。
そして…………。
「サンチェスッ!!」
詠唱が終わった瞬間、立ち上がると同時に奴の名を叫んだ。
サンチェスが振り向く。それと同時に岩石を投げつけた。
溶岩は掠りもせず、サンチェスの通過した。
「ハッハーッ! どこを狙っているアホンダラ!!」
サンチェスは俺に“アルゲーザー”を向ける。
しかし、俺の聴覚はサンチェスの声を認識していない。視覚はサンチェスを捉えていない。二つの眼は“岩石の軌道”を観る事のみに使われていた。
岩石が倉庫の壁に触れた瞬間、身体中をアドレナリンが駆け巡る。
「弾メエェェェェェェェェ!!!」
「これでチェクメイ――――――ガァッ?!」
サンチェスの後頭部にめり込んだ“岩石”。
サンチェスがうめき声をあげた。
薄れ行く奴の視覚が最後に見たものは、銃口を向ける俺の姿。
「これでチェクメイトだな」
後頭部に攻撃を受けた直後、たとえ軌道が分かったとしても回避することなどできない。
レーザー銃の銃口から飛び出した稲妻がサンチェスに吸い込まれるように当たる。
サンチェスはカミナリに打たれたように、小刻みに震えるとその場に倒れた。
埃が舞い、静寂の空間。
決着を悟った俺は勝利を歓喜する力も残っていない。ただ乱れた息を整えながら、
「元野球少年舐めんじゃねえよ…………」
そう呟いた。
「いやー、まさか本当に倒すとは思わなかったよ」
ミヤビがウルカを抱えて倉庫内に現れ、そう言った。
服を破られたウルカは応急的に、ミヤビのブレザーを被せてもらったらしく、一応肌の露出は抑えられている。
俺は、ビオラから火傷した右手の応急処置を受けている最中である。
「で、どうやって倒したの?」
「見てなかったのかよ……」
「銃声が聞こえなくなったから来ただけだもん」
俺は決着までの経緯をミヤビに解説してやることにした。
この激闘の記録を聞けば、誰もが「やはりヨツバは天才だったか!? キャーカッコイイ!!」と評価を大きく改め、いつしか、俺の死後に“ファンが選ぶオオバヨツバ名場面集”が作られる時は間違いなくノミネートされるであろう。
「結論から言うとだな。まず、“ラヴトスの溶岩魔術”で精製した岩石を、“フィボロスの弾性魔術”で弾むようにする。それを壁に弾ませて、サンチェスに攻撃したわけだ」
「ちゃんと聞いてあげるからもっとゆっくり話しなよ」
戦闘の興奮が収まってないらしく、口の運動も活発になっているようだ。
結論から話した上で、具体的な経緯を話していく。
「まず、“ラヴトスの溶岩魔術”で岩石を精製したわけだが、正直これは手身近な投げる物が無かったから仕方なくやったわけだ
名前に“溶岩”ってあるくらいだからな。手に持ち続けたせいで火傷するはめになった」
ビオラに包帯を巻かれた右手の平をミヤビに見せた。1日のうちに、凍傷と火傷をするとはなかなか貴重な経験である。異能力にでも目覚めるかもしれない。
「岩石を精製して“弾性魔術”の詠唱に入ろうとした時、ちょうどサンチェスが倉庫に入ってきた。バレるんじゃないかとドキドキしながら詠唱したよ」
詠唱が無事に完了したのは、サンチェスが妙な警戒をして慎重に進んでくれたお陰である。もし奴が四方八方デタラメに発砲していたら確実に負けていただろう。
「無事に詠唱を終えて、後は投げつけるだけなんだが……。ここで問題だったのが俺のコントロールだな」
元野球少年と言っても10年以上前の事である。しかし、慎重に投げるという訳にもいかず、こればっかりは運任せに力一杯投げた。お陰で肩が外れたように痛い。やっぱり準備体操って大事っ!
「更に問題だったのが“マーティスレイの神眼魔術”。壁に弾むことまで見切られてたらつんでたな。まあ、わざと外した時から気にもしてなさそうだったけど……」
「それで何? 壁で弾んだ岩石がサンチェスに“運良く”当たったってこと?」
「そうだな。予想よりも弾んでさ、多分光の速さ超えてたと思うんだよ」
「思い出補正掛けすぎでしょ……」
「それは流石に言い過ぎかと……」
うーん、言い過ぎかな……。
俺には時間を超越したように見えたのが……。
ミヤビがため息をつく。
「結局大半が運任せじゃん……」
「バカヤロウ。勝ったんだから過程なんてどうだっていいんだよ」
壁に跳ね返った岩石がサンチェスに当たり、怯んだすきにレーザー銃でトドメを刺したのだ。
……思い返せば不確定要素が多すぎるな。
成功したのは俺の日頃の行いが良いからだろう。転生してからまともな善行を積んだ記憶もないが……。
「うぅ……、なにようるさいわね……」
ミヤビに抱えられたウルカが煩わしそうに目を覚ました。
「ひゃッ……! なっ、なんで裸なのよっ?!」
自分が半裸であることに気づいたようでアタフタし始める。
「うぅ……、シャルロット助けて……」
知らない倉庫の中で、知らない少女に抱えられ、目の前には重症の俺が座っている、という状況に困惑しているようだ。
「おい、とりあえず落ち着けよ」
「まさか……、ヨツバが“アイスストーカー”だったの?!」
「ちげーよ。黒幕はサンチェス」
床に伸びているサンチェスを顎で指す。
ウルカは少しながらも状況を理解し始めたようだが、なぜか赤面している。
「…………とっ」
「え?」
「ありがとって言ってるのよ!」
少々ぶっきらぼうだが、感謝されたようだ。
ウルカは羽織っているブレザーの中に顔をうずくめてしまった。
「それでよ、依頼の報酬の件なんだが……」
ブレザーから目だけ出したウルカがギロッと俺を睨む。
「金銭関係の話は嫌いって言ったでしょ? そういうのはシャルロットに話して」
「金の話じゃない」
ウルカの応急処置もソコソコに俺は立ち上がった。
そして、深く頭を下げる。
「俺に魔術を教えてくれ。このままじゃ、誰にも勝てない……」
口から出たのは一切の偽りもない言葉。
一晩のうちに自覚したのだ。
今のままでは……、詠唱が速いだけではダメなのだと……。
ウルカは無言で俺を見つめると、再びブレザーで顔を隠してしまった。
「…………いいわよ…………。稽古くらいなら付けてあげても…………」
「私に頼むとはいい度胸だ“ヨツバっち”。私の稽古はキツイぞよ……?」
「テメエじゃねえよ」
これで二章も終わりですね。
ヨツバが最後に頭をさげるシーン。自分が書いたんだから当然なんですけど大好きなんすよ。
でもなかなか伸びないんすね……。どうにか試行錯誤して人気が欲しいです。まあ、書きたいもの描いてるから仕方ないですけどね